第10話 遭遇

 

 夜、アルフヘイムへ行って降ろされたのは昨日と同じ場所だった。


 ブルベガーの丘の祭壇を建てた場所。そこにはブルベガーさんが数名おられて、ひぃちゃんは穏やかに下降してくれた。斜めになっている岩肌に足を着く。


「やぁ、ヒサメ」


 声をかけられたので、反射的に笑いながら顔を上げる。


 この声、この服、この笑顔。


「カウリオさん」


「こんにちは」


「こんにちは、です」


 笑顔で挨拶してくれた彼に会釈する。私の感覚では現在「こんばんは」な所があるけど無視だ。


 笑う私は、他の方とも挨拶をした。


 カウリオさんの現側近のスェルプさんに、武具店を営んでいるゾンさん。私を何故か気に入ってくれたブルベガーの子ども達、レヴ君、ディンちゃん、ピチェ君、アーヴ君。


 ……名前は合っていると思うんです。正直皆さん顔が同じにしか見えなくて自信が無い、とは口が裂けても言えません。


 私の周りを囲んだ小さなブルベガー君達の頭を撫でてみる。そうすれば笑ってくれるから、私はやっぱり彼らを選ぶ事は出来ないと実感した。


 あ、りず君とらず君は玩具ではないので高い高いしないでください。


「こいつらマジ……!!」


「り、りず君、らず君」


 怒ってしまうりず君と、泣いてしまったらず君を抱いてレヴ君達から逃げる。彼らは駆けっこ程度のつもりだろうが、こちらは全力疾走しなくてはいけなくなり、結局ひぃちゃんが飛んでくれた。


 ディンちゃんやアーヴ君は物凄い勢いで跳躍するから焦ったが、何とか避けることが出来たぞ。冷や汗ものだ。


 努めて笑顔で接していたが、内心で若干怖がっていたことがバレませんように。


 そのまま私はカウリオさん達に、私は別れを告げた。


「私、行きます。皆さん、お世話になりました」


 地面に足が着くか着かないかの場所で頭を下げる。


 ディンちゃんとピチェ君に手を取られて「えー」と言われたが、こればかりは留まれない。カウリオさんは二人の服の襟を引いて下がらせ、私を見てくれた。


「武運を祈る」


「……はい、ありがとうございます」


 笑って、お礼を言って、自分に向けられた言葉を飲み込んでいく。


 カウリオさんは頷いて、手を差し出した。私も右手を出して握手を交わす。


「この近くに来ることがあれば、いつでも歓迎しよう。手合わせは申し込ませてもらうが」


「は、はい。もう少しマシになるよう、精進します」


 そう答えれば、笑われた。頭をくしゃりと撫でられてはにかんでしまう。


 ひぃちゃんは飛び上がってくれて、私は皆さんにもう一度頭を下げておいた。


 空を飛ぶ。風が私の鼓膜を揺らす。


 もう振り返らない。あそこは居心地が良すぎる。長居したら動けなくなってしまいそうだ。


 思いを馳せて、フォーンの森へと進んでいく。肩にいるらず君とりず君はとても楽しそうに森を見ていた。


 今日も綺麗に輝く新緑の森。その中に点々と見える幾つかのシュス。


 さて。


 フォーン・シュス・フィーアは戦士を火刑にするシュスだという事だが、他のシュスはしないで間違いないだろうか。不安だ。


 私は手を下に振って森に着地させてもらう。相も変わらず輝く葉や幹は目眩がしそうなほど美しく、自然と息を吐いてしまった。


 足元の芝や所々に生えている花も控えめな主張をし、森の調和を取っているように見える。


 歩けば微かに舞う鱗粉のような光の粉は、私を童話の世界に迷い込ませていった。


 そこにまた、祭壇を作る。昨日と今日でどれだけ森の情景を汚すのだろう。


 嫌悪して、出来上がっていく祭壇を見上げる。光の線は立体になり、冷たい壁を形成する。


 それは正に負の象徴。真っ白い紙の上に落ちた汚れ。美しい宝石の中に生まれた淀み。


 私は鍵を握り締めて、奥歯を噛んだ。


 その時。


「わぁ!!」


「きゃぁ!!」


 森の奥から爆発音と悲鳴が聞こえる。私は弾かれたように顔を音のした方に向け、駆け出した。


 それは、反射だった。


 何だ。どうした。誰だ。何があった。


 怖い。行くべきではない。


 それでも悲鳴を聞いた。無視出来ない。行くしかない。


 お節介。


 うるさい黙れ。


 自分と喧嘩しながら悲鳴を上げた誰かを探す。らず君がくしゃみをする音を聞きながら。


 見つけてくれたのはひぃちゃんだった。


「あちらです!」


「ありがとう!」


 斜め左奥。走る方向をそちらへ少し修正し、木の根を跳び越える。


 いたのは黄色がかった肌に、馬のような尻尾、二足の蹄と、焦げ茶の毛で下半身を覆われた男の子と女の子。


 この森にいるということは、恐らくフォーンの子ども達。それともあれが大人なのだろうか。


 あぁ、今はそんなことどうでもいい。


 男の子だと思われる子は、両掌から血を流して蹲っていた。肩が震えて呻き声が漏れている。


 女の子は泣きそうな顔で「大丈夫?」と心配し、不安そうに手が宙を舞っていた。


 胃が捻れるような痛みに襲われる。実際に捻れたことは無い訳だが。


「ぁ、あの」


 急いで近づいて声をかける。すると二人は目を見開いて、勢いよく私を見上げた。それに驚きつつも私は男の子の手に視線を向けて、ただれたようになっている皮膚に息を呑む。彼の前に膝をつくと、私は震える手でらず君を抱いた。


 痛い、痛い、これは痛い。どうしようもないほどに、これは痛いよ。


「貴方は……」


 女の子の震える声がする。


 あぁ、そうですよね。急に出てきてお前は何だという感じですよね。


 気づいた私は笑ってしまう。


「ぇっと、私はディアス軍の……ぁ、いや、その……」


 何も考えずに口にしてしまう。そして直ぐに後悔した。


 今日から既に生贄探しは始まっていると言うのに、自分から「ディアス軍です」なんて答えてどうするのだ。警戒されるだけではないか。完全に間違えた。大馬鹿野郎。


 自分の顔から血の気が引くのが分かり、それでも笑い続けた。


 目の前の二人は目からも顔からも感情を消して「そうですか……」と呟いている。


 あぁ、今なにかを覚悟させてしまった。


 感じた私はらず君を見下ろしてしまう。


「……出来るかな?」


 私が考えていること。らず君は恐らくそれを感じて、小さく首を縦に振ってくれた。それが嬉しくて、安心出来て、私は笑顔で「ありがとう」と伝える。


 くしゃみをした彼の鼻先を撫でて、私は二人に視線を戻した。


「その手、治せるかもしれないので……挑戦しても、良いですか?」


「え……」


 男の子が驚いたような声を漏らし、女の子と顔を見合わせる。二人再び私を見ると、首をゆっくり傾げていた。


「どうして?」


 どうして。


 私は少し黙って、髪を引いて、考えて――笑った。


「い、痛そう……だから?」


 曖昧に首を傾げてしまう。らず君を男の子の膝であろう場所に置いて。淡い緑色に発光を始めたパートナーを見つめる。


 まだ了承を得ていないのに始めてしまった。自己中だな。


「この子は……」


「この子は、らず君。私の力を補助してくれる能力を持っていて、治癒能力も向上させてくれるんです。でも、それが私限定かどうかは分からなくて……だから、もしかしたら私以外の方にも力を発揮することは可能ではないかと考えました」


 らず君が輝いてくれる。眉間に小さな皺が寄って、私を補助してくれる時より苦しそう。


 ごめん、ごめんらず君。


「気張れよ、らず」


「良い調子ですよ」


 りず君とひぃちゃんはらず君を鼓舞して、私は丸い硝子の針に触れた。視線は男の子の掌に向けて。


 爛れていた皮膚はゆっくりと破れが治り、崩れていた赤が正常な形へと戻っていく。


 大丈夫。もう少し、もう少し。


 らず君がより一層発光した瞬間に光が消え、治癒が収まった。


 慌てて確認すると、過呼吸のような激しい息をしているらず君がいた。


 完全に無理させてしまった。


 私は急いでらず君を抱き上げる。


「ら、らず君、大丈夫? しんどい?」


 顔を上げたらず君は、首を傾げて私の胸元に擦り寄ってくれた。


 すると安心したように彼の呼吸が落ち着いていき、私も安堵出来る。


 良かった。ちょっと疲れちゃったね。無茶言ってごめんね。ありがとう。


 想いを込めてらず君を抱き締めると、彼は嬉しそうに、それでも少し疲れた色を顔に出して笑ってくれた。またくしゃみしてる。


 風邪かな。大丈夫かな。心配だ。帰ったらちゃんと休もうね。


「ありがとう、らず君」


 お礼を口にして男の子の掌を見る。まだ赤みと若干の引き攣りはあるものの、皮膚は元の形に戻り、血も流れていなかった。八割治ったっていう感じ。


 勝手に安心して息を吐くと、男の子は両手を開閉させて「痛くない……」と言葉を零していた。


 痛くないか、良かった。


「良かった……です」


「ありがとうございます」


「ありがとうございます」


 男の子と女の子が頭を下げて、私に向かってお礼を言ってくれる。だから私はらず君を掌に乗せた。


「この子の、お陰です」


 このお礼は私ではなく、らず君に与えられるべきだ。私はお願いしただけで、実行してくれたのはらず君なのだから。


 フォーンの二人は顔を見合わせると立ち上がった為、私も立ち上がった。男の子の前に落ちていた茶色い土の山が目に入る。


 土だけ。何だろう。


 飛び散った風にも見えると不思議に思ったが、男の子はそれを軽く踏んでならしてしまったので、深くは聞かないでおいた。


 二人は腰につけている巾着の中を少し確認して頷きあっている。私はそれを見届けて、その場を立ち去ることにした。


 もうあの子の手は大丈夫。お節介終了。時間は有限。やるべきことをやるべきだ。


「それでは、私はこれで」


 笑って会釈しておく。そのまま逃げるように踵を返すと、服の裾と手首を掴まれた。


 え、何事。


 りず君が驚いて、ひぃちゃんは後ろを振り向いている。私も振り返ると、目を丸くしているフォーンの二人がいた。


「……ぁの?」


 笑って首を傾げる。男の子は何かを言い淀み、代わりに女の子が口を開いた。


「生贄にしないの?」


 問われる。


 生贄。


 今度は私が目を丸くする番だ。


 冷や汗が流れて笑顔が固まる。二人は真っ直ぐ私を見つめて、その目からは何も感じ取ることが出来ない。どんな感情で私を引き止めているのかが分からない。


 私は生唾を飲み込んで、踏み出そうとしていた足を戻した。


 何も気に留めなければ、ひぃちゃんにお願いして飛び立つことは出来ると思う。だがここで飛び立ってしまえば、私は私が許せなくなるだろう。それだけは絶対って言える。


 深呼吸して少しだけ目を伏せる。それから私は緊張を解いて、微笑んだ。


 二人は手を離してくれたから、体も向けることが出来る。


「しません、よ」


 二人の目がまた丸くなる。


 私は両手の指を組んで、離して、笑って、髪を引っ張って、笑った。


「私は……貴方達は、生贄にするべきじゃないって思うから。だからしません。したくない……ですかね」


 言葉を選んで、選び過ぎて分からなくなる。フォーンの子達は黙り、何か考える素振りをして、男の子が言った。


「それは、貴方の宿命の放棄だ。貴方はディアス軍の戦士になると言う宿命を抱いて生まれ、生贄を選ぶという使命がある。ならば今目の前にいる僕達を「したくない」で片付けてはいけないよ。僕達は選ばれたところで、それを使命だと思うから。遠慮はしなくていい」


 ――ルアス派


 その単語が頭を回って気持ち悪くなる。笑顔は青白くなっていないだろうか。


 女の子は続けた。


「弟を治してくれて、本当にありがとう。貴方と私達がここで出会うのは、そう言う運命だったのだわ。だからお願い。私達に今この場所で付加された使命を全うさせて?」


 違う、私はこの子を生贄にする為に治そうと思ったのではない。だから運命だなんて言わないで。使命だなんて言わないで。付加なんてしてない。したくない。


 私は奥歯を噛みながら微笑んで、首を横に振った。


「これは、貴方達の使命なんかじゃない」


「使命だよ。生まれた時から、生きる者には死までの決められた道が続いている。僕達はフォーンとして、礼節と慈愛を持って森を育む管理者という宿命があり、与えられた恩を仇では返さないという使命もある」


「私と弟の道は、貴方に助けられ、お礼として生贄になることだと思うのだけれど」


「それは違う。助けたのは私の自己満足です。恩だなんて思わないで」


 私は言い切り、二人の頭を撫でる。柔らかな栗毛が指の間を抜けて二人は目を瞬かせていた。


 この子達に私の思いは伝わらない。この子達の思想も、私には理解出来ない。


 決められたレールなんて絶対嫌だ。


 それでもこの子達が望むなら。


 いいや間違っている。


 一気に二人。残りは四人。


 早く居るべき場所に帰って欲しい。


 でも、私が生きる為には。


 あぁ、出会わなければよかったのに。


 この子達は、私を恨みはしないだろう。


「私と出会ったのは、間違いですね」


 伝えれば二人は顔を伏せ、手を握り締めていた。


 私はゆっくり後ずさる。


 このまま立ち去ろう。大丈夫。ひぃちゃんが翼を広げてくれる。


 男の子が言った。


「連れていかれたよ」


「ヴァン」


 女の子が弟を否める。ヴァンと呼ばれた男の子は私を見つめていた。


 彼の言葉の意味が、汲み取れない。


「僕とメネは使命を果たす。貴方と出会ったことが間違いで、生贄になって恩を返すと言う使命が付加されていないのならば、僕達は生まれた時から言い渡された使命を全うしなくてはいけない」


 メネと言うのが、お姉さんの方か。


 彼女の耳には元気が無くなり、それでも背筋を伸ばして、ヴァン君と同じように私を見つめてきた。無機質な目で。


 ヴァン君も同じ色の目を向けてくる。


「私達の住処はフォーン・シュス・フィーア。ディアス軍の戦士さん、私達は森……引いてはアルフヘイムの害悪である戦士、貴方を捕らえた後に火刑にしなくてはいけないの。それは私達が私達であると認識された時から言い渡されている――使命だわ」


 ――フォーン・シュス・フィーア


 私の背筋に、悪寒が走った。


「氷雨!!」


 りず君が叫ぶ。


 同時に、私は力一杯地面を蹴った。


 メネちゃんとヴァン君の伸びていた手が私の服を掠めて、宙を握る。


 ひぃちゃんは羽ばたいて、私は空へと逃げのびた。


 メネちゃんとヴァン君は追ってこない。空の上だから。


 それだけだろうか。


 二人は私を見上げると、どこか嬉しそうに、安堵するように笑っていた。


「捕まったよ」


 ヴァン君が繰り返す。


 捕まった。誰が。私ではない。らず君もりず君も、ひぃちゃんもここにいる。捕まった。彼らが捕まえるのは誰だ。


 ――戦士だ


 私の肝が一気に冷える。


 このフォーンの森にいるのが私だけだとは限らない。ルアス軍とディアス軍合わせて六十六人もの戦士がいるのであれば、広いアルフヘイムとは言え、私だけがここにいるだなんて考えられない。


 フォーン・シュス・フィーアは、フォーンの森で二番目に大きなシュス。


 私は自分のメモ帳の文字を思い出し、周囲に視線を向けた。


 白い密集地が広大な森に幾つもある。


 一番大きいのは左斜め前側にあるフォーン・シュス・ドライ。


 二番目、二番目に大きなシュスは何処だ。どれだ。


 冷や汗が頬を流れて落ちた。


「氷雨、右だ!!」


 りず君が声を上げて、私は右肩を引く。右側斜め後ろ。


 そこにあるシュスは確かに大きい。それでも一番ではない。けれども他のシュスより大きいのは確実だ。遠近法による勘違いではない。


 私は一瞬メネちゃんとヴァン君を見る。二人は感情が失せた目で私を見上げており、やはり鳥肌が立った。


 私は、この場を立ち去るべきだ。


「もう、怪我――しないといいね」


 苦し紛れに笑って伝え、彼らの返答を聞く前に飛び始める。


 ひぃちゃんの尾は私の腹部に周り、体を下方に広がる地面と平行にした。


 心臓が早鐘を打ってうるさい。息が苦しい。


 もし行った先で既に何かが行われていたら。私が行って何になるんだ。捕まれば終わる。


 それでも既に誰かは捕まっている。


 怖い、怖い、怖い。知りたくなかったけれど知ってしまった。怖い、胃が痛い。


 あぁ、間に合えッ。


「ひぃちゃん、お願い!」


「はい!」


 ひぃちゃんがより速度を上げて、私は目に痛みを受ける。


 風で乾いたせいか、それとも別の理由か。


 そんなことはどうでもいい。進め、進め、間に合え。今は生贄なんてどうでもいい。


 祭壇を建てなくては。


 後でいい。


 ルアス軍の戦士だったらどうする。


 誰だっていい。


 対軍の戦士ならば別に、


「あぁ、うるさいッ!!」


 弱虫な私よ、ちょっとそこで黙ってろ!!


 雑念を振り払ってシュスの上空に辿り着く。中央のお城はブルベガーさん達のシュスとは違い、正に「城」だった。


 そこの一番天辺の部分の煉瓦に片手で掴まりシュスに視線を走らせる。見渡す限り美しい白の街――フォーン・シュス・フィーア。淑やかな美しさに目眩を覚えた時、異変にも気がついた。


 これだけ広いのにフォーンさん達が街の中に見えない。何処かに行っているのか。


 分からない。何処だ。何処なんだよ。


 視線を走らせながら反対側に移る。


 そこには、銀色の十字架に鎖で縛り付けられた――男の子がいて。


 その周りには茶色の美しい枝々が敷き詰められ、松明たいまつを灯らせたフォーンさん達が円形に十字架を取り囲んでいた。そのまた一回り外を囲うように多くのフォーンさん達が両手を胸の前で組んで、何かの祈りを捧げているように見える。


 猿轡さるぐつわと言うやつをつけられている男の子は、項垂れるように十字架に磔にされていた。


 白い服――ルアス軍。


 豪華絢爛な服を着たフォーンさんは両手を広げて、高らかと言っていた。


「さぁ! 火を灯そうぞ皆の衆!! 神聖なるアルフヘイムに侵入した異端者であり、タガトフルムでの宿命を放棄した罪人でもある戦士を焼き殺せ!! それこそ我らの至上命題!! 愚かな異界の生者に、安らかなる死を!!」


 ふざけるな。


 私の頭に血が上り、お城の煉瓦を離す。


 ひぃちゃんが翼を広げて滑空し、りず君は私の右手でハルバードへと変形してくれた。


 誰が好きで戦士なんかに選ばれるか。誰が好きでアルフヘイムに来るんだ。ふざけるな、ふざけるな、ふざけんな!!


 敷き詰められた枝に火が移される。男の子は虚ろな目でその炎を見つめていた。そんな諦めた目を、どうかしないで。


 彼と目が合う。


 黒い目。


 その目が見開かれて、映る私はハルバードのりず君を体の横で引いていた。


 らず君が輝いてくれる。私は姿勢を低く低くすることを心掛け、燃え盛る炎の中へと飛び込んだ。


 熱い。酷い。なんで選ばれて異端児だと言われ、殺されなければならないのかッ


「ッ、あぁ!!」


 りず君を振り抜いて、十字架の付け根部分を砕き斬る。


 鎖が飛び散り、男の子の後ろで縛られていた腕が自由になる様が視界に映った。


 ざわめきが燃え盛る炎の向こうで聞こえた気がするが、もうそんなことどうでもいい。


「手を!!」


 男の子に手を差し出す。


 彼は一瞬怯んだけれど、私の差し出した手を掴んでくれた。


 それに安心出来て、笑ってしまう。


 そのまま彼の手を握り締めて、私は地面を蹴って飛び上がった。

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