第36話 流涕
心許ない。
果てしなく。
いつも私に穏やかさをくれるらず君が結目さんに人質にされた。
私に自由をくれるひぃちゃんは楠さんと細流さんに預けてきてしまった。
何でこんなことになったかと思い出せば、数分前に
* * *
ドヴェルグ・シュス・エルフに入った私達は、様々な種族の方でごった返すシュス内に遠い目をしていた。
流石は職人のシュス。武器を求める方々がドヴェルグさんであろう方達に話しかけては何かの交渉をしている。
ドヴェルグさん達は皆、スキンヘッドで皺が多めのお爺さんという感じ。色々な工具を持って大きな手袋をしている姿はプロの空気を作り出していた。
いや、間違いなくプロなんだよな、失礼しました。あぁ、あっちのドヴェルグさんと似てるけど、肌が黒い方がデックアールヴさんかな。武器を沢山抱えてらっしゃる。最終確認ってどうやってするのかしら。企業秘密かな。
「あれがドヴェルグね」
「誰に、話し、かける?」
細流さんは首を傾げて、私は人波に揉まれてしまう。話声に金属を加工する音。笑い声に真面目な声。色々な音に飲まれて住人さん達の壁にも囲まれ。
あ、目が回る。
楠さんと細流さんからもはぐれそう、って、駄目だ。ちょ、おい、通して。
「氷雨」
溺れかけていた私に気づいた細流さんが手を引いてくれる。私は引き攣った笑顔で「すみません……」と頭を下げ、楠さんに聞かれた。
「大丈夫?」
「はい、お手数おかけしました……」
言っている間にも色々な人にぶつかってしまう。
ごめんなさい、どうしたらいいですか、何処にいたら邪魔になりませんか、しんど。
私の足が浮いて
「す、すみません細流さん」
「いや、大丈夫だ」
細流さんが頭を撫でてくれて、恥ずかしさで顔が熱くなる。高校二年生にもなって何をしているんだ自分は。
気恥しさと申し訳なさが押し寄せていると、細流さんは無表情に言ってきた。
「氷雨は、小さくて、軽いな」
小さくて軽い。
小さくて、軽い。
私の口をりず君の大きくなった前足が塞いでくれる。細流さんは首を傾げて、楠さんに背中を叩かれていた。「お、」と細流さんが呟き、楠さんは息をついている。
私は笑顔のまま口を塞がれ続けてしまいました。
楠さんは憐れむ目をして話題を変えてくれる。
「人も予想以上に多いし、凩さん、良かったら気になってた泣き声の所に行ってもらっても大丈夫よ。人混み、得意じゃないんでしょ」
その、私の不安が解消出来るかもしない気遣いに安堵する。
私は言われた通り人混みが得意ではない。と言うより苦手だ。泣き声のことも頭に引っかかっていたし、一緒に行動しても私が楠さん達の役に立つことは無い。
それでも、泣いている人達の元に行っても何も出来ないと先ほど思った。楠さんと離れても。いや、離れない方が邪魔か、こんな状態で。
考えた私の口から、りず君が手を離してくれた。
「ありがとうございます。そうさせて頂きます。ごめんなさい」
「気にしないで。何か考えすぎているようだけど、貴方のそれは恐らく杞憂よ。ここに用があるのは本来私だけなんだから、貴方は貴方がしたいことをしていいの。凩さんの行動に、蛇足なものなんてないんだから」
楠さんは頷いてくれて、細流さんは私を下ろしてくれる。私は唖然としてしまい、楠さんを見つめた。きっと目を見開いてしまっている。
私の中を見透かしたような彼女は、どうしていつも私を過大評価してくれるのだろう。
分からなくて首を傾げてしまう。すると腕の中にいた緋色が持ち上げられ、楠さんの胸に抱かれていた。
ひぃちゃん、りず君、私は顔を見合わせ、楠さんに視線を戻す。
彼女は首を傾げて綺麗な茶髪が揺れた。
「私達が知らない間にエゴに合流されて、貴方が連れて行かれると困るの。保険としてひぃは預かるわね」
デジャ……もう黙ろう。
細流さんは「おぉ、なる、ほど」と無表情に頷き、私は「はぃ……」と返事をしていた。ひぃちゃんも仕方が無さそうに息を吐いて、りず君は「頭いてぇ」と唸っている。
