第49話 強訴

 

「凩ちゃん、意識ある?」


「……ぁります」


 若干掠れた声で答えて、私は結目さんに芝生へと下ろしてもらう。それに頭を下げて「ありがとうございます」を伝えれば、結目さんは何も言わずに私の髪を風で揺らした。


 ここは、グローツラングの樹海を抜けた先にあるエミュの湖。細流さんと楠さんをゆっくり芝生に下ろした闇雲君は、肩で息をして同化を解いていた。


 私はひぃちゃんにりず君、らず君を膝に乗せて息をつく。


 視界に入れた自分の右手と左足に皮膚はなく、輝く宝石へと変化していた。手の甲から指先、手首にかけて右手は変わっており指は動かせない。


 左足は脹脛ふくらはぎから足先が変わっており、服も靴も硬くなってしまっていた。


 無事な左手で額と右目を触ったが感覚はない。あるのは宝石独特の滑らかな肌触りで、右目の視力は完全に無くなっていた。


 その事実が怖くて、戻らなかったらどうしようと言う不安と、命があるだけマシだと言う叱責が胸の内でせめぎ合う。


 結目さんは私の右側に腰を下ろし、細流さんと楠さん、闇雲君も座り込んでいた。


「氷雨、その、手に、足」


 細流さんが確認してきて、私は努めて笑って見せる。右頬が動かないせいで苦し紛れの笑顔になってしまったが、笑わないより良い気がした。


 笑えば私自身が落ち着くことが出来るから。どんなに歪でも、笑顔は支えになってくれると私の頭は解釈しているから。


「大丈夫ですよ」


「何が大丈夫なのよ」


 楠さんの低い声がして、彼女の茶色い瞳に射抜かれる。その目にある感情が読み取れなくて、私は慌てて手を動かした。


「ぁの、別に痛みとかはないですし。その、きっと解決策はあると思いますので……ごめんなさい、皆さんはご無事ですか」


「私達の心配なんかしてどうするの、今考えるべきは貴方のことでしょ」


 凍てつく楠さんの雰囲気と言葉に刺され、口をつぐんでしまう。


 ぎこちなく上げていた左の口角が引き攣って「すみません」が零れてしまった。


 りず君にらず君、ひぃちゃんも萎縮して、完全に楠さんの空気に気圧けおされてしまう。


 あぁ、どうしてそんなに不機嫌なのでしょう。私の注意が遅かったからか。いや、説明不足のせいだろうか。


 もっと多くの情報を共有しておけば良かったと反省はしているのです。ごめんなさい。私は面倒くさい程に心配するくせに、いつもどこか足りないみたいです。すみません。


 言葉が栓を失った水が如く溢れそうになる。


 謝りたくて。許されたくて。自分で解決すると言いたくて。これ以上迷惑はかけないと伝えたくて。


 けれども、それより早く口を開いたのはルタさんだった。


「凩さん、視させていただきましたが、あまり大丈夫と言える要素は無いように思えますよ」


「……ぁー」


 目を青く輝かせたルタさんが私の左肩に留まってくれる。私は苦笑してしまい、「大丈夫、なんですよ」と答えてみせた。


 ルタさんはとても不服そうだが、大丈夫と言えば大丈夫になる気がするのです。


 ルタさんの青い瞳と目が合う。彼の三つの力の内の一つ「観察眼」は見た対象の状態を把握出来ると以前聞いたことがある。


 人であれば身長、体重、健康状態等々。物であればその成分が分かるし、だから対処法も考えついてくれる。


 優しくこめかみをつついてくるルタさんに笑い、私は彼の毛艶の良い翼を撫でた。「ルタ」と闇雲君が彼を呼び、私の肩からふくろうさんは飛び降りる。


「どうなってる? 凩さんの腕とか」


「感覚も無いし神経だって通ってない。完全に別の物質――高純度の宝石になってるよ」


 ルタさんの言葉に私は苦笑を続けてしまう。闇雲君はフードの裾を引いて「そんな……」と顔をうつむかせていた。


「凩さん、その宝石みたいになってるところ、どうやって……」


「あー、まぁ、担当兵さんに相談しようかなって」


 鍵を服の襟から出して宝石を見る。ここまで来れば通信出来るかな。


 きっとなんとかなる。戻ると信じろ。出来ないと思えば動けなくなる。悲観して絶望するにはまだ早い。


 それでも、その前に。


「次は、何処のシュスに行きますか?」


 顔を上げて聞いておく。


