第108話 奪還


 結目帳は少々虫の居所が悪かった。


 その要因は多岐に渡る。


 あまり乗り気では無かったルアス軍との話し合いのせいであり、その場での戦闘及び逃走のせいであり、今まで行動を共にしてきた三人が捕まったせいであり。


 凩時雨から受けた雷の火傷のせいであり、気絶した自分のせいであり、氷雨を駒だと決めた過去の己のせいであり、氷雨をメシアと呼ぶ泣語音央のせいであった。


 山ほど重なった帳の苛立ちと不快感は少年が表に見せる以上に酷い有様である。治された掌には火傷の痕が残り、それが学校で早蕨光に見つかれば「どうしたの!?」と騒ぎ立てるに決まっている。構いたがりの光が帳は大が付くほど嫌いなのだ。


 一人でいたい自分の領域に、土足ではなく気を利かせて素足で入り込もうとする姿勢も。一人暮らしの部屋のインターホンを鳴らして自分を連れ出そうとする事も。


 帳は反吐が出る思いだが、いつも光に押し負ける。


 ディアス軍のチームメイトには言っていないが、それ程までに光と帳の距離は近しい所にある。


 そんな光を例えるならば、物語の主人公だと帳は称するだろう。


 早蕨光とはそう言う少年なのだ。


 困った顔をしている者がいれば必ず声をかけ、自分がしなくていい仕事も遂行し、教師からの評判はよく、その裏では人一倍勉強し、出来ないことは絶対に出来るまでやり続ける。


 しかも光は早蕨家に引き取られた元孤児であると噂が流れ、本人もそれを肯定した。そんな話を笑って出来る程度に「早蕨光」と言う少年は人間が出来ているのだ。


 ボランティア活動に汗を流し、道で配られるポケットティッシュもチラシも余すことなく貰う姿は凄いを通り越して滑稽であろう。それでも輝く笑顔を浮かべる少年は、確かに主人公なのだ。


 だから帳は彼が嫌いだった。


 その真っ直ぐ過ぎる信念で、ハッピーエンドしか求めない性格に虫唾が走る。世の中すべてハッピーエンドにしなければ気が済まない光は、それをディアス軍である自分達にも求めようとしているのだ。