私の声は、それはそれは情けなかったことだろう。
* * *
そして現在に至る。
らず君とひぃちゃん不在でりず君と行動を共にする私は、鉱山を下っていた。と言うより滑っていた。
りず君に取り付けタイプのクワッドスケートになってもらい、右足にだけ装着。四つのローラーで少し凸凹した山肌を滑り、スピードが出過ぎて怖くなったら何もつけていない左足の靴裏でブレーキをかける。
膝に若干負荷はかかるが、未だに聞こえる泣き声は山の麓である為、頂上から早く下りるにはこれが一番だと考えた結果だ。
巻き上げる砂埃に混ざった光りの粒が綺麗だな、と言うのが感想だったり。
「りず君、平気?」
「おう!! 問題ねぇぞ!」
「良かった、ありがとう」
元気いっぱいに答えてくれたりず君に微笑み、私は泣き声の方向へ進路を修正しつつ風を切る。泣き声は徐々に大きくなっていき、それが結構な群衆での声だと判断出来た。
泣き続ける集団。
確か、そんなシュスがあった筈。
私はメモ帳を取り出して、前と紙を交互に見やる。泣くという単語を探して指はメモ帳を
なんだったっけ。何処だっけ。あったと思うんだけど。
あ、
「スクォンク・シュス・アインスか」
「なんだ? スクォンク?」
「うん。毎日泣いて過ごす、自尊心の低い方達だって。洞窟の中に作ったシュスの中で永遠と泣いて泣いて、泣き通す。犬みたいな見た目で、宗派は一応ルアス派。ただ泣き続ける悲観者であることが宿命で、使命が負荷されていない人達みたいだよ」
「わっけわかんね」
りず君がため息を吐いて私は苦笑してしまう。近づいてきた泣き声に耳を澄ませ、スクォンクさん達を想像した。
ただ泣くだけの人生。
泣いて泣いて、泣き疲れても泣く毎日は、一体どんな感じかなんて。私には到底想像出来ないわけだ。
聞こえる泣き声は止まることなく周囲に響き、私の鼓膜を揺らしている。
嬉しいやら悲しいやら、泣き声の原因であろうことが分かった今、鉱山を下る理由は正直無い。泣くことが宿命ならばそれを止めたり心配することは蛇足以外の何物でもないのだから。
メモ見てから下り始めればよかった。馬鹿やった。
さて……目的が消えた訳だがどうするか。
私は自分に呆れてため息を吐き、不意に視界に祭壇が入った。その塀に一羽の黒い鳥が留まっているのが遠目に確認出来る。
「あれ見える? りず君」
「んんん〜……? なんだ、あれ、
「あぁ、なるほど……梟か……」
黒い梟。
らず君がいないので私の普段の視力では確定出来ないけど、りず君の言う通り梟に見える。
梟さんは一瞬こちらを見たようで、直ぐに飛んで祭壇の中へと入っていった。
その様子から思ったのは、見張り。祭壇と生贄を守る監視鳥。この間三人捕まえていた祭壇が破壊されたって聞いたけど、今見えている祭壇にも生贄の方がおられるのだろうか。
私は麓まで辿り着き、足の向きを九十度変えてブレーキをかける。左足も着いて地面を滑り、りず君はタイヤを刃に変えて止める力を強めてくれた。
地面を滑って何とか止まる。右足を上げて、針鼠に戻ってくれたりず君を肩に乗せた。小さな額を撫でて私は自然と笑ってしまう。
「ありがとうりず君、助かった」
「おう! もっと頼っていいぞ、氷雨」
お返しと言わんばかりに頬に擦り寄ってくれたりず君。可愛い彼を笑い、私は祭壇を見上げた。そのすぐ近くには洞窟があり、反響により大音量になっている泣き声が聞こえる。
「……やっべぇな」
「……だね」
苦笑しながら祭壇に近づいてみる。
誰かいるのだろうか、と言うただの好奇心で。
すると中から真っ黒な梟さんが出てきて、私達の前で留まった。空中で羽ばたきを繰り返す梟さんは私とりず君を見つめて、青みがかった瞳が確かに私達を確認している。
「ディアス軍の戦士か」
声変わりが始まるかどうかのような、男の子だと思わされる声に問われる。それが梟さんの声だと分かり私は反射で頷いた。