 後で追いつく為にも行き先を知らないととても不便だ。


 だが見えたのは、皆さんが目を丸くした光景だった。


「え、なんで?」


 口元だけ笑った結目さんに聞かれる。右側にいる彼が視界に入りにくい為、私は顔ごと結目さんに向けた。


 何でって、何でだ。


「いや、この状態を打破したあと皆さんに追いつく為には、行き先を聞いておいた方がいいと思ったんですけど……」


「追いつく?」


 結目さんが首を傾げるから、私は頷いてしまう。何か変なことを言ったのだろうか。


 困惑しつつ、私の膝の上でりず君が言ってくれた。


「だってそうだろ? 今グローツラングの攻撃を受けたのは氷雨とひぃ、俺だけだ。お前らは無傷だから、これの解除に付き合う理由はねぇだろ?」


 私はりず君の言葉に頷いて、ひぃちゃんが続けてくれた。


「私達はグローツラングの樹海に戻ります。なので皆さんは先に次のシュスへ向かってください。一度氷雨さんと私達は離脱しますが、この症状を回復させた後に追いついてみせますので」


 お姉さんは申し訳なさそうに頭を下げている。


 私はそんな緋色の頭を撫でて、笑っておいた。


「こうなってしまったのは私の責任です。グローツラングの樹海は戦士にとって危ないと知っていた癖に、それを皆さんに伝えるのが遅れ、結果的に自分が足を引っ張ってしまった。だから、」


 ――ごめんなさいを、続けようとした。


 続けようとしたのに、華奢きゃしゃな手に口を塞がれて。


 私は目を見開いて、鼻腔をくすぐった柔らかな芳香に冷や汗をかいた。


「言った筈よ。私達を優先したら意識を抜くって」


 低い声がして私の頬に指が食い込む。その痛みを無視しながら恐る恐る視線を上げると、眉間に皺を寄せた楠さんがいた。


 思い出したのは暗い林の中。


 目の前の彼女の奥歯が、噛み締められる音を聞いた。


「忘れてるなら、もう一度だけ言ってあげる」


 楠さんの目と視線が合う。そこに見え隠れする感情の色を見て、私は背筋が寒くなった。


 私は、何度間違えれば気が済むのか。


 けれども何を間違えたのかも分からない。


 楠さんの鋭い声が、私の鼓膜を揺さぶった。


「凩さん、貴方のそれは善行であると同時に、酷い自己犠牲だと気づきなさいッ」


 彼女の手に力が入る。私は自然と眉を寄せてしまい、近距離で降ってくる言葉と鋭い視線に兄を重ねて、すぐに止めた。


「どうして私達を庇ったの! 貴方はあの樹海の住人について知っていたなら、攻撃を受けた時にどうなるかも分かっていたんでしょ! それなのに私を庇って、手を伸ばしても掴まず盾になってッ」


 楠さんの言葉は鋭い。


 それでも、私に痛みを与えはしない。


 彼女の言葉は優しいから。鋭くても、優しいから。


 目に涙の膜を張った楠さんを見て、私は左手を握り締めた。


「震える手で――助けようとなんてしないでよ!」


 楠さんの空いている手が私の左手を掴んでくれる。


 震えていたことに気づかれていたと驚くと同時に、私は胸に広がる温かさを思っていた。


 口から手が離される。楠さんは深呼吸すると、私の手を握り締めてくれた。


「どうして一人で行こうとするの」


 その声は震えていて。


「一人で解決しようとするの」


 彼女が私を通して、誰かを見ていることに気がついて。


「自分を大切に、しなさいよ」


 それでも、言葉は私に向けてくれていると分かったから。


「間違えて、傷ついたって気づいても……後になったら、もう……遅いんだから」


 楠さんが一度握っていてくれた手を離して、柔く左の頬を叩いてくる。


 それからまた手を握ってくれて、その力はとても強い。


 彼女の肩は揺れていて、酷く苦しそうで、その原因が私だと分かってしまった。


 彼女も苦しんでしまうことがあるのだと伝わってくる。


 どうしようもない状況に苛立っていたことも。


 だから私は、考えていたことを言葉にしようと思うのだ。


「……私達だけがこの状態なら、私達だけが行けば済むと思ったんです。一緒に行けば、皆さんが見られて宝石になってしまうリスクが増えてしまいます。それはとても怖いし、嫌だし、心配だし……ね?」


