第10話 田上 利子殺人事件

 学園祭は急遽取りやめられた。

 学校内に居た人は身元確認、被害者との関係の有無などの事情を聴かれ、最後の人間が終わったのは真夜中近かった。

 一華は中舎にあるX30号室―北舎封鎖したので三上先生によりあてがわれた部屋―から出てきた。

 大あくびをしながら、最後になった教員たちが帰る準備をしている。一華の調書も先ほど終わったところだった。

 立川と青木とは面識があったので、余計なことは言わず、

「ウォークラリーですよ。謎を解いて導くというやつです。最後があの部屋の、7と4でしたけどね」

「7と4? とは?」

「あそこの教室があれほど片付けられているとは思わなかったんで、正直驚きましたよ。普通の教室、高校までのああいう机と椅子の教室です。大学の、特にうちのような私立の大学のようなおしゃれなものじゃなく、木の背当て、木の座面のやつ。あれが並んでいて、前から七番目か、左右七番目か、まぁ、当たれば当たるだろうと思ったんですが、ちょっと最後だけは不完全なものだったので、行ってみて判断しようとは思っていたんですけどね」

「で、解りましたか?」立川が聞く、

 一華は首を振り、「あの現状ですっかり飛んでましたから」と言った。

「彼女に見覚えは?」

「さぁ、生物科でしたっけ? 関わり合いのある生徒ではないですね」

「なぜ、ウォークラリーに参加を?」青木が聞いた。

「男子生徒がいたでしょ? 北舎前に吐き戻していた彼ら。彼らに誘われたんです。食堂一週間分の食券が手に入るからと。以前のことで、ちょっとだけ見直されましてね」

「なるほど」立川が答えた。「探してみますか?」

「……現場に入れるんですか?」

「推理研究部の生徒に聞けば、あそこが最後の現場で、だが、誰があそこに決め、誰が最後の宝―食券ですか?―を置いたのか解らないそうです」

「そんなに人数いますか?」

「運営、活動している人間は十人程度らしいのですが、お祭りになると増える幽霊部員がいるそうでね、その中の一人が勝手に加えたようですよ」

「勝手にって、添削は?」

「ええ、やって、なかなかの難易度なので、これで行こうとなったようです」

「7と4は?」

「生徒たちに言わせれば、行けば解るそうですよ」立川の目がいたずらっぽく光る。


 ということで、立川と青田、拓郎と四人で今は使われていないに来た。

「興味あるのでね」

 聞いていないがそう言う顔をしているから言ったのだろう。拓郎の言葉に一華は首を傾げる。

 さすがに夜中を過ぎると、人気も少ないせいもあって肌寒い。いくら、警備として警官が立っていようとも、やはりどこか寒気がする。

 元科学室は先に説明したように、廊下と窓側の両方に机といすを重ねて片付けられていた。机は卓面を合わせ二個一組となっている。その中の一組だけが本来の姿で並んであった。椅子は座面を合わせた形になっている。それには埃が被っているもの、埃が無いものがあり、鑑識の結果、誰かが触ってふき取った形跡があるということだった。つまり、机を使い、その上に椅子乗せて仕掛けを作り、被害者を吊るしたのだろう。

 滑車に使用した縄の類は見つかっていないが、滑車を動かしたような新しいあとは見つかったらしい。

「トリック自体は、単純で、出尽くされたものだから、さほど驚きはしないが、7と4が解らんなぁ」

「譜面じゃないのか?」

 一華が教室内を徘徊しながら拓郎を見た。

「残念だけど、悪魔が来りて笛を吹くの作中に、譜面は出てこない。なぜなら、……読んでない人のようだから、あえて言及はしないけども、不備があったので、作家自身が掲載しなかった。だから、悪魔が来りて笛を吹くの、曲。というものは、本来存在しない。ただ、その小節の、

くま(悪魔)が来りて笛を吹く

中で演奏された曲の

小節目の#のついた音と

9小節目の休符前の音

 の、行の頭をつなげれば、「あの74」となる。だから、7と4、もしくは74になる何かだと思うのだけど、……なし? ということか? もしかして、このヒント自体が間違いへの誘導か?」

