第15話 愚者

 

 結目さんの風に押されつつ、予想よりも早く舞い戻ってしまったフォーン・シュス・フィーア。


 私達はシュスに近い場所に降りて、新緑の木々の向こうに見える真っ白な国を見上げた。落ち着いて見ると、その美しさに感嘆してしまう。


 フォーンの森に四番目に出来た、二番目に大きな国。


 白く輝く、大理石で作られたような場所。本物の大理石を見た事はないが。


 アルフヘイムの自然の美しさとは違う、これは人工的な美しさだ。汚れなど許されない白が眩しい。


 中央のお城の天辺にある赤旗と軒先の花壇に植えられている黄色い花の蕾、緑の植物がまたアクセントだな。


 私はシュスの中を優雅に歩くフォーンさん達を見て心臓が跳ねたが、初めて出会った時のような闘志は感じなかった。そこを歩く人ではない彼らも美しく、目眩がしそう。


 空気まで清らかな感じだが、これは錯覚だろうか。あの命の危機を感じた瞬間が、夢のように思えてしまうではないか。


 肩で震えるりず君と、私の首に尾を巻いてくれるひぃちゃん。らず君はくしゃみをして鼻を啜っていた。


 フォーンの森は花粉でも飛んでるのかしら。


 私はりず君とらず君を腕に抱き、小さな頭を指先で撫でておいた。


「ほんとに行くのかよぉ……」


「勿論、何の為にここまで来たんだか」


 りず君の切なる呟きに結目さんは頷き、彼の足が芝生から浮く。私の髪も風に揺らされた。


 結目さんは笑っているから、見上げた私も微笑み返したのだ。


「それじゃ、シュスの偵察と生贄探しよろしくね。悪を探していこうじゃないか、凩ちゃん」


 揺らされる髪が一瞬引かれた。私はその髪を静かに掴み、微笑み続けてしまう。


「はい」


 私の返事に結目さんは満足したのか、元よりこれ以外の言葉を求めていなかったのか。読ませない笑顔でシュスの反対側に飛んで行ってしまった。


「……行くんだよな、氷雨」


「……行くよ、りず君」


 深いため息を吐くりず君に謝りつつシュスの方へ歩く。ひぃちゃんは翼を畳んで、私はシュスと森の境界線に爪先を揃えた。


 光の粒を舞わせる緑の芝生と円形にシュスの地面となっている鉱石の境。自然から人工へ変わる瞬間に立っていた時、目の前でひづめが鳴る音がした。


 顔から一気に血の気が引いた私は、ゆっくりと顔を上げる。


 そこに立っていたのは――髭を蓄えた逞しいフォーンさん。


 角笛を肩から斜めにかけた彼は、焦げ茶の瞳で私を見つめている。私は自分の顔が青くなるのが分かりながらも、頬を何とか引き上げた。


 腕と肩でパートナー達が身震いするのが伝わってくる。


「ぁの、すみません、ぇぇっと……」


 口が上手く回らず渇いていく。足は半歩後ずさり、目の前が微かに発光した。


 何て言う。何を言う。ここから生贄を探す為に来ましたってか。戦士を火刑にする事は結目さんや私から見れば悪だったので、贄に出来る人がいると踏んでいますと?


 無理ムリ絶対ムリそんなの言えるわけねぇよ。


 私は目の前にいるフォーンさんを見上げ続けて、酷い笑顔を浮かべていた。


 フォーンさんは何も言わない。


 駄目だ胃が痛い。冷や汗が酷い。


 ひぃちゃんがゆっくり翼を広げてくれたが、フォーンさんは同調するようにゆっくりと口に角笛を持っていく。ひぃちゃんが体を震わせる様子から、あの音はトラウマなのだと伝わってきた。


