第20話 仮説

 田上 利子の母親が帰った後の個室Z16号室に一華と拓郎と、立川、青田の刑事二人が残った。

 生徒たちから得た情報をすっかり伝え終え、用務員から聞いた話も付け加えた。

「悪魔。か」

 立川がしばらくして呟いた。一華が首を傾げると、青田がそのあとを継ぐように、

「笠田のマンションの管理人の言葉です。

 どの部屋から出てきたか解らないが、エレベーターから田上 利子―写真と防犯カメラで確認済み―が、泣きながら降りてきて、管理人とすれ違いざまに、悪魔。と言ったと言っていましてね、その時の目が怒り狂っているようで、まるで誰かを殺した後かと思ったほどだったそうです」

「悪魔とは笠田のことでしょう。

 田上 利子は笠田が父親だと解っていた。母親の言い方では名前だけのようだが、利子は、自分の出自を教えてくれた祖父母に、写真はないかとか、笠田の写真を見ていたかもしれませんね。

 そしてパンフレットに載っていた笠田に会いたくて、この学校を受験したとしたら、」青田が言葉を切る。

「不幸でしかないね。父親はあまり評判がよくない。まぁ、母親が相当嫌っているし、祖父母からもあまりいい話を聞いていなかったでしょうけど。

 でも、もし、そんなひどい父親に、自分から名乗りに行くかしら? 自分は娘だと言う? 」一華の言葉に、拓郎が嫌そうな顔をし、首をすくめる。

「よくある話で、すれ違いから生じたとしたら?」

「すれ違い?」拓郎が聞き返す。

「笠田先生は田上 利子を気に入っていてリストを作っていた。先に声をかけたのは先生の方だとしたら? 個室で話があるとか、例の件だ。とか言えば、普通の生徒は成績だと思うだろうけど、」

「田上 利子は、親子の話しだと思った?」

「もしそうなら、父親が自分を認識してくれていた。覚えていてくれた。と思ったら、マンションに来いと言われたら、喜んで行く気がする。

 でも、笠田先生は、彼女が何者かなんて知る由もなく。乱暴をしたのだろう。その帰宅後に彼女は「悪魔」と告げたんだと思う。

 でも、彼女は笠田先生に自分が娘だとは言っていないと思う。もしそれを告げたら、何らかのことを笠田先生のほうが動いたと思う。手っ取り早く、金を用意しただろうし、彼女に脅しをかけたと思う。だけどそんな素振りはなかったでしょ?」

「いや、一度学校で笠田は田上 利子の腕を掴んで怒鳴りつけている。急に大声をあげて怒鳴り出したと。内容はまるで解らないが、いい加減なことを言うな。とか付きまとうな。といったようなことだったらしい。それを三上統括責任者が止めに入り、ふつふつと怒りの文言を書いていたよ」

 と立川が話すと、青田が茶封筒から、三上と書かれた紙を取り出して見せた。証拠保存用袋に入ったその紙を拓郎と二人でのぞく。

「あいつは邪魔だ。あいつを陥れなければいけないが、這い上がってこられないようにしないと、警察に行かれるとおしまいだ。だから、その前に、三上をつぶさなければいけない。あいつは、絶対に浮気をしている……。

 何を根拠に? 三上先生は、まだ、独身なのに」

 拓郎の言葉に、立川も三上先生から同じように聞いていると言った。

。は、田上さんのことだろうね。這い上がれないほどということは誰かに何か言う気力を奪う、何かをするということだろうね」

「何かとは? ただの脅しだけとは、考えにくいね」拓郎の言葉に一華が頷く。

「だが、笠田は、田上に何かする前になぜ、坂本 優菜に対して行動をしたのか?」拓郎の言葉に、

「多分、計画の変更が出来なかったんだろうね。坂本さんの計画が一年かかってるんだ。それを変更してまで取り掛かれなかったんだろうね、それほど、坂本さんへの執着がすごかった。ということだけども」一華の言葉に全員が黙る。

「だとしたら、なおさら、田上 利子さんは、誰に、なぜ殺されたんですか?」

 小林君が思わず聞いた。全員の目が小林君に向く。

「い、いや。すみません。

 でも、田上さんはとてもまじめで、恨まれるようなことはなかったと言ったけど、笠田教授からは恨まれていた。でも、笠田教授はそのずっと前に亡くなった。笠田教授が坂本さんを陥れるために計画を立てるような人で。

 事故死でしたけど、大けがをして入院するかもしれなかったわけでしょ? 本人はそのつもりだったようですが。

 もし、軽傷だったとしても、けがを負った状態で田上さんに脅しがかけられるとは思いませんし、……あぁ、見せしめですかね? 自分に歯向かうと、こうやって犯人扱いして、この学校に居られなくするとか?

