第41話 解明

 

 アルフヘイムにて。私はひぃちゃんを頼って結目さんの横を飛行してもらい、ドヴェルグの鉱山へと向かっていた。


 久しぶりに一人だけで飛ぶ感覚に違和感を覚え、両手を意味も無く擦り合わせる。楠さんは昨日一足先にドヴェルグの鉱山に戻られていて、細流さんは今もポレヴィーク・シュス・ツェーンにおられるのだ。


 細流さんに結目さんが言っていた調査内容は「シュスにある農具とポレヴィークの人数確認」


 農具を確認してもらっているのは、昨日のデックアールヴさんがポレヴィークさんに農具らしからぬ何かを渡している場面を結目さんが見つけたから。


 人数確認とは、断罪が行われている証拠としてポレヴィークさんの数が減っているから確かめておけ、ということらしい。


 細流さんは一つ返事で頷いて、確認が終わればドヴェルグの鉱山に合流してくれる算段となった。私は楠さんに報告した内容を結目さんと細流さんにも報告し、彼女の調査結果も代弁させてもらった。


 結目さんは始終いい笑顔でそれはそれは満足そうだったな。


 そんな彼が調べていたのは「闇雲祈君について」


 私は最初それを聞いた時意味が分からなかったし、まずどうやって調査するのかも疑問だった。


 結目さんは自分の調査結果を話すことは無く飛び立ってしまったし。私も聞くタイミング完全に逃した。


 どうすっかなぁ、聞いてもいいのかな。


 悩みながら結目さんを見ると目が合ってしまった。


「俺の調査結果が気になる?」


 穏やかに笑われて、けどその声に穏やかさなんて乗ってない。


 そんな彼のチグハグ感にも若干慣れつつ、私は微笑んで頷いた。


「差し支えなければ……」


「いいよ」


 私は曖昧に肩を竦めて、結目さんは了承してくれる。


「昨日会った雛鳥君は、このゲームが始まってからずっとあの場所にいたらしいね」


「はい」


 雛鳥君。とはまぁ、闇雲君のことだろうと思いながら頷いておく。私の髪の一部が風に引かれた。


 あぁ、これが私の日常だ。


「だからアイツは見てると思ったんだ」


「見てる、ですか?」


「そう。デックアールヴ達が何処で、どうやって武器の最終確認をしてるかをね」


 私はその言葉を聞いて少し黙り、急に胃が痛くなる。


 武器の最終確認。


 その性能は多種多様で、知る為には実際に使ってみる必要が出てくる。


 そう、そうしなくては注文者に納得されないのだもの。


 それは何処で、どうやって――誰を使ってするんだ。


 私の頭の中が情報で溢れ返り、結目さんに視線を戻してみる。彼は綺麗に笑っていた。


「うるさい場所があったよね?」


 うるさい場所。


 うるさい場所?


 泣き声が耳の奥で反響する。


 あぁ、待ってよ。


 私は震えそうな息を吐いて、昨日の雨音を思い出した。


「昨日、ドヴェルグの鉱山で色々観察してたら目に付いたんだよね。デックアールヴがラートライに乗ってまず行く所が。どのシュスのデックアールヴも揃って、最初に行くのは山の麓だった」


 結目さんは淡々と語り、その声を酷く不鮮明に受け取ってしまう。


 彼の横顔は笑っており、私の髪は、意識を逸らすなとでも言われんばかりに引かれていた。


「そういう風習だろうって無視してたけど、凩ちゃんの泣き続けるシュスの話とか、ポレヴィークの方の状況とかで察しは着いたよ。だから推測を確定事項にする為に、俺はタガトフルムで雛鳥に近づいた」


「タガトフルムで、か?」


 りず君が聞いてくれる。私の耳の奥では大きな泣き声が反響し続け、質問なんて出来るほど心にゆとりは無かった。


 らず君が肩で光ってくれて、それが私の笑顔を何とか保たせてくれる。


 結目さんは微笑んだまま「まぁね」と頷いた。


「アルフヘイムでは、他のポレヴィークのシュスとデックアールヴ達の交流について調べてたから鉱山まで戻る時間はなかったし、闇雲っていう名字には聞き覚えがあったんだよ」


 彼は笑顔だ。今日もチグハグに。


「ベレットはツェーン以外のシュスに、断罪の話は持ちかけなかったそうだよ」


 私の髪が一瞬強めに引かれて、結目さんの茶色い瞳と視線が交わる。


 そこに光なんてものは無いように見えて、彼の耳でピアスが揺れた。


「で、雛鳥君に聞いたら、やっぱりデックアールヴは頻繁に泣き声がする洞窟を出入りしていたんだってさ。何かしらの武器を持って。そして雛鳥君が知る限り、デックアールヴが出てきた後は必ずスクォンク達も何かを抱えて出てくるそうだよ」


