永遠の為に
彼らの日々は今日も進む。最近スーアの見つけ出した術で何と二人の年齢が分かってしまった事が大きな変化だ。スーアの年齢は今日二五歳になる所で、ナイトに至っては永くを生きすぎたのか数百年単位で生きているということしか分からなかった。
「私はもう二五歳ですか。時が過ぎるのは早いですね」
「ああ、スーアがここに来た時は一〇歳にすらなっていなかった頃なんだな」
「あの時の私は、もう何がなんだか分からなくて……」
「あんまり覚えていないんだろう?」
「はい……思い出せないというか」
「思い出さなくていい。あの時の私は冷たかったからな」
彼は今更になってあの時の事を思う。今だから思えることなのかもしれないがスーアには、あの時少女だった彼女にはもっと良い接し方があったと。彼女と過ごしている内に彼は多くの見えないものを得た。だからこそ、あの時の自分の接し方を悔やんでいる部分がある。
「ナイトはあの時から私にとっては温かい人でしたよ」
「でもそれは……」
「私がそう思うんだからいいんです。それに思い出したくないのはナイトと出会う前の事だから……」
彼女は悲しそうな、泣きそうな声で言う。今になっても嵐の記憶は彼女にとって脅威なのだ。それをナイトはよく分かっている。だが昔のように鎮静術は使わない。
「大丈夫だ。ここにいる限りそんな思いはさせない」
言葉をかけ、彼女を抱き寄せる。これのほうが鎮静術より効くのだ。
「ありがとう」
彼女は小さく呟く。そしてもう一つの不安を彼に伝えた。
「私はただの人間で二五歳、長く生きられたとしてもせいぜい百まで。それに老いが来る。貴方と一緒にいられる時間はすごく少ないのね……」
「……」
そう、彼女はただの人間。彼の永き命の一瞬しか一緒に居られないのだ。折角彼が手にしたもの、それが自分で、それが一瞬の様に無くなってしまうのはあまりに酷だと彼女は思った。
「スーアと一緒に居られなくなるのは悲しい。だが禁術を使ってまでもとは思わない。禁術はスーアの魂を縛ってしまうからな」
「貴方になら……」
彼女はそこまで言った。
そこまで言って突然彼の腕から滑り落ちた。
まるで突然「死んだ」かの様に。
「スーア! おい! スーア!」
「……」
「一体何が……! これは! ええいふざけた真似を!」
彼が怒気をあらわにして見据えた先、そこには彼女の太ももから伸びる不気味な紋章だった。
「今の今まで気が付かない私は大馬鹿者だ! だが止めてやる! 『死の紋章術』を仕掛けるとは一体スーアの親は何なんだ!」
死の紋章術、それは仕掛けた対象を術者が決めた条件で殺す術。条件は何でもよく、時間のかかるものや複雑な程ほど効果があり暴かれる可能性が下がる。彼女に仕掛けられたのは年齢で発動するものでこれは一番見抜きにくく、そもそも発動してからですら紋章が見えない事まである。彼だからこそ見えたと言っていい。
「『解呪式・三連』! 『遮断式・五連』! これでも焼け石に水か。ならば!」
彼は大鎌を構え、迷いなくその紋章に振り下ろす。
「『削取』! 上手くいってくれ……!」
これは彼にしか出来ない荒業。本来ならば魂を刈り取る技を紋章に対して行う。紋章にのみ狙いをつけられるのは彼だけなのだ。そして上手くいったのか紋章は姿を潜め、そのスキに彼はあらゆる解呪式と遮断式をかけて進行を抑える事に成功した。彼だからこそ出来た事である。紋章術を止める術は無く、進行を遅らせる方法すら皆無なのだから。
「はぁ、はぁ。なんとかなったがこれでは……」
僅かに呼吸を取り戻した彼女を抱きかかえ部屋へと向かう。
「どうして今なんだ。なんで、なんで……」
悲嘆の声が城内に木霊する。