「名前は? 年は? ここで何をしている?」
「ぁ、っと……凩氷雨と申します。十六歳で、高校二年です……何をしているかと言われたら、泣き声が気になって来てみたら、祭壇があったので……観察に」
微笑みながら答えてみる。すると梟さんは黙ってしまい、一瞬祭壇の中を見たようだった。
質問されたから、私も質問をしていいかな。
思えば、私より先にりず君が聞いてくれた。
「そういうお前はここで何してんだよ。誰かの心獣なんだろ、戦士は何処だ?」
問いに梟さんは答えない。静かに私達を見つめて
梟さんは「こっちへ」と呟き、祭壇の中に入ってしまった。私はりず君と顔を見合わせて、一度洞窟を見てから祭壇に入る。
視界に入った空には、珍しく暗い色をした雲がかかり始めていた。その雲すらも何処か輝いているようで、綺麗だと思いながら祭壇に入る。
私はそこで――十字架の一つに
黒を基調とした服に黒いキャップ帽。その上から黒いフードを被り、膝に顔を埋めている人。黒いパーカーは袖のないベストタイプで、そこからは細くて白い腕が覗いていた。裸足であるその人は気力というか、元気が全く見えない感じ。
その人の肩に梟さんは留まって、軽くフードをつついていた。
「
――祈
呼ばれた子が梟さんの
「……ディアス軍」
聞こえたのは、声変わりをやっと終えたような、不思議な低さを持った声。
男の子。細い体躯。指先も細い。
私の口角は上がって「はじめまして」と挨拶をした。
「……はじめ、まして」
掠れたような小さな声で挨拶をしてくれて、顔を伏せてしまう男の子。十字架に生贄はいない。スクォンクさん達のであろう泣き声だけが小さく反響する祭壇内は、嫌に薄暗かった。
梟さんがため息をつく仕草をして男の子の足先に留まり、私達に頭を下げてくれる。私とりず君も会釈を返し、梟さんは言ってくれた。
「はじめまして。僕のパートナーである彼に変わって、自己紹介させていただきます。彼は
「ぁ、ご丁寧にありがとうございます。高校二年、心獣系戦士の凩氷雨です。こっちはパートナーのりず君。よろしくお願い致します」
床に膝をつき、頭を下げて自己紹介をやり直す。対角線上にいる闇雲君とルタさんは私とりず君を一瞥して、闇雲君はぎこちなく会釈してくれた。
そのまま会話が無くなる。微かに反響し続ける泣き声だけが今ある音となり、私は退場するタイミングを完全に失っていた。闇雲君は膝を抱えて微動打にしないし、ルタさんも目を伏せちゃうし。
私はゆっくり体育座りをして、膝頭にはりず君が乗ってくれた。
「なぁ、祈とルタはここで何してんだ?」
首を傾げたりず君。それに心強くなり、私の視線は向かいの二人に向いた。
帽子の下から覗く闇雲君の目と視線があった気がして、笑ってしまう。彼は肩を揺らして顔を
ルタさんはそんな闇雲君を見て、隠すことなく息をついている。
「祈、僕は君の口じゃないんだ。喋ってくれよ」
ルタさんは翼の毛繕いを始めてしまう。その様子に困ったのは誰でもない闇雲君で、彼は指の関節を数回噛んでから私に視線を向けてくれた。
また目が合って逸らされる。
私は微笑んだまま、彼の言葉を待ってみた。
「……守、てる」
それは、消えてしまいそうな小さな声だった。
掠れ切って、自信が無いと叫びだしそうなのを押さえたような声と言っても、間違いではないと思う。
闇雲君はフードを引いて関節を噛み続け、足を小さく体に密着させる。その肩は微かに震えているようで、顔はまた隠れていった。
「守って、いるんですね」
静かに繰り返す。肩を揺らした闇雲君は小さく頷き、私は微笑み続けてしまった。
「祭壇を、ですか?」
質問に、また頷いてくれる。彼の関節は赤くなっていき、別の指の関節を噛み始めてしまった。
それは痛いから、止めていいよ。なんて、私は言えない。彼のことを何も知らないから。それに、ただ噛むのを止めるのではなく、噛んでしまう原因を無くしてあげる方が正しいのではないかとも思う。