 何か。


 私は目を見開いて前髪に指を突っ込む。視界は下に広がるアルフヘイムの大地に向かい、掌には嫌な汗をかいていた。


 昨日、雨の中で泣き声は大きくなった。小雨になれば泣き声も徐々に小さくなった。雨が止んだその後、私は洞窟に行った。


 そこで会ったではないか。籠と少し汚れた布を持ったスクォンクさん達に。


 汚れていたあのシミは、土汚れではない。あの色を、私はこの世界で何度か見た。


 あれは――血痕ではなかったか。


 スクォンクさん達は黒い服を着ていた。真っ黒な服。ルアス派なのに、ルアス派と敵対する派閥の色を普段から着るわけがない。


 あれは特別なんだ。


 あの服は、あの色は、


「――喪服」


 鳥肌が立つ。髪が風に引かれて、見ると結目さんが無表情になっていた。


 彼が無表情の時と笑顔の時って、何が違うんだろう。


 分からないし、今考えるべきことでもないだろうから考えないようにしたいのに。


 それ以上に、今気づいたことをこれ以上考えたくないわけで。


 泣き続けるスクォンクさん達に使命は無い。泣いて、泣いて、悲観者であれば良くて。なんでそこにデックアールヴさん達が行くんだ。


 彼らは最終確認者で、それには確認する為の誰かがいるわけで。喪服。違う、違う。彼らは泣くことだけがすべきことだったんだから、


 ――どうか、ディアス軍に……勝利を


「デックアールヴさん達は……最終確認を、スクォンクさん達でしていたと……?」


 確認する。


 結目さんは私を見るとゆっくり笑顔になり、それが答えだと私は知った。


 体の末端が急激に冷えていく気がして、らず君とりず君が肩で痛がっている。私は二人の頭を撫でて、しんどくて、仕方が無かった。


 結目さんは、楽しそうに笑っている。


「さて凩ちゃん。最も悪いのは誰だろうね?」


 頭が痛い。


「シュスの誰もが悪だと言うのは、誰だろうか?」


 目眩がしそう。


「俺達は、どのシュスに行くのが正しいでしょう」


 首を風に締められる。苦しくない程度に、けれども締めていると分かる力で。


 私の口角は、ゆっくりと引き上がっていった。


 * * *


 ドヴェルグの鉱山の麓に辿り着いた時、私と結目さんの意見は一致をしていた。地面に足を着いて、舞った光の粉を視界に入れる。それから視線を前に向け、広がる洞窟の奥から響く泣き声に耳を傾けた。


