ドヴェルグ・シュス・エルフ編

第35話 迂回

 

 夜、アルフヘイムへ行ってまずしたことは、仮の祭壇に祀っていた夜来さんを本祭壇に移動させることだった。


 植物の橋は健在で、誰が作ったのかは知らないがよく出来たものだ。


 思いながら、ほぼ一日眠って元気になったらず君達を私は頼る。細流さんと手を繋ぎ、楠さんと一緒に運ぶ為に。


 夜来さんは結目さんの風が運んでいて、何処と無くペースが早い。


 橋を振り返るが、早蕨さんや鷹矢さんの姿は見えなかった。それでも急ぐのは正しいのだろう。


 だがしかし、今日の私は正直結目さんから距離を取りたい。


 だってどう考えても――機嫌が悪いのだもの。


「凩ちゃーん、ちょっと祭壇運んできてよ」


「いや、それはちょっと……」


 無茶苦茶な要求をされ、問答無用で細流さんと私の髪を引き、豪風で飛行速度を強制的に上げさせてくる結目さん。散々だ。


 何とか根気強くひぃちゃんとらず君に飛び続けてもらったが、谷底に着いた時は既に疲労困憊でございます。


 若干息が上がってるらず君とひぃちゃんを撫でて、私の頭は楠さんと細流さんに撫でられた。恥ずかしい。


 結目さんは祭壇に夜来さんを祀り、無表情にその姿を見上げていた。私は彼の横顔を遠目に盗み見て、ふと合った茶色い目に背筋が緊張する。


 咄嗟とっさに笑ったこの顔は、恐らく病気なんだろう。


 結目さんは顔いっぱいに笑みを浮かべて、私の髪が揺らされた。


 やっぱり感覚からして、機嫌が悪いぞ、彼。


 私の背中を冷や汗が伝った。


「次は何処のシュスに行くか決めるから、メモ」


 風に乗って近づいてきた結目さん。その動きはモーラさん達を想像させて、私の喉は引き攣った。


 メモ帳ですか、はい、出します。カツアゲされるのってこんな気分だろうか。


 無言の圧で私を見下ろす結目さんにメモ帳を差し出す。彼は「どーも」と、笑顔と平坦な声をくれた。それから無表情にメモ帳を見始めて、私の胃が痛くなる。


 腹部を摩れば、肩に乗っていたりず君が私の疑問を聞いてくれた。


「なぁ、機嫌悪そうだな。どうしたんだよ」


 りず君の声が結目さんに届く。彼はメモ帳を捲る手を止めないまま「別に」と口角を釣り上げていた。無機質な声だ。


 そこで私は一つの仮定を連想して、何となく納得する。


 多分――早蕨さん関連だな。


 詳しくは聞いていないが、同じ高校らしいし、何より早蕨さんから結目さんに対するベクトルが強めに向いてる関係。


 昨日少しだけ一緒にいた早蕨さんは「正しい人」だと感じ、その空気は結目さんとは全く合わないと私は思う。どう考えても対極。


 しかも高校が一緒だと話す機会もあるわけで、向こうから話しかけてきた場合は返事をしなくても疲れるし、返事をしても疲れたのだろう。


 真っ直ぐ揺るがない早蕨さんのことだから「どうして生贄なんか!」と廊下でも教室でも関係なく詰め寄ってきそう。それに結目さんは怒って、今も引きずっているのではなかろうか。


 根拠なき仮定が私の中で出来上がり、りず君は「あっそ」とため息をついていた。小さな頭を指先で撫でて、頑張ってくれたらず君とひぃちゃんも撫でる。


 ふと指先に触れたのは加護の環で、夜来さんの弾丸を弾いてくれた光景を思い出した。


 綺麗な装飾品はひぃちゃんも気に入っているご様子だ。「所持する者を守る力」に守られたひぃちゃんとその恩恵を受けた私は、いつかまたフォーンさんにお礼が言いたいと願ったのだ。


