第175話 食過


 扉の内側には暗闇が広がっている。あるのはたった一つの白い階段。


 内側からは開かないのだと示す為、扉は泡のように消えた。それがあった場所を見つめた氷雨は奥歯を噛んで黙っている。


 指先を握りこんだ紫翠は唇を結び、倒れそうな祈を帳は支えた。


「……進もう」


 氷雨は呟き、ひぃが翼を広げる。


 悲しむことはしないと決めていた。だから紫翠も、祈も、帳も前を向く。


 しかしそれでも、祈には許せないことがあった。


 少年は同化を解くと帳の方を向き、思い切り拳を振り抜く。


 帳は反射的に避けようと上半身を動かしかけたが思いとどまり、祈に殴られた。


「ちょ、おまえ何してッ!」


「次、俺のこと優先したらぶっ殺す!!」


 慌てた暁の言葉を遮り、青筋を浮かべた祈が怒鳴りつける。暁や鳴介は目を丸くし、ルタは祈の頭に留まっていた。


 帳は殴られた頬を手の甲で拭い、口を開きかける。


 だが、彼よりも先に口を開いたのは顔を覆った祈だから。


「違う、違う違うッ、俺だ、俺が悪い、俺が弱いから、怖がったから、だからこれは八つ当たりでッ」


「そこまでよ」


 祈の背中を紫翠は平手で叩く。祈は「いッ!?」と肩を跳ねさせ、ルタも目を丸くしていた。


「うじうじ言う暇があったら進むのよ」


 紫翠は手裏剣を握って歩き出す。祈は口を固く結び、ルタと再び同化して歩み出した。


 氷雨はその様子を黙って見つめ、殴られた帳は頼んでいる。


「……氷雨ちゃん、俺の背中思いっきり叩いてくれない」


「え……ぁ、うん」


 突然のことに氷雨は目を丸くする。しかし直ぐにらずが輝き、本当に思い切り叩いてみせた。


「せいッ」


「うおッ」


 乾いた大きな音は暗闇に響き渡り、光も時雨も目を丸くする。あまりの勢いに前のめりになった帳からは声が零れた。


「ご、ごめん、強かったかな?」


「いや、いい感じ。ありがと」


 帳は視線を上げて階段に向かう。氷雨は頷き、らずを撫でながら後に続いた。


 黒の四人は振り返らない。


 光とすれ違う時に氷雨は少年の火傷に気づき、らずの体を持ち上げた。


 硝子の針鼠を肩に乗せられる少年。光は目を丸くし、輝くらずから氷雨へ視線を移したのだ。


「お願い、らず君」


 階段の方を向いたまま氷雨は伝える。らずは頷き、光の火傷が緩和していく。少年は目を一度固く瞑ってから顔を上げていた。


 全員の怪我を治せるほどの余裕はない。出血が大きい者は音央のイーリウが吸い出してはいたが、痣や小さな怪我は無視をするとそれぞれが決めていた。


 仲間の背中を軽く押して歩き始める暁。イーグは翼を気にしながらも治療は受けず、光の足も前に踏み出される。


 しかし、一人の白の少女だけは振り返っていた。本当に、少しだけ。


「……ほんまに、馬鹿なお人ですわ」


 呟いた茉白は、先へ進もうとしなかった青年を想ってしまう。


 そんな感情に尾を引かれながら少女も階段へと歩き出したのだ。


 * * *


 階段は螺旋階段となっていた。体感時間的には五分ほど上ったところで一つの扉へと辿り着く。


 灰色の扉は閉まっており、無月が確認した。


「各階の獣の詳細情報はないんだっけ?」


「あぁ、見つけられてないだけか、門外不出なのかは分からねぇけどな」


 答えた時雨は恐らく後者だろうと考える。


 この塔に入れるのは兵士と最初の五種族だけ。彼らが各階の獣について語るとは思えず、罪人は入れば死ぬしか道がない。獣がいるという言い伝えを音央が掴めたことの方が希少なのだ。