 ルールなど打ち壊してしまえ。求める未来を掴む為に夢を描け、希望を抱け、手を繋ごう。


 そうすれば叶わぬ夢などないのだから。


 そんな崇高な意思を持つ光を帳は鼻で笑う。


 バッドエンドもトゥルーエンドも、ハッピーエンドさえも光の基準で、光がそうと決めたものなのだから。


 幼くも真っ直ぐな彼に周りはきっと好感と希望を持って付き従うのだろう。そうやって出来ている。そうやって光は今までやってきた。


 彼は帳にすら「生きろ」と言う。


 その姿勢を帳は嫌悪した。


 それと同時に、氷雨の兄が率いるルアス軍のチームも嫌悪した。


 自分達が生きる為に鍵を差し出せ。最期の時が近づけば知らせてやるから、それまでのうのうと生きれば良い。


 そんな台詞を当たり前のように言い放ち、妹と弟に突きつける姿勢は流石の帳も呆れた。呆れ返った。


 そんな話を態々する為に呼んだのかと馬鹿らしくもなったが、目的が鍵であるならば相手は有利だと思わざるを得なかった。


 鍵と言うのは本来、兵士との通信機か祭壇作成の道具である。


 それを壊されることは、生贄を集める根本が難しくなると言うこと。今まで自分達が作ったダミーの祭壇も本祭壇もある程度壊されたと聞けば尚更だ。


 自分達で作れないならば誰のかも分からない祭壇に生贄を祀っても良いが、ルアス軍とて祭壇の数が徐々に増えなくなれば有利になるのに変わりない。


 何処どこに祀ろうと、壊されれば生贄を抱えた状態で別の祭壇を探さなければいけなくなる。そうすれば今度は残りの生贄を集めることに手が回らなくなる。


 自分達の鍵があれば考えた場所に祭壇を建てられるが、誰が建てたかも分からない祭壇を探して祀るなど付け焼き刃だ。


 単純な話であっても、その効果は絶大。


 それをディアス軍の戦士全員にすればルアス軍の勝ちも見えてくる。と言うより、勝利に指がかかる距離まで行かせてしまう。


 それの阻止は絶対だ。自分達が死なない為に、明日を生きる為に。


 考えながら、帳はペリの天園の真下へやって来た。


 太陽が真上を外れて斜めの位置にある為、天園の下に来ても影にはならない。芝からは輝く光りの粒が少しだけ舞った。


 帳は息を整えて周囲の空気を感じてみせる。


 湿度を上げて、上げて、上げていくことに努める帳。


 帳が操ることが出来る空気はそこまで広い範囲ではない。


 体調にも左右され、感情も影響を与えてくる為に良く出来ても直径五mと言ったところだ。それ以上を超えれば超えるほど帳の体力は削られ、体調は悪化する。


 空気を操ると言うのは、そう言うことだ。たかが人間の少年が大気を操るなど容量が合っていない。


 それでも、だからこそ帳はそれを顔には出さない。


 彼は周りの空気の湿度を上げる。じっとりと梅雨のように湿った空気は不快で、それでも小さな盾にはなる。


 帳はそれを知っていた。知っていたが、壊されることも十二分に理解していた。


 雷が轟く音を聞く。


 それは湿度の高い空気を壊して、壊して、壊し尽くして轟を反響させる。肌を震わせる雷鳴と電光は帳の目を焼きかけて、少年は咄嗟とっさに瞼を閉じて躱した。


 地面を焦がした雷が空気を焼いている。


 帳の頬を汗が流れ、それでも林から出てきた美丈夫から視線を外しはしなかった。


 完成された容貌ようぼうの色一つ変えず、地面にしっかりと立っている男。


 掌には可視化出来るほど凝縮された静電気があり、最初に氷雨に放ったものより確実に威力があるものだ。


 帳は姿勢を正して人懐っこく笑う。


 出来上がり過ぎた美しさと言うのは、他者を近寄り難くさせるのだと学びながら。


 氷雨が彼ほど完成させられていなくて良かったと安堵しながら。


 凩時雨は静かに帳を見据えている。


 細流梵と同程度の高身長である彼は本当に氷雨の兄なのかと疑いたくなるが、そんなことを言えば少女は顔に見せずに拗ねるだろう。


 帳は思いながら、両手を軽く広げていた。


「どーも、お兄さん。仲間を返して貰いに来たよ」


 チグハグな空気が帳を包む。彼はそうだ。笑いながら楽しまず、笑っているのに笑わず、笑う癖に興味が無い。彼の笑顔とはそういうものだ。


 泣けば同情される。無表情でいれば楽しませようと気を使われる。


 両親を亡くした少年に、世間は哀れみと言う名の優越感を押し付けた。


 可哀想だから優しくしなくてはいけない。


 そんなことを誰が望んだのだ。


 だから帳は笑っている。


 鬱陶うっとうしいと感じるものを得ない為に、相手を不快にして突き放す為に。


 その笑みに笑い返した氷雨は、やはりどこかおかしかったのだ。


 その「おかしさ」を与えた要因の一つは、恐らくあの兄である。


 帳は検討をつけながら、片眉が上がっても美しい時雨を見つめていた。


「氷雨はどうした」


(開口一番がそれかよ)