彼はベッドのスーアを看ながら必死に紋章術を止める手段を考える。裂目から蔵書庫の本を取り出しては異常な速さで読み漁り、出来ることを次々とやっていく。だが今の所効果があったのは血を代償にして抑え込む程度の事だった。長引けば長引く程彼の血は流れ、思考力を奪っていく。だがそれでも彼は諦めなかった。
「クソッ! この本では駄目だ! 次を……」
永い時の中で幾度となく読み漁った本、あらゆる禁書をもってしても方法はない。そして彼は血を流しすぎていた。
「ぐ、視界が……」
「ナ…………イ、ト」
「!」
限界の状況で聞こえた彼女の声。彼はすぐに駆け寄った。といっても体を引きずってだが。
「ナイト、私は死ぬの……かな?」
「死なせはしない!」
「貴方が死にそうじゃない。無理しないで」
彼女は微笑む。
「私は、私はスーアといられるならどんな事でも!」
「それは……禁術を使ってでも?」
彼に突き刺さる質問。禁術を使ってまでもかと問われた。
「それは……」
「私なら、そうしてでも一緒にいたい」
「!」
「貴方を縛ってでも一緒にいたい。だって私は貴方しかいないから」
「スーア……」
「貴方はどう? 私を縛ってでも一緒にいたい?」
「ああ! 一緒にいたいに決まってる! 私にもスーアしかいないんだ!」
彼は叫ぶ。どれだけ知識があろうとも見識があろうとも、こんな時に綺麗事など言えはしない。だが彼は知っていた、そんな方法など有りはしないという事を。
「でもないんだ、そんな方法は! 『死者の復活法』なんてものは本当にまやかしでしかない。それ以外だってそうだ……そんなに都合よく蘇らせる方法なんて!」
そう、禁書にあり禁術とされたものでも結局その程度のものなのだ。蘇らせようとすれば死体が動くだけで中身は空っぽ、不死になれば無限に苦しみを味わう、そんなものなのだ。だから一緒にいる事は出来ないのだ。
「知ってるわ、でも私を貴方に縛る方法はあるのよ」
「悪い冗談はやめてくれ……」
「本気よ。でも私はそろそろ限界……かな」
「! 待ってくれ! 方法ってなんだ!」
「耳を貸して」
彼女が彼に伝えた方法、それは彼にとって余りにも容易い事だった。が、永く独りだった彼には思いもよらぬ方法だった。
「ははっ、それなら出来るよ……」
「やるの? やらないの?」
「もちろんやるさ!」
彼は意を決した。そして大鎌を彼女に向けて彼女に問う。
「汝、我の従者となるを欲するか!」
「はい」
「では汝、我に魂を捧げるか!」
「は……い」
「よろしい。ならば汝の生をここに終わらせ我が物とする!」
「お願い……ね」
「我が鎌を以て死ぬがよい!」
――ザンッ!
振り下ろされた大鎌。辺りには血が飛び散り、彼女は彼によって人間としての生を絶たれた。そして死の紋章術は不発に終わる。当然だろう、対象が別の原因で死んだのだから。
そして彼はその血で円陣を描き「儀式」を続ける。
「大鎌に宿る刈り取りし魂よ、我が従者となりてその姿を現せ!」
彼が大鎌を円陣の真ん中に突き立て、彼の紫水晶を置くとそれは赤黒い渦に呑み込まれ、一度姿を消す。その直後、赤黒い水が間欠泉の様に吹き出し部屋中を染めていく。そして彼は降りかかるその水に確かなものを感じ、その水が失われた彼の血になった。
長い長い赤黒の波が終わり、彼が円陣を見る。
その中心には禍々しい大鎌に乗ってふわりと浮かぶ「少女」
背には
その少女は悪戯っぽく八重歯を出して笑い彼に問う。
「私の名前は何でしょう?」
彼は笑顔で答える。
「スーア、だろ?」
「バレたか。えへへ、ただいま!」
「おかえり。痛かったかい?」
「全然!」
それ以上、二人に言葉は要らなかった。
赤黒い水でびしょ濡れのまま抱き合う。
ただ抱き合えばそれで全てが分かるから。
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