豪然たる守護者編

第83話 勝敗

 カウリオさん達と手合わせをした後、直ぐに私達は空から伸びてきた黒い手に掴まった。


 放り出されたベッドの上で暫し放心すれば、重たかった手足への力の入れ方が思い出される。


 大丈夫。昨日とは違う。直ぐに起きることが出来るし、まだ万全ではないがひぃちゃんだって戻ってくれた。


 後は、らず君だけ。


 ひぃちゃんが抱えていたらず君の欠片を、りず君の針が変形した器に入れていく。ひぃちゃんも顔に疲れた色を浮かべており、私はやっぱり心配になってしまうのだ。


 りず君がもう一つ針を器状にしてくれる。その中にお姉さんは座り込み眠る体勢に入っていた。


 私はその様子を確認してひぃちゃんとりず君の頭を撫でておく。りず君は軽く欠伸をして、ベッドの脇で眠る体勢を整えていった。


「らずもひぃも、なかなか万全にはなれねぇよなぁ」


「そうだね……ごめんりず君。ありがとう」


「なーに謝るんだよ。もっと頼れよ氷雨」


 りず君は笑ってくれて、私も自然と笑うことが出来る。彼が眠るのも見届けた私はカーテンを開けた。


 呼吸が出来る。


 大丈夫、大丈夫だよ。


 私は携帯にやって来た通知を見る。そこには〈今日は学校がある〉と言うクラスメイト達のメッセージが並んでいた。


 支度を済ませて朝のニュースを見る。映るのは警察の人の会見や煽るテレビ関係者達だ。


 昨日の不審者が隣の県で発見されただんて、アミーさんも手の込んだことをしてくれたよな。未だ逃走中とのことだが、警察官の目の前で笑いながら海に飛び込んだのならば、もう二度と見つからないと思ってもいいだろう。


 半分以上聞き流して朝食に噛り付く。トーストに乗せた目玉焼き、良い感じで焼けたな。


 一人満足して、向かいの席に座るお母さんとお父さんに視線を向ける。目が合った二人はどこかぎこちなく笑っていた。


 家族である筈なのにこの距離は何だろう。


 まぁ、もういいか。


 私はここに帰ってくればいい。二人と一緒に朝ご飯を食べて、学校に行って、友達だと思える子達に会って、笑ってみる。それは日常であり、普通であり、平和なのだ。


「昨日の不審者情報のせいで、親には日課のランニングも止めとけって言われるしさぁ」


「栄の家って学校近いもんね〜」


「なずなもでしょ」


「そうだけど、私は家の庭で素振り出来るし!」


「このバド部……」


「へへん」


 登校すれば、気の置けない会話を耳にして笑ってしまう。


 これでいい、これがいい。普通が好きだよ。普通と退屈を履き違えるな。普通とは幸せなのだ。退屈は、日常に溢れている幸せを幸せだと思えない心が作り出す虚構だ。


 この幸せを、普通を、過ぎる時間を愛していろよ、凩氷雨。


 心が壊れようが生贄を捕まえようが、お前が帰ってくる場所はここだ。この日常なのだ。


 大好きな両親の元に帰ればいい。あの家に戻ればいい。それで良いんだよ。私はあの場所を求めているのだから。


 しんどさが平常になった体はやはり睡眠を求めて、授業中は舟を漕ぎかけた。それに耐えながら進んでいく時計を確認し、今日は校門の所にいなかった時沼さんを思って帰宅するのだ。