 あぁ、急がなければ。


 心臓が焦り始めた時、ふと声がした。


「それで、どうするつもり?」


 不意のことに肩を揺らしてしまう。


 振り返ると、そこには凛としたたたずまいで歩く楠さんと、昨日会った方だと思われるデックアールヴさんがいた。


「楠さん、こんばんは……こんにちは」


「こんばんは、こんにちは、凩さん」


 会釈して楠さんを見上げてしまう。彼女の横で「俺には俺の使命が……」と文句を言っているデックアールヴさんがいた。楠さんはその言葉を半ば無視しながら聞いている。


「ベレットはこの洞窟にいるのね?」


「……そうだろうよ、あの人はここにいる」


 デックアールヴさんは苦々しくも肯定してくれて、楠さんは「だそうよ」と私に視線を戻してくれた。私は頷き、目の前の彼女は続けてくれる。


「デックアールヴは最終確認に、鉱石を使ったホログラムを使用していたそうよ。ベレットからスクォンクを確認道具にする案が出るまでは」


 楠さんがデックアールヴさんの襟を引いて、彼は居心地が悪そうに手の指をこまねいている。その仕草から、彼らデックアールヴ全てが周知していたと確認出来た。


 私は彼に言っておく。


「……私達はこれから、ベレットさんを生贄として捕まえに行きます」


 デックアールヴさんの顔が弾かれるように上がる。彼の目は見開かれて、私は楠さんと目を合わせた。彼女は私を見つめて、ひぃちゃんが私から離れていく。


 楠さんの肩に乗ったお姉さんは、私と目を合わせて頷いてくれた。


 デックアールヴさんの叫び声が上がる。


「やめろ!! 何故あの人なんだ!! 今俺を捕まえているだろ! 俺でいい、俺にしろ!! 頼むから!!」


「黙れよ下っ端」


 結目さんの風がデックアールヴさんの口を塞ぐ。私は楠さんに会釈して、彼女は踵を返してくれた。


 彼女はデックアールヴさんを引きずりながら鉱山へと向かっていく。私も洞窟へと向き直り、結目さんの横へ戻った。


 心臓が痛い程に拍動する。それをらず君が落ち着かせてくれて、私は手を握りしめた。


「さぁ、行こうか凩ちゃん。悪を捕まえに」


「はい、結目さん」


 私は爪先を地面に打ち付けてから走り出し、結目さんも横を飛ぶ。らず君が肩で光ってくれて、松明たいまつで照らされる道はより明るくなった。


 足が疼く。


 私は、走れる。


「止めてくれッ」


 悲痛な訴えが背中側から刺さり、それを無視して結目さんと私は先へと進む。


 手先が震えて鳩尾が痛い。それでも止まることをしてはいけないから、進め。


「意外だな」


 ふと、無機質な声が私に向けられた。


 私は道中にあった大きめの石を飛び越えながら横を見る。出っ張った天井の障害を避けていた結目さんは、横目に私を見下ろしていた。


「凩ちゃんはもっと苦しそうに笑うと思ったのに。あんな懇願されたら」


 楠さんと一緒にいたデックアールヴさんを思う。私は苦笑してしまい、足元に転がる大きな石を避けておいた。


 泣き声が大きくなる。


「結果を変える予定が今のところないのに、希望を持たせるようなことをするのは、それこそ残酷じゃないですか」


 私達はベレットさんを生贄にしたい。だからスクォンクさん達の元へ行く。さっきのデックアールヴさんには悪いが、私達はそれを変える予定はないのだ。


 だったら希望を持たせてはいけない。私は彼の悪でなくてはいけない。苦しむなんて、申し訳なさそうな顔をするなんて、それこそ残酷ではないか。少なくとも私はそう思う。


「なんだ、お優しいのは健全か」


 評価されて、苦笑してしまう。私は横目に結目さんを見て、そこには微笑を浮かべた彼がいた。


「ごめんなさい」


「いいや、それが凩ちゃんなんだろうからそのままでいてよ。別に変わることなんて望んでないし、君は心配症患ってるくらいでちょうどいいんじゃない?」


 言われてしまう。


 その言葉に、私は少しだけ声を出して笑ってしまった。それを直ぐに止めて、笑い返してくれたりず君の額を撫でておく。


 結目さんは無表情に私を見てきているようで、私は響く泣き声に集中した。隣の彼は、何も聞きはしなかった。


 それでいいよ、それがいい。


 私は明るいシュスへの入口を見つけて、飛び込んだ。


 そこは広い空間で、円形のドームのようになっていた。


 小さなお城を中心に薄緑色の鎌倉みたいな家が立ち並ぶ。洞窟の壁には眩い光を発生させるライトのようなものが幾つも取り付けられていて、ここは外ではないかと錯覚するほど明るかった。


