第38話 飛行

 

 雨降る中。私は闇雲君の質問に答えていた。


 彼の横に移動して前だけを見つめながら。


 最初は小さかった闇雲君の声に耳を澄ませる必要があったけれど、今では少しだけ元気が出てきたようだった。


 その声に安心しながら、私は正直に答えていく。


 戦士なんて、嫌じゃないのか――勿論、嫌ですよ。


 怖くないのか――怖いし、不安だし、しんどいですね。


 死にたいとは、思わなかったか――いいえ。逆に、生きたいと縋ってしまいました。


 祭壇は建てたのか――結構、沢山建てました。


 ……生贄は、捕まえたのか。


「捕まえましたよ」


 闇雲君が私の方を向くのが分かり、私も彼に視線を向けた。フードの奥、帽子の下の目が私を観察するように見つめている。


 私は努めて笑い、また前を向いた。少しだけ弱くなった雨は空気を冷たくしていく。


「今は、二人。明日ないし明後日以降には、三人目を求めて」


「……どんな奴を、捕まえたんです、か」


 掠れそうな声で聞かれて、私は視線を少し下に向ける。目の前に落ちた雨雫は灰色の床で弾けて波紋を立てた。


「悪人です」


 声に出す。すると闇雲君とルタさんが息を呑むのが聞こえて、私は笑ってしまった。


「シュスの誰もが悪だと言い、それを私達の尺度で測った時も悪だと言えるその人。それを私達は、捕まえると決めたんです」


 壊してしまったシュスを思う。ウトゥック・シュス・ノイン。その後どうなったかなんて、私には思う資格もない。


「一人目は、奴隷制度を取っていた国の王様を」


 次に思うは夜しかないシュス。モーラ・シュス・ドライ。島に住むモーラさん全てが、彼を連れて行くことに歓喜した。


「二人目は、ゾンビになってしまった元戦士の方を」


「戦士を?」


 ルタさんが聞いてくる。私は頷いて、りず君の持ち手を握り直した。


「彼は、とある事情でアルフヘイムの住人になっていたんですが、存在していたシュスの全ての住人さんから恐れられていて……生贄にすることに、住人さんは泣いて賛同してくれました」


 夜来さんの涙が浮かぶ。


 私は目を伏せて、ふと雨の音が止んでいっていることに気がついた。りず君が針鼠に戻ってくれる。


 掌に彼を乗せて空を見上げると、そこに黒い雲は無くなっていた。


「通り雨だったな」


「だね」


 頷いて、私は未だに聞こえる泣き声に振り向いてしまう。見えるのは祭壇の壁。その向こうの洞窟の中で泣き続けている住人さんがいる。


「あの泣き声だったら、どうしようもありません。最初は祈と僕も気になったので覗きに行ったのですが、ただただ悲観者であることが宿命だと、犬のような者達が泣き通していたんです」