 素直に答えれば額を指で弾かれてしまう。「う、」と言葉を漏らすと、楠さんに「馬鹿」と指摘された。


「チームなら行くでしょ、普通」


 楠さんに言われ、首を傾ける。


 私は、私だけで事を終わらせたくて、皆さんに危ない橋を渡ってもらいたくはないのだけれど。


 目の前の彼女は真っ直ぐ私を見つめていた。


「凩さんは、脳筋だろうと、不安定だろうと、エゴだろうと……私だろうと、何かあれば助けようとしてくれるでしょ」


「私に出来ることがあるのであれば、勿論」


 少しだけでも誰かの助けになるのであれば。そうしなければ、私は私を許せない。手を貸さなかったことを後悔して、引きずって、罪悪感に押し潰される。


 楠さんは「一緒よ」と教えてくれた。


「貴方を、私達は助けようと思ってるの」


 その台詞に私は言葉を失ってしまう。


 楠さんから、闇雲君、細流さん、結目さんに顔を向けるが、皆さん真剣な顔でした。


 結目さん、今こそ笑って欲しいのに、どうして貴方は真顔なのか。


「助けさせて、凩さん。いつも正しくあろうとしてくれる貴方を、私達に」


 そんな言葉を初めて貰い、返事を無くす。


 下を向いて、楠さんに握られていた左手を抜き、髪を引いて、笑って、髪を離し、笑って、髪をより強く引いた。


 言葉が何も出てこない。言いたいことは山程ある筈なのに、消化不良状態で私の中に消えてしまう。


 助けてくれる。誰かが、私を。


 その事実だけが嬉しいと、貴方達に伝わればいいのに。


「……あぁ、駄目ですね。言葉が何も、出てこない」


「それでいいわよ。拒否されようと着いていくつもりだから」


 楠さんに言われてしまい、私は肩をすくめる。


 りず君やひぃちゃんも驚いており、らず君は嬉しそうに笑ってくれた。


「凩ちゃんって変なところズレてるよね」


「え、そ、そうでしょうか」


 不意に結目さんの風に髪を引かれ、私は苦笑を浮かべてしまう。結目さんの顔には笑みがなくて、彼は「そうだよ」と言っていた。


 変なところがズレてる。どういうことでしょう。


「ビビりかと思ったら度胸あるし、頭がいいと思ったら抜けてることあるし、可愛い顔してエグい提案はするし、誰かを心配する癖に自分が助けられることなんて考えもしてないし。チグハグだよ、本当に」


