第50話 信憑

 

 ――グローツラングさん達は見たものを宝石に変える。


 好物は数十年に一度現れる戦士。


 それをしょくす為なら何処へでも移動していた彼らだが、ある時から樹海に住み着くようになったと言う。


 その住処から獲物が逃げると追うことを止めて暗がりへと帰ってしまい、いつしかその樹海は「グローツラングの樹海」と呼ばれるようになった。


 だから隣接するエミュの湖にいた私達を追いかけてくることは無かった。彼らは薄暗く鬱蒼うっそうとした樹海の中にしか居ようとしないのだ。


 食欲に勝る何かが彼らを樹海へ繋ぎ止める。


 私はアミーさんの言葉を思い出しながら、樹海を歩き進んでいた。


 ――グローツラングは数も少ないし、他種族からも怖がられてるんだよ。何せ見られたら食べられちゃうかもしれないんだから! 近づけば近づくだけ宝石にする弾丸の威力上がるから、誰も近づきたくないんだよー!


 彼はそう言って自分の腕を摩っていた。


 その光景を頭の片隅へと追いやって、樹海の奥を見る。


 グローツラングさんは戦士を食べたがる。だが、同時に他種族の方も食べる。宝石に変えて、噛み砕き、飲み啜り、また獲物を見つめて宝石へと変えるのが彼らだ。


 しかし、それではカーバンクルさんの説明がつかない。


 額に同種内での意思疎通を可能にする宝石を持つカーバンクルさん。


 その宝石が発している周波数は他のカーバンクルさん達の宝石を振動させて、例えるならばモールス信号のような記号で会話を成立させるのだとアミーさんは教えてくれた。


 ――カーバンクルはね、狩られる側だよ。あの宝石優秀だから、振動とか周波数を使った武器とか装飾品に出来るんだよ! 兵士と戦士の鍵での通話も、カーバンクルの振動の範囲内だったら無効になっちゃうからね! 凄いよねー