「……そうなんですね」


 ルタさんが教えてくれて、私は「ありがとうございます」と微笑んでおく。


 スクォンクさん達は何を言っても泣き止まない。泣くことが宿命だから、泣くことを止められることこそ彼らが最も恐れることなのだ。


 私は目を伏せて立ち上がった。


 少し覗いて一人安心して、楠さん達の元へ戻ろう。あぁ、登山か。頑張ろう。


 不意に腕を掴まれる。少し力を入れれば振り解けるような弱さで。


 見ると、私の左手の袖を引く指があった。


 裸足を自信がなさそうに擦り合わせながら、闇雲君が私を止める。見上げてくる彼のフードが少しズレて、赤い髪の毛が彼を色づかせた。


「ぁ、」


 声を零しながら闇雲君の手は離れて行く。彼はそのままうつむいて、ルタさんは闇雲君の肩に留まっていた。


「祈」


 ルタさんが呼ぶ。それに闇雲君は反応を見せず、私は掴まれていた裾に右手で触れた。


 小さな力。それでも、私の頭は勝手に「行かないで」と言われたようだと錯覚してしまうわけだ。


「……泣き声がしている洞窟を少しだけ見てから、私は山頂へ向かいます」


 言ってみる。すると闇雲君の肩は揺れて、顔が上がることは無かった。


 私は口を結んで足を動かす。少し水の溜まった床は私の足音を響かせた。


 外に出る。空には白い雲が浮かんでいて、私が踏んだ地面からは光の粒が微かに舞った。


 そのまま私の足は泣き声が響く洞窟に近づき、暗がりを覗く。あるのは薄暗く何処か湿っている感じがする道。泣き声がする奥は見えなくて、私の足は止まるのだ。


「泣き続ける宿命……か」


「嫌な宿命だぜ」


「……そうだね」


 呟いて、肩に乗るりず君の額を撫でる。


 スクォンクさん達にとっては当たり前で泣くことこそが幸福だと信じているのに、それを私は憐れむんだ。


「……戦士様?」


 声を掛けられ反射的に振り返る。


 そこには犬のような見た目の住人さんが三人立っていた。


 イボというか吹き出物というか、そういったものが沢山見受けられる肌色の皮膚に、元気のない髭と尻尾。お揃いの黒色の服は至る所に涙のであろうシミが出来ていて、骨と皮だけに見える腕には大きな籠が持たれていた。


 彼らの大きな目は飛び出しそうなほど丸くなり、縁からは大粒の涙がとめどなく溢れている。私の顔はいつも通り笑ってしまい、自然と首を傾げていた。


「……スクォンク、さん……?」


 一応尋ねてみる。すると目の前の三人は「あぁ!」と声を上げて膝から崩れ落ちてしまった。


 何事。どうした。籠に入っていたものぶちまけましたけど大丈夫ですか。


 私は自然と籠から落ちたタオルのような布を拾い集めて、スクォンクさんに近づいてみる。ひっくり返った籠を戻して布の土埃を払っていると「あぁぁ申し訳ございません」と涙ながらに謝罪された。


 本当に、この短い時間で一瞬も涙が止まらないんだな。なんて感心してしまいました、ごめんなさい。


「戦士様が……戦士様が我々の名前をッ!!」


「しかも呼び捨てではなく、敬称をつけて下さるなんて……ッ!!」


「なんということだ!! なんという……あぁ!!」


「いや待て!! 戦士様に膝をつかせてしまうだなんて!」


「しかも我々が落とした物を拾わせてしまうだなんて!」


「あぁなんと罪深い! 我々はどうして、どうしてッ!! こんなに醜く役たたずであるにも関わらず、戦士様の手を煩わせてしまうだなんて!!」


「「「申し訳ございません!!」」」


 流れるような土下座。文句無しの滑らかさで繰り広げられた謝罪。


 私は目の前で飛び交った言葉に唖然とし、笑顔が固まった。頬を冷や汗が流れた気がする。


 肩ではりず君が引いているのが感じとれ、私は「ぇえっとぉ……」と髪を引っ張った。


「ぁの、そんな、謝っていただくようなことではないと思いますので……ぇ、あー、その、土下座はやめてくださいって言うか、落ち着きましょうって言うか……あ、荷物拾うのお手伝いしますよ」


 と、言うのに「なんとお優しい!!」「なんと温かい!」とまた泣かれた。


 いや、止まることなく泣き続けている訳だから泣かれたという表現はおかしいのだが。なんと言ったらいいものか。涙の量が増えたと言えばいいのか、勢いが増したといえばいいのか……。取り敢えず泣いてる。


