与えるもの

 あれから暫くの後、先に目覚めたのは彼であった。またしても早起きである。

「あいつは……思い切りしがみつかれている……」

 少女がしがみつく理由は彼によく分からないが、彼女が何かにうなされているのは事実だった。

「多分アレだろう。発狂されたら面倒だ。沈静術で落ち着かせるか」

 術をかけると彼女は落ち着いたが彼から離れる事はなく、彼も何故か振りほどく気は湧かなかった。そして彼がまた眠りかけた時に少女は目を覚ます。

「んぅ……あれ? またお部屋に?」

「ようやくお目覚めか。どれだけ寝れば気が済むんだ」

「あ、あれ、なんであなたがここに?」

 少女は彼が隣で寝ている事に、いや彼にしがみついていた事に驚いた。

「お前にしがみつかれて私が動けなかったんだ。仕方ないだろ」

「そうだったんですか……ごめんなさい……」

「別に構わん。それより着替えてこい」

 彼にそう言われ、少女は服を見ると食べ物がはねたのか汚れていた。夢中で食べていて気がつかなかったのだ。

「あぅ……ごめんなさい……汚してしまって」

「気にするな。どうせ私にはいらん物だ。好きな物を選んで着替えろ。急かしはせん」

 少女はその言葉に促され、服を探しに部屋に入る。だが今回は着かたの分からない服ばかりで選べない。散々迷った挙句、そのまま戻る事にした。

「あの、その」

「なんだ?」

「着かた分からなくて……」

 彼はある意味これを予想していた。彼女の様子からならこんな事もあり得ると。しかし実際にそれを聞くと何とも言えない気分になる。そしてそんな気分も彼は知らない事であった。

「それを脱いで暫くはこれでも着てろ」

「わわっ」

 自分の上着を彼は投げてよこした。大きなこの上着なら少女一人くらい覆いきれる。

「ありがとうございます……」

 少女は少し嬉しそうに着替え始めようとした。流石の彼でもこれには止めに入った。

「ちょっと待て、お前何でここで脱ごうとするんだ? 恥ずかしくないのか……?」

 彼は世から離れてはいるもののこれくらいの事は形だけだが分かる。幾度も本に恥じらいだとかそういう物は出てくるからだ。

「もう、そんなの分からなくなりました……」

 少女は暗く小さな声で言う。ともすれば彼より恐ろしいとも思える声で。

「!」

 彼は何故かどこかに痛みを感じた。いや、締め付けられると言った方が正しいか。これも彼の知らないものだったが、心地よいものではなく、かと言って少女のせいでも無かった。

「……そうか。だが少なくとも今は恥ずかしいと思っていい時だ。むこう向いててやるから着替えたら言え」

「は、はい」

(本当に訳の分からない事が起きる。だが何故だ? これが気になっている。やはり答えはあいつにあるのか?)

 暖炉の脇に置いた大鎌を見ながら彼は思う。彼は遂に、これまでに起こった事について本格的に気にし始め、探求する事に決めた。

(答えを知るにはあいつを落ち着かせて学ばせてやる必要がある。少なくとも私以下の知識ではあいつに答えは出せまい。読み書きだけのつもりだったがそれ以上をくれてやる)

 答えを知る、その為に少女の面倒を見るだけではなく、学ばせる事にしたのだ。

「あの……終わりました」

「そうか、なら付いてこい。お前にやってもらう事が出来た」

「!」

「安心しろ。お前がされてきた様な事は一切しない」

「それは一体? わわわっ!」

 不思議がる少女を不意に抱きかかえて裂目に入り蔵書庫へ飛ぶ。目を開けた少女はその光景に驚いた。

「すごい、本がたくさん」

「お前にはここの本を読んでもらう」

「えっ! でも私字が……」

「私が最初から全て教える。だから読んで書け。お前には答えに辿り着いて貰わなくてはならない」

「答え……?」

「少し読み書きが出来る様になったら目的を言ってやる。嫌か?」

「い、いえ! とっても嬉しいです! お勉強なんてできなかったから……」

 心底嬉しそうにする少女を見て、また彼は何処かに何かを感じた。それもこの少女から答えが出ると彼は踏み、話を続ける。

「今から少しやるぞ。まずは文字からだ」

「はい!」

 今ここに奇妙な授業が始まった。奇妙だが少女の眼はキラキラと輝いていた。


――


「最初はこんなものか」

 教科書が半分程進んだ所で少女はうつらうつらし始めた。幾ら嬉しい事とは言え慣れない事は疲れるのだ。それに良く進んだ方でもある。

「今はこれくらいにしよう」

「はっ! あ、私はまだ……」

「眠いのにやっても無駄だ。それに私も疲れた」

「あぅ、ありがとうございます」

 少女がそう言うと同時に、腹の虫が文句を言い出す。頭を使えば腹は減るのだ。

「うぅ……」

「……食べ物なら幾らでもある。だがある程度食べ方を覚えろ」

「はい……」

 あの大きなテーブルのある部屋に行き、彼は何処からか食べ物を出現させる。出した食べ物はいわゆる一級品だらけだ。そして飛びつこうとする少女を椅子に座らせ、前掛けをつけ後ろから手を添えて食器の使い方を教える。出来ない様なら先ずはやって見せて口元まで運んでやる。

「座って食べる事から始めろ。ここの食べ物は逃げん。だから落ち着け」

「は、はひ」

「口に物をいれて喋るな。飲み込め」

「っ!」

 彼女は頷いて返事をする。そうして前よりもゆっくりと食事が進んだ。

「あの飲み物は無いんですか?」

「あれはお前には少し早い。それにこの前みたく大量に飲む物でもない」

「そう……ですか」

 彼女は少し残念そうな顔をする。美味しいと思ったあの飲み物が飲めないのだから。そんな顔を見ると、彼はまたしても何かを感じる。

「はぁ、少しだけだぞ」

「!」

 そう言ってボトルを出し、中身をグラスに注ぐ。

「飲むならグラスに注いでからだ」

「はい!」

(とはいったものの飲む勢いが凄いな。まぁこれくらいは目をつむるか)

 彼女の食事は飲み物を最後に満足そうな笑顔で終わった。


 そして彼は少女を風呂に連れていき、入浴もさせた。これもまた人間として必要な事だからだ。

 彼は少女に人間として必要な、あるいはそれ以上の生活を実現させる事で人間である彼女の学びの質を高め、答えを出させようとしているのだ。だがどうも、彼にはそれ以外の意図があるかもしれないと自身は何かしらを感じている。

 風呂からあがり、着替えた少女は眠気が限界なのか半分眠りながら歩いて彼の元に戻ってきた。

「んぅ……」

「はぁ、フラフラして怪我でもされたら面倒だ」

 彼は小さな少女をひょいと抱き上げ、そのまま黒い裂目に入って部屋に戻り、しがみつく彼女と一緒にそのまま寝た。

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