 夕暮れの部屋でアミーさんは楽しそうに手を広げていた。


 何が楽しいのか私には分からなかったが彼は愉快そうだったな。


 そのカーバンクルさんが何故グローツラングさんの背に移り住んだのか。


 アミーさんは「知らない」と言ったのだ。


 私はポケットに仕舞ったメモ帳を指で撫でる。


 アミーさんが教えてくれるのは、取捨選択された基本情報だけなのだと最近学んだ。彼は現在の状況を提供してくれるが、そこにある経緯や原因までは教えてくれない。


 恐らく教えない理由の中には、カーバンクルさんのように知らない情報があるのだろう。


 確かに基本だけあれば十二分に私の不安を消してくれるのだが、同時に住人さんと対面した時に困ることがある。


 聞いていたものより複雑に絡み合った事情を垣間見て、二の足を踏んでしまうのだ。


 フォーンさんの時も、ウトゥックさんの時も。モーラさんの時も、ポレヴィークさんの時も。ドヴェルグさんやデックアールヴさん、スクォンクさんの時もそうだ。


 貰っていた基本情報の裏には彼らなりの事情がある。経験上、グローツラングさんとカーバンクルさんも何かあると考えてしまう私がいた。


 視界に入るのは引きずるしかない左足と感覚のない右手。右足が筋肉痛になりそうな予感がして、小野宮さんと湯水さんと遊ぶのに支障が出ないようにしたいと考えてしまった。


 生きて帰れるかも分からないのにそんなことを考えるなんて、気が緩んでやがる。


 私は自分の左の太股を叩いて前を向いた。


 あるのは闇雲君の後ろ姿。彼の肩は微かに震えているようで、ルタさんがフードをつついていた。


 先頭を歩くのは決まって結目さん。 彼は木の根に足をかけると「優先はさ、」と口を開いていた。


「毒吐きちゃんがグローツラングに触って、特性の宝石を奪うことだよね?」


「そうなるわね」


 私の後ろで楠さんが答えてくれる。私はその声に違和感を覚えて、少しだけ振り向いた。


 楠さんの肩に触れている細流さんの手は淡く輝き、彼女の何かを倍増させていることが見て取れる。


 ……気の所為、かな。


 楠さんは奪うだけでなく、宝石を体に埋めれば力を使うことが出来るとつい数分前に知った。私の中で元々高かった頼もしさが増しました。勝手にすみません。


 楠さんがグローツラングさんの特性の宝石を奪うことが出来れば、彼女に私の体を元に戻してもらうことが出来る。


 だから頼ってくれていいと、助けさせてくれと言われた時は、情けないお礼しか言えなかったな。


 そんな自分を恥じて、どうすれば上手くいくかを考える。考えることを止めてしまっては、今の私は役立たず以外の何者でも無くなってしまうから。


 グローツラングさんに楠さんを近づける為に、私に出来ることは何だ。


 グローツラングさんはそう、確か彼らは――


「グローツラングさんは、目が見えない筈なんです」


「目が?」


 闇雲君が振り向き、私は頷く。


「そう言えばそう書いてたね」


「ちゃんとメモ読めよ」


 結目さんはあっけらかんと笑い、りず君がため息をついていた。


「だって目が見えないなんて信じられないし。凩ちゃんを狙ってた時、完全に見えてたでしょ。あの狙い方」


 結目さんが肩を竦めてしまうから、私は苦笑してしまう。


 そう、確かにあの時のグローツラングさんの狙い方は見えていた狙い方だ。だから私も自分のメモ違いだと思ったし、結目さんもそう判断して読み上げなかった。


 しかし、あの時私は大きな声を出していた。


 逃げなければいけないと言う焦りのせいで、音を抑えるという努力を怠ったのだ。


 私の声に風の音、りず君の叫び。


 それらは全て、研ぎ澄まされた聴力があれば狙いを定める材料になると仮定出来る。


「あの時、見えていたのではなく、聞こえていたのだと思ったんです。私やりず君の声が」


「じゃぁ、グローツラングは目は悪いけど耳がすこぶる良いわけだ」


 結目さんが自分の耳を指しながら確認してくる。私は視線を斜め下に向けた。確証がある訳では無いし、絶対的な根拠がある訳でもないのだ。


「仮定、ですけど」


 宝石になった右手を擦り、正しいか分からない言葉に胃が痛くなった。


 もっと何か見落としていることがある気がして、カーバンクルさんとグローツラングさんの関係を知ることが必要な気がして。


 私は半笑いになりながら視線を逸らしていた。


「……自信はないです」


「自信はなくても仮定は大事よ」