 * * *


 ブルベガー・シュス・アインスにて、私はカウリオさんと会話する機会を設けていただいた。


 要塞のようなお城の最上階。そこのテラスから見下ろせるシュス内は賑やかで、私は目を細めてしまう。


「……カウリオさん」


「なんだい」


「今までこの変革の年を、何回ご経験されましたか?」


 手摺を握りながら聞いてみる。カウリオさんは少し間を開けてから「これで五回目かな」と笑っていた。


 ヴァン君達より一回多い経験値。私はその先を問おうとして口をつぐんでいた。


 聞いてどうする。あぁ、くそ。言葉が出ないとはこのことか。


「どれくらいで競走は終わるか、かい?」


 私の聞きたかったことがカウリオさんの口から零される。顔を上げると、穏やかな笑みを浮かべた王様が私の頭を撫でてくれた。


「……顔に出てましたか?」


「あぁ、そうだね」


 苦笑してしまい、カウリオさんは私の頭から手を下ろしていく。見上げた彼はシュスに視線を向けたようで、私も同じように顔を向けた。


 シュスの中にある決闘場が盛り上がってるな。


「短くて三ヶ月、長くて半年と言ったところだろうな」


 その答えを聞いて、私は口を結ぶ。


 この競争が四月から始まって既に三ヶ月目。六月である今は、きっと集中力や警戒心が切れて進展や好転が始まる時期。


 一昨日の早蕨さん達の襲来がいい例だ。


 ――貴方達は、ディアス軍は間違ってる。どうして自分の為に誰かを殺せるんですか! どうして他の道を探そうと思わないんですかッ


 頭の中で声が反響して目を瞑ってしまう。未だに流れる正論は私の心を殴るのだ。


 駄目だ痛むな、思うな、考えるな。


 私は頬を伝った冷や汗を拭い、カウリオさんが「だがな」と続けた声を聞いた。


「変革の年がやってくる感覚が、例年縮まっているように思うんだ」


「感覚は一定ではないのですか?」


「あぁ、その年を変革の年と決めるのはこの世界の創造主様だからな。そのお触れを統治している派閥が一斉に知らせにやってくる。前回は……そう昔では無かったよ」


 カウリオさんは指折り年を数えて「二十三年前か」と零される。そのあまりにも少ない数字に私は目を見開いてしまった。


 二十三年。


 何で変革の年の感覚を狭める必要がある。ルアス軍の統治に問題があるならばディアス軍と交代してしまえば良いのに。開催の年数なんて気にしていなかったけど、この意味って。


 不意に。


 沈みかけた思考に割り込んでくる大きな音がして、反射的に私の意識と目が決闘場の方を向いた。カウリオさんは楽しそうに笑っている。


「これはこれは、ヒサメの仲間の中でも特出とくしゅつして強い者がいるんだな」


「特出して……」


 私は言葉を繰り返し――細流さんを思い浮かべる。


 決闘場からは破壊音と砂煙が上がり、私の肝は冷えてしまった。


「なぁ氷雨、梵の奴、なんか変だ」


 りず君が腕に擦り寄りってくれる。私は彼の頭を撫でて頷き、ひぃちゃんは背中に回ってきてくれた。


「行きますか、氷雨さん。ここから下ろすことでしたら今の私にも出来ます」


「……うん、ひぃちゃん、良かったらおねがいした――」


 言いかけたところで、目の前に影が出来る。


 見れば宙で逆さまを向いている帳君がいて、私の口は「ぃぃあッ!?」なんて素っ頓狂な声を出すのだ。


 帳君は手摺に足を着くと、呆れた顔で指摘してくる。


「そんな、お化けが出たみたいな声出さなくてもよくない?」


「ぅ、すみません……」


「許してあげよう。それよか、鉄仮面の所行くつもりでしょ? 氷雨ちゃん」


 手摺にしゃがんだ帳君の指に髪を引かれ、私は頷く。今でも決闘場の方からは瓦礫が砕けるような音は続き、歓声も大きくなっていた。


 お節介と言う嫌な性格が発動して気になってしまっております。はい。


「まだまだ不完全な状態で行っても飛び火食らうよ。アイツ今化け物級だから」


「ば、化け物級……」


 帳君が口にした「不完全な状態」という表現を否定出来ないまま、私は彼の手の甲に触れる。帳君の手は私の髪を指に絡めた状態で停止した。


「細流さん、なにか怒ってたり?」


「……別にいつもと顔は変わらないし、怒ってるってわけでもなさそうだよ。なんて言うかな、八割の力出してるって言うのか見境がないって言うか」


 帳君は目を瞑りながら呟いて「うん、そうだ」と自分の言葉に納得したようだった。


「見境がないんだな。ブルベガーなら誰でもいいから戦わせろって感じ」


「ひぇ……」


 情けない声を出しつつ、帳君を見つめてしまう。彼の手の甲から指を離せば、逆に握られたので仕方がない。


 私の隣に足を着いた帳君と手を繋ぎ、それは軽く揺らされた。


「氷雨ちゃんてさ、鉄仮面のことどこまで知ってんの?」


「知ってることですか」


 改めて問われたので考えてみる。


 しかし思えば、私は細流さんについて知らないことばかりで、こうかもしれないと言う予想しか出来ないと気づくのだ。


「大学生ってことと、体感系の能力の大雑把なところ……くらいしか知らないです」


「そ、俺も」


 頷く帳君の横顔を見て、私は肩をすくめてしまう。


 いつも頭を撫でてくれる人のことを何も知らないに等しいだなんて、それを仲間と言って良かったのかな。私は思いたいのだけれども……。


 細流さんが何を考えているのか、私には分からない。いつもどこに焦点が合っているのか分からない目をして、何を考えているか分からない無表情。振るう拳も蹴りも鋭く強いのに、彼はまるでそこに感情を乗せていない。


 出会った頃の帳君のような、感情の乗らない言葉と同じように。


 当初の祈君のような、全てを諦めて手に入れようとしない目と同じように。


 最初の頃の翠ちゃんのような、他者を寄せ付けない後ろ姿と同じように。


 出会ってからずっと、自分を守る為だけに張った私の笑顔と同じように。


 細流さんの持っている力は、他者と自分の間に壁を作る道具と化しているように思えてならないのだ。


 私はそこまで考えて首を軽く横に振る。先入観や主観的考えは見方を曇らせる要因になりかねないから。


 駄目だ氷雨、一人で考えるな。


 思い直した私は息をつき、降ってきたカウリオさんの言葉を聞いたのだ。


「ソヨギ、と言ったかな? 彼は」


「はい、細流梵さんです」


「そうか……」


「……カウリオさん?」


 押し黙るように口を閉じたカウリオさん。私は首を傾げて彼を見つめて、気づいたような王様は「勘違いかもしれないが」と前置きしていた。


「ソヨギは自分を持っていないのではないかな」


「自分を……?」


 どう言う意味か分からなくて、私は先を促すようにカウリオさんを見てしまう。王様は頬を掻き、考えながら言葉を紡いでくれた。


「あぁ……ソヨギと初めて視線を交えた時、私は正直、生きているのかを疑ったよ」


「ぇっと……」


「生気を感じないってこと?」


 相槌によどんだ私の代わりに帳君が聞いてくれる。それに肩の力を抜きつつ、カウリオさんの言葉で生まれた不安は私の心に根を下ろしてしまった。


 カウリオさんは頷いている。


「何にも執着していないと言えるあの目には輝きというものがない。強さが欲しい、優しくなりたい、幸せを掴みたい、自由を手にしたい……そう言った感情を一切合切いっさいがっさいソヨギは捨てているように見えてね」


