第23話 一華の見解
金田 一華は咳ばらいを一つした。
「私はね。というか、ここは学校で、警察じゃないから。こういう酷い場を設けることが出来るんですけど」一華が母親の側に近づき、その背中を少し強めに叩く「あなたが真実を知りたいと望んだ。利子さんがなぜ殺されたいのかが知りたいと言った。まさか、急転直下、こういうことになるとは思っていませんでしたが、続けますか?」
田上 利子の母親はうつろな目で顔を上げ、一華のほうを見た後で、だらっと座っていた体を引き上げ、「聞きます。もう、聞く以外、あの子のことを知ることが出来ないから」一華は増田カウンセラーに頷き、
「では、」と切り出した「今までの話しを踏まえたうえで、この場の説明をしますね」と、一華は村治
長い付き合いだから小林君には解ったが、一華は相当怒っているようだ。声や話し方は普段通りだが、不機嫌オーラを出している。だが、村治にそのことは伝わっていないようだった。
「君は、「RIKO」と記されたペンダントを持っていた。私たちは今、田上 利子さんのことで頭がいっぱいだったので、それが、田上さんのものではないかと、田上さんと結びつけてしまった。そしたら、きみは拾ったと言った。
こうなれば、その落ちていた場所が、もしかすると田上さんが最期に行った場所で、犯人に襲われた場所ではないかと想像する。だって、あの発見された教室で襲われたのではないのは素人が見ても解ったから。
だから私たちは、拾った場所を教えて欲しくて、君と、申し訳なかったけれど、柳さんに同行を願った。
警察を呼んでいるのは、警察でも、田上さんの足取りを調べているから。いくら後で、私がこう言っている話を聞いた。と言っても、君は個別に調書を取られるのならば、ここで話せば一石二鳥だと思ったのでね。
だけど、君は、盗んだと言いなおした。盗んだとなると問題になる。ただ、少しいたずらしようと思ってだとか、あとで返すつもりだとかいくらでも言えるだろうけど、最終的に、君は、あげるつもりだったと言った。そして付き合っていたと言った。
牧瀬さんの話しでは、亡くなる一週間前、学校内ですれ違うことに逆上して暴力を振るっていたようだけど、それは間違いない?」
「いや、だから、それは、あいつが、理由を、言わない、から」
「だから、君はどういう状況であれすべて浮気だと決め込み、自分が浮気をするのは良いけど、相手にされるのはよろしくないので、暴挙に出た。間違いない?」
「暴挙って、そこまでじゃぁ、ちょっと、強めに掴んだり、じゃれる程度に叩くくらいで、」
「じゃれるねぇ」
一華は天井を仰いだ。
「小林君?」一華が手を差し出すと、小林君が一枚の紙を手渡した「さっき、力学の先生にちょいと計算を頼んだ。平均的な女性の腕に痣をつけるほどの力とは、どのくらいの力かというのを、調べてもらった。
えっと、それによるとですよ、全身を集中させて意識的に強く握らなければつかないようですね。つまり、田上さんの腕にあった痣は、意図して、握りつぶそうとした。ようですね。
そういえば、昨今の虐待で、親が子供をしつけだと称して、腕を掴んで振り回したりして、痣が出来ている子がいるらしいけど、つまり、そういう虐待心がなければ、普通に掴むだけじゃできない。ということでしょうかね?」
「いや、それは、……俺じゃないかもしれないだろ」
「……確かに」一華ははっとしたような顔をし、頷き、「確かに、君じゃないかもしれない。そうね、君じゃないかも。では誰でしょうね? 私たちがいろんな人から聞いた話では、田上さんに敵はいなかったし、田上さんが恨んでいそうな人もいなかった。……笠田先生は別として。ではあとは……なるほど、笠田先生か。でも、痣はいつできていましたっけ?」
「利子が、死ぬ、一週間前」利子が震えながら言った。今すぐにでも、村治を罵倒したいが、怒りが沸点を超えすぎているのか、立ち上がり、罵倒することが出来ないでいるようだった。
「おかしいですね、笠田先生は、死んじゃってますね」
一華は首をすくめ、立川が机に置いた手帳を一冊取り出し、「ここにね」と言ってページをめくる「かい君に、」と読み始めると、村治がノートをひったくり、そのページを破り、びりびりに破いて、唖然とする、
「あぁ、失敬、こっちだった」そう言ってもう一冊のほうは立川が手に持った。
「私のうろ覚えだけど、かい君がなぜあれほど怒るのか解らない。今までも、授業で会えないときはあったのに、学校の中での行動を説明しろという。私が、笠田先生の処―事故現場―に行っていることがばれたのだろうか? 行っているとバレてはいけない。バレると、なぜ行っているのか言わなきゃいけない。理由を言えば、かい君はショックだろう。私は汚れていると、捨てられるかもしれない。それは嫌だ。でも、自分に折り合いがつかないのに、かい君と会うのがしんどい。就活で疲れていると言っているのに、譲歩してくれないのはなぜだろう?
あと、こういうことも書いてましたっけ?
浮気しているのかと責める。なぜ浮気だと思うのかと聞いたら、理由を話せないのは浮気に違いないと決めつける。それって、かい君のことじゃん。というと、腕を掴まれた。すごく痛い。
あとなんでしたっけ? そうそう、」一華が母親のほうを見た「吐き気がして、しんどい。これが、つわりなのか解らない。ただ、笠田先生のことを考えてのつらさかもしれない。体調が悪くて、休んでいるのに、その間、電話なんかしたくないのに、出ないことを責められた。辛くて電話に出られなかったと言ったら、うそをつくなって叩かれた。そのほかうんぬんかんぬん」
一華が立川のほうを見ると、立川は「だいたいそういうようなことだ」と言った。
「私はね。田上さんのことを聞いて思った。日記だからと言って、うそや、妄想や、想像で話を作り上げるような人ではないと思う。つまり、そこに書いていることは、全て事実だと思う」
「……、その、かい君、というのは、俺じゃないかもしれない」
「確かに。でも、牧瀬さんの話しを聞いていた? 牧瀬さんが言うには、付き合い始めたころから、日記を書いていたみたいだよ? 最初のページには、告白された喜び、元カノが面倒だからと、隠れて付き合うスリルが書かれていたと思う。
恋の初めは、なんでも楽しいからね。罪だよねぇ。その後来る倦怠期も、すれ違いも、その時は楽しめる。なんで、最初許容できたものが、あとあとできなくなるのか不思議でしようがないけども。
とにかく、彼女は、ノートの、一ページに大きく、」
立川がそのページを開いて見せた「村治 櫂雄」という文字に、村治が肩を落とす。
「……すみませんでした。確かに、一度か、二度か、叩きました」
村治はやっと絞るように言った。
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