 緋色のお姉さんは緊張を纏いながら翼を閉じ、フォーンさんも穏やかに角笛を下ろしてくれた。


 それでも彼から視線を逸らすことは出来ない。逸らしたら駄目だろと、思うから。


 フォーンさんは周囲を見渡すと、少し腰を屈めて私を見つめてきた。


 笑顔が固まってしまいますね。蛇に睨まれた蛙ではないが、もう指先も動かせません。


「貴方は先日、戦士の方の火刑を中止してくださった方ですね」


「……ぇ、と」


 低く静かな声に首を傾げてしまう。「中止してくださった」とは、どう言うことだろう。


 私は彼らの使命を止めた異端者の筈なのに。


 フォーンさんは、混乱している私を誘導してきた。


「どうぞ、こちらへ。悪いようには致しません」


 示されたのはシュスの中。私はフォーンさんを見上げて、彼は無言で着いて来るように促していた。蹄が音を立てて鉱石の地面を踏んでいく。


 私は息を長く吐き、意を決した。


 どうせここで立ち止まっていた所で、何にもならないのだ。


 だからフォーンさんの後へ続く。彼は真っ直ぐどこかを目指しており、すれ違うフォーンの方々は目を丸くしてから会釈してくれた。だから私も会釈を返す。


 その中で、私を捕まえようとする人は誰もいなかった。


「前回とは雰囲気が違いますね」


「うん……」


 ひぃちゃんが不思議そうに首を傾げ、りず君とらず君は頷いている。私もお姉さんに同意し、フォーンさんに遅れないように心掛けた。


 彼は一つの正方形の建物に着くと、扉を開けて入るように促してくる。


 入っていいものか。


 ここまで来たんだから入るしかないわな。


 私は会釈して「失礼します」と建物の中を見た。光がよく入る広い室内には、見たことがある面影がある。


「え、」


「あ、」


「貴方、」


 中にいたのは見覚えのあるフォーンの子ども達。二人も目を丸くしてこちらを見つめており、私の口は勝手に名前を零していた。


「――ヴァン君と、メネちゃん?」


 そうだと思った。あの日森の中で出会った姉弟だと。


 怪我を治したら、お礼に生贄にしてくれて構わないと申し出た子達だと。


 二人は頷くと、扉を閉めたフォーンさんに視線を移しているようだった。


「お父さん、どうして?」


「駄目だよ、戦士を見つけたんなら使命を果たさなきゃ」


 お父さん。


 私的に衝撃的な言葉を頂き、反射的に振り返る。目が合ったフォーンさんは頭を下げてくれたので、私も慌てて頭を下げた。


 お父さん、か……


 あぁ、いや、悪いようにはしないと言われた為、使命を果たされてしまっては困るのですが。


「使命ではないさ」


「なんで?」


 フォーンさんとヴァン君の問答で部屋の空気が痛くなったと感じられる。顔を上げた私の頬を、冷や汗が流れた。


「戦士の方を火刑に処すのは、王がとこから目覚められている時だけだ。分かっているだろう。今、城から掲げられているのは赤い旗だよ」


「え、さっきまでは青で……」


 メネちゃんが窓から顔を出す。彼女が「ほんとだ……」と呟くのが聞こえて、私もお城を思い出した。


 風に靡く旗は確か赤色だった。白の中で赤が目立つという印象を持ったのだ。


 振り向いたメネちゃんは私を見ると、心底不思議そうに首を傾げていた。


「貴方はどうしてここに? やっぱり私とヴァンを生贄にしに来た? 良いよ」


 今日の天気を問うように、メネちゃんの声は軽かった。


 苦笑していた私の顔は引き攣り、「またか……」とりず君が嘆息している。ひぃちゃんもため息を吐き、らず君は大きめのくしゃみをしていた。


 メネちゃんからヴァン君へ視線を向けると、彼も無表情に私を見つめている。


 違うんだよ。私は君達を選びに来たのではなく、君達以外の誰かを探しに来たんだ。


 二人のお父さんを見ると、彼は人形のような顔で私を見下ろしていた。


 え、この場にいる全員が私を見ているだと。なんてことだ、胃が痛い。


 笑った私はメネちゃんに向き直った。


「前にも言った通り、メネちゃんもヴァン君も、生贄にしませんよ」


「なら、どうしてここに来たの?」


 ヴァン君が平坦な声で聞いてくる。私は彼の方を向くことが出来ず、一度目を伏せた。ひぃちゃんが首に尾を巻きついてくれる。


 大丈夫、私はディアス軍だ。何も間違えていない。


「――悪を探しに来たんです」


 ヴァン君を見る。彼の目は見開かれて、私は微笑み続けてしまうのだ。両手をお腹の前で握り締めて。


「決めたんです。生贄の方は、悪人にしようって。シュスに住む誰もが悪だと叫び、私達の尺度で測った時も悪だと判断された、誰か。その誰かを探しに、私はここに戻ってきました」


 喉が渇いていく。舌が上手く回っている気がしない。


 肩でらず君はまたくしゃみをして、私は硝子の彼に視線を向けた。ヴァン君から目を背けたと言っても過言ではない。


 弱虫。


 だってもう胃が痛い。


 らず君は鼻を啜り、ひぃちゃんの前足が硝子の頭を撫でてあげている光景は平和そのものだ。


「なら、それこそ僕を選べばいい」


 ヴァン君に腕を掴まれる。強制的に振り向いてしまった先には、私よりも少しだけ高い位置にヴァン君の顔があった。


 日本人である私とは違う彫りの深い顔。お父さんと同じ焦げ茶の瞳が私を射抜く。私の口は弧を描いたまま、目は見開かれた。


「僕は今まで三回変革の年を過ごした。その中で見つけた戦士は王様から付加された使命通り、シュスへ連れて来て火で焼いた。これは君から見たら、悪じゃないか!」


 私の心臓が強く拍動する。


 彼はなんて責任感の強い方なのかと。それでいて――人のことを考えられる子なのかと。


 いいや、子なんて烏滸おこがましい。変革の年が来るのは数十年に一度だけ。そのサイクルの中で変革の年を三回も経験したということは、それだけ長い年月を彼は生きて――殺す手助けをしてきたのだ。


 それでも私は、目の前で泣きそうな顔をするフォーン君を「さん」付で呼ぶ事は出来なかった。


 失礼な奴。


 今更だよ。


「お父さんもお父さんだ!! なんでシュスの、しかもウチに戦士を連れてきたんだよ!! 王様が起きたら、この人を連れて行かなくちゃいけなくなるのに!!」


 ヴァン君の片手が私の腕を掴んだまま。鋭くなった目はフォーンさんに向かう。


 反射的に私の肩は跳ねてしまい、萎縮しながらヴァン君のお父さんに視線を向けてみた。


 そこには未だに無表情のフォーンさんが立っておられる。私を食い入るように見つめながら。


 あの焦げ茶の目は、私を通して何を見ているんだろうか。駄目だ、疎い私には分からない。


「戦士として連れて来たつもりは無いんだ。緋色のドラゴンに、茶と、硝子の針鼠。それを連れた、タガトフルムの女の子」


 フォーンさんは私の特徴をゆっくりと連ねて、りず君が「それがなんだよ」と警戒するように聞いた。私の足も半歩後ずさる。


 フォーンさんは、優しく笑ってくれた。穏やか過ぎる笑顔だ。


 だから私は泣きたくなってしまうんだ。


「この長い変革の歴史の中、火刑にしようとした戦士の方を助けに入ってくれたのは、貴方で二人目だった」


「ぇ……と、」


 ヴァン君にとって今回が四度目の変革の年だとしたら、その親である彼はより多くの年を経験してきたのだろう。それこそ、忘れてしまいそうになる程の年月を。


 フォーンさんはチェストのような物の引き出しを開けて、真紅の小箱を出していた。正方形のそれを真っ白な机に置くと、箱だけが嫌に強調される。


 混じり気の無い白と赤が、窓から射し込む陽の光を受けて輝いていた。


「これを最初の子に渡したかったのだが、渡せなかった。だから君にはどうか、渡させて欲しい」


 急に、なんだよ。


 思ってしまって、けれども口はそんなことを言わない。


 小箱から出てきたのは緑色の宝石がついた銀の小さなリング。指輪ほど小さくはないが、ブレスレットほどの大きさはない。


 目の前のそれが何か判断出来ない私は、リングを持ち上げるフォーンさんの指を見つめていた。


「これは加護かご。所持する者を守る力を秘めているとされているものだ。これを、君に託したい」


 そんな高価な物を、何故私に。いや、本来貰う筈だったのは私より前に戦士としてこの場に現れた誰かだ。私ではない。それを私は貰うべきではない。


 思うのに、ヴァン君に離された私の手はフォーンさんに持ち上げられる。冷たい金属の感触が掌を通して頭に伝わり、引き攣りそうな笑顔を私は浮かべた。


「何故、私なんでしょうか。私はこれを貰うべきではない。本来貰うべきだったのは、一人目の方の筈です」


「……あの子はもう、いってしまった」


 フォーンさんがリングを開き、私の左腕に嵌めようとする。けれども彼は少し動きを止めて「……こちらかな」と、ひぃちゃんの首にリングを向けた。


 お姉さんはフォーンさんを見つめてから、目を伏せる。フォーンさんはひぃちゃんの首にリングをつけてくれていた。


 節のある手。怪我も幾つかある、生きている手。


「火刑を止めてくれて――ありがとう」


 呟くように落とされた言葉を拾う。


 見上げたフォーンさんは、目元に皺を浮かべて笑ってくれていた。


 私が聞きたかった答えを質問する前にくれた。


 ――使命を止めた私に、どうして加護する物をくれるのですか。


 その答えは簡単だった。余りにも簡単過ぎた。


「お父さん」


「良いんだメネ。誰もが聞かぬフリをしてくれる。ヴァン」


 メネちゃんに優しく諭すような声を向けたお父さんは、私の後ろにいるヴァン君を見ている。「なに」と言う平坦な声が後頭部側からして、喉が締められた気がした。


「ここに戦士の方は来られなかった。来たのは、お父さんの我儘に付き合ってくれたお客さんだけだ」


 ヴァン君は何も答えない。私も何も言えず、笑ってくれるフォーンさんに笑い返すしか出来なかった。彼はひぃちゃんにつけたリングを撫でてくれる。


 それから私の体の向きを変えて、背中を押してくれた。


「時間をとってしまったね。行ってもらって大丈夫だ。旗が赤い間は、このシュスにいても君を捕えることは誰もしない」


 私の足はメネちゃんが開けようとしている扉に向かう。


 それで本当に――


「――いいのか?」


 私より早くりず君が聞いてくれる。


「――いいんだよ」


 フォーンさんは答えてくれる。


 このリングを本当に貰ってもいいのですか。捕まえなくていいのですか。火刑にしなくていいのですか。私を自由にしていいのですか。


 ――悪を探して、いいのですか。


 その全てを含んだりず君の「いいのか?」に、フォーンさんは平然と答えてしまった。


 笑顔でいられなくなった私は、開けてもらえた扉の外にゆっくりと出てしまう。


 振り向くとヴァン君とメネちゃん、二人のお父さんも出てきて頷いてくれた。


 メネちゃんに聞かれる。


「名前、聞いてもいい?」


 名前。


 初めて会った時、私はディアス軍と名乗ったところで軽率な自分を嫌悪し、名前を言っていない。


 私は笑って、メネちゃんと向かい合った。


「私は、凩氷雨と申します」


「コガラシ……ヒサメ」


 メネちゃんは繰り返して、花が綻ぶように笑ってくれた。


 それが嬉しいから、私の顔も自然と緩み続けてしまったよ。


「ヒサメちゃん、貴方のような人ならば、私達は喜んで見逃すことが出来るわ」


「……本当に、大丈夫?」


 確認をする。私を捕まえなくていいのか。


 捕まえないと貴方達が困るなら、私はまたひぃちゃん達を頼って死に物狂いで逃げ出すよ。


 メネちゃんは肩を竦めて「えぇ」と笑ってくれた。


「そのリングね、お父さんがずっと戦士の人に渡したがってた物なの。だから気にせず持って行ってね」


「……はい、ありがとうございます」


 私はメネちゃんに頷き、フォーンさんに頭を下げる。彼もお辞儀をしてくれて、柔らかな声をくれた。


「貴方が、この子達の言っていた「使命を果たさない戦士」で良かった」


 その言葉に胸が締め付けられる。


 私は何も答えることが出来なくて、笑って地面を蹴っておいた。


 ひぃちゃんが羽ばたいてくれる。


 目指す場所は、もう決めた。


「ヒサメちゃん」


 私を呼ぶのはヴァン君の声。距離が出来た彼は私を見上げて、顔を歪めて笑ってくれた。


「手、本当にありがとう……これで僕は、種を植え続けることが出来る」


 生贄にしてくれと望んだ彼の本来の宿命は、礼節と慈愛を持って森を育むこと。


 私は微笑み返して、頷いた。


「もう、怪我、しないといいね」


 あの時と同じ言葉を、違う気持ちで言ってみよう。


 ヴァン君は顔一杯に笑って、手を振ってくれた。


「さようなら。どうか貴方に、幸あらんことを」


 その言葉が嬉しくて、私は小さく手を振り返す。メネちゃんとお父さんも振ってくれて、私はぜの感情を吐きそうになるのだ。


 それを飲み込む為に奥歯を噛んで、笑って飛び去ることに努めてみせる。


「氷雨さん」


「行こう」


 ひぃちゃんが私の腹部に尾を巻いて体を固定してくれる。そのまま飛行機が離陸するように高度を上げ、一直線に目的の場所を目指してくれた。


「リング、どう?」


「はい、飛行にも体調にも問題はありません。体調に関しては良い程です」


「そっか、良かった」


 ひぃちゃんの答えに安心する。彼女はリングを気に入っているようで、らず君もくしゃみをしつつ頷いていた。りず君は「目的は、」と私に声をかけてくれる。


「城だな」


「うん」


 フォーンさん達に、戦士を見たら捕らえて火刑にする使命を付加した張本人。その人の元へ向かう。


 私は自分の尺度で見た限り、貴方を悪だと思うよ。


「フォーン・シュス・フィーアの王様」


 呟いてお城を目指し、私を見上げるフォーンさん達を一瞥する。


 彼らの手には種が入った籠があり、誰もが私達を見逃してくれた。美しいシュスを囲む森はより美しい。それらを育むフォーンさん達も美しい。


 そんな美しいを陰らせる貴方は、私にとっての悪でいい。


 手を引いて走った戦士の彼を思い出して、私は奥歯を噛んだ。


 窓が開いているお城のテラスが迫る。私は足音を立てないように全神経を集中させて着地し、息を吐いた。中から物音は聞こえない。


 不法侵入。


 そんなこと関係ない。


 火刑にするって言う、王様には王様の考えがあるのかも。


 私の頭にメネちゃん達の顔が浮かんだ。


 室内からテラスへ向かって来る足音が聞こえる。だからりず君にハルバードになってもらい、体の横に構えるのだ。


 誰か来る。誰だ、王様か、まだ旗は赤い。ならば兵隊さんとかか。


 ここでの戦闘なら翼のあるひぃちゃんが有利。殺しはしない、殺せない。


 集中、集中、集中をしろ自分。


「フォーンの王様狙いかー、やっぱり趣味が合うね、凩ちゃん」


 近づく誰かに集中し切っていたにも関わらず、姿を見せたのは予想とは違う人だった。


 私は拍子抜けしてしまい、声が零れる。


「ぇ……ぁ、結目さん」


「やぁ」


 結目さんは部屋の中を指して笑っている。


 その姿に私も緊張を解いて笑ってしまい、促されるまま室内を見た。


 広い部屋の中央で眠る王様と、それを見守るフォーンさん達が目に入る。ベッドは白い真綿の上に植物を敷き詰めたような、そこだけが森の中のような造りをしており、王様の胸が上下しなければ生きていることを疑ってしまう光景だった。


「王は王になる為に生まれた」


 結目さんが私の横で言う。笑顔で、とても馬鹿にしたような声で。


「王に生まれ、王になり、フォーンではなく"王"に与えられた宿命は、民を導き、崇拝する宗教を誰よりも崇拝し続けること」


 眠る王様が咳き込む。それでも彼は起きない。


「誰よりも宿命と使命を愛した王様は、世界を超えてやって来る異端児である戦士が許せなかった。タガトフルムで与えられている筈の宿命を放棄して、崇高なる戦士になろうとする横暴者がね」


 フォーンさん達は目を伏せ続けている。私の髪を、風が遊んだ。


「ここに悪人はいなかったよ」


 結目さんは笑う。


 私は彼の笑顔を見上げて、彼の言葉を受け止めた。


「ここにいたのは――ただの愚者だ」


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