 無月は肩を竦め、相良と揃って扉を押し開ける。


 扉が開くごとに漏れ出す圧迫感。それは戦士達の心臓を震わせて指先が固くなっていく。それでも、強者の空気に気圧されることなく足を踏み入れる子ども達。


「まったく……フェンリルの奴は相変わらず不器用だな」


 そんなため息交じりの声がする。


 視線を集める存在は部屋の中央で体をゆったりと起こし、重たそうな瞼を上げていた。


 黄色と白の毛並みに黒い線が少し入った体。四足の体は虎に似ているが、床を撫でた尾の先が鍵型かぎがたになっている点や背中に翼を持っている時点で、あれは虎ではないのだ。


 氷雨はハルバードを構え、白玉は犬歯を見せて威嚇する。イーグは体を大きく変化させ、祈の周りに黒い羽根が零れた。


「あぁ、腹が減った」


 そう呟いて。


 緩慢な動きをしていた獣が消える。


 氷雨の補助された瞳は翼が動いたのを最後に獣を見失い、後方からの音に反応したのだ。


 入ってきた扉の上。天井との間の壁。


 そこに四足の爪をめり込ませ、口を開けている猛獣。


 イーグは反射的に戦士達の上を横断する炎を吐く。それを合図に戦士はそれぞれ開けた前方へと駆け出し、暁は気づくのだ。


 イーグが吐いた炎の一部が無くなっていると。


 まるで――食われたように。


 駆ける紫翠の前に現れた獣は咀嚼するように口を動かしている。そのまま尾をしならせ、少女の華奢な体を掴み上げるから。


 瞬きの合間に紫翠の体が投げられ、体勢を整える前に見えた光景に鳥肌を立てるのだ。


 大きく開かれた獣の口。


 口内に広がる鋭い牙の羅列は少女の体を硬直させるには十分で、紫翠の頭は手裏剣すら投げられないと弾き出していた。


 飛んでいた氷雨の体温が削げ落ちる。


「翠ちゃんッ!!」


「白玉ッ!」


 出雲が叫び、緋色のドラゴンよりも先に白銀の狼が紫翠と獣の間に飛び込んだ。


 紫翠の体を咥えた白玉。狼は体を勢いよくしならせ、尾で猛獣の鼻先を力強く殴打した。


 瞬間、白玉の尾が抉れる。


 驚いた心獣は床を滑って着地し、紫翠を離していた。


「ありがと、ッあなた尻尾が!」


「大事ない。少し持っていかれた程度だ」


 紫翠は直ぐに体勢を整え、今にも耳がれそうな白玉の背に手を置く。床に足を着いた神の獣は一度羽ばたき、次の扉に辿り着こうとしていた相良の前に瞬時に立ち塞がった。


 鳥肌を立てた少年は後方転移を試み、それより早く獰猛どうもうに口を開けた獣に目を見開く。


 相良が転移し、後方に滑りながら膝を着く。


 その筈なのに痛みと熱さが少年を襲うから、彼の呼吸が荒くなるのだ。


 右肩に牙で抉られたような傷がついた相良。彼の顔から血の気が引いた。


 赤黒い血が床に落ちる。


 それと同じ色に染まった猛獣の牙。


 少しだけ開いた口からは白銀の狼の毛も零れており、獣は視線を上げた。


 戦士達の体に鳥肌が立つ。


 共通したのは彼らが感じた恐怖の言葉だ。


 ――食われる


 全員、そう思った。


 目の前にいる獣は自分達を食うつもりだと。捕食する気なのだと。


 出血する相良に近づこうと音央がリフカを動かせば、太い蔦の各所に食い散らかされたような咬み痕が現れる。


 音央は舌打ちし、相良を心配している氷雨に胸を痛めるのだ。


「あ、名前を言ってなかったな」


 今気づいたと言うように、のんびりとした口調で獣が言う。


「俺はキュウキ。第二の階層を司る獣だ。渇きを宿した戦士達。お前達に、俺は食過しょくすの罰を与えよう」


 キュウキは再び翼を動かして消えてしまう。それと同時に音央と氷雨は相良に向かって走り出し、閉まる扉には時雨と光が向かっていた。


「あぁ、美味そうだなぁ」


 そんな声がしたのは、氷雨の後ろで。


 少女は相良を反射的に庇い、彼女を音央は庇ってしまう。


 三人が見たのは大きく裂けたキュウキの口。それは三人を一飲み出来る大きさだから。


 音央はリフカを咲かせることを、氷雨はハルバードを振ることを、遅らせてしまった。


「飛べよ!!」


 帳が叫び、豪風がキュウキの体を横方向に叩き動かす。


 脂汗を流していた相良は氷雨と音央の腕を掴み、扉の奥へと転移した。


 時雨と光も同時に扉に辿り着き、音央はイーリウを咲かせる。


 相良の服は赤黒く染まっているが、まだ間に合うから。


 氷雨はりずを地面に突き立てて刃を伸ばし、茶色いパートナーは扉を押さえにかかる。しかしりずだけでは扉の進行は留まることを知らず、時雨と光も腰を落として扉を止めにかかったのだ。