 思い出すのは、不純なものが一切無い純白のシュスと、家々の軒先に植えられた黄色い花の蕾、青々とした植物。


 風に揺れたそれらはシュスを美しく彩っていたと思った時、脳裏に横たわった王様が浮かんできた。


 伏せていた目を開ける。心臓は微かに早くなり、私は静かに息を吐いた。


「決めた! ポレヴィーク・シュス・ツェーンに行こう!!」


 突如後ろから首フックをかけられ、頭の上に結目さんの顎が乗る。ひぃちゃんはりず君とらず君を尾で捕まえて腕の中に降りてきてくれた。


 私の顔は半笑いになり、ポレヴィーク・シュス・ツェーンがどんな所だったか思い出そうと努力する。


 ポレヴィーク。


 そう、確かそこは「断罪のシュス」だとアミーさんは言っていた。


 結目さんは常々私が行きたくない所を選んでくるお人だ。そして苦しい。


 祭壇の外にいた楠さんと細流さんが、結目さんの声を聞いて顔を覗かせてくれる。楠さんの目が「うるさい」と言っているようで、細流さんは首を傾げていた。


 私は若干引き摺られながら祭壇の出入口へと向かい、首は結目さんの腕のせいで締まるわけである。


 あの、ちょっと、ぁの。


 消えそうな勇気を振り絞って彼の腕を叩いたが、普通に無視された。気づかないほど力抜いて叩いたつもりはなかったのですが、首フックて。


 そこで、細流さんのマイペースな声が聞こえてくる。


「ぽれ……ぽれ?」


「ポレヴィーク・シュス・ツェーン。宗派はルアス派。宿命は畑の守護者であることで、コイツらは畑仕事を年中無休でし続ける種族だ。ポレヴィークの野原に住んでるらしいよ。それで、今回行くのは十個あるシュスの中で一番規律が厳しい場所。そこでは毎日、奴が一人、断罪される」


 結目さんが私のメモを読み終わったタイミングで、首が一瞬締められて開放される。反射的に咳き込むと目の縁に涙が溜まるのが分かった。


 予想以上に苦しかったぞ、この人は本当に。


 横目に見上げた結目さんは笑っており、私の頬は引き攣った笑顔を保持していた。冷や汗出るがな。


「働いたのに断罪だなんてひねくれてる。ね、面白そうだ」


 そういう癖に平坦な声色で彼は言う。私は楠さんと細流さんと顔を見合わせて、細流さんは挙手していた。


「寄り道が、したい」


 寄り道とな。


 結目さんは首を傾げて「寄り道?」と復唱していた。


「そのシュス、に、行くのは、賛成、する。その前に、少しだけ、寄りたい、シュスが、あるんだ」


「何てシュス?」


「……」


 細流さんは首を傾げて虚空を見上げてしまう。彼のその姿は何となく幼く思えて、私は笑ってしまった。


 結目さんは「名前が分からないわけだ」と細流さんを指して、黙ってしまった本人は頷いていた。


「俺が、初めて、見掛けた、シュス、で、物作りが、得意な、妖精が、いる」


「分からねぇよ」


 結目さん、痛烈です。


 苦笑してしまい、細流さんは反対側に首を傾げていた。楠さんはため息をついて、私の手に返ってきたメモ帳を指している。


「貸してくれるかしら?」


「ぁ、は、はい」


 メモ帳を楠さんに手渡して、彼女はページを捲っていく。


 載っていない可能性もあるんです、ごめんなさい。


 胃がまた痛くなる感覚に襲われながら、未だに虚空を見つめる細流さんを私は見上げた。


「あの、細流さん、そのシュスにはどう言った御用で?」


 少しだけ気になったことを聞く。行きたいから行くと言う理由で構わないのに、何かしらの特別な理由があるのではないかと勘繰かんぐる嫌な性格だ。


 自分に嫌気がさしても口にした問いを消せるわけでもなく、「すみません、気になっただけなので深い意味は無いのですが」と付け足してしまう。


 あぁ、うるさいぞ小心者。


 私は細流さんと目が合って、自分の髪を引いていた。「すみません」がまた零れていく。


「氷雨が、謝る、ことはない」


「そうよ凩さん。それに、このシュスに寄りたいと思ったのは私なの」


 細流さんの手が、髪を引く私の手をゆっくり下ろしてくれる。それに驚く私は楠さんに視線を向けて、聡明な彼女はメモ帳を捲る手を止めていた。楠さんは視線を上げて、私の目を見てくれる。


「武器が欲しいと思ったのよ。今の私は、力を使う為の距離に入ることが問題点になっているわ。だから昨日みたいな戦闘になった場合、相手を足止め出来る手段が欲しいの」


 教えてくれた楠さん。


 彼女の力は一体一であればとても強力だ。触れさえすれば勝ちに繋がると言っても過言ではないと思う。その為の手段を望むのはやはり、彼女らしい。


 私は「成程」と呟き、楠さんはまた私を見つめていた。


「恐らく、脳筋が言っているのはドヴェルグの鉱山にあるシュスね」


「……あ、職人のシュス」


 頷く楠さんはメモ帳を返してくれる。それを受け取れば、「どゔぇ、るぐ」と細流さんのつたない感じの声がした。


「たしか、そんな、名前、だった」


「兵士に最初のシュスの確認は?」


「聞いたんだが、忘れた、らしい」


 結目さんの問いに、細流さんはぼんやりと答えている。


 私の手からメモ帳が風に連れ去られた。持っていった結目さんはドヴェルグさんのシュスを確認しているようで、その顔は笑みが固まっている状態になっている。


「武器を作る職人のシュスねぇ。シュスごとに作る武器は違って、遠距離系武器専門はドヴェルグ・シュス・エルフ。宗派はルアス派、ドヴェルグっていう奴らが作って、デックアールヴって言うドヴェルグの亜種が最終確認するっていうサイクルで動いてる、と……寄ってもいいけど、飽きたらお前ら置いていくから」


「構わないけど、勿論その場合は凩さんも置いていってくれるのよね?」


「はぁ? ふざけんな。こんな便利な子は置いていかねぇよ。俺の空気として連れていくんで。鉄仮面はいてもいなくてもいいし、毒吐きちゃんはおまけだから置いていくんだよ。お前らってのはあんたら二人」


「何回も言ったけど、私は凩さんと脳筋とチームを組んでるつもりよ。エゴこそおまけなの。一人でさっさと消えてもらって構わないわ」


「はは、お高く止まんなよ女傑じょけつ様」


「自分本位も大概になさいよ、ミーイズム」


「い、行きましょうか!! 時間勿体ないですし!!」


 極寒ごっかん罵倒ばとうバトルが開始されかけたので、幕が切って落とされる前に止めておく。


 腕を組んで目を細めた楠さんと、見下す態度を隠しもしない結目さんの間に入って笑う私は、道化では無い筈だ。


 細流さんは「おぉ、行こう」と頷いてくれたので、それが何よりの救いです。


 あと、私を連れて行く行かないで口論するのはやめてくれ。胃が痛い。そこまでの価値が私には無いのだから。価値があるのはひぃちゃんにりず君、らず君です。私が彼らのおまけなのだ。


 まぁ、結目さんに至っては使い勝手のいい空気扱い。楠さんは結目さんとチームだと言いたくない為に私の名を出した。それだけの存在だろう。冷や汗出るがな。


 私は、楠さんを抱き上げた細流さんと手を繋ぎ、背中ではひぃちゃんが翼を広げてくれる。らず君は輝いてくれるお陰で腕が疼いた。


 十字架にはりつけにしたウトゥックさんと夜来さんを一瞥して、私の足は地面から離れる。


 透き通るような青空に近づくにつれて祭壇は闇へと沈み、その姿は見えなくなった。


「凩さん」


「はい」


 ヴァラクさんにシュスまでの道のりを聞き終わった楠さんに、声をかけられる。


 進行方向問題なし。行こうと決めた二つのシュスは隣接しているから、寄り道という寄り道でもないと把握。


 楠さんは前を向いたまま言葉をくれた。


「貴方は良かったの? 寄り道をして」


「はい。と言うより、寄り道だなんて思ってませんので」


「寄り道よ、これは。ディアス軍としては武器より生贄を優先すべきだもの」


「それでも楠さんにとっては、必要なことなんですよね?」


 楠さんが私を見上げてくる。私の顔は自然と笑い、細流さんの手を握り直した。


 楠さんが武器を必要として、それが結果的に生贄を集めることの糧になるならば、これは誰にとっても寄り道にはならないと思うわけです。自分的に。


 そう思って微笑むと、楠さんはため息をついてまた前を向いてしまった。


 あぁ、私はまた、何か間違えたのだろうか。


「本当に、そういう人よね」


 呟きが風の向こうで聞こえる。


 彼女は私をよく「そういう人」と称するが、私にその意味は汲み取れない。楠さんから見た私とは一体どんな人間なのだろうか。


 考えても分からなず、聞く勇気もない私は、首を傾げて会話を終えてしまう。


 そのまま飛び続けてもらって、私達の視界には大きな山が入り始めた。


「あぁ、あれだ」


 細流さんが教えてくれる。茶色い山肌にあるいくつかのシュス。一つ一つは小規模に見えて鉱石の色は濃い緑。茶色の山の中で、そのシュスの部分にだけ森が出来ているように一件感じられる。


 ドヴェルグの鉱山。職人のシュス。


 その中でもドヴェルグ・シュス・エルフは、一番山頂に近い部分にあるシュスだとの事。恐らくあれだろうと検討をつけて結目さんと並んで飛行する。


 その時、私の耳は何かの音を拾った。


 風ではないし、鳴き声でもない。


 これは――泣き声だ。


 視線を揺らして下を見る。山の麓で視線は止まり、そこに一つの祭壇があった。その近くには洞窟があり、泣き声はそこから響いているようだった。


 一人ではない。これは複数の泣き声だ。


 息を深く吐く。


 泣いている誰かの元に行ったところで、私に出来ることなんて限られている。背中を撫でる、話を聞く、頷きを返す。その程度で、その人の泣いている原因を解決させることは出来はしない。


 それでも、何も出来ないわけでは。


 思った時、体が風に引かれてバランスが崩れる。


 自然と結目さんと目が合って、彼は愛想よく笑ってくれた。


 だから私も自然と笑い返してしまう。


「何する気かな?」


 聞かれて冷や汗が出た。風が私の髪を引き、頬をつねり、結目さんは有無を言わせない雰囲気をかもし出す。


「……何も?」


 首を傾げて微笑み、髪が余計に引かれる感覚を黙って受けていた。


「あの泣き声でしょ?」


「……はは、」


 口から適当な笑い声が漏れて、明後日の方向を向く。そうやって顔を逸らしたのに結目さんは私の髪を容赦なく引き、風が着地を促すように高度を落とさせ始めた。


 シュスがもう近い。ひぃちゃんは抵抗することなく風に翼を預けてくれた。


「止めときなよ、凩ちゃん」


 細流さんと手を離して、彼の足が鉱山に着地するのを確認する。


 結目さんも着地して、風が宙にいる私を強制的に彼の元へと移動させた。ひぃちゃんが背中で歯痒そうに舌打ちするのが聞こえて、私の腕を結目さんが引く。


 彼の茶色の目は細められ、未だに浮いている私を見つめてきた。


「君には何も出来ない」


 その言葉が私に刺さる。


 刺さって、溶けて、浸透する。


 らず君が痛がる感覚がして、りず君が呻いた。


 腕が強く引かれて足が地面に触れる。私は結目さんを見上げ、握られていた手首は離された。


「君は君だ。自分自身が一番信用出来ない心配症だ。なら無駄なことはしない方がいい。君はその便利な力と賢い頭で、俺の役に立てばいい。それだけでいいんだよ、凩ちゃん」


 肩を軽く叩かれて頬を手の甲で撫でられる。綺麗に笑っている結目さんの声に、温かさなんて微塵もなかった。


 平坦な声。いつも通り。


 私の顔は笑い続けている。


「君は、変わらず君のままでいるべきだ」


 あぁ、その言葉が――


「凩さん」


 凛とした声がする。


 反射で顔を向けると、楠さんが腕を組んでシュスの方を顎でさした。


「運んでくれてありがとう、行きましょ」


「……はい」


 笑顔を深めて、小走りに楠さんと細流さんの後ろに着く。


 向かうのはドヴェルグ・シュス・エルフ。遠距離系の武器を専門に作るシュス。誰かの為に武器を作り続ける職人であることが宿命で、満足してもらえる武器を渡すのが使命の方々。


 ふと、肩が軽くなって振り返る。


 見ると、らず君が浮いていて――……


 え、待ってデジャブ。


 竜巻に巻かれた彼は半泣きで、結目さんの手に乗せられてしまった。


「らず!?」


 りず君が耳元で叫び、私も冷や汗を流す。


 誘拐犯さんは満面の笑顔で浮きあがり、敬礼のように片手を上げた。


「俺は他のドヴェルグのシュスまわるから! 武器は勝手に見てろよ」


「ちょ、あの、だったら別にらず君は……!?」


「ん? この子預かってたら凩ちゃんは勝手にどっか行ったりしないでしょ? その感じだったら毒吐きちゃんと鉄仮面と行動するっぽいし、俺は別行動したい。けど俺が知らないうちに三人で飛び立たれちゃ癪だし、だからあれだよ、人質ってやつ」


 いやいや何だよ人質ってッ、どこまで貴方は私達に信用がないんだ!?


