第159話 我道
「いや、お兄さんマジで行動力ありすぎでしょ」
「誰がお兄さんだ」
兄さん達の事を相談する為に帳君達に連絡を取った。梵さん以外の三人が連絡出来る状態だったのだ。梵さんは絶賛講義中だと思う。なんなら兄さんだって本当は講義中だ。
私はイヤホンを兄さんにも渡す。
お兄さん以外なんて呼ぶんだろう。凩さんか、時雨さんか。いや、帳君なら恐らく神経を逆撫でするような
――兄さんにバレていた私達の考え。
邪魔されたくないのは本当だし、中立者さんを捕まえるまで競争を終わらせたくないのも本当。
勝ちたいのだって本当だし、兄さん達にこれ以上協力をしてほしくないのも本当だ。ただそれで全部ではないと言うだけ。
なんでバレたし、ふざけんな。こっちの気も知らないで。
帳君は「ごめんなさーい」と無感情な声で謝罪しており、顔には笑みが浮かんでいる。兄さんのこめかみに青筋が浮かんだ気がしたが、この際だ、気にしないでおこう。
祈君は学生服のままルタさんを頭に乗せ、翠ちゃんは髪の毛をお団子に結っていた。二人とも今日も可愛いなぁおい。
今とは関係ないことに感想を抱きながら、私は帳君の声を聞いていた。
「でもさ、俺達は中立者を生贄にしたいんだからルアス軍の暴君が混ざったらそれこそ破綻じゃん。万が一中立者を捕まえられなかった時、俺達だけじゃなくてあんたらも死ぬかもだけど?」
「妹と弟を見殺しにして生きる根性は持ち合わせてないんでな」
「なんだ、ただのシスコンとブラコンの集まりだったか」
「雷落とすぞクソガキ」
「ねぇ待ってよ。ブラコンって俺の兄貴のこと言ってる? 引くから撤回しろ無頼漢」
兄さんの掌で静電気が弾けて、祈君が心底引いているという表情をする。
「無自覚かよウケる」
帳君は口角を上げて呟き、祈君とルタさんは騒いでいた。
闇雲さんはどうかは分からないが、兄さんがシスコンは絶対無いと思うんだよ。この人は帳君が言うように暴君だぞ。本当、鳥肌立つわ。
軽く悪寒がした気がしたが無視をして翠ちゃんを見る。目が合った気がした彼女は、普段通りの凛とした声をくれた。
「協力は必要ないわ。ルアス軍とディアス軍では考えから何まで全て違うもの。勝手に手を貸されても迷惑なだけだわ」
「す、翠ちゃん……」
これ以上ないくらいの正論を言ってくれる彼女に苦笑する。そうすれば翠ちゃんは肩を竦めていた。
「氷雨はどう考えてるの?」
そう続けられ、私は膝にいるひぃちゃんの頭を撫でる。
私はどう思っているか。
隣にいる兄さんを
「……協力はしてほしくない。中立者さんを捕まえた後、私はやっぱり兄さんに切りかかるだろうし、勝ちたい気持ちは変わらない訳だし……だから兄さん達とは敵でいたい」
巻き込みたくない、というのは弱さ来る言い訳である。
私は兄さんを殺したかった。勝ちたいから彼を殺さなくてはいけないし、光りの粒になるのは私の腕の中であってほしい。
我儘な考えではあるが、私の基本はやはり変わらない。お母さんとお父さんがいるこの家に帰ってきたい。生きていたい。仲間と一緒に勝ちたい。自分が後悔しない勝ち方をしたい。
「今回ルアス軍の戦士を眠らせたのも、ディアス軍の戦士にラキス・ギオンを渡したのも、氷雨さんが考えてくれたことなんです」
祈君の声がイヤホンを通して流れてくる。毛先が赤い彼はルタさんを両腕に抱き、兄さんを見ているようだった。
「氷雨さんは、優しいから。だから俺達だけで捕まえることにしてくれたんです。他の人を巻き込みたくなくて」
「巻き込むと自分が罪悪感で苦しくなるからって本人は言ってるけど、それも万が一の場合なんだよね。競争の決着がつかないように、自分の欲の為だけの決断に必要ない人を巻き込まないようにってね」
「どこまでも心配性の氷雨だからこそ思いつくことよね。心配の種を潰して予防して、進もうとする。で、それを兄である貴方が乱すつもりかしら?」
帳君は頬杖をついて、翠ちゃんは真っすぐ兄さんを見つめている。
私に与えられた過大評価。
違う、違うよ、私は自分勝手だ。自分勝手に物事を進めたくて、自分が納得して生きられるように道を整えていたいだけ。
今日も神隠しのニュースはあったし、他のディアス軍の人達がどんな気持ちでアルフヘイムを駆け回ってるかだって無視している。
今まで私達が最大人数を保持してきたから他の人はまだ決着をつけられないと勝手に評価して、自分がしたいように我儘を突き通したいだけなんだ。
肩に乗っているらず君とりず君が頬にすり寄ってくれる。隣からは兄さんのため息が聞こえてきた。
背筋が伸びる。
反射的に
「なら協力って形じゃなく、俺達は中立者を守る為に会いに行くってことにすればいいだろ」
兄さんの声が降ってくる。余りにもあっけらかんとした、日常会話のようなテンションの声が。
反射的に顔を上げる。そこには、顔を隠したいからと伸ばしている髪を手で纏めている兄の姿があった。
守る為。協力出来ないなら邪魔をする?