 泣き声が反響する。何かを振り回す音もする。


 私は、黒い翼と、大きな包丁のような武器を視界に入れた。


「いたぞ氷雨!!」


「行こう!」


 りず君が示してくれたのは階段からお城へ続く広い道。お城と階段の真ん中辺りが広場になっているようで、そこで飛ぶ黒服の戦士と武器を持ったデックアールヴさんを見る。


 私は階段を跳ぶように降りて、地面に足をつき、左側から回り込むようにその場所を目指した。


 駆け出して目に付いたのは、軒先で泣いているスクォンクさん達。指を組んでただ泣いて、泣き声に混じる悲鳴に震えて目を固く閉じている。


 私は奥歯を噛んで一つの家の壁を蹴り、丸い屋根も蹴って跳んだ。


 結目さんが私とは逆側から広場を目指しているのが見える。私の右手に来てくれたりず君はハルバードになり、私は屋根をまた蹴った。


「ッ、この!!」


 切羽詰まった声がする。声変わりを終えたような曖昧な声。


 彼が黒い翼を力強くはためかせると、零れた羽根が鋭く尖ってデックアールヴさんに向かう。


 攻撃された方はそれを包丁で防いだ後に、また鋭い刃を彼へと向けた。


 青白い顔が見える。赤い毛先に黒いキャップ帽。


 高度を上げない彼の後ろには、涙を流し続ける四人のスクォンクさんと、彼らが抱える血塗ちまみれのスクォンクさんが一人、見えた。


 あぁ、なんで。


 私は鉱石の屋根を力強く蹴り、振り下ろされる包丁の前へと飛び出した。


「らず君!!」


 声を上げればより輝いてくれるらず君。私の腕が疼いて、りず君で力一杯包丁を弾いてみせる。


 甲高い金属音は洞窟内に木霊こだまして、私の目には顔に緊張を走らせたデックアールヴさんが映った。


 彼の後ろには他にも多種多様な武器がある。包丁を持ったデックアールヴさんは腕に赤いスカーフを巻き、彼の向こうにはまだ何人ものデックアールヴさんがいた。


 貴方が――ベレットさん。


 目印である赤いスカーフを確認し、再び振り下ろされた包丁を弾く。腕が痺れて体が勢いで横に反発し、私は視線を動かした。


 闇雲祈君。


 彼は驚愕の表情でこちらを凝視していたから、私は笑ってしまうんだ。


「お待たせ、いたしました」


「ッ、凩さ、」


 膝から崩れ落ちた闇雲君とルタさんの同化が解けてしまう。


 顎から伝う汗と彼の激しい呼吸から、どれだけの緊張状態にあったかが見て取れた。私は彼の前へと戻って、やって来る包丁に目を見開いた。


 弾く、大丈夫、出来る。闇雲君。スクォンクさん。守れ、盾。大丈夫、落ち着け、対処ッ


 私は再び包丁を弾いて奥歯を噛む。それと同時に風が足元を這って、地面に突き刺さっていた黒い羽根が浮くのが見えた。闇雲君が「なん、でッ」と驚いている声がする。


「やぁ、雛鳥君、お疲れ様」


 平坦な声がして、浮いた羽根が雨のように降り注ぐ。


 黒い雨粒は鋭さを保ったまま、妖精達の体を傷つけた。


 悲鳴と血飛沫、苦悶の表情と怒りの視線。


 それが私の視覚と聴覚を占領して冷や汗が流れる。それでも何とかりず君を握り直した右腕は、戦う気力を宿していた。


「何故、何故ディアス軍の戦士がここにッ!!」


「俺達の使命を邪魔しやがった!」


「スクォンクを庇いやがった!!」


「何故だ!! 何故、何故ッ!!」


 傷だらけになったデックアールヴさん達から悲鳴のような声が上がり、シュスの中は泣き声と怒号の大合唱状態になってしまう。反響する声はより大きくなり、私の鼓膜を揺さぶった。


「うるっさいなぁ、何奴どいつ此奴こいつも……」


 隣に足を着いた結目さんが笑いながら首を傾ける。顔と言葉が合っていない彼は息を吐くと、後ろで闇雲君が突然叫んでいた。


「退け!! あいつら全員ぶっ殺す!!」


 ルタさんと再び同化して、飛び上がろうとする闇雲君。その翼を風が巻き、黒鳥は地面にじ伏せられた。


 あぁ、胃が痛い。


「ッ、離せッ、離せよッ!! なんなんだ、ふざけんなッ!」


 もがく闇雲君の声は震えている。その顎からは涙が伝い、地面に水滴が染み込んで濃い跡へと変色していた。


 私は見ていられなくて、後ろのスクォンクさん達に視線を移す。そこで抱えられている一人には、大きな汚れた布がかけられていった。


「なんで、なんで、なんでッ、殺されてんだよ!! この子達、なんで、こんなぁ……ッ!!

