第16話 証言4 ゼミ仲間

 拓郎から青田に生徒たちの証言録なるものの報告は入れているようだった。別に、聞きまわっているわけではないし、のんきにテラスに居ると、生徒たちがやってくる。という前提は守っているので、危険行為に走っている気はなかった。本当に、どうでもいいような話もあったりするのだから。

 田上 利子。はなぜ利子なのかという問いをしてきた子もいた。その生徒は、自分に子供が生まれたら、「梨恋りこ」とつけたいらしい。普通子供の名前に、利子りしと読める字をつけるのか? という話しだった。

返事は―。親ではないので解らん。と言ったが、たしかに、利子りしだ。と思った。

 他にもいろいろとあったが、笑いの種にもならないものだった。

 だが、一応、集めた話の中で、田上 利子は真面目で、性格がよく、彼氏はいない。恨む人も恨んでいた人も知らない。という結果になった。


 一華は、個室Z16号室に荷物を置き、いつものように編み物を入れたカバンを持って出ようとした時、立川が青田とともにやってきた。

「おや? どうしました?」

 と聞く一華に、立川は首をすくめ、一華に促されて椅子に座った。

 小林君がコーヒーを入れて、出て行った。

「佐竹先生にもね、あとで来るように伝えてますので、

 その前に、生徒たちに話を聞いて回ってるんですって?」

 と立川がすごむ。

「いやいや、テラスで座ってたら、どうでもいい世間話ついでに出るだけですよ」

「で、そのどうでもいい世間話の結果ですけどね?」

「田上 利子は真面目で、性格はよく、恨まれるようなことも、人を恨むこともない。彼氏もいない。ということですね。ただ一人を除いては、」

「その彼、えっと、森田 光輝? 彼に聞きに行きましたよ。そしたら消極的に、居たと思う。と言いましたけどね、証明するようなことはないと、」

「ええ。彼の、ストーカー的視線での解釈ですからね。よく言えば、片思いの相手に熱視線を向けていた結果。ということですけど。

 森田君の話しによれば、してはいけない恋愛だったと思う。ということですよ。なぜそう思うかは、隠していたということ以外証拠はない。では、彼氏が居たという証拠は? これも、彼が視線を向けている時感じたささやかな、多分、女らしさでしょうね。

 恋すると、女の子は女に変わりますからね。そういう変化を見逃さなかったんでしょうね。ほとんどの人が気付かないささやかな成長ですからね」

「そういうものですか?」

「男性はほとんど気づかないものですよ。だから、嫁や恋人に怒られるでしょ? 髪を切って気づかないのか? とか? 

 でも、片思い中で、ずっと見ていられるほどの相手の、ほんの瞬間。彼氏が居ないと思っていた彼女の、「」しぐさに、男が居る。って直感しても、何らおかしくないでしょ?」

 立川も青田もなんとなく頷き、若かりし頃のほろ苦い思いを説明され、苦笑して納得した。

「もし、森田君の言うとおり、田上 利子に、彼氏が居たとして。なぜ、彼女は彼氏の存在を暴露しなかったのか?」一華は自問するように言った。

「不倫ですか?」

「森田君もそう考え、そんな不純の恋を止めるよう諭しています。でも、彼女はそれを一蹴した。もし、不倫だったとしたら、逆切れ。された。というでしょう? 

 それに、彼女の返事は、そういうのじゃない。だったそうです。

 では、不倫ではないけど、人に隠しておかなくてはいけない恋愛とは?」

「……、教授との?」

「不倫にならないのは、結婚してない人ですよね? 探してもらったんですが、かなり多くの先生が独身でしたよ。大御所の教授も、研究熱心から離婚されたとか、そういう方もいましたね。その中の誰かかもしれない。

 逆の生徒ではどうでしょうかね?」

「生徒? ……、相手が浮気しているとか?」

「別れ話をしている最中、もしくはもうすぐ別れる予定だと思いますね。でも、もし、そうであるなら、自分のものに早くなって欲しくて暴走しますよね? なぜ、宣言しなかったのか? 学生同士なら、力関係は同等だと思うんですけどね」

