第14話 会話

 

 林から飛び立った結目さんと私は、情報の共有を始めていた。


 結目さんは担当兵である「オリアス」さんと言う方からアルフヘイムについて聞いており、シュスのこと等はご存知のようだ。


 海堂さん達は予備知識が少なかったらしく、結目さんは心底馬鹿にした声で出会った時を思い出していたが。


「馬鹿過ぎて、俺アイツらに馬鹿じゃんって言っちゃった」


 彼と海堂さん達が行動を共にしたのは三日間。それまでは結目さんも祭壇を建て続け、生贄に選ぶ条件を考えていたそうだ。


 話す内に私の緊張はほぐれ、ひぃちゃん達の紹介もすることが出来た。


 結目さんの体感系の力は空気を操ることであるとも教わり、凄いなと言うのが率直な感想だ。


 空気を扱う彼は風を起こすことが好きなようで、りず君が小さな竜巻に攫われたのは一瞬の出来事だった。


「へー、これが心獣ねー」


「やひぇほほはひ」


「あはは、めっちゃ伸びる!」


 結目さんの両手に頬を掴まれて玩具にされているりず君。らず君は次の標的に選ばれないことを祈るように震え、ひぃちゃんは嘆息していた。


「あ、あの、結目さん……」


「これ針鼠だよね? 獣って言うかペットみたい」


「うるひぇえ!!」


 ……結目さんから帰ってきたりず君は、疲れ切っているご様子でした。


 ごめん、返して下さいって言えなくてごめん。


「もう嫌いだコイツ!!」


 りず君は涙目で怒ってしまい、私は小さな額を撫で続けた。結目さんは既に興味がなくなったように、別の話題を提供してくる。


 自由な方だなぁ、本当に。


「凩ちゃん、ちょっと楽しもうね。このゲーム」


 笑顔の結目さんは、さも当たり前のように言葉をくれる。私は口角を上げたまま、首を傾げてしまった。


 楽しむとは何だろう。この競争に楽しむ要素なんてあったのか。残念ながら私は発見出来ていない。結目さんはこの競走をゲームと称しているんだな。


 笑顔の彼は、それでも空虚に話し続けていた。


「俺の体感系の能力さ、自分の周りの空気を操るれるわけだけど、このゲームのルール上有利な部類だと思うんだよね」


 結目さんが右手の指を立てる。その周囲に空気の流れができ、渦を巻いた。


 彼は至極楽しそうに笑い続けている。


「でも簡単に終わってもつまらないし。生贄は俺達で決めた条件をクリアしてる奴にするってのはどう?」


 飛行で揺れるのとは違う動きを私の髪の一部がする。だから、彼が風で遊んでいるのだと気づいてしまった。


 ひぃちゃんもりず君も結目さんを観察しているようで、らず君は腕の中で震えている。


 ――条件付けをする選定


 それは確かに賛成出来る。


 捕まえやすそうな方を生贄にしてしまえば、人畜無害な方を選んで後味が悪い。


 だから条件を挙げて、選ばれるべき人を選んでいく。それは道徳的であるだろう。


 それでも、悠長に構えているのは良い事なのだろうか。ルアス軍の方々だって必死になっているに決まっているのに。


「ルアス軍の戦士がどの程度かは知らないけどさ、一撃で全部の祭壇を壊せる能力は無いってオリアスは言っていたからね。安心しよう。それを確認した以上、有利なのはどう考えても俺達だよ」


