第11話 厚意

 

 ――氷雨


 ――お母さん


 ――いつもありがとう……ごめんね


 ――好きでしてるんだよ、気にしないで


 ――……ありがとう。お母さん、氷雨の笑顔が大好きよ


 あぁ、どうして今、昔のことを思い出すのだろう。


 食器を洗っていた時、仕事で疲れた色をした母が申し訳なさそうに謝罪してきたことがあった。少し体調を崩して仕事を早退してしまった母は、私が家事をする姿を見て居た堪れなくなったのだろうか。


 あの人は優しいから。責任感のある人だから。


 母は私の頬に伸ばした手を、ゆっくりと引いて行った。白い手袋をつけた手。


 大丈夫だよ、お母さん。


 ――私も、お母さんの笑顔、大好きだ


 そう言って笑った私は、確か中学生だったかな。


 数年前の夜を思い出して息を吐く。目眩がして、芝生に腰を下ろしながら。


 ここはブルベガーの丘とは真反対の場所。フォーンの森を抜けた所にあった大きな湖の畔。


 雲から流れる透明度の高い水は湖の中央に滝のように流れ込み、空気に湿気が多い気がした。勿論美しいという前提で。


 この場所の名前をアミーさんに聞きたいところだが、それより先に横にいる男の子だろう。


「ちょっと……休みます」


 疲れ切ったひぃちゃんを膝に下ろし、同じように脱力しているらず君も抱える。


「フォーンって温厚じゃねぇじゃねぇのかよ……」


 そう愚痴ったりず君は酷く遠い目をしていた。


「みんな、ありがとう。ゆっくり休んでね」


「はい……」


「おう……」


 苦笑して、私はまた息を吐く。先程までの大逃走を思い出しながら――……


 * * *


 フォーン・シュス・フィーアから男の子の手を取って逃げようと飛び上がった時、フォーンさんの角笛が鳴り響いた。


 荒々しく鼓膜を揺さぶる音はひぃちゃんの飛行感覚を奪ってしまったらしく、私達は落下。何とか大きくなったりず君にクッションになってもらったものの、そこからは全力逃走となった。


 らず君に体力補助と脚力補助をしてもらったがそう長くは続くわけではないし、何より一人ではない。男の子だっているのだ。


 ハルバードをになってくれたりず君でフォーンさん達を牽制しつつシュスの中を逃げ回り、王様であろう方の「引っ捕らえろ!!!」の怒号に萎縮し、何とか再起したひぃちゃんに飛んでもらって。


 角笛の音にやられて森にも落下してしまったが、兎に角森を離れることを優先して。走って、走って、取り敢えず走って。


 そしてようやっと、湖へと辿り着いたのだ。


 * * *


 本当に心臓に悪い。


 思い出すだけで怖くなり、頬が引き攣った。隣で脱力している男の子は顔色が悪そうだ。前髪が長めで表情が見えないけれど、若干見える頬とかから伺うに。


「ぁの……」


 半笑いで声をかける。すると男の子は顔を勢いよく上げてこちらを見てきた。


 黒い髪が揺れて目も右往左往してる。それでも身につけている上着やシャツは白を基調としており、私とは違う人だって判断出来た。


 こうして見ると、顔つきも大人っぽいと分かった。


 あ、これもしかして年上の方ではなかろうか。緊張する。


 笑う私は、首を微かに傾げてしまった。


「怪我とか、されてませんか?」


 ルアス軍の方にとっては今日が初日。初っ端からあのような襲われ方をして、どれだけ怖かっただろう。


 いや、それを私が考えた所でどうにもならない。私は目の前の彼ではないのだから。


 何も答えてはくれない目の前の人。


 もしかして、何か怒っているのだろうか。手をずっと引いてしまったことか。無策で私が飛び込んでしまったことか。


 捕まっていたのには理由があったとか。私がしたのは超絶お節介なことでしたでしょうか。


 私は徐々に自分の浅はかな行動に不安を抱き、胸が心配で埋まった。


「ぁ、ぁの、もしかして、私が入ってしまったことは、蛇足だったのでしょうか」


「……ぇ」


「その、私なんかが行かずとも貴方一人で逃げる予定だったのでは。あぁ、いや、何か考えがあってあの場におられたのでしょうか。それとも……」


 ――死にたくて、わざと捕まった。


 脳裏を嫌な考えが浮かぶ。


 もしそうだったとしたら私は酷いことをした。


 覚悟を決めた人の足を引っ張った。


 最低だ、最悪だ。何て馬鹿な奴なんだろう私は。


 必死になっていたのは、私のいらない心配性が引き起こさせた無意味な正義感だ。


「ごめん、なさい……」


 髪を引っ張ってしまう。引き攣った笑顔で。


 駄目だ、目の前の彼の顔が見られない。今すぐ穴があったら埋まりたい。


「――ち、がうよ!」


 思っていたら、声が降ってきた。


 視線を上げる。


 彼は私を見下ろして、必死に手を動かしてくれた。


「あ、あそこで捕まってたのは、俺が愚図で、捕まっちゃったからでッ! 本当、何も出来なくて死ぬんだって思ったんだけど、そこに君が来てくれたから助かって、えーっと、あー、そう、そう!」


 彼は私の両手を握ると、はっきりと言葉をくれた。


「助けてくれて、本当に――ありがとう!」


 その言葉が、私の心配を溶かしてくれる。


 流してくれる。


 無くしてくれる。


 私は自分の固まっていた笑顔がほぐれ、自然と微笑んでしまうのが自覚出来た。


 あぁ、良かった。


 私は貴方を助けて、良かったんですね。


 安堵して、心がとても満たされる気分だ。


「良かった……」


 男の子の目と視線が合う。前髪の向こうにある瞳は丸くなっていて、私は手を引きながら立ち上がった。


 ひぃちゃんが背中に戻って翼を広げてくれる。りず君とらず君も肩に上って「行くか」と声をかけてくれた。


 頷く私は頭を下げる。


「本当に、お怪我もなく良かったです。それでは、私はこれで失礼します」


「ぇ、あ、」


 笑ったまま顔を上げて、彼を見下ろしてしまう。


 目を見開いている彼は私の服の裾を掴んできたから、眉を下げてしまうのだ。


 これ以上一緒にいてはいけない。いるべきではない。


「ここからはまた――敵軍と言うことで」


 彼の手をやんわりと外す。そのまま笑顔で「さよなら」を告げて、私の足は地面から浮いた。


 お元気で、なんて言えない。


 私は勝ちたいと思っていて、私の勝利は彼の死と同義だから。仲良くなってはいけない。親しくするべきではない。これ以上の情を移してはいけない。


 ひぃちゃんは羽ばたいて、湖に水を落とし続ける雲の方角へと向かってくれた。振り返らないで、彼の言葉を耳に入れないようにして。


 握ってくれた手は温かかった。彼は生きていた。


 私は――彼を殺す勝利を目指している。


 ならば何で助けたんだよ。私達が勝てば結局死なせるのに。助けるなんてただの自己満足でしかないだろ。


 分かってる。ただやりかけたことを投げ出せなかっただけなんだ。知ってしまったから、目の前で殺されそうな人を見過ごせなかっただけなんだ。


 偽善者。


 あぁ、そうだよ。


 目を少し伏せて、張り付いたままだった笑顔を落とす。


 まったく誰に向かって笑っているんだか。笑顔で飛ぶだなんておかしな話でしかない。


 さぁ、気を取り直そう。


「みんな、もう平気?」


「はい、元気が戻りました」


「氷雨のお陰だ」


 ひぃちゃんとりず君は溌剌と言ってくれて、らず君も首筋に鼻をすり寄せてくれた。それが嬉しくて、可愛くて、「何もしてないよ」と笑ってしまう。


「本当にありがとう、助かった」


「私は何も」


「おう! もっと頼れよ!!」


 全く正反対の返事を貰って、肩を竦めてしまう。


 ひぃちゃんとりず君は「貴方は!!」「お前は!!」とよくある言い合いを始めてしまい、らず君は私の頭に避難してきた。


 可愛い。元気そうでよかった。


 私は襟元から出た銀の鍵を三回叩く。


「やっほー!! 大逃走お疲れ様!!」


 そうすれば、現れてくれたアミーさんに労われた。全てご存知らしい。


 私は苦笑して謝ってしまう。アミーさんには高らかと笑われた。


「何を謝るんだか! ルアス軍の戦士君を助けたことは余り嬉しくないけど、それ以上に僕は誇らしいよ!! 弱者に手を伸ばし勝利を勝ち取る!! いいねぇ氷雨ちゃん!!」


「ぇーっと……ごめんなさい。ありがとう、ございます」


 苦笑を続けて頬を掻く。


 やはりアミーさんからしてみれば、何故ルアス軍の戦士を助けたのか理解出来ないらしい。そう言うニュアンスで聞き取れてしまった。


 それでも呆れていなくて、心底嬉しそうなアミーさんに救われる。私は安堵の息を零して、確認した。ひぃちゃんとりず君はむくれならがも言い合いを終了してくれている。


「ここは何ていう場所でしょう?」


「そこはグウレイグの湖だよ! 穏やかな妖精達で、グウレイグのシュスの名物は何と言ってもパンとチーズ! アルフヘイムじゃ有名さ!!」


「あ、ここがグウレイグの湖だったんですね」


 メモ帳を開きながら頷く。


 ここは「グウレイグの湖」


 青い肌に金糸の髪を持つ麗しの乙女――グウレイグさん達の湖。とても静か且つ穏やかで、シュスは湖の底に建てられているらしい。


 水の中では行けなくないか。とは聞いた時即座に思ったが言わず、グウレイグさん達がルアス派だったこともメモを見て思い出した。


 フォーンさん達とは違い、戦士を「大きな使命と絶対的な宿命を持っている、愛すべき存在」として認識してくれているらしい。


 私はメモ帳を閉じてポケットに仕舞い、湖の一つに舟が浮いているのを見つけた。そちらに手を振って、近づいてみることにする。


 アミーさんは「生贄と祭壇よろしく〜」と言って消えてしまった。


 ……よろしくは、まだ出来そうにないです。すみません。とは言えなかったな。


 私は少し視線を上げて、白銀の雲と零れ落ちる滝を見る。滝はそれぞれの湖につき一つあるようで、小舟がある湖の水飛沫が一番大きかった。


 綺麗過ぎて、息をするのを忘れてしまいそうになる。


 そんな思いを振り切って近づくと、小舟に乗っている方が二人いると分かった。金糸の髪に青い肌。纏う服は純白で二人共湖に片腕を浸けている。


 私は湖の岸に着地させてもらい、ひぃちゃんの顎を撫でる。彼女は嬉しそうに目を細めて、りず君が口を開いた。


「あれがグウレイグ達か」


「みたいだね」


 ――麗しの乙女


 正にその呼び名が相応しいと思わせられる、グウレイグさん。彼女達も私に気づいたようで、小舟は滑らかにこちらへと向かってきた。


 あ、どうしよう。何も話題とかないんですけど。どうしてこっちに来て下さるんですか。笑ってしまう。


 私は岸のギリギリに立ち、顔がしっかりと認識出来る距離に来てくれたグウレイグさん達に会釈する。


 瞳まで綺麗な青。不純なものは何も無い、まっさらな宝石のようだ。写真でしか宝石なんて見たことがないけれど。


「ぁの、はじめまして」


「はじめまして、可愛らしい戦士さん」


「はじめまして、愛らしい戦士さん」


 可愛らしくもないし愛らしくもないんです。


 とは答えることが出来ず、顔が熱くなるのが分かる。


 社交辞令って言うのがアルフヘイムにもあるんだな、焦ります。


 恥ずかしくて髪を引きながら微笑み、私は「ぃや……」と言葉を漏らした。


「……美麗なグウレイグさん、お恥ずかしいです。ぇっと、ぁの、すみません、何か用事があって立ち寄ったとかでは無いんです。なので、はい、ぁの、ごめんなさい」


 佳人かじんのグウレイグさんの前にいることが居た堪れなくなり、若干後ずさってしまう。らず君が淡く光ってくれることによって呼吸は楽になったが、恥ずかしさが失せる訳では無いんだな、これが。


 美しいものは遠くで見ておきたい。それだけで十分だ。


 何処かでまだ緊張を孕んでいた自分を落ち着かせたくて、グウレイグさんを観察したかった。しかしよく考えれば失礼だ。彼女達は鑑賞物ではないのだから。


 もう一度謝罪の言葉を口にしようとした時、私の頬を冷たい手が挟んできた。


 金糸のベールが私の顔を隠していく。


 私の顔を上に向かせて、覗き込んでくるのは深青の瞳。


 息が、止まった。


「ようこそ、愛しい戦士」


「その初心な赤面もまた、愛らしい」


 いつの間にか後ろに立っていたもう一人のグウレイグさんが、私の首に手を添わせる。


 喉が鳴って、呼吸音が鼓膜を揺らす。ひぃちゃんもりず君も、らず君も震えたのが伝わってきた。


「祭壇を建てますか?」


「私達を贄にしますか?」


「ぁ……ぇ……」


 眩しすぎる美しさに覆われて、言葉が出てこない。彼女達の鈴の転がるような声が私の脳髄に響いて、背中を悪寒が走ってしまった。


 美し過ぎることは――恐怖に近い。


 そう、昨日知ったばかりではないか。


「戦士を愛するのは私達の使命」


「タガトフルムの子を愛するのは、グウレイグである私達の使命」


「それ、は……ぁの、」


 声が微かに裏返る。顔に熱が集中して思考が纏まらない。


 静かな水面のような瞳は、私を捕らえて離さない。


 あぁ、喉が渇いた。


「望んでいいわ、戦士さん」


「願っていいのよ、戦士さん」


「は……ぃ……ぁ、私、は」


 私は血が上った頭で、渇き切ってしまった喉を動かした。


「祭壇を、作っても……よ、ろしい……でしょうか?」


 絞り出した声で、聞いてみる。


 全くもってそんなつもりはなかったのだが、恐らくこの人たちは私が何かを望まないと離してはくれない。


 私のお願いを聞いたグウレイグさん達は、金糸の髪を揺らして笑ってくれた。


「勿論」


「どうぞ」


「ぁ、ありがとうございま――」


 言い終わる前に腕を引かれ、私とりず君、ひぃちゃんの口から同時に「え」と言う感嘆詞が零れる。


 ――水飛沫が上がった。


 一気に体が冷水に包まれ、目の前に白い気泡が溢れる。私の口から溢れた空気だ。


 私は、嬉しそうに笑うグウレイグさん達が優雅に手を動かして「どうぞ」と言っているのを聞く。酷く不鮮明な声だが意味は聞き取れた。


 私は、慌てているひぃちゃん達を左腕に抱えて右手で首にかけていた鍵を何とか外した。それを先程まで私が立っていた岸の地層にさす。


 酸素が少ない、駄目だ、一度上がれ。


 反射的に鍵を回すだけ回して、必死の思いで水面に顔を出す。りず君達も同時に空気を吸わせて、みんな揃って咳き込んだ。


 肌に服が貼り付いてくる。靴が重たい。


 私は岸まで移動して、らず君達を置き、涙目で咳き込むひぃちゃんの背を撫でた。


「だ、大丈夫?」


「は、はぃ」


「うえ、鼻が痛てぇ」


「あぁ……か、鍵回収したら私もすぐ上がるから、ちょっと待っててね」


 ひぃちゃん達に伝え、頷く姿を確認する。それから私は息を吸い込んで水中に潜り、地層に対して垂直に出来上がっている祭壇に目を見張った。


 壁に出来上がってしまった祭壇は異質で、水中の底にある青色のシュスとは向きがあべこべだ。壁から生えてる感じ。


 私は祭壇に入って鍵を抜き、灰色の煉瓦に触れていたグウレイグさん達に頭を下げた。彼女達は嬉しそうに笑って手を振ってくれる。私も何とか笑って、それでも息が限界だった為、再び水面に顔を出した。


「ぷはッッ」


 肺が痛い。鼻も痛い。


 濡れた髪をかき上げながら、腕力を駆使して岸辺に上がった。りず君達が駆けてきて、仰向けに倒れ込んだ私の胸に乗ってくる。


 何処までも続く空の色が微かに変わっている。


 それを見つめて、私は上体を起こした。


 服がとても気持ち悪い。これは困ったなぁ。


「大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫。みんな怪我はない?」


「ねぇけど、鼻がぁ……」


「あちゃー」


 くしゃみを繰り返すりず君とらず君の額を撫でる。ひぃちゃんは芝の上で体を振るわせて鱗を舐め、ちょっと耳に元気は無さそうだった。


 お姉さんの首から胴にかけても撫でてあげる。鱗は冷たく「……すみません」とか細く謝罪する声がした。私は笑って、ひぃちゃんの喉を撫でる。


「何も謝ること無いよ」


 言った時、不意に服の湿り気が無くなっていく感覚に驚いてしまう。見ると水滴が浮いて、髪や肌、服の全てが乾いたのだ。


 え、何で。魔法かな。


 私が目を白黒させていると、先程のグウレイグさんだと思われる二人が岸に上がって人差し指を立てていた。その上に水が球体となって集まり、私やりず君達、グウレイグさん達本人を乾かしている。


 ……もう驚かないぞぉ。


 自分に言い聞かせて、笑って立ち上がる。ひぃちゃん達を抱き上げて。もう既に、服も靴もどこも濡れてはいなかった。


「ありがとうございます、グウレイグさん」


「いいえ、祭壇が作れて良かった」


「後は生贄に、なりましょうか?」


 それには首を横に振る。私は微笑んだまま、首を微かに傾けた。


「どうか、生贄にはならないでください。その祭壇はダミーにします。数を増やさせて頂けただけで、十分です」


 頭を下げる。


 この人達は本当に戦士が好きなんだろうなって、雰囲気で伝わってくる。好きな対象の為に何かしてあげたい。


 何処か私達と似ているその感覚が温かくて、私はブルベガーさん達に続き、グウレイグさん達も生贄には選べないと確信した。


 顔を上げると、目を瞬かせているグウレイグさん達が首を傾げている。


 何て可愛らしい。浄化されそう。


 湖に連れ込まれたのは驚いたけれども、彼女達が純粋な厚意でしてくれたのだと思うと、あんなに慌てるべきではなかったと後悔した。この人達からは敵意なんて微塵も感じない。


「不思議な子」


「ここはとても、見つかりにくいのに」


「例年の戦士は、私達が自分で祭壇に繋がれに行くのを承諾するわ」


「謝りながらも、止めはしないの」


「ぇ……」


 私は驚きで声が漏れて笑顔が固まる。今日だけで何回笑顔が固まったんだろう。


 いやそれよりも、例年の方々は、彼女達を生贄に出来たのか。謝りながら。それでも止めはせず。


 私もそうするべきか。きっと戦士としては、駒としては、その行動こそ模範解答だ。それでもまだ弱っちい私には、それを決断するだけの勇気が足りない。


「いつも、ルアス軍の戦士さんに助けられてしまうのだけれど」


「暫くは、気づかれないわ」


 唾を飲み込む音がする。私が出した音だ。


 確かに水中と言うのは見つかりにくいし、抵抗が大きい為壊すのにも救うのにも時間はかかるだろう。六人揃えるまで殺してはいけないから、水の中でも息が出来る方しか贄には選べないけれど、その方が逆に標的が定めやすいかもしれない。


 それでも。


 だからって。


 やっぱり。


 私は手を握り締めて、苦しいを我慢して――笑った。


「……どうか、ならないでください」


 そう言って頭を下げた私の頭を、グウレイグさんの冷たい手が優しく撫でてくれた。鼻の奥が痛かった。……私も水が入ったのかな。

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