第22話 証言7 牧野 里香

「こちらの女性は、田上 利子さんのお母さん」村治の顔が青ざめて行く。

「そして、こちらは別の学校の生徒ですけどね。田上 利子さんの高校の時からの親友で、牧野 理加さん。彼女の大事なものを預かっていた方。亡くなる前日に預かってほしいとやってきたそうです。そうですよね?」

 紹介された理加が頷く。「利子とは高校の時からの友達です。最近まで毎週末にお互いの近況報告していたんです。

 一回生の終わりぐらいに彼氏ができたって。でも、元カノの性格が怖くて、公にすると利子に被害が及ぶから、元カノの興味が無くなるまで黙っておこうという話になっていると聞いてます。名前は、聞いても解らないから。と教えてもらっていませんが、すごく優しい人だという話しでした」

「笠田先生とのことも聞いてましたか?」

 理加は頷き、「お父さんの居る大学に入ることが出来たと喜んでました」

「利子は、笠田がいると知っていたの?」母親が喘ぐように言う。

 理加は頷き「おじいさんと、おばあさんに聞きに行ったと言ってました。ひどい男だと言われたけれど、(おじいさんの)家に遊びに行った時、勉強が好きだと話したら、父親に似たんだと言われたと。

 お母さんは地元を離れたけど、お父さんはそのまま地元に残り、高校教師を経て大学の教員資格を取ったと。地元ではちょっと有名人なんだと聞いたそうです」

「何が、有名人だか、……ということは、あいつらが利子を悪魔に売ったようなものじゃない」

 母親が言いえない怒りに顔を覆い、体をゆする。増田カウンセラーがちょうど入ってきて、母親のケアに当たった。

「そのあと、田上さんは笠田先生に親子だと伝えたか聞いてますか?」

「いいえ。伝えるつもりだったようですけど、その前に、父親からマンションに来るように、あの話をしたいから。と言われたので、向こうは知っていると思う。と言っていました。だから、喜んで出かけて行きました。

 でも、その夜、言い表せないほどの声で泣くから、夜中だったけど利子のところへ行って、それで、……あたし、訴えるべきだって言ったんです。そしたら、変な気を起こすと、近々起こる不幸と同じようにしてやるって。とある人を陥れる計画を聞いたって。自分がわざと階段から落ちて、足をねんざするか、折るかしたのをその子のせいにするんだとか。

 利子は必死でその相手を探したけど、解らなかったみたいで、結局、父親はようですけど。

 私にしてみれば、自業自得だと思ってます」

「そうよ、あんな男は、もっと早くに死ぬべきだったのよ」母親が絶叫に近い声で叫び、椅子にぐったりともたれかかった。

「笠田先生にそれを辞めろとか止めなかったのかしら?」

「何度も、そういうバカげたことをするのはおかしいと説得に行ったようです。話を聞く限りでは、私は、その人のこと狂っているって思いました。

 だって(父親が言った)その人を陥れる理由が、自分の誘いを断り、父親と、先生に言いつけたからだって。どう考えても、大人が、ましてや教師が考えることじゃないって。

 利子は怒りで我を忘れてるって。……それ、漫画のセリフだよって、笑ったの。二人で。でも、本当に、我を忘れているから、止めないとって。ほぼ毎日部屋―多分、学校の個室だと思います―に行って、辞めるように説得していたみたいです。

 ある時、どこかみんなが居るようなところで会ったら、いきなり腕をひねり上げられて、」

「そこでも田上さんは辞めるよう説得したの?」

 理加は首を振り、「さすがに人前で、含んだ物言いも言えないし、父親の立場など考えて言わなかったそうです。あえて、視線も合わせなかったらしいんですが」

「それが、かえって苛立たせたのね?」

「多分、そうだと思います」

「それが、あの走り書きのメモで、その時仲裁に入ったのが三上先生でしょうね。そのこと―笠田先生が誰かを陥れようと計画していたことを―田上さんは警察に証言したのかしら?」