 帳は内心で毒づきながら首を傾ける。その口は楽しそうに弧を描き、どうでもよさそうに言葉を吐くのだ。


「あの子は違う所に行かせたんだ〜。だって足でまといだし。ここに呼んでも何も出来ないよ。だから俺が来た。はいこれ鍵ね、五人全員分」


 帳はズボンのポケットから五人分の鍵を出してみせる。


 細流梵、楠紫翠、闇雲祈、凩氷雨、結目帳。


 彼ら全員の鍵が少年の指に引っかかっており、時雨は細めるのだ。


「五人分とは、またどう言う風の吹き回しだ?」


「別に? 五人分の鍵と交換で三人を返してもらうのを氷雨ちゃんはご所望だからね。後のことは後で考えるよ。大切なのは今と仲間だ」


 帳は笑っている。


 見ている相手の足元を不安定にさせるような、感情の籠っていない笑みだ。道化と言っても良いかもしれないが、恐らくまだ道化師の方が笑う。


 時雨は暫し考えるように黙り、その横には白玉に乗った出雲と、転移した相良が現れた。


 最も必要とする鳴介が現れないことを確認しつつ、帳は笑い続ける。


「わーお! 結目帳君じゃんか! しかも何々? その鍵全部くれんの? やったー大好き!! ご褒美の投げキッスあげるね!!」


「はは、いらねぇよふざけんな」


 ふざけてウインクする出雲に、笑顔で嫌悪を示す帳。その反応に出雲も泣く素振りを見せた。


「泣いたと思った? ざんねーん、出雲ちゃんは泣かないのでしたー!」


 しかし出雲は直ぐに顔を上げる。


 一人空気が読めていない雰囲気の彼女はその実、一番空気が読める存在だ。だからどんな所にも立ち回ってみせるし、常に楽しいを求めて奔走する。


 そんな自分を冷ややかに見下ろす時雨にも彼女は直ぐ気づき「ごめーんね、時雨様」などと、やはり茶目っ気を入れて手を合わせるのだ。


 時雨を息をつきたくなるのを我慢して、帳が持つ五本の鍵に視線を戻す。


 帳は防御の構えを取ることもせず、ただそこに立っていた。


 それが純粋な交渉な訳が無い。


「闇雲」


 時雨から呼び声が零れた。


 それに答えるように林から一つの影がやって来る。それを帳が見つめていれば、まず影から出てきたのは二本の腕だった。


 それが芝を掴んで頭、首、上半身が順に姿を現していく。


 軽い動作で最後に出てきた足を地面に着いた鳴介は、穏やかに微笑んでいた。


「はは、気持ち悪い」


「そっか、ごめんね」


 どうでも良さそうな口調の帳。その悪意ある言葉も鳴介は気にせず、まるで仏の如く笑うのだ。


 それがやはり帳は気に入らず、両手の指に引っ掛けた鍵を揺らす。


 流石に五本の鍵を揺らされれば鳴介の顔色も微かに変わり、その人間らしさを帳は嘲笑あざわらった。


「さぁ、交換しようよお兄さん方。細流梵、闇雲祈、楠紫翠の三人と俺達五人分の鍵、これを同時交換だ」


 帳は明るく笑い、冷めた口調で提案する。


 鳴介と相良は時雨を一瞥し、白玉と出雲は黙って事の成り行きを傍観していた。


 時雨は伏せていた瞼を上げて、澱みなく言っている。


「返すのは一人ずつだ。鍵を二本渡せば一人返す、また二本渡せば一人返す、最後は一ずつの交換だ」


 時雨は帳の出方を伺っている。茶髪の少年は少し黙って目を細めると、幼い笑みを顔に携えてあっけらかんとした。


「オーケー、じゃあそうしよう」


 帳は芝の上に鍵を二本投げ落とし、時雨は潔い少年の動作に目を細める。


 余りにも聞き分けが良過ぎる帳。


 それいぶかしんだ時雨は、自分の妹を探した。


 しかし見える範囲にあるのは芝か林か、ペリの天園の底かと言った所。


 小柄な妹がどこかに隠れて機を伺っていると兄は思うも、だからどうなるのかと頭を切り替えた。


 人数や力量的に上なのは時雨達。氷雨が何処からか飛び出してこようとも、対処はその都度出来ると兄は予想を立てたのだ。


「時雨さん、良いんですか?」


 鳴介は今一度時雨に確認しておく。


 自分達から仲間を奪還し、且つ鍵を全て渡さずして帳が逃亡出来るとは鳴介も考えていない。それでも帳が何を考えているか分からないのもまた事実。