 言われて、考える。


 端的に表現すれば、私達は無作為に生贄を集めて祭壇を建て続ければ良いのだ。心的疲労は無視して。


 しかしルアス軍の方々は、祭壇を壊して、捕まったことにより精神的に消耗しきってる生贄の方を相手しなくてはいけない。


 確かに、ディアス軍は自分本位で行動し続ければ勝率は高いかもしれない。生贄の方に条件をつけると言う点を差し引いても、そこに大きな変化は生まれない。


 あれ、でも、それならば。


「それでも、ここ数回の競争に勝っているのは――ルアス軍ですよね」


 アミーさんに聞いた歴戦の勝敗。


 ここ数回の変革の年で勝利し続けているのはルアス軍だと、彼は言っていた。


 アミーさんはそれ以上教えてくれなかったけれど、ディアス軍には勝ちにくい何かがあるのではと勘繰かんぐってしまう。


 結目さんは「ねー」と空中で逆さまになり、胡座あぐらをかいて腕も組んでいた。力を使いこなしている感が半端ない。


「そこなんだよね、何でか分かんないけど。油断でもしてたんじゃない? 歴代の先輩達は。俺達は同じてつは踏まないようにしようね~」


 軽く笑っている結目さん。


 あぁ、この人は――歴戦の死を客観視出来る人だ。


 分かって、私は微笑んでしまう。


 過去の記録が何であろうと、今当事者になっている私達は勝たなくてはいけない。だからと言って無作為抽出は本当に気が進まない。ならばやはり、彼の案は正しいのだろう。


 きっかけを貰えたことで、形になっていなかった考えが輪郭を固めていった。


「結目さんの案、賛成です――生贄は、各シュス一人まででどうでしょう」


「お、いいねぇ」


 結目さんが八重歯を見せて笑ってくれる。逆さまから元の体勢に戻った彼の左耳で、私は視線を止めた。


 一つのシュスから生贄にしていいのは最大二人までだとアミーさんは言っていた。カウリオさんにも確認した。


 アミーさんの言葉を借りるなら「六人も攫うなんて流石に外道だよね!」らしい。


 その括りを一人に削れば、きっと――悲しみは減るのではないかな。


「条件はどうしようか」


 目を細めて笑う結目さん。


 りず君達は黙って目を伏せ、私は美しい世界を見つめていた。


 私は、どんな相手ならば選べるのか。


 いや――簡単か。


 結目さん達と会う前に、やっと答えを出していたではないか。


「――悪人は、どうでしょう」


 口角を引き上げる。


「罰せられていなくて、それでもシュスに住む誰もが悪人だと訴える誰か。それを結目さんと私の尺度で測った時、やはり悪だと判定した場合のその人。その方を、生贄にすると言うのは」