「取り、敢えず、音は、たてない、ように、しよう、か」


 楠さんが私の腰を叩いてくれて、細流さんは静かに肯定してくれる。


 私は頷いて不安がる自分を閉じ込めた。


 事実が分からないならそれまでの仮定と言うのは心のどころになる。それを完全に信じる訳では無いが、信じられるかもしれない何かというのは重要だと思う。


「そ、それじゃあ、静かに……」


 言った瞬間、闇雲君は足元の枝を踏んで音を立てていた。


 それに「ひぇあ!?」と驚いてしまった彼とルタさんは、正直可愛かったです。言わないけど。


 結目さんの裏拳がフード越しに闇雲君の側頭部に炸裂する。闇雲君は声にならない悲鳴を上げて、しゃがみこんでしまった。


 絶対痛いぞ。大丈夫ですか。


 私は左足を引きずらないよう気をつけながら闇雲君に近づき、彼の背中を摩らせてもらった。


「落ち着きなさいよ。仮定通りなら少しは音を立てないとグローツラングは現れないわ。アイツらの住処を見つけるにしても、息を殺しながら探すのは時間がかかるしね」


 楠さんが冷静そうな声で諭してくれる。


 私は振り向いて、彼女の肩から手を離した細流さんを見た。


 彼は楠さんを一瞥してから微かに首を傾げている。その口は何か言いかけたようだったけれど、何も言うことは無く閉じられた。


 楠さんの様子が――何処どこと無くおかしい。


 声に緊張が含まれている気がして、彼女らしい余裕が無い気がして。


 楠さんの手が握り締められたのが見える。


 私は何となく違和感を感じて、楠さんに声をかけようとした。


「あ、」


 だがその前に結目さんの声を聞いてしまい、やっぱり口を閉じるのだ。


 前に視線を戻すと、木の根に足をかけた結目さんが前を指していた。


「カーバンクルならいたよ」


「げ、」


 結目さんが指した方を闇雲君が見て、瞬時にルタさんと同化する。私も立ち上がってりず君とひぃちゃんが威嚇してくれた。


 カーバンクルさんは三体おられて、皆さん額の宝石が輝いている。


「ッ! 氷雨右だ!!」


 刹那。


 響いたりず君の声に脊髄反射し、狭まった視界の外へ顔ごと向けた私がいる。


 光り、弾丸ッ


 私の心臓は一気に競り上がるような緊張に襲われ、既に宝石になっている右腕を構える。


 しかし、腕に弾丸が当たる前に目の前に飛び出してくれた影があったから。


 だから思考が停止した。


 光りの弾丸が彼に炸裂する。


「ッ、細流さん!」


「これは、結構、強い、な」


 私の前に立って、左腕が宝石に変わってしまった細流さん。


 私の体温は急激に下がり顔は熱を帯びていった。左手が震えて奥歯が鳴る。


 嫌なのに。こうやって、私のせいで誰かが攻撃を受けてしまうのは。早く気づけば良かった。りず君の声にもっと早く反応出来ていれば良かった。


 一人で来れば良かった。私はやっぱりこの選択を了承するべきではなかった。


 後悔の念に襲われて足が震える。宝石になってしまった左腕を見る細流さんは無表情で、「おぉ」と何かに感動するような声を出していた。


 なんで貴方はそんなに平然としていられるのかッ


 私が謝罪の言葉を口にしようとした時、肩から一つの温かさが消えた。


「らずを借りるわよ」


 楠さんがらず君を肩から連れて行く。


 私のパートナーは楠さんの肩で輝き、彼女は顔を弾丸が来た方向へ向けた。


 ……あぁ、そうだ、今は後悔する暇なんてない。


 深呼吸して楠さんと同じ方を向く。


 いたのは、こちらを見据えるグローツラングさん。


 光りの弾丸が細流さんに向かい、彼は左腕でそれを弾く。


 その瞬間に私達は息を潜めて二手に分かれ、結目さんと闇雲君は左側、楠さんと私は右側の木陰に身を隠した。


 細流さんは左腕が肩から指先まで完全に宝石になってしまう。彼はその腕を凝視して、私の視界には楠さんが石を掴んでいる姿が入ってきた。


 彼女は細流さんと別の方向へ石を投げ、木の枝が揺れる。


 そちらに一瞬グローツラングさんの顔が逸れて、細流さんはそれを確認していた。


 彼がその場を移動する。


 その姿に――私は鳥肌が立った。


 完全に消えた足音と気配。


 それでも目だけはグローツラングさんを見つめて、動けば今にも仕留めてしまいそうな空気を纏っている。


 穏やかさなんて微塵もないのに、丁寧な動きが空気を張り詰めさせた。


 すり足のような歩行を彼はする。