 立川が苦笑しながら手を叩いた。その叩き方は、全てを知っている者からのゆったりとした、あの厭味な拍手のだった。

 立川いわく、推理研究部の相談で、全てが解かれたら、自分たちが自腹で食堂券を買うので、間違いへの誘導を書いたものも混ぜよう。ということになったという。正しいものは、ちゃんと、食堂の橋おばちゃんから食券を贈呈されるのだという。だが、この騒ぎで、誰もとりに来なかった。

「そういうのありかよ」

 一華がぐたっと肩を落とす。

「でも、解ってて、私や佐竹先生を現場に入れてくれたのはなぜです?」

「第一発見者だし、以前のこともありますからね、何か参考になればと。そういうことですか?」

 拓郎の説明に、立川はそう言うところだと認めた。

「でもまぁ、誤誘導のヒントで、最初の目撃者が、先生たちで正直よかったと思ってますよ。学生だと、どうなっていたか、」

 立川はそう言って印がついている側に近づいた。それは被害者が吊るされていた真下の円だ。

「どう思いますか? 一応、生徒たちに聞いた話では真面目で、将来のために入学してきたという話しですよ。母子家庭だが、奨学金免除の特待生だそうで、かなり、惜しい人材だったそうです」

 以前の一件で、三上先生の人となりをだいたい把握しているらしい言い方だった。

三上先生が自分の担当する生徒以外に興味がないこと。自分の専門である経済学を選択していない生徒は、将来性がないとさえ思っていることなど、一華や拓郎が言わなくても解っているようだった。

「そこでですよ、まず、自殺というのを考えてですね? 解ってます、あの首の傷は自殺にしては

 立川の言葉に一華が笑いながら頷き、

「仮にですか。いいですよ。仮に彼女が自殺をしたかったのか考えしましょう。

 理由としていくつも上がりますよね。三上先生じゃないけど、今の子はいろいろな原因で自殺を選ぶ。昔なら、いじめや貧困。だったのだけど、フラれたからという理由でもあり得るでしょうし、何か大きなミスをしたかもしれない。でも、学生がミスを責め立てられることはないですからね。だとすると、フラれた。と考えられますかね?」

「いや、ミスというか、借金という点がある。返せなくなって、」拓郎が口を出す

「そうかなぁ? 彼女の着ていた服はファストファッションの部類だと思う。うちの学生がよく着てくる。1900円台で買えたんですよ、安いでしょ。というけど、私は興味がないので高いと思うけども、彼女たちの感覚ではそれは安いのだそうですよ。

 もし、借金をするほどなら服なんかもっと派手にならないかしら?」

「服に金をかけるより、遊びとか?」

「パチンコとか?」

「親父かよ」拓郎が嫌そうにツッコミ、「男ですよ。ホストとか」

 一華が黙った。想像していなかったのだろう。

「大学生でホストクラブへ行くの?」

「行く子は行きますよ。ディオゲネス・クラブってホストクラブが人気らしいですよ」

 一華が片方の眉を上げた。

「ご存知ですか?」立川に聞かれ、

「まぁ」

「へぇ、意外だなぁ」と拓郎に驚かれる。

「でも、もしそうだとして、ホストに入り浸っているような感じはしませんね。キレイになる努力をふんだんにしているようにも、バイト、下手すりゃ風俗で働いているような殺伐感もしなかったし」

「あの短時間で、……あの状態でよく解りましたね」拓郎が言い淀む。

「手がね、きれいだったのよ。大学生のバイトの筆頭は居酒屋とか、飲食でしょ? 手荒れがなかった。風俗に関しては解らないけども、化粧は毒々しいブランド特有の匂いはなかった。だから」

 一華はそう言って立川が立っている円の反対側に立って上を見上げた。

「机と、椅子、大丈夫ですか?」

「どうぞ」

 立川に承諾を得て、机を一個運び「乗って」と拓郎に言う。

「あ、身長何センチ?」

「176」

「そう、じゃぁ乗って。滑車に届く?」

「紐をかけることはできるだろうね」

「椅子乗せて、これに乗って。どう?」

「あぁ、梁の上も見える」

「ということはですよ。机一個、椅子一個の不安定な足場で彼女を首つりに見せるための細工をする。には、176センチあれば十分なわけですよね」

「それ以下でも、椅子を重ねるとか、」青田の言葉に一華は首を振り、

「結構怖いですよ。

 滑車で持ち上げた後、首に縄をかけるまでどこかに縄を止めておかなきゃいけない。多分、……あった。74」

 一華が滑車の経路を指で示している方向に、7月4日。と書かれた文字があった。それは、中身のないファイルケースだったが、偶然にもそれを見つけて一華は思わず笑顔をこぼした。

