第21話 倒潰

 拓郎の前に、天文研究部の三回生村治むらじ 櫂雄かいゆうやなぎ 真澄ますみが座っていた。一華の説明では痴話げんかをしていたということ、村治が真澄にあげたペンダントには、「RIKO」と書かれていて、真澄は激怒。村治に、なぜ「RIKO」と書いたものを上げようとしたのか聞くと、拾ったと言った。

「もう、意味わかんねぇ」

 真澄の憤然とした態度はもっともだと思うが、足を組み、腕を組んでふんぞり返る姿勢は女子として如何なものかと思った。

 時が時だけに、「RIKO」と聞いて、田上 利子を思い出す以上、どこで拾ったのか白状させてくれと言い、一華は来客の対応に出て行った。

 十分ほどして、立川と青木が一華からの連絡―電話をかけたのは拓郎だが―でやって来て、拓郎には、どこで拾ったのか覚えていない。と言い続けていたが、警察までやってくると、さすがに、しどろもどろに、あそこだったかも、いや、あそこだったかも。と考えるようになった。

「ゼミの教室だったかな? いや、集会堂かも、えっと、」

 一華が入ってきた。そのあとで二人、利子の母親と、見たことのない女子だった。

「プラネタリウムでじゃない?」一華の言葉に村治は同意した。

「そうです、そうです。あんまりきれいなんで、拾って、あげたんですよ」

「拾ったものなんか要らないわよ」

 真澄が口をとがらせる。

「でも、おかしいわねぇ。それ、田上さん、落とし物届け出していたんだけどね」

 村治が慌てて手を振り、「ま、間違えた。その、きれいだったんで、失敬したんですよ。返すつもりが、ほら、ね」と語尾を濁す。

「盗んだの?」

 真澄のさめざめした目に、村治がむっとした顔をする。

「あぁ、ごめん。田上さんが落し物の届け出をしていたのは、本の方だった。ペンダントではないわ」

 村治がキッと一華を睨んだ。

「素直に言ったらどう?」一華は二冊のノートを立川に手渡しながら、村治の睨みに怯むことなく言い放った。「プレゼントしようとしたのでしょ?」と言った。

 一華の言葉に村治の顔がこわばる。真澄が「はぁ? 信じらんない、やっぱり浮気してたんじゃん」と怒鳴った。

「確かに、プレゼントしようと思ったけど、」

「なんで、あげなかったの?」

「今は、それどころじゃないと言われたんで」

「相手にされなくて腹が立った?」

 村治は返事をせず顔をそむけた。

「相手にされないとすぐに暴力を振るったりするのかしら?」一華の問いに、憮然と一華を睨むだけだ。

「それとも、フラれたかしら?」一華の言葉に、

「それは違う。ちゃんと付き合ってた。ただ、喧嘩みたいな感じになって、ぎくしゃくしてて、まぁ、オレも、心が狭かったというか、だから、プレゼントしようと思って」

「はぁ? 意味わかんない」真澄がいらいらしながら、隣の村治の椅子の足を蹴る。村治がむっとした顔を真澄に向ける。

「なんで喧嘩したの?」

「いや、その……、最近付き合いが悪いというか、話しかけてもそっけないし、何してるか解んないし、悩んでるようなんで、相談乗るとかいうと、そういうんじゃないとか、今はそれどころじゃないとか、放っておいて。とかいうし、だから、浮気してやがると思って」

「何よそれ、あんたじゃないんだから、それだけのことで浮気って、」真澄が呆れたような甲高い声を出した。

「だって、お前だって言ってただろ、最近話しかけてもそっけないとか、話しかけてくるなっていうと、必ず浮気してるって。お前が言ったから、」

「はぁ、何それ、バカ? あんた超バカ?」

 一華が、真澄に飛び掛かりそうな村治の前に立ち、「えっと、柳さんだっけ? 彼は、あなたの何?」と聞いた。

「何って、彼女」

「元カノですよ」

 「何でよ?」「別れただろ」をしばらく繰り返すのを見て、一華が机を叩いた。

「別れた相手に、―「RIKO」と入ったものではあるけど、一応形的にプレゼントとして―ペンダントをあげるの?」

「え? いや、それは、」村治が座りなおす。

「なんか、急に、渡したいものがあるっていうし、やっぱり、お前が一番だとか言うから、来たら、違う女の名前。ムカつかない?」真澄はかなり語彙を強めに、すべて吐き出してやる。という勢いで言い放った。

 一華は、真澄の熱量をあえて避けるかのように少し間を開け、静かに、ゆっくりと話す。

「むかつくねぇ。……柳さん。もう、こういうロクでもない人は忘れて新しい恋をした方がいいと思うよ。

 それと、あなたが他人にどう思われようと、私に関係ないし、あなたがこの先ろくでもない男に引っかかろうが、どうでもいいけど。

 その乱暴なしゃべり方を変えない限り、男はあなたを馬鹿にし続けるわよ。大事にしてもらいたければ、自分の行動を見返したほうがいいと、さもなければ、私と同じ道を歩むかもしれないわよ」

 一華はそう言って戸を開けて真澄を帰す。村治も立ち上がるのを小林君が肩を抑えて座らせる。

 立川は、村治と真澄の騒動の中で二冊のノートをさっと読み終えて眉をひそめた。

「田上さんが浮気をしていたかどうか解らないけど、相手にしてもらえないからって、恋人を疑うの?」

「いや、だって、笠田のところへ行くことが増えて、あいつ、あんまりいい噂ないぞっていうのに、関係ないの。っていうし、

 前なら、いつになったら、元カノ、さっき出て行ったあいつは諦めるんだろうかとか、宣言したら、もう、近づかないのじゃないかとか、そんなことを言ってきていたのに、言わなくなったから」

「例えばよ。……あなたたちの付き合い方に不満を持ち、宣言できないのなら、別れて。と言われていたとする」

「言われませんよ、だって、あいつ俺のこと好きだったから」

「仮定。あなたにすら言えないような恋、つまり不倫だとか、秘めた恋をしているとは思わなかった? もしくは教授たちが、その力を持って従わせているとか?」

「いや、だって、……教授に仮にそういうことされても、結局受けたんなら、浮気っしょ」

 村治の中には、どんなことがあれ、自分以外に目が向くことは「浮気」なようだった。

「笠田教授に無理やり脅されていたとも思わなかった?」

「いや、無いです。あったとしたら、やっぱり、浮気っすね」

「笠田教授を好きになるとは思わなかった?」

「無いっしょ。あれは無理だし。でもまぁ、浮気ぐらいならするかもしれませんけど」とせせら笑った。

「君は、あれだね、」一華がバカにしたように「何でもかんでも、浮気だと答えるけど。浮気をしていたのは君の方なんじゃないの? 自分が浮気をしているから、相手もしていると思ったのじゃない?」

 一華の言葉に、村治はしばらく口をとがらせていたが、「あいつ、いい子過ぎるんだよ。聞き訳がいいというか、もうちょっと甘えてくれてもいいなぁとか思うときあるっしょ? そのくせ、公にしろってうるさいし、だから、」

「サイテー」

 利子の母親と一緒に入ってきた女性が呟いた。村治は見知らぬ女に言われたくないという顔を一華に向ける。

「そういえば、紹介がまだだったね。その紹介後に、もう一度、同じことを言ってもらおうか」一華の冷たい視線が村治の背筋を凍らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る