 りずが押し返されていく感覚に氷雨は冷や汗を流してしまう。


 もっと固く、もっと確実に。道を塞がせるなと少女がどれだけ歯を食いしばっても、扉は止まるということを知らないのだ。


 キュウキは口を開け、自分を押さえつける風をむ。帳はその芸当に冷や汗をかき、祈が打ち出した黒い羽根を強風に乗せた。


 それを獣に打ち込んでも、全ての黒が開かれた口にしょくされる。


 祈の体からも体温が引いていき、帳は舌打ちしながらも強風に乗って扉の隙間に滑り込んだ。


 それを見た獣の足が動きかけたが、それより早く土がキュウキの体に巻き付いて固まっていった。


 茉白は奥歯を噛み締めて土を操作する。それでもキュウキは少女が操る物さえ食べ散らかしていくのだ。


 紫翠は眉間に皺を寄せながら、「乗れ」と呼びかけた白玉の背に飛び乗る。床を抉る脚力で駆けた狼の上で紫翠は手裏剣を鋭く投げた。


 一度折れた彼女の武器。


 それは新たな性能と共に、彼女の手元に戻ってきた物。


 紫翠の手裏剣は裂けて網となり、キュウキに巻き付き自由を奪う。


 同時に少女の指輪は輝いて、銀の網の間を――電気が走った。


「目が眩むわよ」


 紫翠の言葉と共に。


 網目を雷電が駆け抜け、轟を響かせてキュウキの体に衝撃が走る。


 茉白は反射的に土を剥がして回収し、部屋のどこよりも強く瞬いた拘束具に目を瞑らされた。


「兄さん!」


 氷雨が叫ぶ。時雨は半分以上閉まった扉から手を離し、キュウキに向かって腕を構えた。


 青年が穿うがつ雷撃が空気を壊して駆け抜ける。


 それは未だに拘束されているキュウキに追撃され、紫翠の電気と時雨の雷電が融合した。


 何万ボルトもの雷がキュウキの体に流れ、壊し、焼いていく。


 その間に紫翠の後ろには出雲が飛び乗り、茶髪の少女は目を閉じていた茉白に手を伸ばした。


「手を!」


 茉白は目を見開いて、手を伸ばす。


 紫翠の手を取った少女の足は浮き、白玉の背中には三人の少女が乗っていた。


「ひゅう! 白玉モテモテ格好いい!!」


「舌を噛むぞ出雲!」


 白玉は床を駆け、扉が目の前に迫る。まだ電撃は輝いている。だから、だから、だから。


「痛いな」


 だから誰も予想はしなかった。


 紫翠の手裏剣も、電気も、時雨の雷電も食べながら、キュウキが少女達の目の前に現れるなど。


 白玉の足は止まれない速度まで出していた。


 キュウキは体に電気を纏ったまま口を開けている。そうすれば勝手に食べ物の方から飛び込んできてくれるのだから。


 白玉の毛が全て逆立ち、無駄だと思いながら四足は全身全霊で体にブレーキをかけていく。


 白玉の肉球が焼けるような熱さを伴ったが、死ぬことよりも軽い痛みだ。


 それでも、それだけ努めても止まれない。


 キュウキの目は笑っており、紫翠は獣の顔にかかった影を見たのだ。


「イーグ!!」


 いななきと共に怪鳥が猛獣を鋭い爪で押し倒す。


「贅沢な猫だな」


 開きかけた口をゾンビの鎖が巻き付き塞ぐ。


 その光景と同時期に白玉の体は沈み、黒い影の海へと入り込んだ。


「行って!」


 影の海でくぐもった声で叫ぶ鳴介。出雲達は驚きながらも頷き、扉の影まで泳いで浮上した。


「翠ちゃん! 無事!?」


「無事よ氷雨!」


 氷雨は紫翠の腕を掴んで引き上げる。


「屍! 白玉! さっさと立て! 気ぃ抜くなよ!」


「時雨ちゃんのラブコールは苛烈だね!」


 時雨は出雲と白玉の体を抱いて床に投げる。