 時雨は視線で頷き、鳴介も頷き返した。


 少年は自分の影に腕を差し込む。


 瞬間、彼の背後から輝く蔦が伸び、時雨達は反応した。


 その植物が一体誰のどう言った能力かは判断出来ないが、起こったことには対処するのが彼らだ。


 植物は身構えた白玉達を躱し、鳴介に向かって一直線に伸びていく。


 少年は反射的に影から離れようとするが、瞬きの間に足元の芝が輪となり、鳴介の足を動かなくした。


「しまッ」


 対処が遅れる鳴介を超えて植物は影の中へ侵入する。


 それを止めようと鳴介は試みるが、突如として後ろから押され、その反動に合わせるように芝が解かれた。


 見る。


 居るのは緋色のドラゴン。


 彼女は確かに鳴介に向かって頭突きをし、少年の手が影の中に沈む。


 白玉が直ぐに吠えようとすれば蔦は瞬時に狼の口を塞ぎ、出雲は手首につけている銀のブレスレットを甲高く打ち合わせた。


 ブレスレットは形を手甲鉤へと変えてみせる。


「切るよ!!」


「させない」


 出雲の関節を瞬時に固定した蔦。


 それに彼女は奥歯を噛んで笑い、時雨と相良は声の主を探した。


 林の奥で動く灰色。


 それに向かって雷を打ち込んだ時雨は、盾となって現れた蔦の壁が発火する様を見る。


 時雨は舌打ちし、相良は投げられている鍵を回収しようと転移した。


 相良が鍵に手を伸ばす。


 しかし、嘲笑うように鍵が風に引かれて相良は舌打ちをした。


 顔を上げれば、自分を見下ろす帳が目の前にいる状況。


「俺、お前のこと好きくないんだよねぇ」


 帳は無表情に呟き、相良の目が蔦によって雁字がんじがらめにされる。見えなければ転移が出来ない相良は悔しがり、自分を囲っていく蔦を引っ掻いた。


 体勢を崩し、両手を影の中に着いてしまっている鳴介。


 沈む彼を引き起こそうと手を伸ばした時雨は、それより早く仲間を影へ突き落とす少女を見た。


 片足に茶色いクワッドスケートを取り付け、勢いよく鳴介に抱きついた氷雨。妹は兄の手を躱し、戦士と共に影へ沈む。


 時雨は指先を掠めた氷雨の髪に驚き、しかし直ぐに影へ飛び込もうと決めた。


「行かせない」


 それより先に動いた蔦。


 輝くリフカは時雨の関節を出雲同様に拘束して後ろへと引き、時雨は眉間に皺を寄せた。


「ごめんね。でもお兄様だろうとさ、メシアの道は塞がせたくないわけだよ」


 時雨の横に現れたのは、微笑みを携えた泣語音央。


 森の一部ではリフカの壁が燃えており、時雨のこめかみに血管が浮いていた。


「誰が、お兄様だ」


「君のことだけど何か?」


「お前ルアス軍か」


「うん。でも勝ちに興味無いんだ。メシアが生きていればそれでいい」


 音央は頬を高揚させながら言い切り、時雨の眉間の皺が深くなっていく。


 帳は氷雨と鳴介が飛び込んだ影に爪先から入り込み、暗い世界に一瞬視界が奪われた。


 影の中は酷く冷たい水の中のようだ。


 上を見れば、地上に出来ている影の部分から光が射し込む奇々怪々な現象が起こっている。下を見ると、氷雨と鳴介が取っ組み合いをしている様子が確認出来た。


 音央の植物は鳴介が開けた影に入り込んでおり、そこが唯一の出入口となっている。


 鳴介が地上に上がらないよう氷雨が足止めしている間に、こちらへと泳いでくる三人の姿を帳は見た。


 目を丸くしている祈達を確認して帳は上を指す。


 植物が入り込んでいる影を見た紫翠と梵は、ルタを抱えた祈の肩を押しながら足を動かし、鳴介に掴みかかっている氷雨の確認もした。


「氷雨さん!」


 少しだけ篭った祈の声を聞き、氷雨は一瞬だけ少年に顔を向ける。


 微かに笑った少女の横顔は酷く安堵しているようだった。


 その隙を見て鳴介は氷雨を押しのけるが、クラッドスケートから形を変えたりずが少年の足を掴んで離さない。


 りずの片側は氷雨の手首と繋がっており、鳴介は歯痒そうに足を何度も蹴る姿をした。


 帳はそれを確認しながら梵達を先に影から出させる。