思うだけで、他人の私が手を出していい領域ではないけれど。
だから質問を重ねていく。静かな祭壇の中に落とすように。
「競争が始まった日から、でしょうか」
また、頷いていてくれた。
止めろよお節介。ここを立ち去る方が彼は嬉しいのだろうから。無駄口を叩かずさっさと退散しろ。
それでも、たった一人でいる同軍を、年下の子を、見なかったことに出来なくて。
「ずっと、一人で……?」
無力な私は何も出来ない。他人の心を抉るものではない。そこに傷があったら、傷をつけたら、お前に責任なんてとれないだろ。
彼を置いて行くことこそ、見放すことこそ無責任ではないのか。闇雲君は兎も角、ルタさんは通してくれたんだ。
ここに、この場所に「こっちへ」と言って。
彼は闇雲君の、心獣だ。
闇雲君は頷いてくれる。
このひと月に近い期間。彼は一人で祭壇を守ってきた。この永遠と泣き声が反響するこの場所を、一人で。
闇雲君は口を開いてくれた。
「……一つ、あれば……死なない、から」
消え入りそうな声でフードの端を握り、彼は教えてくれる。
一つ確実に守り続ければ、死にはしない。生贄を集められなくても祭壇さえ残せれば、勝てはしないが負けもしない。それは予防策としては最善で、同時に勝利を諦めた選択だ。
細い肩が揺れている。
今にも潰れそうな闇雲君は、一人で長い時間、夜明けが来るのをただ待ち続けて。それは余りにも、苦しいことで。
「死にはしないが勝てもしない。現実を見てくれ、祈」
「ぅるさい、ルタ……」
ルタさんは闇雲君の肩に乗ってフードをつつく。闇雲君はそれを払って「うるさい」と繰り返した。顔を膝に押し当てて、見える全てを拒絶するように。
私とりず君は彼を見つめて、視界に白い線が落ちてきた。
頬に冷たいものが当たって伝う。
吹き抜けの天井を見上げると、暗い雲が透き通る空を隠してしまっていた。
空が泣き始める。
私の手の甲に、雨粒が当たって弾けていた。
「氷雨、使え」
りず君が傘になってくれる。
いいや、駄目だよ、それでは君が濡れてしまう。
「駄目だよ、りず君」
「いいんだ。俺は風邪もひかねぇし、肌は水を弾く。何より、俺は氷雨の鎧なんだ。だから入ってくれよ」
私を雨から守ってくれるりず君。私は茶色い彼に笑ってしまった。
優しい君が私を想ってくれるから、私も君を想っていたいのに。
温かい言葉で「自分の望みはこれだ」と言われたら、それこそ断れないではないか。
私はりず君を持って「ありがとう」を伝える。恥ずかしそうに笑い声を零したりず君は可愛くて、私は闇雲君達の方に目を戻した。
そこには、ルタさんを膝に乗せ、上体を傾けた闇雲君がいた。
私は立ち上がる。
闇雲君に近づいてりず君を傾ける。
震える少年に冷たい雨が当たらないように。
彼は弾かれるように顔を上げて、フードの端から真っ赤な髪の毛先が見えた。
赤い髪。驚かない。彼の目は黒。肌の色が白い。
私はしゃがみ、りず君は少し大きくなってくれる。近くなった距離で見た闇雲君の顔は、まだ何処か幼さが残っていた。
私の顔は自然と笑う。
「闇雲君は、強い方だと思いましたよ」
闇雲君の目が丸くなる。
私は、笑い続けてしまった。
短い時間しか話していないのに勝手な感想を押し付けて、自分が嫌になって目を伏せる。
私は、決められなかった。
一度は思った。祭壇を建て続けるだけでもいいのではないかと言う考え。
けれどそれを実行に移す勇気はなくて、私が出来なかったことを闇雲君はしている。その忍耐力は凄いものだって、純粋に思ったんだ。
それでも「ありがとう」は違う気がして、曖昧な言葉を言いたくなった。
嫌な性格。どこまでも優柔不断。こんな言葉を他人から貰ったところで、闇雲君にとっては余計なことでしかないではないか。
「……怒らないん、ですか」
か細い闇雲君の声がする。彼は私の顔を見ているようで、それでも違うところを見ていた。
怒る。何に。誰が、誰を……何を?