 細流さんの片言な言葉が私の脳裏で反響する。何をされても受け流すような、何も感じていないような態度が目の前に浮かぶ。


「考えすぎだと良いんだがな」


 カウリオさんは微笑んで、私は反射的に帳君の手を握り締めてしまう。それを帳君は握り返してくれた。


「あながち間違ってないと思うよ。アイツは自分のこと二の次だし、何考えてんのか分かんないから扱いづらい」


「それお前にも言えるからな? 帳」


「えー、俺くらい素直な奴そういないと思うけどー」


「その態度だ、その態度!」


 笑いながら平坦な声を出す帳君。そのチグハグ性は苦手なのだが、それも彼らしさと言えばらしさのようで全否定は出来ない。りず君の深いため息が聞こえたな……。


 不意に顔から笑みを剥いだ帳君は繋いでいた手を離し、肩に回してきた。


「冗談は置いといて、あぁ言う態度の奴は偽善者か操り人形かってところだけど、鉄仮面は後者だろうね。前者は早蕨光みたいな奴」


「と、帳君……」


「あぁ、言葉が悪い?」


 確認されるから曖昧に首を傾げてしまう。


 操り人形と言うのは意思を持たない玩具だ。それを人に例えるというのは、どうにも私にははばかられる。帳君は「じゃあ訂正」と空いている人差し指を立てていた。


「昨日アイツは氷雨ちゃんや俺達に、守れなかったことを謝ってたじゃん?」


「は、はい」


「俺達は守られたいなんて言ってないし、なんなら鉄仮面とやり合ってた格闘単細胞を相手してくれてただけで十分なのにさ。責任感を溜め込む氷雨ちゃんもタチ悪いけど、その溜め込んだものを一切見せないアイツはよりタチ悪いよ」


「タチ悪いですか……」


「そう、今伝えたから自重してよね」


「ど、努力します」


 額をつつかれながら頷いておく。


 そんなに溜め込んでいた気もしてないし、責任感とは一体。


 いや、隣を見れば一目瞭然だ。


 りず君達の異変が私の結果。それをきちんと帳君は指摘してくれたし、翠ちゃんや祈君だってずっと心配してくれている。そろそろ、そんなことは無いなんて言っては駄目だ、本当に。


 自分に言い聞かせて細流さんを思う。彼の表情は殆ど動くことがなく、時々眉とか目元が微動するかってところだ。


 彼は口数も少ないし、何を考えているのか全く悟らせてくれない。動作はいつも労わるようなのに、戦闘になれば空気が変わる。


 本人から聞いた訳では無いが、彼はきっと何かの武道を極めた人だ。素人目だがあの空気は尋常ではない。


「細流梵は守護者の気分なのかもね、俺達の」


 帳君の言葉と同時に、酷い破壊音が聞こえる。帳君と私は弾かれるように決闘場へと目を向け、今までで一番大きい砂煙を視界に入れた。


「おぉ、白熱しているようだね」


 カウリオさんは軽い調子だが、本当にその反応は正しいのかと疑ってしまう。帳君は「ぅっわ……」と零し、瞬間、テラスと部屋の境に白い服を着た彼が現れた。


「時沼さん!?」


「よ、こがらし……」


 咳き込みながら片手を挙げてくれる時沼さん。彼は青アザの出来た口元や血の出ている額を拭っている。染められた金髪は埃がついており、白い服には所々赤が散っていた。


 一瞬で全てが映像として頭に叩き込まれる。胃が痛み、頭が熱くなった。


 帳君の腕から離れて、膝が笑っている時沼さんに近づく。彼は直ぐにうずくまっていた。それを反射的にりず君と一緒に支えて私も膝を着く。


「な、何があったんですか、時沼さん」


「いや、これは俺が悪いんだ……」


 震えそうな声で聞けば、時沼さんは私の肩を柔く叩いてくれた。


「悪いって……」


「細流さんがすっげぇ勢いでブルベガー達ぶっ飛ばしていって、大体倒したと思ったら、なんか相手に俺が指名されてさ……。断るのも悪ぃし、軽い気持ちで手合わせしたら……このザマ」