 全く立たない足音は、気をつけるなんて域は完全に超えてるとしか思えない。


 開いている手は無抵抗のようでも、確実に臨戦態勢だ。


 細流さんは私達よりグローツラングさんに近い木陰に隠れて目を伏せる。私の頬を冷や汗が伝い、泡立っていた首元を摩った。


 グローツラングさんは細流さんがいた方向を見る。住人さんは首を傾げ、その頭の上からは一体のカーバンクルさんが顔を出した。


 宝石が光っている。


 私は息を止めて、守るように体の前に出された手を見た。


 楠さんの手。彼女はグローツラングさんを見ていない。


 私は彼女の視線の先を追って、冷や汗が浮いてきた。


 いたのは――カーバンクルさん。


 黒く円な瞳で私達を見つめて、宝石が輝いている。


 振動による会話。


 自分が隠れていた木に衝撃が走ったのはその時だった。


 木の一部が宝石に変わる。


 それを理解すると同時に、私は楠さんと共に飛び出していた。


「行くよ、雛鳥!!」


「ッ、分かってる!!」


 結目さんの声が合図になって私達はグローツラングさんに向かう。


 楠さんさえ辿りつければ、細流さんの腕も私の体も元に戻せるからッ


 グローツラングさんと目が合う。私は心臓が握り潰されるような恐怖を味わい、飛んでくれた闇雲君の足に左手だけで捕まらせてもらった。


 私が地面から離れた瞬間、数秒前にいた芝生は宝石になって生唾を飲み込んでしまう。


 グローツラングさんは一体。


 距離は直線で百mと少しくらいか。


 楠さんは素早く木の影を利用しながらグローツラングさんへ近づいて行く。彼女の一つに結った毛先が宝石に変わるのが見えて、細流さんは彼女を庇うように横に並んでいた。


 私の左の視界にはカーバンクルさんが入り込んで、赤い宝石が光っている。


 くそ、そう言うことかッ


「ど、どうする!? 凩さん!」


「ッ、闇雲君! 羽根をグローツラングさんに向かって打てますか!」


「そ、それはできるけどッ!」


 闇雲君が大きく翼をはためかせて黒い翼が零れ落ちる。それは鋭さを持って空気を裂き、グローツラングさんの体へと降り注いだ。


 金切り声のような悲鳴が上がって木の枝が揺れる。グローツラングさんの皮膚が切れて、けれども血は流れなかった。


 透明な液体が溢れ、固まり、宝石と化す。


 闇雲君の喉が鳴るのを聞いて、彼は上昇してくれた。


 こちらに誘導。それが今は必要なこと。闇雲君もそれを分かってくれたようで、もう一度大きく翼を羽ばたかせてくれようとした。


 瞬間、私の右脇腹に光の弾丸が当たる。


 距離があったから宝石になる面積は少ないが、勢いに負けた左腕が闇雲君の足から離れた。


 冷や汗が吹き出して変な声が漏れる。


「凩さッ」


 私は落下しながら、闇雲君の右足が撃ち抜かれる様を見てしまった。


「ぅぁッ!!」


 裏返った声を上げ、同化が解けた闇雲君。彼とルタさんの右足は宝石と化している。


 彼の腕を片足で捕まえたルタさんは必死に翼を動かして、何とか落下速度は落ちたようだった。


 闇雲君が直ぐに手を伸ばそうとしてくれたけど、それにはどう足掻いても届かない。


 土の匂いが鼻をついて、私は目を固く閉じた。


「っと」


 ふわりと。


 クッションのようなものに体が沈み込んで地面に尻餅をつく。周りを見ると風の渦があり、私はグローツラングさんの宝石の目を見た。


 宝石が輝く。


 同時に、間に入ってくれた背中があって。


「一が駄目なら二でどうよ」


 そう言った結目さんは、二重の風の渦を展開してくれる。


 私はりず君とひぃちゃんを左腕に抱え、宝石と化して弾け飛んだ風の渦に目を瞑ってしまった。


「二でも駄目なら、三かなッ」


 声を少し荒らげながら結目さんは三重構造の風の盾を作ってくれる。


 それすら貫いて砕き壊した光りの弾丸を見て、彼はどんな顔をしているのか。


 背中しか見えない彼は舌打ちして、次には四重構造の風を作ってくれた。


 それすらも宙に飛び散ってしまって。


 結目さんの体が突然、左側へと倒れ込んだ。


「結目さんッ」


「ッ、二体目か」


 右の肩が宝石に変わってしまった結目さん。


 足を引きずりながら彼に近づこうとすると、私の右側頭部にも衝撃が走った。


 地面に倒れ込んで呻き声が零れる。


 それでも歯を食いしばって直ぐに自立し、顔を上げた。