「怒る……?」
りず君に当たって弾ける雨音が響く。私は首を傾げてしまい、闇雲君は「うぅぅ……」とフードの上から頭を抱えていた。顔が見えなくなる。彼の膝にいたルタさんは私を見上げてきた。
「祈を怒らないんですか? 凩さん」
「……何故、怒るんでしょう?」
「祈は見ての通り、陰気で優柔不断で、勝つことを諦めた奴です。戦うことも生贄を捕まえることもしたくなくて、この祭壇に居座り続ける奴です。それを貴方は同軍として、年上として、怒らないんですか?」
……マジか。
私は目を瞬かせてから苦笑してしまう。
りず君は可笑しそうに笑い、雨の音は断続的に続いていた。
ルタさんは真っ直ぐ私を見上げて、その目は怒ることこそ正しいと主張するようだった。
「……別に、怒りませんよ?」
当たり障りなく微笑んでしまう。ルタさんは目を丸くして、闇雲君は「どうしてさぁ……」と震える声で言っていた。
「怒ってくれたら、いいのに。お前は正しくないって……間違ってるってッ、動けって! 裏切り者ってッ!!」
後ろの十字架を力強く殴って闇雲君は叫ぶ。彼は「あぁ、くそ、あぁ、なんで!!」と頭を抱え、かと思うとまた指を噛み始めていた。
怒られたいんですか、君は。
怒ってほしかったんですか。
ごめんなさい。私はそれに気づかなかったし、怒る理由すら分かっていなかったんです。
雨の音に混じってスクォンクさん達の泣き声が大きくなる。目の前の闇雲君の顎にも雫が伝い、彼に雨が当たっていないことを確認した。
「……ごめんなさい」
「違う、違うんです、ごめんなさい、ごめんなさい。俺が悪いんです、ごめんなさぃ……」
呟けば、闇雲君は顔に手を押し付けて謝罪を繰り返し始めてしまった。
あぁ――潰れる。
感覚的にそう思った。
目の前の男の子は、潰れてしまう。
私に何が出来る。何をしてあげられる。彼は何かして欲しいのか。怒って欲しいのか。
いや、違う、怒って欲しいのではない。私にしてあげられること。彼は私に何かして欲しいと望んだか。分からない。人の心が読めたらいいのに。何をして欲しいか、何を望んでいるのか。
私には、闇雲君が望むことが分からない。
分からないから何も言えなくて、またお互いに黙ってしまう。雨音は少し強くなって、スクォンクさん達の泣き声もより大きくなった。
「それでもやっぱり、怒れねぇよ、祈」
りず君の声がする。私は雨を防いでくれる彼を見上げ、闇雲君も顔を上げていた。
「な、氷雨」
背中を押してくれる声。
彼はいつも、私が言いたいことを言って、口を開く為の手伝いをしてくれる。
私は微笑んで、頷いた。
「そうだね」
「なんで……」
闇雲君がまた呟く。
「俺みたいな負け犬を……戦士のなり損ないを、どうして、怒らないんだよ……俺は、ズルいのに」
彼は自分の指の関節に噛み付いて、片手で頭を抱えていた。
小さく小さくなろうとする彼を私は見つめ、手が動きかける。
噛まないでいいよ、と。
それでもそれは私のエゴにしかならないから。
抱えられた彼の頭に、ゆっくり指先だけ乗せておいた。
フードの生地をゆっくり撫でる。指先で。
そうすれば闇雲君は関節から口を離して、私を見上げてきた。私の顔は、やっぱりどうして笑ってしまう。
「闇雲君がここにいてくれるだけで、ディアス軍が負ける確率が下がるんです。それだけで十分だと、思うわけで……大丈夫ですよ。私もりず君も、君を怒れないし、と言うか、私も同じようなこと考えましたし……何より、もう既に、君が君自身をこれでもかってくらい、怒ってるみたいだから」
雨の音が微かにだけど弱くなる。
あぁ、通り雨だったのかな。それだったら、嬉しいな。
闇雲君の目と視線が合う。私は笑って、首を微かに傾けた。
指の関節が赤くなって、今にも血が滲みそうになってしまっている彼を見て。
「だから君を……怒る意味なんてないと、私は思いますよ」
伝えて、ふと和真君を思い出す。彼は確か中学二年生、闇雲君もまだ中学三年生。義務教育だって終わってなくて、受験だって考えなくてはいけない頃。現実だけでしんどいと思うなんて勝手に判断して、私は心のどこかで、目の前の男の子を哀れんでいると知った。
彼なんかより私の方が最低だ。
自分に言って、顔は笑い続ける。
闇雲君は私を見つめて、雨の音はさっきよりも小さくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます