第15話 証言3 天文研究部 部員


 この一週間。珍しい組み合わせでテラスに座って、田上 利子と知り合いだった人の慰めというか、セラピーというか、とにかくそういうのをやっている―。という話が広まり、田上 利子についてショックを受けている人が集まってくるようになっていた。

 そして、今日は、その行為をよろしいと思わない三上統括責任者と、増田カウンセラーが二人並んでやってきた。

 一華は西日がまぶしいので座ってくれと言って、そっけなく編み物を続ける。

「いったい何をしているんだ、君たちは?」

 三上先生が聞く。一華は糸を引き寄せてから首を傾げる。

「何って、編み物してますよ。別に休んでよければ、もう、就活生たちが多くて休みの授業ですからね、あたし一人来てなくてもいいようなものですが、いかんせん、出勤しろ。と書かれている以上、出ないわけにはいきませんからね、でも、北舎はまだ日が入ってこなくて寒いので、ここで編み物を、」

「そういうことを聞いているのではない。いったい、ここで、佐竹君と何をしているのかって聞いているんだ」

「……お茶飲んでるんですが?」

「生徒の相談を受けているそうじゃないですか、カウンセラーをしてくれるって、本来カウンセラーというのは、」増田が業を煮やしたように口をはさむ。

「そんなものしてませんよ」

 一華はそう言って顔を上げる。

「カウンセラーなんてできるわけないじゃないですか。してませんよ」

「ですが、生徒が、」

「田上 利子についての話しをしに来てくれますねぇ。でも、別に、私は話せとは言ってませんよ。ただ、話したいという子がやって来て、思い出話を聞いているにすぎませんよ。

 田上 利子は真面目な子だった。バイトが同じだった子は、彼女が抜けた穴は大きくて、彼女一人でしていた仕事を、今、三人で分担しても忙しすぎるって言ってましたね。

 専攻が同じだった子は、よくノートを借りたと。非常に判りやすくまとめていて、笠田教授の説明よりすごくよくわかって、テストの参考になったと言ってましたね。

 まぁ、そういう思い出話をしにカウンセラーには行かないでしょう? 思い出話です。くだらない。世間話。心を病んでしまうとか、酷く落ち込んでしまう。という子にはカウンセラーに行くことを勧めましたよ。五人ほどは、カウンセラーに行ったら、そういうのは友達同士でケリをつけろって言われたと言ってましたね。

 何の相談かって? 確か、彼女に借りていたものを誰に返せばいいのかとか、しっかり者の彼女に、クリスマス忘年会の幹事を頼んでいたが、引継ぎを誰にさせたらいいかとか。そういうやつだったはずです。

 内容を知っていたら行かせませんよ。でも、最初此処に来た時に、もう、悩んで、悩んで、眠れない。というので、眠れないならカウンセラーに行って来いと言ったんですよ。そしたら追い返されたって言うから、話聞けば、そんなことで、カウンセラーには行かないなぁ。って笑って、そんなに彼女は信用できるんだって、聞いたら、まじめだと、責任感も強かったと、そういう話しですよ。

 すべて、カウンセラーの先生の方へ行けというなら、行かせますよ。でも、先生も先生で忙しいようだし、ましてや、統括責任者の三上先生に言うことじゃないでしょ?

 年末ヒマしているから、まぁ、私ぐらいしか聞けるヒマ人はいないだろう。と思っただけですけどね」

 一華の言葉に、二人はぐうの音も出ず、口を堅く結んだ。

「それに、ここに居て編み物しているのは、昨日今日のことじゃないじゃないですか。私がこの学校に来てからずっとです。変わった風物詩でもないでしょ?

 まぁ、佐竹先生が加わったのは、なんでしょね、笠田先生の件や、田上さんの件でたまたま側に居たので、何となく、顔見知りで、テラスが満席でも、相席できそうな相手。として同席しているに過ぎないですからね。その同席している時に、その思い出話をしに来られる。それだけですよ」

 一華の言葉に、カウンセラーが必要かどうか判断が難しい場合は、専門を通り越して指導せず、カウンセラーに誘導するように。と念を押して、二人は立ち去った。

 一華が首をすくめると、拓郎が五人の男子学生を連れてやってきた。(今日は、ハーレムじゃないのか)とほくそ笑む一華に、

「天文研究部の生徒だ」と紹介した。

 天文研究部の女子には話を聞いた。最初に聞いた竹田 加奈ほどみな親交があるわけではなく、それでも、「まじめでいい子」という評価は同じだった。もちろん「彼氏はいない」と断言した人たちだ。

 天文研究部の男子が来ないのは、それほど話したいことがないのだろうと思っていたら、今日、拓郎のほうにやってきたのだという。一華についてあまりいい印象を持っていないので、話に行きにくいのだと言った。あと、男のほうが話しよいということもあったが、拓郎は気にすることはない。コーヒーを飲みながら話そう。連れてきたのだと言った。

 不服そうにコンビニのコーヒーカップを手にして座る。拓郎が一華の前に甘めのコーヒー―すでに砂糖とミルクを入れてきたもの―を置く。

「部長の、田村です。三回生です。就職ですか? あ、はい。内定もらってます。あ、あぁ。ありがとうございます」

「副部長の山田です。同じく三回生です。一応、内定予定ではあります」

「佐々木です。二回生です」

「村治です。三回生です。活動中です」

「山村です。三回生です。実家に戻るんで、まぁ、永久就職ですかね」

 と紹介した。一華は名前を覚えられないのでね。と、ノートを破って、それぞれの前に、それぞれの名前を置いた。

「で、佐々木君だけが二回生?」

「あ、いや、二回生は他にもいるんですが、僕は特に田上先輩と良く居たんで」

「よく居たとは?」

「専攻学科が一緒で、図書室とかでよく勉強教えてもらってたり、参考書を借りたりしてました。え? 携帯の番号ですか? あぁ、コミュニケーションアプリのやり取りは。見せる? いいですよ。別に、たいしたことないし」