 私は冷や汗が止まらず始終黙って微笑んでいたのだが、段々とこの状況に居た堪れなくなってきた。


 ディアス軍の戦士の前で土下座して泣きじゃくるスクォンクさん三人って、何この状況。


 どんな声をかけても変な解釈をされて泣いて土下座されてしまう為、声をかけることは諦めた。


 転がっていた赤黒く汚れたシミのある布を拾って籠に入れてを繰り返す。そうすれば「申し訳ございません」と泣きながらスクォンクさん達も拾い始めて苦笑してしまった。


 落ちていた物を全部集めて、拾い残しがないことを確認し、スクォンクさん達にはまた土下座される。


 土下座って、される方もする方も気持ちよくないと思うんだよな……。


「ですから……ね?」


 私はもう何度目かも分からない止めて下さいのジェスチャーをする。りず君は深いため息を吐いて「マジでこいつら……」と呆れていた。


「あぁ、申し訳ございません戦士様」


「不快な思いをさせてしまって……」


「どうか我らを煮るなり焼くなり生贄にするなり戦士様のお好きなように……」


「あぁぁしません、しませんから、生贄には」


「「「しないのですか!?」」」


「しません」


 今にも目が飛び出そうなほど驚いてしまったスクォンクさん達。私は笑いながら息をついて「しません」と再度念押しした。


 確かに泣くだけが生きる指針で、戦士様と崇めてくれる彼らは生贄にしても恨まないでくれるだろう。


 けれども私達の条件にはそぐわない。泣くだけの彼らの何を悪と言えようか。


 私は肩を竦めて一人のスクォンクさんの頭に手を乗せた。ゆっくり撫でてみる。細流さんもよくこうやって、私の頭を撫でてくれると思い出して。


 どうかそんなに卑屈にならないでと、スクォンクさんに伝わればいいと勝手に願って。


 手を離すと、そこには驚愕の顔で涙を零し続けるスクォンクさんがいた。その雫が止まることはなくて、それでも暗かった目には光が宿ったようだった。


 その涙が悲しい涙ではなくて、嬉しい涙になればいいのに。


 そんな自分勝手な願望を口にすることは無い。それは自己満足だ。私がそうなれば楽になれると言うだけだ。


 だから言わない。


 私は笑って、りず君の額を撫でておいた。


「では、失礼します、スクォンクさん。私はもう行きますね。驚かせてしまってごめんなさい」


 泣きじゃくる彼らの近くにいて、私に出来ることは何もない。出会ったところで何も生まないこの関係。それはシュスを覗いても一緒だろう。


 私は踵を返して、彼らの泣くという宿命に、泣く以外の使命が付加されることを願うばかりだった。


「あぁ、あぁ、戦士様ッ」


「お優しい、戦士様ッ」


「醜い我らに、笑ってくださる戦士様……ッ」


「「「どうか、ディアス軍に……勝利を」」」


 その言葉が、理解出来ない。


 だから振り返ってしまうんだ。


 そこでは、やっぱり泣きながら土下座するスクォンクさん達がいて。


 貴方達は――ルアス派だろう?


「……ありがとう、ございます」


 違う、お礼が言いたいわけではない。


 でも、確認しても何が生まれるわけでもない。だったら聞かなくてもいい気がして、あぁ、息が苦しくなった。


「ディアス軍の勝利を願うのか?」


 りず君が聞いてくれる。スクォンクさん達は弾かれるように顔を上げると、お互いを見てからまた泣いてしまった。


「聞かなかったことに……してくださいませ」


 あぁ、これは聞いてはいけないことだ。


 だから私は疑問と心配を飲み込んで、別の言葉で塗り潰した。


「……さよなら」


 もう振り返りはしない。


 何か問題を抱えているのかも。自分達と敵対する宗派の勝利を願うだなんて。


 詮索しても無意味だ、聞かなかったことにしてくれと言われたではないか。


 でも。


 うるさい、黙れ心配性。


 私は止まりそうになった足を叩いて前を向く。そのまま祭壇の近くを通り、鉱山の麓に立った。スクォンクさん達の泣き声はまだしており、これが止む日は来ないのだと実感する。