 久しぶりに光りを浴びた梵は、すぐ近くでリフカに雁字搦めにされている時雨達を確認しつつ影から這い上がった。


 それに続いて、華奢な手が影から伸び出る。


 それを掴んだ梵は紫翠を引き上げ、次に伸ばされたノースリーブの片腕も掴んだ。


 祈とルタを引き上げた梵は直ぐにその場から距離を取り、植物が入り込んでいる影を見つめる。


 その中では帳が氷雨の腕を掴んで泳ぐ姿があり、りずは鳴介を離していた。


 だが、次に相手を捕らえるのは鳴介だ。


 彼は氷雨の腰に手を伸ばし、少女を影の中に閉じ込めようと試みる。


 帳の腕も掴んだ少年は、ディアス軍の彼が手首にかけている五本の鍵を確認した。


 氷雨から手を離し、鍵へと伸ばす鳴介。


 それを察した帳は直ぐに腕を遠くへ伸ばし、氷雨が鍵を受け取った。


 手錠になったりずが氷雨と帳の手首を繋ぎ止める。


 それを見計らったように一部のリフカが伸びて氷雨に巻きつき、地上へと釣り上げた。


「ぅあッ」


「うおお!!」


「ッ、行くよ」


 投げ出された氷雨を抱えた帳は、自分達を見上げる梵達を確認する。


 突風に乗ってそちらへ近づいた帳は、梵に向かって言っていた。


「二人離すなよ!! 鉄仮面!」


「分か、った」


 頷いた梵の体が風に巻かれて浮かび上がる。


 影から這い出た鳴介はその姿を確認し、奥歯を噛み締めていた。


「祈!!」


 たった一人動ける鳴介は駆け出し、しかしリフカが行く手を塞ぐ。


 囲われていく少年が見たのは満足そうに笑う音央であり、信者は軽やかな足取りで一枚の浮遊する葉に乗っていた。


「メシアを見失うわけにはいかないから、俺はこれで退散するよ」


「ッ待て!!」


 鳴介は叫ぶが、音央は聞かずに葉が前方へ進んでいく。


 それは確かな速度を持って林の中を突き進み、空を飛ぶ氷雨達を見失うことなどしなかった。


 飛び去る帳達がようやく見えなくなったところで、相良達は解放される。


 時雨は息をつき、見えなくなった黒達の方を見つめていた。


「時雨さん、追いますか」


 微かな焦りを滲ませた相良が立ち上がる。「やめとけ」と息をついた時雨は相良を静止し、鳴介は手を握り締めた。


「すみません、俺が迂闊に……」


「なーに言ってんのさ!! ドンマイドンマイ鳴介っち! こういう日もあるさ〜!」


「でも!!」


「落ち着け闇雲。迂闊だったのは過信してた俺だ。お前は悪くない」


 顔色を悪くする鳴介の肩を叩いた出雲と時雨。慰められた少年は口を結ぶと、首を横に振って自分を責めた。


 時雨はそんな仲間の頭を乱暴に撫で、地面に座り込んだ相良に近づく。


 髪を金色に染めている少年は遠くの空を見つめており、近づいた時雨に気づいていた。


「時沼」


 時雨は相良の横にしゃがみ、金髪を掻き混ぜるように撫でてみせる。


 顔を下に向けた相良の頬を、一粒の熱い雫が流れていった。


「ッ、すんません……」


「良いから、お前も少し落ち着け」


 時雨は目を細めながら、相良の頭を撫で続ける。


 相良は「っす」と返事をし、顔を袖で拭いた。


 時雨は相良の頭から手を下ろし、立ち上がっている。


「……明日から俺、凩に合わせる顔、ねぇっすわ」


「……そうだな」


 震えそうな声で相良は呟いてみせる。


 時雨は顎を引いて相槌をうつと、鳴介の肩を笑いながら叩く出雲に息をついた。


「おい屍、止めとけ、闇雲が折れる」


「折れ、ない、です!」


「あはははは! さぁーてリーダー! 新しい作戦を立てるかい?」


 出雲は白玉の背に腰掛けながら時雨を見る。青年は「あぁ」と返事をし、燃え尽きたリフカを一瞥した。


「アイツらの鍵は必ず奪う」


 時雨は宣言し、鳴介と相良は確かに頷く。


 出雲は楽しそうに「あいあい船長!」と敬礼し、白玉は息をついていた。


 時雨は振り返らない。


 自分の手をすり抜けた妹の鍵を、奪ってみせると誓いながら。

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