 呟くように言葉を零して。


 そうだ、そうだった。


 私に、努力家で、真面目で、穏やかで、優しく、陽だまりのような誰かを殺すことは出来ない。実直で、高潔で、純粋な人も選べはしない。


 だから――怠惰で、堕落し、嫉妬深く、傲慢で、自分本位な人がいい。


「凩ちゃん」


 結目さんに焦点を合わせる。


 彼の顔は、今までで一番楽しそうに緩んでいた。


「――賛成だ」


 呼吸が震える


 肩の力が抜ける。


 結目さんは弾んだような声で、それでも平坦な言い回しで喋ってくれた。


「良いね良いね、やっぱり凩ちゃんを選んだのは正解だ。君は臆病な子兎じゃなくて、爪を隠した鷹だった」


「……褒められているのか、貶されているのか、判断しかねますね」


 苦笑してまた前を向く。


 私は子兎でも鷹でもなく、そこらの道端に生えている雑草ですよ。目立たなくてそれでも図太い、周りに害を与える要素を含んだ名も無い端役。


 それで十分だ。


「褒めてるのさ。最初見た時は陰キャの臆病者かなーなんて思ったけど、いやぁ印象を払拭してくれてありがとう」


「あ!? てめぇそんなこと思ってたのかよ!!」


 唐突にりず君が怒ってくれる。


 結目さんはりず君を指さして、首を傾げていた。


「まあねー、声がよく通る、えーっと……らず君?」


 いや、こちらはりず君です。


 私が指摘する前にやっぱり怒ってくれるのは、りず君本人だ。


「俺ぁりずだわボケ!!」


「ははは、誰かに言い返されるなんて嬉しいなぁ」


 嬉しいという言葉はそんな声で言うものなのだろうか。


 私は、り話している結目さんを見て目を細めてしまう。


 彼はどこかチグハグで、平衡感覚が歪まされそうになってしまう。彼のペースに入るときっと、私は息が出来なくなるのだ。


 こんなにも嬉々と笑うのに、全てをどうでもいいと思っているような彼の雰囲気が、私の体を重くする。


 私のイメージは陰キャの臆病者だったんですね。それで良かったって言うか、合ってると思いますよ。


 私は、馬鹿みたいに顔に笑みを浮かべていた。


「合ってると思いますよ。その第一印象で」


「氷雨!!」


「いやいや、今の凩ちゃんの意見で変わったよ」


 結目さんは私を指さしてくる。


 人を指さしてはいけませんって、誰が決めたんだっけ。


 私は怒ってくれたりず君を撫でて、結目さんが私を見つめ、目を細めて笑われる。


 あぁ――悪寒がした。


 私の顔も、努めて笑みを保っている。


「あ、ごめんごめん、指さしちゃったね」


 彼は言いかけた何かを言わずに手を引っ込める。私は首を横に振り、微笑んでおいた。


 前に向き直った結目さんは「よーし」と無気力そうに意気込んでいる。


「そうと決まれば、早速探さなくっちゃね! 俺行ってみたいシュスがあって、どう? そこでまず観察してみない?」


「はい、良いですよ」


 小さな子どものように、楽しそうに、それでも冷めた瞳で提案する結目さん。彼は何処に行きたいのだろう。


 私は普通に「なんて言うシュスですか?」と確認した。


「フォーン・シュス・フィーアってとこ」


 いやそれは無理。


 口の中まで出てきた言葉を、私は噎せると言う形で吐き出した。


「あれ、もしかして知ってる?」


 結目さんは輝く瞳でこちらを見つめてくるが、私はどうにも正しい答えが分からない。らず君は首を横に振って拒否の感情を全面主張していた。


 フラッシュバックするのは、王様の怒号と、フォーンさん達に追いかけ回されたあの経験だ。


「……いやぁ、まぁ……その、行ったことが……あります」


「え! マジか!! ねぇねぇどんなとこだった? 何で火刑にされてないの!?」


 結目さんが興味津々と言った雰囲気を纏い、どこか馬鹿にするように聞いてくる。


 何で火刑にされていないのかって、死に物狂いで逃げたからに決まっているではありませんか。


 私は「頑張って、逃げました」と苦笑した。


 頑張ったなんて、酷く安い表現だけれども。


「へぇ、ここに生還者がいるってことは、行っても絶対死ぬわけじゃないんだね。確認できて良かったー!」


 満足げな結目さんの耳で大量のピアスが揺れる。その中にある私と同じ赤いピアスが輝き、それだけが彼との共通点のように感じられてしまった。


 彼は何も恐れていない。


 それでいて、今の現状を酷く楽しんでいる。


 チグハグな彼から伝わる雰囲気は、私に彼を分からなくさせていくばかりだ。


 ひぃちゃんが少し揺れる。見るとお姉さんの瞳が細められ、結目さんを観察しているのだと理解出来た。


 私の髪は後ろに流れている。一部は結目さんの風に遊ばれて柔らかく持ち上がるが。


 彼は、酷く子どもっぽく笑っていた。


「ね、どうせフォーン・シュス・フィーアまで距離あるんだしさ、そこで凩ちゃんが何を経験したか聞かせてよ」


 どうやら行くことは決定しているらしい。


 私はため息をつきそうになるのを我慢して、数日前を思い出した。


 特に語って聞かせることが出来る内容では無いんだけどなぁ……。


「その、フォーンの森に祭壇を建てていた時、フォーンの子ども達と会いまして――」