「……凄かったな、なんか」


「そうだね……」


 りず君と揃って息をつき、鉱山を登るために「よし」と意気込む。


 気分を切り替えよう、やる気を出せ。


 そう言い聞かせながら第一歩を踏み出すと、何故か逆側に私の服の裾が引かれた。


 え、なんで。


 分からなくて振り向くと、黒いフードと日に焼けることを忘れたような細い腕が見える。私と同じくらいの目線。少しだけ彼の方が高い。


 私は笑って、彼の名前を口にした。


「闇雲君」


 弾かれるように離される私の服。怯えたような、緊張したような彼の雰囲気は私にも伝染してしまい、私の脈は早くなった。


「ぇと、ど、どうかされ、ましたか?」


 詰まりながら聞いてみる。闇雲君はフードの裾を両手で掴んで、裸足の足で後ずさった。


 私は笑顔で首を傾げ、ルタさんに背中を押される闇雲君を見つめるしか出来なかった。


「い、の、り!」


「ルタ、ちょ、痛い」


「後ずさるな!」


「わ、分かってる!」


 何やら押し問答されてますね、大丈夫でしょうか。


 私は苦笑したままりず君と顔を見合わせて、吹いた風に驚いた。


 浮かんだのは結目さん。


 けれども彼の姿はなくて、柔らかな風には黒い羽が混ざっていた。


 闇雲君に目を戻す。


 そこには、二の腕の途中から鳥の翼を持ち、両足は人ではなく鳥のものへと変化している彼がいた。


 漆黒の翼は大きく、人の腕はそこにはない。足首から先は黄色く細い鳥の足になり、黒い爪もついている。そこにルタさんの姿はなかった。


 私は揺れた髪を押さえつけ、「うぉぉぉ?」と驚いているりず君の声を聞く。


 闇雲君は俯いたまま、翼を体の前で擦り合わせていた。


「……」


「……ぇっと」


「……ルタ、の……同化、能力」


「同化……」


「……」


「……ルタさんと、一体になれる能力……ですか?」


 お互いにぎこちない喋りではあったが、何とか確認をしてみる。闇雲君は頷いて私の方に視線を向けてくれた。


 彼の帽子の奥の目は自信がなさそうに揺れながらも、逸らされることは無かった。


「……山頂に行くなら……送ります……」


 目を見開いてしまう。


 私は髪を引き、りず君を見て、闇雲君に視線を向け、また髪を引いた。


 口角だけ上がった驚いた顔と言うのは、相手をどんな気分にさせるのだろう。少なくとも闇雲君には不安を与えてしまったようで、彼は「ぁの、その、」と一生懸命言葉をくれた。


「鉱山、急だし、登るの大変そうだしッ、凩さんの心獣は針鼠で、さっき見た感じ変身能力で、それって登山って難しそうだって思って、俺は飛べるわけで、だったら、連れて行ってあげた方がいい気がしてッ」


 バサバサと音を立てて翼を動かす闇雲君。その慌てっぷりに私も慌ててしまい、手が右往左往した。


「あぁ、ありがとうございます。まさかそんな、ぁの、気にしてくださってるとは思わなかったていうか、大変ありがたい提案をしていただけて、恐縮です」


「ぁ、は、はい、すみません」


「ぇ、いや、こちらこそすみません……」


 ……何で謝り合戦してんだ。


 私は可笑しくて笑ってしまう。闇雲君は一生懸命フードを引っ張ろうとしている。だがルタさんの翼ではそれが難しく、見えた頬は微かに赤くなっていた。


 可愛い人だ、なんて失礼か。


 彼は送ってくれると言った。祭壇に篭もり続けていた彼が。どうしてそう思ってくれたのか。私が登るのが大変そうだからと言ってくれたが、大変そうでも放っておけば彼は祭壇から離れなくて良いはずだ。


 それでも出てきてくれた優しい君に、私は「お気持ちだけで」なんて言えないわけだ。


「お言葉に甘えさせて頂いても、いいですか?」


 闇雲君は一度固まり、それからゆっくり顔を上げ、何回か首を縦に振ってくれた。


 羽ばたいて宙に浮いた闇雲君の左足に捕まり、体が落ちないようにりず君が布状になって巻きついてくれる。


 闇雲君はそれを確認して高度を上げ、私の足は地面から浮いた。


 うあ、ひぃちゃん以外での初飛行。


 徐々に高度を上げていく闇雲君を見ると、口を引き結んでいる顔が見えた。フードが浮いて赤い髪が見える。長めの髪は首元を隠しており、微かに赤く揺れるピアスが見て取れた。


 闇雲君は無言で山頂の上空まで連れて来てくれると、ゆっくり下降してくれた。遠かった地面が近づいて足が微かに揺れる。


 すると不意に強風が吹き荒れて、私の腕が闇雲君の足から離れた。


「ぅあ!?」


「なッ、風、何!!」


 闇雲君が驚きの声を上げて、りず君は私を何とか繋ぎ止めてくれる。しかし、私達が体勢を整えることが出来ても闇雲君は難しかったようで、視界が果てしなく回った。


 そりゃそうだ。人ひとりとプラスアルファを片足に引っつけて飛んでくれているんですものね! 目が回る!!