 結目さんにチグハグだと言われてしまう。


 え、貴方がそれを言うのか。


 私は目を丸くして「チグハグ……」と復唱した。結目さんは無表情だけど、言葉には感情が乗っていた。


 笑顔の時は平坦な物言いしかしない貴方の方が余っ程ズレていると思うけど、私にそれを言う勇気はなかった。


「チグハグ……だろう、か。氷雨は、凄く、いい子、だと、思うの、だが」


「僕もそう思います。チグハグなのは結目さんでは?」


「鉄仮面と梟は黙ってろよ」


 笑顔になった結目さんが払い除けるように言ってしまう。


 良かった、同じ考えの人がいた。


 私は力なく笑い続け、闇雲君が言ってくれた。


「聞きましょうか、解決方法」


「はい、ありがとうございます」


 自分の鍵を出して闇雲君は何度も頷いてくれる。


 私も頷き返して、楠さんは私の喉に手を添えてきた。


 チョーカー越しに感じる彼女の体温。私は目を瞬かせてどうしたのかと聞こうとしたが、口は喋り方を忘れたように言葉を発しなかった。


 私の顔から血の気が引く。


 離されて行った楠さんの掌には、金平糖のような、星の形をした宝石が転がっていた。


「し、紫翠ッ!! お前まさか!!」


 りず君が膝から転げ落ちながら、立ち上がってしまった楠さんに向かって抗議する。


 私は喉を摩り、何も言葉を零さない口を塞いだ。


「今回は大目に見て、声だけにしておいてあげるわ」


 楠さんの掌の中で宝石がもてあそばれる。


 私は口を何度も開けたがやっぱり声は出ない。


 駄目だこれ、長く続いたら喋り方忘れそう。


 腕に鳥肌が立ち、私の膝でらず君が輝いてくれる。「紫翠さん……」とひぃちゃんは天を仰ぎ、りず君は芝生の上でのたうち回っていた。


 陸に上がった魚かな。りず君、落ち着こう。


「うわ、容赦ないなー」


「意識抜かないよりマシだと思いなさい」


 結目さんが笑って、楠さんはため息をつく。


 私は口を何度か開閉させながらりず君を抱き上げた。慌てている彼は「氷雨ぇ……」と泣きそうで、そんな顔を見ると何故かこっちは笑ってしまうんだよ。


「あー……凩さん、大丈夫ですか?」


 闇雲君に確認されて首を縦に振ってみる。それに少しだけ安心したような空気を出してくれた闇雲君は、やっぱり優しい子だって思った。


 最初の方はぎこちない会話が多かったけれど、今では割とスムーズに君と会話が出来るようになって私は嬉しいです。


 闇雲君は自分の鍵の宝石を三回叩いて、彼の兵士さんが浮かび上がった。


 私は結目さんにメモ帳を催促されたので彼の手に乗せてみる。「どうもー」と言う間延びした声を聞いて、ぎこちなく微笑みながら。


「ストラス」


「やぁ祈。君が呼んでくれるなんて、不吉の前触れかもしれないな」


「怖いこと言わないでよ」


 闇雲君の前に現れたのは、黒い長髪を細く一つに結って、王冠を斜めに被っている男の人。


 闇雲君は彼を「ストラス」さんと呼び、兵士さんは息をつきながら王冠を正して私の方を向いた。


 黄色い瞳と目が合って、私は肩を跳ねさせてしまう。ストラスさんは「おやおや」と呟きながら食い入るように私を見つめてきた。


「グローツラングに見られてしまったんだね、アミーの駒、凩氷雨ちゃん」


 返事をしようとしたが声が出ない。


 私は何度も頭を下げてしまい、横で吹き出して笑うチグハグさんの声が聞こえた。


 聞こえなかったことにしよう。気のせいかもしれないし。


「これって解ける、よね? ストラス」


「あぁ、勿論。解けない呪いはないからね。グローツラングが解こうと思って見れば簡単に解けるよ。まぁ、戦士を好物にしてるアイツらが簡単に承諾してくれるとは思えないが」


「好物?」


 楠さんが眉をしかめながらストラスさんを見る。


 彼は頷き、結目さんを見ていた。


「そこに書いてあるだろう? オリアスの駒、結目帳君。アミーは氷雨ちゃんにグローツラングの基本情報を与えている筈だ」


 それを全く活用出来なかったわけだけれども。


 私は穴に埋まりたくなりつつ、結目さんは「書いてる書いてる」と笑っていた。どうでも良さそうな声で。


 彼はグローツラングさんについて読み上げてくれる。


「グローツラングって言うのは、体長十から十五mある蛇みたいな住人のことだって。そいつらは背中に鉱石の結晶を背負ってて、そこにシュスを作ってるらしいよ。住処はさっき俺達がいたグローツラングの樹海。種族数が少ない奴らで、宗派はディアス派。目が宝石で出来てて、見たものを宝石に変える能力を持っているんだと」


 そこまでまず教えてくれた結目さん。その先を読んだであろう彼は口角を上げると、平坦な声で続けていた。


「グローツラング達の好物は戦士だってさ。宝石に変えた戦士を砕いて食べるのが愉悦らしい。もしくは、宝石ごと熱湯で溶かして啜るのがご趣味なんだと」


「えッ」


 闇雲君が裏返ったような声を出して「なんだよそれッ」と抗議している。


 私は苦笑して、自分の宝石になってしまった腕を見た。


 ……溶かして啜られるのは嫌だな。けど、感覚が無いってことは痛くないのかな。試したくはないことだ。


 結目さんは「いい趣味だ」と笑い、楠さんが聞いてくれていた。


「背中にシュスを作っているって言うのはどういうことかしら?」


 その問いを聞いて結目さんはメモ帳をめくる。


 すみません、読みづらい文字で。


 私は謝りそうになって、声が出ないから諦めた。


「体も大きくて希少な種族のグローツラングは、元々は移動が出来るようにシュスを持たずに生活をしてたみたいだよ。だけどいつの日からか、額に宝石を持つカーバンクルって言う住人達を自分達の背中に住まわせるようになったんだって。カーバンクル達は自分達が住んでいたシュスを手放して、グローツラング達の背中に移り住んだ……シュスを手放してまで、ね。何かありそうだ」