 そう言って携帯の画面を見せてくれた。専門的用語の質問や、参考書を貸せる。いつ渡すなどの用事のみのやり取りだった。佐々木が思いを寄せているような文面はない。―とはいえ、こういうものは編集が可能だから何とも言えないが―文脈、文体ともに変わらずなので、彼とはそれだけのやり取りなのだろう。

「いい先輩でしたよ」と佐々木は言う。「参考書を借りると必ずメモがあって、解りにくい個所の印とか、そう言ったところとかもちゃんと付箋してくれてて、それがすごく解り易くて。笠田教授の説明じゃぁ、全く解んなかったところとかすごく解って、先輩に、笠田教授の代わりに教授になったら、この大学のレベル上がるって言ったくらいですから」

「その時、彼女はどんな顔をしてた?」

「顔? さぁ、気にしてないけど。うれしいって、そう、一人っ子なんで、弟が出来たようでうれしいとは言われましたね」

 佐々木は他には何もないと言って田村部長のほうを見た。

「実は、俺たち話していたんですけど、警察に話を聞かれても、田上さんについてそれほど知らないなって。けっこう真面目に来てくれてたし、気が利いて、天体観測って夜なんで、今頃の時期だと温かい飲み物用意してくれたり、飲み会では黙って取り皿分けてくれたり。

 いるじゃないですか、最初だけは取り皿に取り分けてくれるけど、あとになると、男と話してまるで気が利かない、男あさりに来ただけのような女とは違って、彼女は常に世話をする人でしたね。話しかけやすいし、親しみやすいけど、なんというか、それ以上の関係にはならないというか、」

「好きにはならない?」

「いや、そりゃ、可愛い方だったし、性格いいんで、ちょっとは。ないとは言わないけど、母子家庭だからなのか、学校終わったらすぐバイトに走るし、一応、部のほうに顔は出す。飲み会にも顔は出す。けど、二次会に来ることはないし、部の活動内容によっては、星について話すだけの会とか、そういうのはマニアっぽいから来たくないのか、活動内容によっては来ない日もあったし、」

「いや、女子の間では毎回来ていたと聞いているが?」

「いやいや、その女子たちが、好きな時にしか来ないから、自分が来ている時には来ているから、毎回来ていると思ってるんじゃないんですか?」

「じゃぁ、部の活動として毎回来ているのって、」

「男子がほとんど。あ、女子は、田中 亜子だけですね。でも、田中と田上が一緒のところは見たことないですね、仲が悪いわけではないけど、別に仲がいいというわけじゃないようでしたね」と田村部長は代表していった。

「他の子は? 他の子は、彼女について何かない?」一華の問いに、全員が首を傾げる。

「彼女、彼氏が居たと思う?」

「居ないね」

 即答したのは村治だった。

 一華と拓郎が同時に彼を見る。

「言い切ったねぇ」一華が言うと、

「あれは絶対処女だね」村治が鼻を鳴らして言う。

「根拠は?」

「服の首からブラジャーの紐が見えてたんだよね、それ注意したら、真っ赤な顔してどっか行ったから」

 一華がこの村治の軽さが鼻についた。

「いやいや、それだけで処女だとは、」一華の言葉に、

「先生は注意されたらどうする?」

「ブラ紐? ……さぁ、あ、そう? ぐらいかな?」

「ほらぁ、処女はそう言う度胸は無いから」

「……それは、あたしが処女でないという前提だね?」

 全員が黙る。

「どうでもいいが、処女だろうがなかろうが、人前で、でかい声で無神経に言われりゃ、どんな子も逃げるだろうね、は特に、」一華は口に手を持って行った。

「そうかなぁ? みんな男が欲しいからああいう服着るんだしさぁ、あんな服着るんだったら、堂々と裸で居ろっていうかぁ」

 村治の言葉に、山村が嫌悪をにじませ注意する。

「なんだよ、来いって言うから来ただけで、正直俺は名前だけだし、関係ないんだから、もう帰るぞ」

 と言って立ち去った。

「名前だけ?」拓郎の言葉に、副部長の山田が大きくため息をつき、

「ええ、一回生の時、実は廃部しかけたんですよ。その時の三回生が部卒業したら、俺と、部長の田村しか居なくなるんで。だから、村治と、山村に声をかけて、あと、数名は何とか天文に興味を持ってくれたものの、」

「俺は寝るために参加してる感じです」と山村は言った。「村治とはこの部で知り合っただけで、あいつ、たしか、経済マネジメントだったと思いますよ。授業に出ているような感じはしないけど。

 彼女? たくさんいますよ。女好きですから。ただ、別れ方がえぐかった女がいるとかで困っていたらしいですけどね」

「二十歳そこそこで痴情のもつれってか?」

 全員が苦笑する。

「彼は全く参加しないの?」

「時々は。プラネタリウムに行った後、ランチをする会。っていう、ちょっと女子受けしそうなときには来ましたね。あとは、飲み会には必ず」

「田上さんとはどうだった?」

「いやぁ、無いでしょう。田上さんが気に入るかどうか解らないけど、」

 全員が頷き、「村治の好みじゃないね」と言った。

 田上 利子に彼氏がいた様子は、無い。と思う。というのが一致した意見だった。



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