 でも、これは、教授が生きていればこそ効果があるようなもので、亡くなった今、田上さんを縛るものはないわけでしょう? だったら、恨まれることのない田上さんが、なんで、殺されたんでしょう?」

「誰か、協力者がいたとは?」拓郎が言う

「成績の悪い生徒に手伝わせて、彼女をほんの少し脅すつもりが口論となって殺したと?」一華は首を振る「それはないと思う。坂本さんの計画でさえ一人でするのだから。多分、一人ですべてを行うことでより優越感というか興奮を得られたんじゃない? 徐々に坂本さんを追い込んでいく快楽というか、ね」

 拓郎の顔があからさまにゆがむ。

「では、先生は、田上 利子の犯人は誰だと思いますか?」

「……殺害自体は、本当に、咄嗟的なことだと思いますよ。……、山形―用務員ーさんが聞いた、「どこに行っていた? 誰と会っていた?」の言葉が、田上さんの彼だとしたら?」

「彼は居ない。とみんなが言ってますが?」

「居る。と思うんです。私も。ただし、何らかの理由で周りに隠していなくてはいけない相手だと思いますね」

「では、もう少し、田上 利子の周辺を探るしかなさそうですね?」

「……。田上さんは、日記とか手帳をつけてなかったんでしょうか?」

「日記ですか? いや。携帯の機能にもそんなものはありませんでしたね。今時の子は、そう言ったアナログを好みませんよ」

「好まないからこそ、携帯に頓着がなかったんじゃないでしょうかね? 日記や手帳さえ無事であれば、携帯電話は他者との連絡、つまり、電話なので見られても気にしなかった。とは考えられませんか?」

「……ですが、彼女の家にも、実家の方にもそんなものはなかったですね」

「……どこかに、隠しているのかしら?」

「もし、それが見つかれば?」拓郎の言葉に、一華は首をすくめ、

「今どきの子が、アナログを活用することはない。かもしれないので、期待しない方がいいでしょうね」と立川は言った。


 誰が噂の種なのか―。

 小林君が言いふらすわけはないし、一華や拓郎でもないだろうに、田上 利子は妊娠していたと噂が立ったのは、冬休み三日前の、クリスマス気分最高潮の中だった。

 早々に冬休みに入ろうとしていた学生たちが用もないのに学校に集まり、田上 利子の妊娠の噂に興奮していた。相手が笠田であるということも相まって、大盛り上がりの中、一華はコンビニでコーヒーを買い、北舎へ向かう。

「あれぇ? おばちゃんせんせー、今日はテラス行かないのぉ?」

「寒いからね。自室にこもる。あんたたちは、冬休み帰るの?」

「今日の夜行バスで」

「そう、いいお年を」

「メリクリが先だよ」

 とにぎやかな会話が過ぎて行く。一年で一番楽しいクリスマスに、正月を迎える子供のはしゃっぎっぷりに、いつからあの輪から外れたのかと苦笑する。

 携帯が鳴った。「もしもし?」

「金田先生ですか? 田上 利子の、母です」

「あ、どうも」

「どうしても先生に見せたくて。というか、どうしていいか解らなくて、警察、の、なんていうんですか、あぁ、名刺、無くして、だから、あの、先生、助けてください」

「お母さん落ち着いて、大丈夫です。今どこです? え? 駅? え? 今から来るんですか? そりゃ大丈夫ですけど。大丈夫ですか? 来れますか? あ? あぁ、付き人が居るんですね。解りました。門の守衛に話しかけたら、こちらから迎えに行かせますから。ええ、この前の二人も来てもらいます」

 一華は驚きながらも、拓郎に立川たちを呼んでくれと頼んだ―相変わらず、二人の刑事の連絡先を一華は知らない。というか、聞く気は無かった―。田上 利子の母親のパニックから何かしらのことがあったのだと解っただけだと伝えた。

 一華が二階に上がってきたとき、ものすごい大声が響き渡った。

「ちょっと、いい加減にしろよぉ、」

 乱暴な物言いだが、声は女だった。相手の男も負けずに言葉が汚く、お互い罵り合う。

「ふざけんなよ。お前、」

「お前じゃねぇよ。てめぇ、別の女の名前入りのペンダント付けるバカ女がどこにいると思ってんだよ」

 一華は汚い言葉を頭の中で変換することにした。

「プレゼントが欲しいというから、あげたものに文句を言わないでほしい」

「他人の名前の書いているものを首からぶら下げるなんて、絶対にイヤ」

 金切り声と怒号が飛び交っているが、周りに野次馬は見られない。

 一華は部屋は個室Z16号室があるので廊下に出ると、渡り廊下へ行く北舎側に男女が立っていた。一応、二人は一華を認識したが、喧嘩を辞める気はなさそうだった。

 女がヒステリックに、甲高い黄色い声を上げると、個室に入ろうとドアノブに手をかけた一華のほうに何かを放った。一華の足元にそれが落ち、それを拾い上げた。

「RIKO? 田上、利子?」一華がゆっくりと男女のほうを見る。

「せんせー、こいつ、浮気してるんです。その相手の女の名前入りのペンダントとか、頭悪すぎだと思いません?」

 彼女はとても強かった。男のほうが、一華がペンダントを拾い上げ、「RIKO」の文字から田上 利子の名をつぶやいた時逃げようとするのを、彼女は片手で取り押さえているのだ。男が必死で振りほどこうとするけど、そんなことで怯むような彼女ではなかった。そこへ、拓郎がやって来て、一華の冷静な、

「彼らを会議室へ連れて行きましょうか」という声に、やっと彼女も落ち着いた。


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