「その時、北舎に行ったかどうか聞かれて、行っていない。ずっと教室の出し物をしていたというアリバイがあったので、すぐに帰されたと。

 あとで父親が死んだのだと聞いて、体調を崩したようですけど」

「警察は、いったいどんなことを聞いたんだか」一華が頭を掻き、「それで、田上さんは動揺した?」

「それはもちろんです。レイプした相手だけど父親だし、父親だけど、許せない男だし、罠にかけられそうになった人を助けたいけどと、吐きそうなほど悩んでました。暫く起き上がれないほど気分悪かったみたいです。世話ですか? ええ、学校とバイトの合間に食事の世話をしに行ってました。

 私が同じ学校なら代わりに話をしに行けるけど、この学校に知り合いが居ないし、そんな私が話しに行ってもしようがないし。

 そしたら、事件は転落事故となったと聞いて、陥れる作戦は失敗したんだと。だから、学校へ行けるようになったけど。学校へ行くと、理由や、内容はどうであれ、父親と歩いた廊下とか、話した部屋とか見ると、父親に対する思いがあふれると同時に、妊娠してしまった恐怖に、ろくな神経じゃなかったです。

 だから、冬休みに実家に帰って、もちろん私も付き添って、おばさんに話したうえで、手術受けるように説得したんです。気分が悪かったら、極力休むようにと言ったし、ほぼ毎日利子のところへ行ってました。

 それが、利子が亡くなる一週間ぐらい前に、腕に掴まれた跡が、すごいはっきりついてて、普通、あんなに強く握ることないから、どうしたのよ? って責めるように聞いたんです。そしたら、彼氏に、学校で連絡が取れない。と言われたと。休んでいる間は携帯に出なかったんで、なんで出ないんだ。って責められたようです。

 二人の付き合い方っていうのが、人が見ている場所に居て、お互いバレないかドキドキして、今日もバレなかったって。そういう付き合い方だったみたいで。

 でも、その時の利子は、父親を亡くし、レイプ犯を亡くし、子供が残った状態です。普通じゃないんです。

 どんな酷い父親でも、父親だからと、事故現場に行って、「なぜ、レイプをしたのか?」と聞いていたそうです。返事なんか返ってきませんけど。

 それを、浮気してるんだろうって責められたって。なんでそんなに責めるか意味が解らないと言ったようだけど、どこに行っていたのか? って聞かれても、事故現場に行ったと言わないからだと思うって、もう、利子が不憫で、」

「ち、ちが、う」村治がか弱く、か細い声を出す。

 理加は一気にそう言って、顔を覆った。

 母親はすっかり黙って、生気すら危なくなっている気がした。

「荷物はいつもあなたが?」

「いいえ、今回が初めてです。今までは大学のロッカーに入れていたけど、元カノが盗りに来るからというので、二人で駅のロッカーに預けに行きました」

「事件後すぐに取りに?」

「すみません。ショックで、寝込んでいて。やっと起きれて、おばさんに連絡したんです」

「中身を知っている?」

 理加は頷き、「全部書いているから。と笑ってました。名前のところは今見せれないけど、これが、いつか笑い話になればいいなぁ。って、たしかに、元カノさんは怖い人のようだったから、そうだね。と笑い。

 もちろん、レイプされたこととかも書いていたみたいで、でも、人の日記だし、詳しくは見てません」

「彼から暴力を受けている記述は?」

「最後のほうに、書くように勧めました。利子も、暴力を振るう相手に興ざめしていたようで、最初は、腕を掴み、大声でどこに行っていたか聞かれたとか、答えなかったら、平手打ちされたとか、書いていました」

「う、嘘だ」

 村治がやっと、やっと、振り絞るように声を出した。だが、理加の後ろから、利子の母親の目がじっと見つめていて、言葉を飲んだ。


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