そんなこと許さない。
口を開きかけたけれど、兄さんは「聞け」と私の言葉を言わせなかった。
「ディアス軍は生贄を集めるのが、ルアス軍は生贄を救うのが目標だ。それで、今お前達は中立者を捕まえる為の算段を立ててる」
言い聞かせるように、呆れも何も含んでいない声で彼は言う。
「なら俺達は、その目的を知って捕まえる所を妨害しに行ったって言う名目にすればいい。氷雨の心配は俺達がディアス軍に協力して罰を受けることだろ。だったら俺達は中立者の元に行って逃がすっていう立ち位置を取る」
頭が軽く叩かれる。叩かれるように撫でられる。
あぁ……この人は。
「中立者がいる塔で鉢合わせて、どっちが先に中立者の所に辿り着くか競い、お前達か時沼が中立者を捕まえる。お前達が捕まえたらそのまま生贄にすればいいし、時沼が捕まえたら意識を抜けるお前の所に転移すればいいだろ」
兄さんは翠ちゃんを顎で指し示し、私は目を丸くしたまま兄を見つめた。
翠ちゃん達もみんな黙っており、兄さんの手は私の髪を乱すように撫でるのだ。
「まだお前達は塔の場所や中がどうなってるか調べられてないんだろ。それはこっちでして情報を流してやる。お前らはせいぜい俺達の足に負けない程度に策を練っておくんだな」
言い切った兄さん。
捕まえる私達と、守ると言う名目で共に行こうとする彼ら。
兄は私の頭から手を下ろし、暗かった四つ切りの画面の一つに映像が映った。
「すま、ない、遅れた……どういう、状況、だ?」
映った梵さんは首を傾げている。
「今話は終わった」
なんて話を完結させた兄さんの腹部を、私は再び殴ってしまったんだ。
* * *
兄さんから提案された、表面上は敵対して根本では協力している関係の構築。
私は頭痛を覚えながら梵さんに説明し、彼は少し考えてから頷いていた。
――良い、のでは、ない、だろうか。人数も、増えるし、もし、失敗、しても、時雨達に、害は、なさそう、だ
その言葉を皮切りにあーだこーだと五人で言い合い、最終的な結論は「勝手にしろ」になった。
こっちは五人で良いって言ってるのに何が何でも手を貸そうとしてくる兄さん達。
屍さんや時沼さんは良いのだろうかとか、協力するなとか、言いたいことは山ほどあるし山ほど断りの文言を並べたのだが、一時間会議をして結局みんな疲れてしまったのだ。
途中参戦してきた闇雲さんも兄さんも折れる気ゼロだったし。こっちはこれ以上巻き込みたくないって言ってるのに、巻き込まれるの上等の精神を押し付けてくるなよ。
どれだけ愚痴を言っても決まってしまったものは決まってしまった。諦めよう。頑として動こうとしない岩を押し返そうとすることに疲れた。
なんだよあの提案。確かにまだ中立者さんの塔がどうなってるかとか何処にあるかは調べ中だけれども。守る名目で時沼さんに転移してもらって、結局は翠ちゃんの元に連れて行くって。
それこそ中立者さんにバレそうだし、そんな簡単に転移させてくれんのかよ。
頭が良い癖に穴だらけの作戦。希望もないし確率も低い。それでもそのスタイルを貫きたいなら貫いてみせろよ。こっちは無事に中立者さんを捕まえたらもう一人生贄集めるし、殺しに行くからな。
――あぁ、いいよ、それでいい。だから死ぬな
なんて言った兄さんは、お母さん達が帰ってくる前に下宿している県に帰った。どんだけだよ本当。
お母さんとお父さんに兄さんが帰ってきたことは言わなかった。
立つ鳥跡を濁さずではないが、綺麗に自分がいた痕跡を片付けて行った兄さんの考えはやっぱり読めない。
私はアルフヘイムの空を飛びながら何度目かのため息を零し、泣語さんを探していた。彼こそはどうにかして巻き込まないように、今日こそは伝えねば。
頭を切り替えて泣語さんを探す。
一度「連絡先を交換しませんか」と提案してみたが、彼は土下座する勢いで「恐れ多いです!!」だなんて叫んでたっけ。恐れ多いってなんだ。
泣語さんはラキス・ギオンの種を渡してくれた後、調べることがあるということで離れた。一体何処に行かれたのか。グレモリーさんは探してはいけないし、こうも当てなく飛び回るのはいつぶりかしら。
「なぁ氷雨、音央だったらなんか……呼んだら出てきそうじゃねぇか?」
ふと肩で言葉を零したりず君。
私は自然と笑ってしまい「まさか」と声に出しておいた。
まさか、まさか……まさかね?