「そう」


「仲良し、なんじゃ、ないのか?」


「その一言で片付けんなよ鉄仮面。自分の家を手放してまで誰かの背中に住むって変だろ」


 結目さんの指摘に細流さんはほんわかと「そうか」と呟いており、苦笑してしまう。細流さんはやっぱりマイペースで、話しているこちらまで和んでしまう雰囲気の持ち主なのだ。


 こう言ってはあれだが、このメンバー随一の癒しキャラではなかろうか。……失礼か、黙れ。


「結目は、頭が、良いな」


「やめろ気持ち悪い」


「うん?」


 悪意なく褒めてくれた細流さんの言葉を結目さんは拒絶する。彼はメモ帳を返してきて「嫌だ嫌だ」とピアスを触っていた。


「それで、何で凩ちゃんはこんな戦士に害悪をもたらす嫌なシュスを黙ってたのかな?」


 笑顔で聞かれる。


 私は視線を明後日の方に向けながら、微笑んでみた。


 いや、普通行きたくないものだと思うんです。自分を捕食対象として見てる住人さんの所になんて。


 モーラさんの時もそうだったけど、どうして私が回避したいと思ってるシュスに結目さんは楽しそうに行きたがるのか。


 恐る恐る視線を戻して見上げた結目さんは、とても綺麗に笑っていた。


 ……最近彼の笑顔を見ると、ボディーブローでも食らったように胃が痛んでしまうんだよな。


 馬鹿なことを考えていると、髪が風に引かれて頭皮が引きつる。


 声が出せないから抗議は出来ないのですけれど。声が出たからと言って抗議をする訳では無いが、痛いやめて禿げる。


「凩さんを虐めんなよ、性悪ヤンキー!」


「羽根毟ろうか? 雛鳥君」


 結目さんが私の髪を解放して闇雲君のフードを揺らす。フードを掴みながらルタさんを抱えた闇雲君は「ふざけんな!」と怒っていた。


「うるさいからエゴと不安定はちょっと黙ってなさい。ストラス、凩さんの体を治す為にはグローツラングの目で解くように考えながら見たらいいのね?」


 楠さんが呆れ返った顔で指摘して、ストラスさんは頷いてくれる。


「そうだよ。だがグローツラングが狙った獲物を逃がすとも思えないな。戦士は数十年に一度の高級食材だから」


 高級食材になった覚えはないのだが。


 りず君とひぃちゃんが頬を引きつらせながら小さく確認していた。


「心獣もか?」


「勿論」


 ストラスさんはさも当たり前のように頷いている。りず君が震えたのが掌越しに伝わってきた。


 ……嫌だよね。でも私達が食べてる食材の気持ちを考えたらこうなのだろうか。


 意識が逸れかけたので目を瞬かせて話に集中する。私のことなのだから、しっかりしろよ能天気。


「難しくねぇか? グローツラングにこれを解くように思わせるなんて」


「難しくともやるのです、りず」


「そりゃそうだけどよぉ」


 膝の上で話しているりず君とひぃちゃん。私は二人の頭を順に撫で、肩によじ登ろうとしたらず君のお尻も押した。可愛い。


 りず君の考えは正論であると思うと同時に、ひぃちゃんの考えも正しいと思う。


 グローツラングさんにこの宝石になってしまった体を戻すようにお願いしても、全身宝石にされて終わる自信がある。話し合いは恐らく不毛だ。


 ではどうしたらいいのか。


「問題ないわよ」


 言ってくれたのは、楠さん。


 彼女は私の声の宝石を自分の喉に当て、それは彼女の喉へと埋まっていく。


 私は目を見開いて楠さんは口を開いた。


「私の力は、奪うだけじゃないの」


 その声は、楠さんの声ではない。


「それ――氷雨の声か?」


 りず君が呟いて、楠さんの口からは私の声が零れていった。


「私は奪った能力を、他者に入れることが出来るの」


 彼女はそう言うと自分の喉に掌を当てて、また宝石が生まれでる。私は唖然としてしまい、楠さんを凝視してしまった。


「だから、グローツラングから奪うわよ」


 元の声に戻った彼女は、揺るぎない。


 近づいて来た楠さんは私の喉に宝石を当ててくれた。


 それが沈みこんで、溶け込んで、痛みはない。


 私はチョーカー越しに喉を触って楠さんを見上げた。


「貴方を助ける為に」


 その言葉が嬉しくて。


 同時に申し訳なくて。


 私は戻った声を絞り出した。


「ぁりがとう、ございます」

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