「で、この付近にくぎか、何かあって、ほら、これは、スライドを引っ掻けるための付けた金具でしょうね、でも、滑車実験でも使ったんじゃないかしら? 結構大きくて、頑丈だわ。

 これに括り付けたはいいけど、この教室の状態―外から中は見えないけれど、中からは通っている人が見える―と、人の声がし始め、人が来るかも知れない恐怖で、机と、椅子、この二個でさえふらついてしまうはずだよ。

 まず、彼女の脇辺りで紐を結ぶ。滑車で吊るし、彼女の首にひもを通し、後は、脇の紐をほどき、ぎしっと……。彼女だって、揺れただろうから、もしかすると、バランスを崩し、こけて腰でも打ったかもしれないね、その時、椅子の足の痕を見つけて、手で辺りを拭こうと思ったけど、そこで奇妙な潔癖症が出て、箒を取り出し、その辺りを掃き散らかした。んだと思うね」

「金田先生は、」立川の言葉を遮るように手を上げ、

「どうも、その呼び方は好きではないわ。別がいいです」

「……金田一と呼びますか?」

「一華で結構です」

 立川は薄ら笑いを浮かべ、頷き、

「どうしても他殺だと思うんですね。自殺ではないと」

「自殺する大きな理由があれば、委託された。……前回のような感じです。他殺に見せかけるように、誰か共犯がいて、後片付けを頼んだ。ということは考えられますよ。その場合、彼女は相当誰かを恨んでいたことになるでしょうけど」

「なるほど。では、彼女の身辺をもう少し当たってみますよ」

「早期解決を願います」一華の言葉に、拓郎が首を傾げた。


 立川と青田が車で帰る。

 一華は歩いて帰ろうと門を出ると、真っ赤な派手な車が横に並んだ。

「乗っていきますか?」

 一華は空を仰ぎ、「よろしくお願いします。えっと、どこに乗れば?」と聞いた。

「良いですよ、助手席で」

 というので助手席のドアを開け、乗り込む。乗りにくい車だ。格好いいだけで、乗り降りを考えていないせいで、随分と苦痛を感じる。

「さっきのことですけど」

「さっき?」

「早期解決を願います。一華先生が解くのかと思ってましたよ」

「……、民間人です。何の取り柄もない。それこそ、金田一じゃありませんよ。モノを無くしたとか、そういう程度ならば、その人を観察していれば誰だって探し出してあげられるでしょうが、あれは殺人です」

「一緒でしょう。犯人を捜す点では」

「……、ネェ、先生? ドラマでよく、井戸端会議が好きなおばちゃんが事件を解決する話がありますけど、あれ、本当にあると思いますか? 第一、そんな危険なことを、警察が放っておきますか? 捜査の邪魔だし、危険だし。そういうことです。私は民間人で、なんの力もないのです」

 一華の説明に拓郎は唸る。「それでも、自分で解いてみたいとは思いませんか?」

「それは、被害者に同情して言っていますか? それとも、解決したことによる何かを期待してますか?」

 拓郎は黙った。

「被害者の無念というものに同情し、正義の名のもとに考えることはできます。でも、犯人を逮捕することも、裁くことも、私たちの役目ではないのですよ。そうすると、結果的に、警察に任せた方がいいのですよ」

 拓郎は何も言わなかった。

「あ、ここでいいです」

「ここ?」

 商店街の入り口だった。

「ええ、そこが私の家です」

 拓郎がフロントガラスから見上げる。

「???なんて読みます?」

九十九つくも何でも屋です」野太い男の声だった

 車から降りた一華を引っ張り、そこから顔を出した、髪の長い派手な中年男。一瞬、ドキッとするほど髪が長く、化粧をしているので、見間違えそうになったが、中年の男で、なかなか派手な服を着ている。

「あ、俺、こいつの叔父です。おたくは?」

「同僚の佐竹先生」

「へぇ、先生すかぁ。先生ってのはいい車乗ってんですねぇ。いやぁ、安定安定。ねぇ、先生、上がっていきませんか?」

 叔父だと言った男は、満面の笑みを浮かべ、いい返事をしないとドアを離さないという顔をした。

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