成長
彼が嬉しさと悲しさを思い出してから四ヶ月、少女の成長は目覚ましいものだった。ここの時点で初等教育のほぼ全てを彼女は終わらせた事になる。彼は多くのものを得たわけでは無かったが、それでも良かった。今まで独りで居た時間よりもこの時間は心地の良いものだったからだ。そして成長していく彼女を見ていると彼は間違いなく嬉しくなった。
「ナイト、こんな日がずっと続くのかな?」
「続いたら嫌か?」
「続いて欲しいな」
「なら続けるだけだ。誰も邪魔は出来ん」
繰り返される変わらない日々は以前のそれより遥かに良いもので、それは二人共同じ気持ちだった。だから寝て起きて食べて学んで、時に遊んで日々を過ごした。たった二人しか居なくてもそれだけで良かったのだ。
――
そんな日々を過ごしていると時間はあっという間に過ぎていく。一年、二年と歳月は着実に重ねられ、その中で彼が最初に抱いた疑問はどうでもよくなってしまった。
「そう言えばナイトの疑問ってなんだったの?」
「なんだったかな……それよりその本はどうだ?」
「んー面白いよ。でも実際に出来ればなぁ」
「少し早いが魔法式を教えても良いだろう。それなら出来るようになるぞ」
「本当に! やったぁ!」
彼女はもう既に基本的な学習は飛び級的に終わっていた。今からは魔法を彼から習う事になる。人間にしては早すぎる学習速度で。
「ずっと使いたいって言ってたもんな」
それから更に数年間、彼女は彼から毎日魔法の手ほどきを受ける。言ってしまえば彼女は天才で彼が一度教えるとすぐに身に着ける。その上、応用力も高く魔法を用いた遊びまで自分で編み出してしまった。
「どうかな? ナイト?」
「うーむ、降参だ」
「これで五〇戦二五勝二五敗……」
「まさか魔法で遊びを作るとは。私では思いつかん」
「そうは言ってもナイトは強いよ……」
「ははは、魔法歴は長いからね」
この頃になるとナイトからは自然な笑みが表れる様になった。そしてこの遊びをしていると彼にはもう一つの揺らぎが生まれた。その揺らぎは「嬉しい」と同じく毎日出るものだ。そして今回は簡単に答えが出た。
「なぁ、スーア。こうやって遊んだりしている時に感じるのは『楽しい』であっているのか?」
「うん、あってると思うよ! 楽しいって言って貰えると嬉しいなあ」
改めて言うまでもないだろうが彼には今まで楽しい日々があったのだ。
――
楽しい日々もまたあっという間で幾年も過ぎ、この頃になるとナイトの補助がなくても大体の蔵書庫の本が読める様になった。いつも二人は蔵書庫で本を読むか魔法の練習をするかしている。彼女の習熟度合いは凄まじいもので魔法の扱いもさることながら魔導書の類も読み込む事が出来る様になっていた。
「うーん、あれ? 読めない……」
「どうした?」
「読めない部分があるの」
「どれ、こいつは古臭い文字だなぁ。読めなくても仕方ない」
「ここさえ読めればスッキリするのに……」
「これ以外にもこの文字を使った本はある。読み方を知りたいか?」
「もちろん!」
「はは、なら授業開始だな」
時折、こうやって授業が始まる事もある。ここの本に関する疑問なら彼はおよそ全て答えられるのだ。
そしてある日、ちょっとした転機が訪れる。何時もの通りに彼が目覚めると隣に彼女が居ない。あの時からずっと一緒に寝ていて、いつも彼が先に起きるのに、だ。
「スーア? どこにいったんだ?」
そう言ってベッドから下り、辺りを見回す。
「追跡を……っ! 弾かれた?」
彼の追跡が効かない。何事なのかと彼は気がかりで仕方が無くなったが良く耳をすますと少し苦しそうなスーアの声が耳に入る。
「!」
彼は声のする方へ歩を進める。その先には衣装室への扉があった。彼はゆっくりと扉を開け中へ進む。
「スーア? いるのか? ……!」
彼の視線の先、そこにはうずくまる彼女がいた。
「うう」
「どうした!」
「うぐ……私も、やっと」
「一体何が……はっ! スーア、お前……」
彼は全てを察した。本でなら幾らでも出てきた知識。でも実際に目の当たりにするのでは訳が違った。そして彼はとても嬉しかった。彼女の成長がとても嬉しかったのだ。
「おめでとうな」
「これで少しは大人に……うう、頭が」
「……スーアが良いなら手を貸すぞ」
彼女がベッドから消えた理由は何となく分かる。以前に自分が彼女に持たせた大事なものを彼女はしっかり自分のものにしていたのだ。
「お願い、もう動けなくて」
「わかった。ゆっくりお休み」
少し遅いが小柄な彼女にもちゃんと成長があった様だ。もう少女と呼ぶのは失礼だろう。
ベッドに彼女を休ませた彼の眼には涙があった。
「嬉しさで涙が出るとは聞いていたがこういう事か……」
もう、彼の眼は暗く沈んでなどいない。
――
彼女が少女ではなくなったその日から、彼女はまた大きく成長していった。体は確かに小柄だがその頭脳と魔法の腕は彼をして驚愕といわしむる程だ。更には気品さえも備え始めている。最早、食事にがっついていた少女の面影はないと言って良い。
「これは! でも何に使うんでしょう?」
「何を見つけ……それ禁術書じゃないか」
「これが?
「……具体的には?」
「うーん『死者の復活法』とか『不死の術』ですね」
「実際に出来るとしたらどうする?」
「それはもう飛びつく人間だらけでしょうね。でも代償が大きすぎます。読む限りは出来る術士も非現実的過ぎますし」
「それでもやりたい奴がいたのさ。だから禁術書なんだ」
「それならいっそ燃やしてしまえばいいのに」
「確かにそれももっともだ。だがその本には平易で具体的な文があっただろう? それに意味がある」
「? そう言えば『止め方』が……あっ!」
「そう、誰かがやらかした時の為の止め方を記しておくのがその本質だ。禁術書はそこを大事にして読め。もっとも読めたとして複雑ではあるが」
「なるほど、ナイトから学ぶことはまだまだありますね……」
「一応聞くがその禁術は出来そうか?」
「出来ると思います。でも機会がないですね」
「ここにいればそうだろうな。ははは」
彼と彼女の前には禁術でさえ学びの道具か笑い話のタネにしかならない。
彼はこんな日々がずっと続けばいいと思っていた。彼女もまたそう思っていた。
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