「力関係?」青田が首を傾げる。

「教授だったら、教授のほうが力はあるでしょ?」

「あぁ、そういう。なるほど、たしかに生徒同士で、利害が発生することは思いつかんな」

「そうなったとき、つくづく自分は年を取ったと思いますね。若けりゃ、そういう方法を思いつくかもしれないからね。今は、おばさんですから」

 一華の言葉に青田が苦笑する。

 授業が終わって拓郎が入ってきた。取り巻きの生徒を廊下のぎりぎりまで引き連れてきていることに、相変わらずだと三人は苦笑いを浮かべる。

 拓郎が座ると、立川は率直に切り出した。

「犯人のめどは、ありますか?」

「それを探すのはそちらの仕事でしょ?」

「ええ。でもね、偶然の産物なのか、指紋の検出が出なかった。死亡前に乱暴されたかの検査も陰性。つまり、暴行もされていない。遺留物がないんですよ。ただね、」立川はずいぶんと間を取って「田上 利子は、妊娠してました。三か月でした」と言った。


 しばらく放心状態が続く。


 「妊娠三か月? ですか?」拓郎がやっと言った。

 拓郎の中で、田上 利子には彼氏はいない。と決めていたのだ。今時の生徒にしては珍しく世慣れも、世間ずれもしない子だ。と決めつけていたのだ。それが裏切られたような顔をしていた。

「ええ、本当に生徒たちからは、彼氏は居ないとしか聞けませんでしたか?」

 一華と拓郎は頷く。

「では、相手は誰でしょうかね?」


 午後の日差しの傾きが早くなり、今日は曇っていることもあって、一華は食堂で編み物を始めた。

「寒いですねぇ、先生」と橋料理長おばちゃんが声をかけくれた。

 頷き、橋おばちゃんが持ってきてくれた飴湯を飲む。冬は飴湯に限るよ。と言いながら、編み物に目を落とす。

「金田、先生、ですよね?」

 不安そうに聞いてくる声に顔を上げる。女子生徒が二人立っていた。

 赤城と柿本だと言った。赤城は少し気の強そうな顔をしていて、柿本は派手めな顔のつくりをしていた。ともに、田上 利子とは同じゼミだと言った。

「なんか、みんなが言ってて、金田先生と佐竹先生が、利子についての話を聞いてるって。警察に言ってもしようがないこととか、どうでもいいこととか、でも、なんか、思い出しちゃうと、なんていうの、あれ、ね?」と赤城が柿本に話を振る。

 柿本は頷き「なんか、引っかかるというか、もし、もうみんなが言ったことなら、うちらだけ知ってるわけじゃないんだって、安心できるというか」

「警察には話したこと?」

「あの時―事件が発覚した最初の調書―は、忘れていたというか、気づかなかったというか、別に、話さなくていいようなことだと思って、だって、関係ないと思ったから」

「でも、話したほうがいいと、なんで思った?」

「誰かに聞いたの、笠田とのこと気にしてたって、だから」

「笠田先生とのことで何か知ってるの?」

 二人は、知ってるというか、と言い淀みながら、

「笠田が特にひいきにしていたわけじゃないんだけど、田上君。て呼んでることがあって、キモッ。って思ったことがあったねって話」

「笠田先生が特にひいきしていた生徒って? 誰か解る?」

「坂本 優菜」二人は同時に発した。

「優菜を見る笠田の目が異常」

「あれは、ストーカーとか、気持ち悪かったよね」

 と二人は散々笠田教授の悪口を続けた。


 坂本 優菜は、笠田教授のお気に入りだった。だが、一年ほど前、手を出そうとしたが失敗、彼女の父親が出てきて大学にその行為を知られ、三上統括責任者に怒られた経緯があった。それを逆恨みし、事故に見せかけるつもりの自作自演で階段から落ち、打ちどころが悪く亡くなった。事故だった。

 だが、その事件が事故として処理されてから学園祭までの間に、坂本優菜は退学したと聞いた。PTSDを発症し、学校に通えないということになったらしい。笠田の暴走を止められなかった学校に対し、父親が提訴すると持ち掛けたのを、別の大学への編入と、推薦状で何とか許してもらったらしい。と、生徒たちの噂で聞いた。

 笠田は、気に入った生徒のリストを作り、手を出した生徒にはバツ印をつけていたことは解っている。田上 利子もそのうちの一人だったと思い出したので、利子が妊娠していると解った時、立川に笠田と、胎児のDNA鑑定をするように頼んだ。それには少し時間がかかると言っていた。


「とにかく、キモかったんですよ」

 二人はそう言って話を終えた。

「なるほど、そういう男は嫌だね。……ところで、あなたたちは、田上さんとは仲良かった?」

「普通。ていうか、あんまり仲良くないかな」

「同じゼミってだけ」

「合わなかった? ってこと?」

「そういう感じかな。まじめすぎるから」

「なるほど。……田上さんに彼氏いたと思う?」

「居ないんじゃない? 色気ないし」

 二人は大げさに笑い、引っかかっていたことを話したことですっきりしたのか帰っていった。


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