 メネちゃんとヴァン君を思い出す。彼の怪我はきちんと治っただろうか。


 不安になってしまうが、私にはもう何も出来ない。


 怪我をらず君に治してもらったこと。生贄にして欲しいと言われ、断ってしまったこと。誰かが捕まったと知ったこと。助けなければいけないと思ったこと。


 男の子の十字架を叩き切ったこと。ひぃちゃんが角笛の被害にあってしまい、男の子とシュスを走り回って逃げたこと。


 色褪せない経験を、私は語った。


 長々と話すことはとても苦手だ。自分の記憶を辿りながら話した為、文脈がおかしなところもあっただろう。


 駄目だ掌の汗が凄い。緊張していたせいで心臓も大分早い拍動をしている。


「――こんな、ところです」


 語りを終了した私の頬を冷や汗が流れる。


 伝わっただろうか、こんな話し方で。先程は全くもって海堂さん達には届かなかった私の声だ。間違いようのない過去を伝えることすら上手くいかないのではいだろうか。


 心配になって、肩に力が入ってしまう。


 恐る恐る結目さんを見ると、そこには無表情の彼がいた。


 茶色の瞳と視線が交わる。


 私の喉が空気を吸って、鳴った。


「ぁの、すみません。こんな下手くそな話し方で。本当にごめんなさい」


「え、別に? そんなこと無かったよ」


 無表情の結目さん。それでも彼の声は、どこか弾んでいるようだった。


「なんでフォーンの子どもを助けたの?」


 急に聞かれて少し黙ってしまう。


 なんで。


 そう言えば、あの子達にも聞かれた気がする。


 私は微笑んで、結目さんの質問に答えていった。


「痛そうだったから、です」


「なんで捕まった奴を助けに行ったの?」


「……捕まってるって、知ってしまったからでしょうか」


「そいつはルアス軍だったんだよね?」


「はい……その時は深く考えずに、行動してました」


「鎖を切った後、なんでソイツの手を離して走らなかったの? その方がもっと逃げやすかったと思うけど」


「ぇ、あ、その発想も無かったです……すみません」


 そこまで答えて、しんどくなってくる。


 結目さんに質問されると、自分が奇怪行動をする変人のように思えてきてしまった。いや実際変人なのか。そうか、そうだな。まさかこんなに「なんで」「なんで」と問われるとは思わなかった。


 苦笑しながら結目さんに視線を向ける。彼は私を見つめて、口を閉じてしまっていた。


 駄目だ、この人の感情の波が全くもって読めない。


 再び顔に笑みを浮かべた結目さんは、溌剌と言い放った。


「駄目だ! 理解出来ないや」


 彼の言葉が私にぶつかり、理解に時間をかけてしまう。


 結目さんは「凩ちゃーん」とこちらを見つめ、目を細めていた。私の頬は緊張した笑みを浮かべてしまう。


「何なんだろうねー、その行動。凩ちゃんにとっては全部利益ゼロじゃん? 走りにくいからそいつの手なんて離せばいいし、元々ルアス軍なんだから見逃したっていいし、フォーンの子どもの台詞なんて嘘かもしれなかったんだよ? いやそれより根本から、フォーンの子どもを助ける意味あった? 生贄にしないのに、してくださいって言うのを振り切る癖に。うーん、分かんないなぁ」


 笑顔の結目さんは空中で体を回し「分からない」を繰り返した。


 あぁ、聞いてはもらえたが理解はされなかった。


 いや、私は理解や共感が欲しかったのではないから、別に構いはしないのだけれど。きっとこの人は、この先私が感じる事とは真反対の感想を抱くのだと思う。


 不安で胃の中がおかしくなりそうだ。


 そして、彼の「ルアス軍なんだから」という言葉が私に気づかせてくれる。


 私達ディアス軍が勝てば、ルアス軍の戦士の方は敗者として――死ぬのだ。


 手を握ったあの日の彼も例外ではない。そして私に、死ぬ気は無い。負ける気なんて毛頭ない。


 私が勝利を目指すことは、あの白い彼を殺す道を選んでいると言うことだ。


 ならば助けた意味なんて、無かったのではないか。


 結局殺そうとしているのだから、私がしたあの日の行動は――間違いだ。


 それに気づいて、自分が嫌になる。


 しっかりしろよ、優柔不断。殺そうとしている人に優しくするなんて、それこそ偽善だ。気持ち悪い。


 もう間違えてはいけない。もう二度と――ルアス軍を助けようだなんて、思ってはいけない。


 気づいて、決めて、私は謝罪を口にした。


「……すみません」


「謝ることは無いよ。まぁ、君みたいなお優しい人に初めて会ったからさ、あれだよ、キャパオーバーってやつ」


 結目さんが私を見つめた。微笑みを浮かべた顔で。無機質な目で。


 呼吸の仕方があやふやになってしまいそう。


 笑い続ける頬が、痙攣しかけた。


「その凩ちゃんの行動全部の――根底にあったのはなに?」


 問われてしまう。


 そう言えば、私は何を主軸に動いていたのだろう。


 思い出して、考えて、考えて、考えながら喋るから、支離死滅になるんだな。


「私は、誰かの悲鳴が聞こえたことが不安で、戦士が捕まって、殺されかけてるって知ってしまったことも心配で。死んだような顔をしたルアス軍の男の子が心配で。手を離したら、私がその場に来た意味が無くなることが不安で……――不安で、心配で、堪らなかったんです。とても」