「マジか、ちょッ、氷雨離すぞクッションになっから!!」


「たのんだ、りず君!!」


 りず君が離れ、私は闇雲君の足を掴む。目を回している闇雲君は同化が解けてルタさんと分かれてしまった。


 私は急速落下する中で何とか闇雲君の腕とルタさんを手繰たぐり寄せ、下で大きなクッションになってくれたりず君を確認する。


「ッ、祈!!」


「ひぇ!? うわ!! あぁ!? な、なんで、なんなんだよ!?」


 お腹の底から驚愕の声を上げる闇雲君と、私の腕から抜け出て翼を広げたルタさん。それを見た瞬間私の体は低反発のクッションに沈んだ。


 心臓が……冷や汗が……やっばい。


 耳の奥でうるさいほど鳴り響いている心音を聞き、りず君に埋まっている闇雲君を見る。彼のフードは取れて、真っ赤な髪と黒いキャップ帽、青白い顔が確認出来た。


 ……絶対今の風はあの人だ。あの人以外に有り得てたまるか。


 私が思ったのと、髪が風に引かれたのは同時だった。


「凩ちゃーん」


 声がする。あの、チグハグな声が。


 私はりず君クッションから顔を上げて、結目さんを見上げた。


 彼の腕の中にいるらず君は、私の方に飛びつきたいのを片腕で押さえつけられ半泣きだ。私の体の下ではりず君が元の針鼠に戻ってくれて、「おいコラ!!」と怒ってくれる。


 あ、闇雲君。


 私は結目さんに返事をすることなく闇雲君へ顔を向けた。地面にうずくまっている少年が視界に入る。


「や、闇雲君……大丈夫ですか?」


「……天地が回ってる」


 ヤバい重症だ。


 私は、戻ってきてくれたルタさんと一緒に闇雲君の背中を撫でて苦笑する。それから結目さんを見上げて「結目さん……」と弱く呼ぶと、口角だけ釣り上げた彼がいた。


 なんかまた考えてるこの人、絶対そうだ……。


 りず君は私の肩によじ上ってくれて、らず君は結目さんの腕の中で観念してしまっていた。


「それ、何?」


 それ。それってどれ。


 私は、結目さんが指した先を見る。


 闇雲君。


 彼は帽子を押さえながら顔を上げて、結目さんに視線を向けた。


 あ、なんか目がわってる。駄目だ、感覚的にここで二人に会話をさせたら駄目だ。


 笑う私は努めて口を開こうとしたが、それより早く闇雲君が喋り始めてしまった。


「それって、どれ」


「お前のことだけど?」


 結目さんが満面の笑顔で、どうでも良さそうな声を出す。闇雲君から「あぁ?」と言う低い声が聞こえて、祭壇にいた時の印象が吹き飛びそうだった。


 完全にご機嫌ななめっていうか、怒ってらっしゃる。そうですよね、空から急に落とされて「それ」呼ばわりされたら怒りますよね。あの風が結目さんのだってことはまだ気づいてないとは思うのですが、時間の問題だろうなぁ。


「先程の豪風、貴方の力ですね?」


 ルタさん気づくのが早い。


 そして確認された結目さんよ、何故そんなに笑顔なのか。駄目だ胃が痛くなってきた。


「へぇ、察しがいいねふくろう。そうだよ、正解、怪鳥と凩ちゃんがいると思ったから取り敢えず落としてみましたー」


 取り敢えず落とさないで。


 口まで出かかった言葉を言う前に「ふざけんなよ」と闇雲君が喋っていた。


 あ、立ち上がれますか。良かったです。ルタさんは息をつきながら、闇雲君の肩に留まっていた。


 私も立ち上がってみるが、睨む闇雲君と笑う結目さんを見比べるしか出来ない。……もう駄目だ。


「取り敢えず落とすの意味がわっかんねぇよ、頭の螺子ねじ外れてんのか? 小学生からやり直せクズ」


「口だけは達者なんだねおチビさん。あの程度の風に乗れない鳥は地面を這うのがお似合いだと思うけど」


「チビじゃなくて成長途中だうるせぇな、俺は飛べるしお前みたいな不意打ち野郎の風になんて乗らねぇよ」


「乗れないの間違いでしょ? 強がる言い方しても陰鬱なその性格は隠せねぇからやめとけよ。見え透いた背伸びは転けて恥かいて終了だから」


「ゴチャゴチャと、人を上から評価すんな無頼漢ぶらいかん!」


「ぴーちくぱーちくさえずるなよ、雛鳥君」


 ……あ、シュスの方から楠さんと細流さんが走ってきてくれてるのが見えるぞぉ。ひぃちゃんも元気そうでなによりだ。もう雨を降らせそうな雲もないし、よきかなよきかな。いい天気だ。雨上がりの空って素敵だなぁ。


「氷雨、現実逃避すんな、おい」


「……いえっさー」


 私は空笑いしながら、目の前で灼熱しゃくねつ雑言ぞうごんバトルをする結目さんと闇雲君さんを見つめていた。

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