「茉白さん!」


「光はん、暁はんがッ」


 光は茉白の手を取り引き寄せた。


 それぞれに少女達の腕を引き、引き上げた戦士達。


 鳴介はそれを見届けて再び影の海に潜り、入れ替わるように祈が扉まで辿り着いた。


 扉は八割閉まったと言っても過言ではない。


 そんな隙間に体を捻り入れた祈は、顔が土気色をしていた。


「く、楠さ、!」


「無事よ、大丈夫。だから闇雲、落ち着いて」


 肩で息をする祈を紫翠は落ち着かせる。祈は何度も頷き、兄の姿が無いことに気付いたのだ。


 弟は振り返る。隙間の向こう。影から飛び出した兄の後ろ姿。


 動こうとするキュウキの翼をついばみ、抉るイーグの嘴。


 鳴介は無月を掴んで影に投げ入れ、心臓が動かない戦士は自分を投げた戦士の瞳に頷いた。


 キュウキが動こうとするが鳴介の方が早く力を使う。


 イーグは天井に向かって火を吹いてキュウキの影が濃くなり、鳴介は目を見開いた。


 キュウキの体が影に沈み始める。


 翼を動かそうとする獣を怪鳥もパートナーも許さない。


 無月は影から飛び出して扉の中へ転がり込む。


 氷雨は必死になってりずと共に扉を押さえ、茉白の土も音央のリフカもそれに加勢するのに。


 誰もが力を込めて扉を押さえるが、部屋に残る二人は通る気がないと気づいてしまう。


 祈は同化を解いて、細い腕を扉の隙間から伸ばしたのに。


「兄貴ッ!!」


 鳴介の腕が、余りにも巨大な物を飲み込む為に悲鳴を上げて裂けいく。


 それでも兄は笑っていたのだ。


「ふざけんな、なんで、なんで!! 兄貴が残る意味なんて!」


「誰かが止めなきゃ、こいつはそっちに行くから!! だから!」


「兄貴!!」


「祈!!」


 影から這い上がろうとするキュウキが咆哮を上げる。それでも鳴介は力を使い続け、イーグは火を吹いた。


「優しい弟がいて、俺は幸せだ」


 そう、笑うから。


 扉が閉まっていくから。


 時雨は祈の体を後ろへ力強く引く。


 光は、隙間の向こうで振り返った暁を見つめていた。


「俺らの夢、叶えろよ、光」


 笑った暁の向こうで――イーグの片翼が無くなった。


 扉の向こうにいななきが閉じ込められていく。


 氷雨は奥歯を噛み締めてりずを握り、膝から力が抜けたのだ。


「イーグ!!」


 暁が叫ぶ。翼がもがれたイーグはそれでも目を輝かせ、倒れはしないのだ。


「まだ俺は戦える!! 暁!!」


 イーグはいななき、暁はポケットから小石を取り出す。


 それは仲間の置き土産。


 火が付けば即座に弾け飛ぶ、小さな爆弾。


「闇雲さん下がって!!」


 暁は声を上げ、鳴介は後ろに思い切り距離を取る。


 イーグは自分のパートナーが投げた爆弾に向かって火炎を吐き、それは影に沈みかけているキュウキの上で爆発した。


 爆発音と閃光。


 そのあと黒煙が上がり、元のサイズに戻ったイーグが飛び出してくる。


「うお、無事か!?」


「ちょっとだけ焦げた」


 イーグを受け止めた暁は獣の姿を見て、泣きそうな顔で笑う。


 息を切らせている鳴介は黒煙を見つめ、暁は息を吐いていた。


 暁は、モーラの孤島で出会った時から光と共に進んできた。どこまでも真っすぐで、理想が高く、完璧な良い人である光。


 そんな彼が暁は心配でならなかった。


 無理をしている。無茶をしている。どうかそんなに頑張るな。


 祭壇を壊す度に胸を痛め、生贄を救うごとに「これが正しいのか」と自問自答を続けていた光を暁はずっと見てきたのだ。