 自分の下を見る。広がるアルフヘイムの大地は美しく、首元にりず君とらず君が擦り寄ってくれた。それが嬉しくて、それでも苦笑しながら髪を引く。


 何をしていたんだろうな、あの時の私は、本当に。


 りず君達に無茶をさせて、間違った行動を突き通して。馬鹿もここまでくれば救いようがない。


「あの時は、ごめん」


 そうひぃちゃん達に謝ると、軽く笑い飛ばされた。


「謝んなよ、氷雨」


「氷雨さんの為ですから」


「うん……ありがとう」


 りず君の額を撫でてまた前を向く。


 そうしたら、横で吹き出す声がした。笑顔のまま首を傾げる。


 見ると結目さんは、肩を揺らして笑っていた。


「……結目さん、なぜ、笑っておられるんでしょうか?」


「いや、いや、だってさ」


 心底可笑しいと言うように、結目さんはお腹を抱えて口元を隠している。先程までのチグハグな雰囲気は消えて、普通の男の子のようだ。


「そんなに心配しちゃう人いないでしょ、普通! おっかしいんだ〜凩ちゃん!!」


 急に頭を何度か叩かれて、視界が回る。肩を竦めた私の口角は引き攣った。ひぃちゃんが気を利かせて横にズレてくれたが、結目さんは気にせず手を伸ばして再度頭を叩かれる。


 結構力入ってるぞこの人。私は「ご勘弁を」と視線を彼から逸らしておいた。


 ――結目さんが今言ったような台詞は、嬉しくはないがよく言われる。


 そんな事を気にしたってしんどいだけだ。心配しなくていいのに。細かいんだね。そんな考えにまずならないわ。


 知っているさ。自分だって考えなくていいなら考えたくはない。気にしなくていいなら気になんてしたくない。


 それでもやっぱり、私は面倒な奴だから。


 私が何かした結果が誰かに迷惑を被ってしまうかもしれないのならば、私が落ち着かなくなるならば、私はそれをしたくない。


 泣きそうな母を思い出す。


 痺れた左手の痛みを感じる。


 それはもう、痛くない筈なのに。


 まるで今弾かれたように鮮明で。


 私は笑ってしまうのだ。


「ごめんなさい」


 私の悪い癖が出る。何に対してか分からない「ごめんなさい」を口走る。


 駄目だな。私は今、何に悪いと思って謝ったのだろう。


「何に謝るのさ、凩ちゃんは何も悪くないのに」


 結目さんはそう言って、私の頭を軽く叩く。


 いや、手を置く。


 私は微かに目を丸くして、口元は固まったように弧を描いた。


「あのモデル君と話してた時もそうだけどさ、凩ちゃんは自信なさすぎだよね。何にそんなに怯えてるの?」


 聞かれる。


 私が怯える、それ。


 私が自信の無い理由は――


「だって、私ですから」


 笑ってしまう。


 揺れたらず君の硝子を視界に入れて。腹部に回るひぃちゃんの尾に、微かに力が入ったことを感じながら。


「何も出来ない私を、どうやって信じればいいんでしょう」


 言って、自分で目を見開く。


 私は何を言っているんだろう。出会ってまだ数時間も共にしていない人に。


 結目さんは目を瞬かせて、私の口は言葉を零す。


「ごめんなさい、変なことを言ってしまいました。私のこの性格とか言動とか、何も気になさらないでください。私のことは空気か何かだと思って、あぁ、邪魔はいたしませんから。本当に、ぇっと、ぁあ、ごめんなさい……」


 頭を下げて、額に手の甲を当てて半笑い。冷や汗が流れて、そうしたら私の周囲を風が舞う。飛んでいるから起こる流れではない。


 目の前には、形容しがたい笑顔を浮かべた結目さんがいた。


「分かった」


 風に首を掴まれる。


「君は空気だね」


 引き寄せられる。


「なら、俺の手の上で踊ってな」


 笑われる。


 冷や汗が乾いて、頬が引き攣る。


 あぁ、私はまた――言葉を間違えたんだ。


「大丈夫だよ、凩ちゃん。君の性格も言葉も、俺は美点だと思うから。そのままでいいよ。俺が許す」


 その言葉に、私は目を見開いた。

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