 座り込んだ時沼さんの背中を撫でつつ「ぉ、おぉ……」と返事に迷う。


 細流さんが時沼さんに手合わせの相手を頼むだなんて。一緒に翠ちゃんと祈君が居る筈だけど、どう言う心境なんだろう、細流さん。


 時沼さんは脇腹を押さえて目を伏せて、怪我の程度が酷そうだ。


「氷雨さん」


「ひぃちゃん、ぁ、ッ、らず君」


 らず君の欠片を抱えたひぃちゃんが時沼さんの肩に留まってくれる。


 淡く輝いてくれるらず君は時沼さんの痛みを和らげてくれたようで、彼の表情からは緊張が抜けたようだった。


「……ありがと、凩」


「いえ、これはらず君の力なんです……だからお礼は、彼が治った時に伝えてもらえたら、幸いです」


 私では貴方の痛みを和らげることは出来ない。らず君が居てくれたから。ひぃちゃんが気を利かせてくれたから。


 思いながら時沼さんの背中を撫でて、私は頭に置かれた手を感じた。


「帳君」


「その金髪労わるなんて、氷雨ちゃんのお人好し発動か」


「……ぃゃぁ」


「凩は悪くねぇぞ。俺の過信のせいだ」


「そうだろうね。これを機に自意識過剰も大概にしなよ。鉄仮面と一体一での戦いなんて愚行の代表例みたいなもんだから」


「おう、学んだ」


 帳君は笑い、時沼さんは目を瞑っている。空気がトゲトゲしいのは勘違いだと思いたい。


 この二人仲悪いのかな。どちらも悪い方ではないのですが。そして帳君、まだあまりよく知らない方になんでそんな喧嘩腰……。


 私は言葉を探して、その時、後ろから近づいてくる悲鳴を聞いた。勢いよく振り返ってしまう。


 大きな音を立てて手摺を掴み、淵に片足をかけている細流さん。


 彼の背中には祈君が青い顔で捕まり、片腕には翠ちゃんが抱かれていた。


 空を優雅に飛んできたルタさんは祈君の帽子を咥えており、細流さんは軽い動作でテラスに足を着いている。


 え、待てよ、今どこからこの人跳んできた?


「相良、無事、か?」


 私が疑問を聞く前に、翠ちゃんと祈君を下ろした細流さんが聞いている。時沼さんは「っす」と頷いて、細流さんは無表情のままだ。


「すま、ない、加減を、間違え、た」


「いや、俺も軽率でしたんで、気にしないでください」


 顔を緩めさせた時沼さん。細流さんは頷いて、カウリオさんは声をかけていた。


「ソヨギ、勝ち負けが決まらないことが気になっていたようだが、落ち着いたかい?」


 カウリオさんの微笑みに細流さんはゆっくり顔を向ける。穏やかな動作で頷いた細流さんは、それでも満足したという空気には見えなかった。


「手合わせしたブルベガーとの決着が着いてないからって、混ざってきた住人諸共ぶっ飛ばさなくても良かったんじゃない?」


「……すごかった、です」


「……そう、か」


 翠ちゃんと祈君の言葉に細流さんは呟き、時沼さんに視線を戻す。らず君の補助でだいぶ楽になったような時沼さんは、ひぃちゃんの頭を撫でてくれた。


「ルアス軍の……俺を、知っていた、奴とも、決着が着いて、いない……それを、相良に、重ねてしま、った」


「あぁ、あの格闘単細胞か」


 帳君は理解したように息をつき、私を立ち上がらせてくる。私はふらつきながら体勢を整えて、細流さんに目を向けた。


「引き分けってことで次の時に決着つけたら良いのに。何そんなに苛立ってんだか」


 帳君の言葉に細流さんの眉が微かに動く。


 チグハグが無くなりつつある帳君を見た細流さんは、何処までも感情が――無だ。


 何もその目の中にはない。何も読み取れない。それに失礼ながらも鳥肌が立ってしまい、細流さんは言っていた。


「俺が、苛、立つ?」


 それは、感情を置いてきた声。


 機械の朗読のような平坦さ。


 いや、今のご時世、もしかしたら機械の方がまだ抑揚をつけるかもしれない。


 そう思わざるを得ないほど細流さんの中に感情と言うものを見つけられない。隣に立つ帳君は「そうだよ」と答えて、その首筋には薄らと汗が浮いていた。


「勝ち負けは、付けねば、ならない。勝者と、敗者を、決めねば、ならない」


 答えた細流さんは、本当にそれを心から言っているのか。


 分からない私は、立ち上がった時沼さんの背に手を添えていた。


 その時。


 大きくも軽い音がして、見れば細流さんの背中を叩いた手があったのだ。


 叩いた当人である翠ちゃんは呆れたように息を吐き、細流さんは目をゆっくりと瞬かせている。


「しっかりしなさい、細流」


 細流さんの背中を今度は柔く叩く翠ちゃん。細流さんは目を伏せると、先程のような機械性を薄くした声で頷いた。


「分か、った」


 その言葉に安堵して、ふとカウリオさんを見る。彼は穏やかに穏やかに、微笑んでくれていた。

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