あぁ!!」


 風を凪払おうともがく翼が地面を殴る。結目さんは竜巻を緩めなくて、その顔は人形のように感情が失せていた。


「使えないなぁ、流石雛鳥」


「ッ、なにッ」


「俺は言ったよ、アルフヘイムに来たら迷わずこの洞窟に入れって。後ろで死んでるスクォンクの血はまだ乾いてないね。つまり怪我をしてからそんなに時間は経ってない」


 闇雲君の呼吸が荒くなる。私はスクォンクさん達に近づいて、固くなっていく亡骸を布の上から触っていた。


「お前――迷ったな」


 氷のような冷たさで。


 結目さんの言葉が落とされる。


 私は目を閉じて、泣き続けるスクォンクさん達に頭を下げた。何も言う資格はない。私は、私達は……救えなかったから。


「ちが、」


「洞窟に入るの、迷ったんだろ? それで入って、怖気づいて、戦うのもまた迷った。さっき翼を広げてたのはそいつが死んだから。死んでから行動とか、遅いよバーカ」


「ッ!!」


「死んだ命は戻らない。でも別にお前一人を責めやしないよ。俺も凩ちゃんもここに来るまで予想通り時間かかったし、お前に任せようとした俺の誤算だわ」


 鋭利な結目さんの言葉が闇雲君に刺さっていくのが見える。その向こうでは弓を引くデックアールヴさんが見えたから、私は瞬時に立ち上がり、ハルバードを振り抜くんだ。


 甲高い音がする。


 結目さんと背中合わせで私は矢を弾く。デックアールヴさんは目を見開いて、喚く声は聞き取れない。


 ベレットさんは観察するように私達を見つめており、攻撃を中断させるような合図を挙げていた。


 後ろから竜巻が立てていた音がなくなる。見るとルタさんと分かれた闇雲君が、泣きながら指で地面を抉っていた。


「それじゃ、スクォンクここに集めて。住人全員。それくらい出来るでしょ? 出来なきゃその羽根、全部毟って俺の武器にするからな」


「……ッ、ルタ!!」


「あぁ……行こう、祈」


 涙を拭きながら走り出してくれた闇雲君とルタさん。私は二人を見送って、満面の笑顔で振り返った結目さんを見上げた。


 彼はスクォンクさん達を見もせずに命令している。


「お前らも他の奴らここに集めて。じゃなきゃ吹き飛ばすよ」


 怯えたように泣くスクォンクさん達は私を見てくるので、私は努めて笑って頷いた。


「その人で……最後にしましょう。遅くなって、本当にごめんなさい」


 謝罪は無意味だ。救えたかもしれない命は目の前で無くなった。言葉でその尊いものは戻らない。


 スクォンクさん達はお互いを抱き締めながら涙を零し続け、その目は飛び出しそうなほど見開かれていた。


「どうして、戦士様がこのような場所に……」


「それに、住人を集めろなどと……」


 不安そうに目が揺れる。結目さんは私の髪を風で揺らし、スクォンクさん達の方に引かれた。


 だから私は彼らの前に膝をついて、笑ってしまう。


 涙がとめどなく零れていくスクォンクさん達。重たくなるばかりの仲間の体を抱き締めて。


 私は首を傾けながら、微笑んでいた。


「悪を、捕まえに来たんです」


 そう伝えれば、目を見開いて顔を見合わせるスクォンクさん達。彼らは狼狽うろたえて、私はかけられた布に手を乗せた。


「皆さんは、デックアールヴさんの最終確認の的になっている……間違いはありませんか」


 確認する。すると彼らはまた自信なさげに涙を零し、弱々しく呟いていた。


「私達が、悪いのです……」


 私の鳩尾の辺りが、言いしれない感情を渦まかせる。


「私達は泣くしかないのです」


「泣くしか能のない私達は、殺されて当然で御座います」


「生きている意味など、無いに等しい私達は……」


「先程の戦士様もそうです」


「謝りながら私達を庇ってくださった」


「そのような行為を受ける価値が、私達には、」


「ゴチャゴチャ言うなよ耳障りだから」


 結目さんの声と、発砲音がする。


 私は反射的に振り返る。そこには凝縮された風の渦があった。それが晴れると、地面にめり込んだ大きな弾丸と立ち上る硝煙が見える。


 結目さんは前だけ見つめて、その口角は上がっていた。風が私の髪を揺らしている。


 デックアールヴさんの一人が肩に大きな銃を担ぎ、尻餅をついている。彼の目は見開かれ、体の各所には傷が出来ていた。


 流れる血を彼らは止めようとしない。


 代わりに取ったのは、目の前にある完成された武具だった。


 彼らはデックアールヴ。ドヴェルグが作った武器の最終確認者。


 私はスクォンクさん達を見下ろして、笑い続けた。


「生きることに、意味がいりますか?」


 怯えた彼らの頭を撫でて、私はりず君を手に取る。ハルバードであり続けてくれた彼を回し、結目さんの横に並んだ。


 私の言葉に価値はない。物語の主人公のように、必ず勝利へ続く道を私は選べない。誰かの人生を導く力もない。


 それでも、後ろから気配が消えたことに安堵して。


 微かに振り返れば、そこに泣いていた方々の姿は無い。


 結目さんの足先が宙に浮いて、私もりず君を構え直す。


 デックアールヴさん達は一人一人武器を手に取り、私達を睨みつけていた。


「何故、逃がした」


 赤いスカーフを巻いた彼は言う。大きな刃を両手で持って。


「我らの宿命を邪魔するか!!」


「自分の宿命に、他人を巻き込んでんじゃねぇよ」


 結目さんの足元を風が舞う。ベレットさんは奥歯を噛み締め、拳を上へと突き上げた。


 瞬間、シュス中に雄叫びが響き渡った。

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