 離れた樹海の奥にグローツラングさんがいる。楠さんと細流さんが向かっていたかたよりも体は小さく、それでも威圧が凄い。


 グローツラングさんの背中にシュスを見る。そこには宝石を輝かせるカーバンクルさん達がいた。


 グローツラングさんはほとんど目が見えない。


 微かな光の加減だけで周囲を把握し、光の弾丸を繰り出してくると言われている。


 そんな彼らがどうして薄暗い場所に住んでいるのか。


 どうして正確に私達を打ち抜けるのか。


 カーバンクルさんの美しい宝石が光り続ける。


 ――共存のシュス


 私は目を見開いて、間に飛び込んでくれた闇雲君のフードが勢いよく吹き飛ぶ様を見ていた。


 闇雲君の帽子が宙を舞う。


 一部が宝石になってしまったそれは地面に落ちて、闇雲君は顔を覆っていた。


「闇雲君!」


「祈、目が!!」


「ッぅ」


 うずくまってしまった闇雲君。ルタさんは闇雲君の前に翼を広げると、その左翼が宝石に変えられてしまった。


「ッ、ルタさん!」


「凩さん、結目さん、後ろにも!!」


 ルタさんに言われ振り返ると、立ち上がった結目さんの背中に光の弾丸が当たってしまう。


 結目さんは何とか体勢を整えていたけれど、右のこめかみを押さえ口角は上げていた。


「あーあー、どうする凩ちゃん。雛鳥君は左目やられて戦線離脱っぽいよ」


 その言葉を聞いて体の末端から冷えていく。


 完全に不利なこの状況、三体のグローツラングさんに対して戦力が激減しているこちら側。


 私は楠さんと細流さんを目で追って、奥歯を噛んだ。


「ッ、結目さん、楠さんを守ることが一番だと、思いませんか。彼女だけが私達を救ってくれる」


「逃げて立て直すとかって言う考えは無い感じ? 毒吐きちゃんは多分今、冷静じゃないよ」


 結目さんが風の盾を形成して、それが砕ける中で答えてくれる。


 私は闇雲君を支え、黒から赤に染められている髪を視界に入れた。


 りず君とひぃちゃんは私から離れては行けないし、ルタさんももう飛べない。


 その現状を理解して私は結目さんの言葉を反芻はんすうした。


 楠さんが冷静ではない。


 そう、それは――分かってる。


 彼女は今、完璧では無いのだと思う。いつも纏っている思慮しりょ深い空気も凛とした姿勢も崩れてしまった彼女は、私が学校で見てきた「楠紫翠さん」では無い。


 だが、それでもいい。そんなことはどうでもいい。


 迷って、怒って、涙すら浮かべてくれる彼女を見たから。


 憧れてくれるなと彼女は言った。悪い子になりたかったと彼女は呟いた。


 彼女は、最初から完璧な人ではなかった。


 ただ、完璧であろうとした人だった。


 震える私の手を握ってくれる優しい人だ。


 彼女の力だけが私達を救ってくれると知っている。彼女が、助けさせてと言ってくれた。


 そう、だからッ


「助け合いって言葉が、あるじゃないですか」


 歪に笑いながら結目さんを見る。


 彼は左肩に弾丸を受けながらも、私を見てくれた。


 張り付いたような笑顔で。


 それでもその風は私達の盾になろうとしてくれる。


「楠さんは私達を助けようとしてくれて、その楠さんを私達は守ろうとして」


 彼女の傍には細流さんがいるし、倍増化とらず君の補助を受けてる楠さんの身体能力なら、きっと大丈夫。らず君の効力が私から離れた状態でどれほど効くかは未知数だけれども。


「正に、今の状況ですよね」


 結目さんの顔から笑顔が消える。


 真顔になったその時こそ「結目帳さん」と話せている気がした。


「死ぬかもよ?」


 怖い言葉を言われてしまう。命の瀬戸際だと突きつけられる。


 闇雲君の肩が震えて、片翼の羽根だけで交戦してくれていたルタさんの動きも鈍くなる。


 震えたりず君とひぃちゃんにも気がついて、怖くて、死にたくなくて、生きたくて。


 だから私は笑うんだ。


「死ぬかもしれないから後ろに進むより、死なない為に前に進みませんか」


 意思疎通を可能にする宝石と目の見えない大蛇。


 頭の中で単語が回り、私は結目さんを見上げる。


 彼は笑顔を作ると、大きな風の渦を巻き起こしていた。


「駒のくせに、生意気だね」


 私は口角を釣り上げて「すみません」と口にする。


 楠さんはただ真っ直ぐに、グローツラングさんに進んでくれていた。

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