第14話 証言2 森田 光輝
竹田 加奈から一華が呼んでいると言われて、森田 光輝という三回生の男子がやってきた。一応、教師に対する言語で話しかけてきたが、光輝は一華のことがあまり好きではないような顔を見せた。
「政治学部です」なるほどと一華はつぶやいた。
「それで、何が聞きたいんですか?」
と斜めからものを言うかのように、体を斜めにして言った。一華と拓郎はお互いの顔を見合わせたが、
「田上 利子さんについてね。竹田さんの話しでは、君が田上さんのことで何か思い詰めているようなところがあるらしいと聞いてね、カウンセラーもいるけど、カウンセラーじゃぁ大げさだという人もいるだろうから、まぁ心のよりどころとして、なんかあって、話せばすっきりするのじゃないかと思ってね。まぁ、一応、我々も教師だし、そういう、生徒のケアのようなもののために教師というものは存在するからね」
と拓郎が言うと、光輝は深いため息をつき、しばらく考えた。
三限目のチャイムが鳴り、人があっという間に閑散とした。
三時限目の授業はあるが、就活生が多くなってきているので、今は自習時間のようなものだからと。光輝はそのままそこに座り、俯いたままでいたが、急に、体を前後に動かし、
「俺、田上のこと好きだったんですよ。もちろん片思い。多分、彼女好きな奴がいて、付き合ってたんですよ」
と興奮気味に言った。
「でも、警察でも、親友の話しでもそういう人は居ないらしいという、」拓郎の言葉を遮るように
「いやいや、絶対居たって。でも、隠しているような付き合い方なんで、不倫とか、教授クラスじゃないかと思うんですよ」
邪推をする人の目というのはあまり気分のいいものではなかった。
「なんでそう思うかって? あのものすごい隠しようですよ。カバンの中にあるパスケース。今時かよ。って思うようなパスケース。あれがないってだけでいつもの様子から逸脱して、正直あのときは恐怖でしたよ。だから、やばい相手なんじゃないかと思うんですよ。中身? 見てないです。見たら、よかったんでしょうけどね」
見る機会がなかったわけではなかったようだ。たまたま落ちたものを拾った時があって、その時、ごめん、つい見ちゃった。と言って開ければよかったよ。彼は膝の上でこぶしを握り締め俯いた。
「でも、好きなものを人に言うことへの抵抗ということもある。まぁ、今はかなりオープンだけど、アニメだったり、プロレス? あとなんだろう、いろいろと人に言うとヒカれちゃうからという理由で趣味を隠す人もいる。あまりいい趣味でないようなときもあるしね。死体の写真とか。だから、中身を見たわけではないのに、執拗に隠す。というだけで、付き合っているかどうかというのはね。
それに、女友達は、居ない。という以上、……もし、君が言うように居たとして、そこまで隠している子が、パスケースになんてものに隠すとは思えない。
その上で、女友達が解らなかった―という前提で―なぜ君は気づけた? パスケースはこの際置いておいて、何か決定的な瞬間があったんだろう?」
一華の問いに、光輝が唸り、
「どう。というはっきりとした何かがあったわけじゃないんです。でも、確かに、ある時からきれいになったし。今まで、そんな感じで髪をかき上げていなかったのにって、なんか、そういう、こう、……な感じです」
「なんだ、それ」一華が嫌そうに言う。
「解るよ。君はとても彼女を見ていた。だからこそ、その微妙なところに気づいたんだね」拓郎は何度も頷きながら、よくわかるよ。と付け加えた。
「そう、そうです」
ストーカー的視点。一華はそう言おうとしたが黙った。
「それで、君はどう思った? 何かアプローチはしなかったのかい?」
拓郎の言葉に、光輝は少し顔を赤め、
「最初は、好きな奴が出来たんだって、がっかりしましたよ。でも、そんな様子とか、そぶりを見せないんで、片思いなんだ。と思った。でも、そういう感じでもなく、なんていうんですか、相手がいる女。って感じの。そういうのを感じて」
「感じだけ? 具体的な態度とか、行動じゃなく?」
「感じだけです。いや、行動もあったと思うけど……、あ、あぁ。女子の一人が彼女に、肌艶がいいねって、化粧変えたのかって聞いてた」
「彼女はなんて?」
「テスト明けで、バイトもなくて、一日寝たし、パックしたからかも。って笑ってた」
よく覚えてるなぁ。と一華は思ったが、あえて言わなかった。
「まぁ、よく寝て、パックすれば肌艶はよくなるだろうけど、そういう感じじゃなかったんだね?」一華の問いに光輝は頷き、
「そん時、肌がきれいだって褒められてうれしいって。本当にうれしそうだったから。今まで、そんなこと気にしたり、褒めても、まぁ、普通にありがとう。って言ってたぐらいだから」
光輝のあいまいな「感じ」というものを少し理解はする。好きだからこその観察眼だろうということも。だからこそ、光輝の、付き合っている人は居た。というのを信じてみたくなる。だが―、
「証拠がないとねぇ」一華が呟く「パスケースだけじゃなく、何らかのものを大事にしているということはなかった? 口紅、ペンダント、カバン」
「まったく。……、あ……いや、でも、」
「何?」
「プラネタリウムの半券」
「はい?」一華が聞き返す。
「研究部で初めて行った時の、プラネタリウムの半券。初めて見たプラネタリウムがすごくきれいで、星のこと大好きになったからって、それを本のしおりにしてた。……、そう、同じ本を持ち歩いてた。彼女の両親離婚してるらしくって。父親の唯一の品物だって言ってた。タイトル? いや、えっと、確か、生物の起源。何とかって本だったと思う」
「まぁ、彼女は生物史学専攻していたからね、その本の影響で、専攻したんだろうね」拓郎の言葉に光輝も頷く。「それで、君は、彼女に好きな奴が出来た。よかったよかったで終わったのかい?」
光輝は頭を振り、「様子がおかしくなってきたから」
「様子がおかしい?」
「また、感じで申し訳ないけど。……イライラしているというか、今までそんなことなかったけど、携帯を確認することが多くなってて、まぁ、居るんだから仕方ないと思ってたんだけど、彼女の友達たちは、男が居るって気づいてなくて。
ということは、友達に言ってない、もしくは、言えない相手なのかって」
「そう考えてどうした?」
「忠告しましたよ。そんな不純な恋愛は辞めろって。そんなやつ、ろくでもないから、俺にしろって。そしたら、」光輝が唇をかみしめる。
「そしたら?」一華が促す。
「一蹴でしたよ。そういうのじゃないの。で終わり。俺も就活入ったんで、久し振りに彼女を見たのが、学園祭の少し前だったかな、なんか痩せて、すごい、疲れているような気がしたけど、」
「話しかけた?」
光輝は首を振り、自身が入っているもう一つの研究部の催し物の用意に忙しかった。と言った。
「あの時、話しかけていたら、なんか、よかったのかと。
彼女の周りに居たやつら。みんな、彼氏はいないとか、悩んでる姿なんか見なかったって言ったけど、疲れているように見えたあれは、悩んでいたんだと思う」
「就活に?」
一華の問いに光輝は考え、首をひねり、「そういう悩みじゃない気がする」とようやく言った。
「他に、彼女の様子や行動で、変だなとか、もしくは、彼女らしくないことって何かなかった?」
光輝はしばらく考えていたが、首を振った。
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