第12話 気づく
あれから一週間が経った。北舎の進入禁止は解かれた。事件現場となった「あ号教室」は好奇心旺盛な生徒がはじめこそ押し掛け、唯一中が見えそうな入り口の丸窓から中を覗いていたが、今はもうほとんど人は居ない。さすがに、12月の寒風が吹き抜け、体感的に学校内のどこよりも寒い場所に人は寄り付かないようだ。
一華は背もたれに体を預けて外を見ていた。
ソーラーパネルは北には向いていない。
見える中舎は二階と三階のちょうど真ん中なので、両方の廊下が見える。歩いている生徒の姿が見える。
空が随分と薄くなり、冬本番だと解る。それと同時に、廊下から妙にテンションの高いクリスマスソングが聞こえてくるこの時期が、うるさくて苦手だった。あと、一週間で冬休みに入るので、冬休み中の予定を聞いたり、ボランティアの参加を呼び掛けたりする声が聞こえる。
「やる気ないですね、いつにも増して」助手の小林君が話しかける。
一華は背もたれの上部を両手でつかむように腕を上げ、反転させるように椅子を動かしていた。
「ツイスト運動」
小林君は「ばかばかしい」と鼻で笑う。
「引っかかるんだよ。なんか、変な感じ」
「引っかかる? 魚でも食べましたか?」
「そういう引っかかるじゃないよ。……何か、あったんだよ。何だっけ?」
「考古学的な何かですか?」
「いや、事件」
「……、先生に何ができるんですか?」
「できやしないよ。できやしないけど、なんか、あった気がするってことがあるだろ? 大したことじゃないけど、いや、重要? なような気もするし……」
小林君は呆れながら、棚のファイルを手にした。どういう置き方をして、どういう無茶でそうなるのか。プラスティックのファイルケースの底が抜け、書類がばらまかれた。
「ったく、なんだよ」
怒る小林君は、底の開いたファイルケースを机に置き、腹立たしく書類を集める。
「ったく、もう。忙しい時に仕事を増やしやがって。あぁ、これが居るんだ、この前の出土のリスト、置かせてもらいますね。で、これは? これ要るのかぁ? なんだよぉ」
小林君が一枚のリストを一華の机に置いた。
[出土品一覧
発掘場所、D 方角南東。深さ一メートル二四センチ。
発掘者 金田 一華准教授、助手小林 保、助手南川 真帆
出土品―]
南川 真帆の名前にバツ印があった。
「なんで、バツ?」一華が身を乗り出して聞く。
「あ? あぁ、真帆さん、別の発掘へ行ってたじゃないですが、その代わり、えっと、そう、杉谷……、って、どこ行くんですか?」
一華は慌てて外に出た。廊下を走り、中舎への渡り廊下まで来て、「どこだ?」と眉を顰める。
手近な生徒に拓郎の個室番号を教えてもらうと、中舎二階へと走る。
拓郎の個室の前に来ると、息が上がり、戸に手をついてぜぃぜぃ言いながら戸をノックする。返答がない。
「ったー、疲れた」
「ご苦労様」
後ろからの声に慌てて振り返る。
相変わらず女子大生を引き連れて華やかだ。
「あ、あ、うん……大事な話だ」
一華は言葉を飲み、やっと言うと、拓郎も察したのか、二人で個室に入る。
「怪しぃ」だの「二人っていつからぁ」だの言う声をシャットアウトし、戸を閉める。
一華は手近な椅子に座り、拓郎は一華にコーヒーを入れる。
「それで、どうしました?」
「記憶違いかもしれないから。聞く。田上 利子」
「……被害者?」
「笠田先生のリストに名前がなかったか?」
「……田上、あのリストに?」
「覚えてないかぁ。いやぁ、ずっともやもやしてたんだよね、リストを見てさ、あ、小林君が出土一覧のリストを落として、それにバツをつけていたのさ、書き直す予定だと言ってね、それ見て、その中にあった気がするんだけど、」
「聞いてみますか?」
「110番するの?」
「いいえ、青田刑事と番号交換してるんで」
一華は何とも言えない笑みを浮かべた。
青田たちの捜査でも、笠田のリストに田上 利子の名前があることに気づいたようだった。というのも、田上 利子の身辺で、彼女が恨みを抱いていそうな人物が上がってこないのだ。彼氏の存在もなく、部屋も勉強一筋のようだったので、彼女の学部での話を聞こうとして笠田に行きついたようだった。
「だ、そうですよ」
「彼氏がいない……。そう、」
「彼氏はいると?」
「私は解らないけども、あのジャケットって、男物じゃなかった?」
「……そうですね、」
「私は男物は丈夫なので、男が居ようが居まいが着るけど、若い子は、彼氏のものを着る。というのが流行りなんじゃないの?」
「じゃぁ、あのジャケットは彼氏のだと?」
「もしくは、彼氏とおそろいか。でも、友達が、彼氏は居ない。という以上、隠していたか、本当にいないか。だよね?」
「聞きに行きますか?」
拓郎の言葉に、「私はそう言う権限はない」と口を開いた一華に
「気になるんでしょ。権限はなくても、そういう力がなくても?」
どうなんだ? と言われ、一華はおとなしく「気になる」と返事をした。
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