 私が叫び出しそうになるより早く、結目さんは「じゃ、また後で!」と風に巻かれて消えてしまった。


 私の足が笑って膝から崩れ落ちる。膝痛いけど今はそれどころじゃねぇッ


 あぁ、もう!!


「嘘だろアイツなんなんだよ!! 人質ってふざけんな!! よりによってらずだし!?」


「余程私達に信用がないようですね」


「あぁぁぁふっざけんなッ結目さん! らず君!!」


 髪を掻き乱しながら頭を抱える。りず君の叫びとひぃちゃんの呆れは、私の心の正に代弁。


 私の口も緩くなって鬱憤が零れ落ち、深いため息も吐いてしまった。


 私は頭を抱えたまま考えを巡らせる。


 結目さんはらず君を人質と言ったし、特に酷いことをする筈はないと思われる。と言うか酷いことなんてしないで絶対に。


 どうする、探すか、不安でしかない。この十一もあるシュスの中で一人の戦士を探すか。マジか、何してんだよ私。らず君無事か、大丈夫か。


 私を目を閉じてらず君だけを想う。


 想って、探して、息を整え、私は「らず君」を微かに感じた。


 ――大丈夫。震えてるけど酷いことはされてない。どちらかと言えば優しくしてもらえてる感情か、これは。大丈夫、大丈夫、位置の特定までは出来ない。


 私は目を開けて立ち上がり、取り敢えず膝を払っておいた。


 返してはくれるっぽいし、らず君も大丈夫そうだし、仕方がねぇな……。


「らず、どうだった?」


「……大丈夫そうではあった。優しくされてるっぽいし、落ち着いてるよ」


「それなら良かった」


「うん……」


 りず君とひぃちゃんが安心しているのが分かる。もう一回だけらず君を想うけど、当の本人は何だか安心し始めている様子だった。


 この状態なら、少し離れていていも大丈夫か……。


「分かる、のか? らずが」


 抑揚のない声で細流さんが聞いてくる。私は振り返り、微笑みながら「少しだけ」と頷いた。


 ひぃちゃんは私の腕の中に降りて尾を揺らしていた。お姉さんは柔らかな声で説明をしてくれる。


「心獣と言うのは、以前もお話したように戦士の分身体です。なので戦士の方が強く願われたことは感じ取ることが出来ます」


「そしてそれは、戦士も同じなんです。心獣の子達に意識を集中すれば、どう言った状態かが分かります。会話が出来る訳ではないのですが、感覚的に、繋がりが強いので」


「だから俺は氷雨がなって欲しいと思うものになれるんだ。らずも氷雨が望んだ時に力を使う。ひぃの場合は氷雨が指示出した方が明白だし、判断力もひぃの方が的確だかんな、必要ねぇみてぇだけど」


 それを知ったのはアルフヘイムに馴染んできた頃だったけど。


 りず君達がどんな気持ちか何となく分かる感じ。


 本当に、何となく。言葉が頭の中に流れてくるわけでも意識を共有出来るわけでも無いけど、雰囲気みたいなのが分かるのだ。


 細流さんは「おぉ」と頷いて、楠さんは「便利ね」と肩を竦めていた。


 私は苦笑して髪を整えておく。恥ずかしいところを見せたというか、未だにらず君は気になるし、やっぱり泣き声も不安だし、今日も胃が痛い状態だ。あぁ、疲れた。


 ふと楠さんと目が合う。彼女は私を見つめて、物珍しそうな声色で言っていた。艶やかな微笑を浮かべて。


「貴方も、ふざけんな、なんて言うのね」


 言われて、思い出し、顔を覆う。


 物凄く熱くなった顔には血が集まっているのが分かり、私の頭は大きな手に撫でられた。


「お忘れ下さぃ……」

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