 自分を含めて三人家族。裕福でもないが貧しくもなく、それなりに友人もおり、それなりの成績で学校に通っている暁。


 苛烈な博人や柳のような茉白、正しい光のような輝きが彼にはない。


 没個性であると自負する暁は三人と共にいることで思うようになっていた。


 支えられる人になりたいと。


 勝たなくていい。強くなくていい。正しくなくていい。


 ――それでいいから、俺は仲間を支えられる人でありたい。


 壮大な夢も崇高な理想も暁は持っていない。それでも、鳴介が祈を守ろうと残ったのと同じように、彼も光と茉白を守っていたかったのだ。


「……闇雲さん、凄いっすよね」


 黒煙を見つめる暁が呟く。鳴介は暁の横で困ったように笑っていた。


「凄くないよ。俺は弟を守りたいだけの、駄目な兄貴だ」


 鳴介は祈が髪を赤く染めた日を思い出す。


 母は驚き、父も絶句。もう二度と染めるなと願われていた弟は、髪を赤く染めることはもうなかったが黒く戻すこともしなかった。


 息苦しそうに食卓に着き、悔しそうに机に向かい、無感動に喋る弟が兄はただただ心配だったのだ。


 三つ離れた可愛い弟。大事だとか守りたいとか、そこに理由はいらないと鳴介は考えているし、理由を後付けする気もない。


 彼は弟が自分と色々なことを比べて劣っていると嘆いていたのを知っている。それに対する声のかけ方は知らなかった。大丈夫だと伝えたくてもいつも空回った。


 だから祈が戦士なのだと鍵を見て知った時、泣きたくなった。


 これ以上弟を苦しめないでくれと。優しい彼を虐めないでくれと。


 ――あぁ、俺が守るんだ。俺が守らなきゃいけないんだ。


 嫌われていたって構わない。もっと嫌いになっていい。だからどうか生きていて。幸せに、どうか笑っていてくれと。


 鳴介は口角を緩やかに上げて、暁に言った。


「多分さ、俺達同い年だよね?」


「え、マジ? 高三?」


「うん」


「なんだ、敬語使って損した」


「損したって」


 鳴介は笑ってしまい、暁はイーグの嘴を撫でる。


 二人の視線の先では黒煙が晴れて、影から這い出る獣がいた。


「あぁ、痛い、痛い、痛いな、腹が減った、空腹だ。渇いた、渇いた、渇いたッ、もっと食わせろ!!」


 血走り叫んだキュウキの目が閉じた扉へ向く。


 それを見た鳴介と暁は直ぐに扉を背にして立ち、イーグは体を巨大化させた。


「イーグの力は大きくなることと、炎を使えることと、あとは?」


 鳴介が確認する。暁は口角を上げ、震えた膝を叩いていた。


「空気凝固」


 イーグの目が輝いて片翼を羽ばたかせる。


 勢いよく揺らいだ風は固まると、鋭利な刃となってキュウキの体を傷つけた。


 だが、それだけで猛獣が止まる筈もない。


「腹が減った!!」


 叫ぶキュウキに向かって少年二人は立ちはだかる。


 どれだけ体が震えても。どれだけ恐ろしくても。


 彼らの後ろには、大切な人達がいるのだから。


「行かせねぇよ、化け物が!!」


「ここは通さない、絶対に!」


 方や仲間の為に残った少年。夢を託した縁の下の力持ち。


 方や弟の為に残った少年。希望を仲間に託した不動の兄。


 どれだけ傷ついても、どれだけ痛んでも。キュウキが扉をくぐりたがるなら止めねばならない。


 二人の手首で青いブレスレットが揺れ、いななきと咆哮がぶつかりあった。


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