りず君と目が合う。らず君とも顔を見合わせてみる。ひぃちゃんの顔が後頭部に擦り寄ってくる。
……。
「……まっさかぁ……」
「いや、氷雨、音央だぞ」
「……否定出来かねます」
りず君とひぃちゃんに言われてしまう。二人がここまで言うのなら……試さないことこそ時間の浪費か。
首を縦に振った私は近くの林に下ろしてもらい、周囲を見渡した。住人さんはいなさそう。人の気配もない。
私は少しだけ深呼吸してらず君とりず君を抱き締め、ひぃちゃんが首に尾を巻いてくれた。
……まさか、そんな筈ないって。流石に冷静に考えて……さ。
意を決した私は、周囲に聞こえるよう少し声を張ってみた。
「な、泣語さん、泣語音央さん、近くにおられますか?」
「はい! お呼びですか!!」
「ぅぇあッ!!」
まるで狙ったように。
近くの林から飛び出してこられた泣語さん。
満面の笑みで頬を紅潮させ、
「あぁ、メシア! まさか貴方が俺を呼んでくださるなんて! しかもフルネームで!! なんと言う幸せ!! これは夢でしょうか!? いいえ夢ではありませんよね!! あぁ幸せだ!! 幸せだ!! 幸せです!! 何なりとご命令を!!」
久しぶりの勢いに気圧されて私は若干後ずさる。泣語さんは顔いっぱいに笑って膝をついてって、あの、そんな、祈られても……。
頬を冷や汗が流れて口角を上げてしまう。泣語さんは私の言葉を待っているようで、掌に嫌な汗をかいた気分だ。
「あの、泣語さん、恐縮なんですが……協力はここまでで大丈夫ですということを、お伝えしたくてですね……」
言葉尻を絞めないように努めて泣語さんに伝える。彼は笑ったまま首を傾げ、私はらず君とりず君を抱き締め直していた。
喉が張り付きそう。
「……今まで、本当にありがとうございました。私は貴方に何も返せないのですが、どうか、どうかここまでで、お願いします。貴方と私は敵だから、敵でなくては駄目だから……だからもう、私に付き従うようなこと、してくれなくて良いんです。泣語さん、貴方は貴方の道を行ってください」
あぁ、なんて、押し付けがましい言い方だろう。
それでも、それでも彼には突き放すような物言いをしないと分かってもらえない気がして。どうにかこれ以上巻き込みたくないって思って、私なんかに膝をついて欲しくないから、だから。
「メシア」
泣語さんの声がする。静かな優しい声だ。
私は反射的に顔を上げ、いつの間にか立ち上がっていた泣語さんを見上げた。
泣語さんは笑っている。
笑ってくれている。
その笑顔は本当に幸せそうで、幸せしかなくて。
「貴方は俺の光りだ。貴方だけが俺の生きる糧なんだ」
地面から突如――リフカが咲き乱れる。
上、影。
あ、遅れた。
泣語さんは目元を染めて笑ってる。
「だからメシア。俺は貴方を生かす為ならなんでもする。例えそれが――貴方の道を阻むものだとしても」
そう言った泣語さんは笑っていて。
飛び立ってくれたひぃちゃんの羽ばたきは間に合わなかったんだ。
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