第6話 一華の見解

 AM10:15 立川と青田は二人の巡査を引き連れて北舎玄関から階段を上る。

 確かに、北舎は人気がなく静かだった。南舎、中舎に比べても、窓が小さいし、少ないせいもあって寒く感じられた。

 二階の廊下に来た時、一華が部屋から出てきて階段を上がるところのようだった。拓郎もまた、中舎からの渡り廊下を三上先生と一緒に歩いてきた。その後ろを、カウンセラーの増田先生に付き添われた坂本 優菜と高橋 真由がついてきた。

「大丈夫かい?」

 一華の言葉に、優菜は頷く。

「目覚めが悪いから」

 そう言った優菜に一華は頷く。

 総勢9名はそろって階段を昇って行った。三階に上った途端、時計塔への階段の踊り場に開けた窓からの光で明るかった。

「まず、声が聞こえたのが?」

「踊り場に上って、あ、この辺りかな?」真由が手すりを掴み、くるっと回って見せた。「で、聞こえたんで、お互いに、シーってやって」と指を唇に押し付け、ゆっくりと階段を上がった。

「それで、ここでちらっと覗いたの」

「刑事さんたちはここで待ってて、あ、三上先生たちも。二人だけで大丈夫? それでっと、覗いたのはあなた?」

「そう。優菜は後ろから来てて、あたしが先に覗いたの、」

「笠田先生だって解った?」

「君って言ってたから」

「顔を見て解ったわけじゃないのね?」

「無い。見えなかったから」

「どっち向きか解る?」

「向こう(上り階段側)を見てた」

「それは何で判った? ズボンは見えた。それで、膝を曲げてたから」

「あんな感じ?」

 そう言って一華が指をさすと、大きな踊り場の前に人がいるようだが、まぶしくてかろうじてズボンが見えるだけだった。

「ひざを折って、上階段側を見る。あんな感じ?」

「そう。で、やっば、すぐそこじゃん。て、隠れたの。でも、言わないで隠れたから、優菜はそのまま覗いちゃって、そしたらどすんて」

 真由が言うと、優菜が顔を覆った。

「じゃぁ、どうぞ、ご覧ください」

 一華に言われ、立川、青田、巡査二人の隙間から、三上と拓郎が踊り場を見上げた。

「うわっ。まぶしっ、なんだ?」

 六人は一斉に目を覆い身を隠した。

「降りてきて」

「はい」の後すぐ「あっぶねぇ」という声とともに助手の小林君が降りてきた。

「そういうことです」

 一華の説明に眉を顰める。反応したのは青田だった。

「何がですか?」

「まぶしかったでしょ? 小林君もこけそうになったし」

「事故?」

 立川がそういうと、一華は「多分ね」と言って壁にもたれた。

「どういうことです?」

「階段を踏み外した。ということだろ?」

 立川は答える。

「腰を打つか、まぁ、酷くても足を骨折するか。ぐらいだったんでしょうね」

「犯人は意図せず押された反動で?」

「いやいや、単独ですよ。犯人」優菜の方を指さし「に仕立てる気だったんでしょう」

「はぁ?」

 真由と三上先生が同時に発した。真由が嫌そうに眉をひそめた。

「笠田先生の性格を思い出してみてくださいよ。かなり粘着質じゃないですか? しかも、これはなかなかな計画的犯行ですよ」

「計画的?」

「一年がかり。ですかね」

 一華の言葉に三上先生が呆れた音を出す。

「自分が大けがをするのに、一年もかけるのか? ばかばかしい」

「三上先生、学生時代付き合ったことあります?」

「はぁ? 何を急に?」

「そういう人には解らないってことですよ」

 全員が首を傾げる。

「ここは日も当たらないし、彼女もツラいでしょうから、場所を移動しますか」

 一華は率先して階段を降り、自分の部屋に全員を招いた。

 昨日は入り口からしか見ていなかったので気にならなかったが、両脇の壁を本棚にし、そこにはネームシールの貼られたファイルケースがずらっと並んでいたり、本が並んでいた。その前に置かれた腰高の棚に石が入っていたりするので、出土品だろうと思われる。昨日学生たちが囲んでいた机は楕円卓で、巡査二人が起立し、他は席に着けた。

 優菜をはさんで真由と増田先生が座り、増田先生の隣に三上先生が、真由の隣に拓郎が座り、青田、立川、一華と円に座った。

「先ほどのまぶしい原因は、中舎のソーラーパネルの反射です」

「中舎のソーラーパネル?」青田が窓の方を振り返った。

「ええ、屋上に置いてます」三上先生が返事をする。

「北舎は他の校舎より少し高いんですよ。すごく高ければこの部屋がさっきのような状態になっていたでしょうけど。気づきませんでしたか? 若干高いの?」

「あぁ。一メートルほどではないけど。確かに高いようですね」

「それが、屋上に置かれたソーラーパネルを反射してしまってるんです。まぁ、どうしてそう置いたのか不明ですけど、いくつかが北向きについてるんですよ。それが、この時期のある時間帯にものすごい反射となって届くんです。と言っても、あそこは時計台へ上るか、考古学倉庫へ行く用事がないものは知らない場所ですからね。それに、この時期に、倉庫にある発掘道具を取りに行くこともないので、我々だって行かない場所ではあるんですよ。だから、反射がひどい、ソーラーパネルがこっちを向いている。なんて報告しなかったんですけど、こうなってみると、あの、こちらを向いたソーラーパネルは笠田先生が向けた。と考えてしまいますね」

 小林君が全員分のコーヒーを入れて配る。

「反射のあのトリックにどうして笠田先生が気付いたのか不明です。だって、この校舎に生物科のものはんですから」

「一切ない?」青田が驚いて女子大生を見る「でも、先生に言われたんだよね?」学生二人が頷く。

「あなたたち、ここにそんなものがあるかどうか、知ってた? もしくは興味あった?」

「なぁい」

 真由が代わりに答えた。優菜もうなずく。

「でも、先生に言われたら、取りに行くしかないよね?」二人が頷く。「別に、単位が欲しいとかじゃなく、多分、坂本さんに言っているのを聞いて、高橋さんが、二人で行けば、笠田先生はいたずらをしないだろ。もしする気なら、これで―と携帯電話を叩く―証拠を掴んで辞めさせられる。くらいの正義感できたんじゃない?」

「そう! 多分そう。そこまではっきり思わなかったけど。でも、もし、優菜に何かしたら、あたしが写真撮るし、大声出すし、そしたらキモ男を追放できるって、優菜に行こうって言って、」

「もし、高橋さんに言われなきゃ、行かなかった?」優菜が頷く。「行くかどうかの返事を笠田先生は聴いた?」真由が頷く。

「絶対に来るね? って何度も聞かれた。で、しつこいって言ったら、もし来なかったら、他の生徒に頼まなきゃいけないからだって怒られた」

「まぁ、理にかなってはいるね。それで、笠田先生は、坂本さんが一人で来ると思っていた?」

「もちろん、そうしたら、手を出すと思ったから、あたしが行くとは言わなかった」

 一華は頷き、「高橋さんがいて、本当によかったね」と言った。

「坂本さんに罪をなすりつけようとした?」

 三上先生がつぶやくように言った。

「でしょうね」

「なんで?」

 三上先生が急に甲高く聞く。一華は嫌そうな顔をして、

「誘いを断ったからですよ。そのうえで、父親に怒られ、三上先生に怒られた。だからですよ」

「はぁ? 何の話? ……、坂本 優菜。そうか、なんだか聞き覚えがあると思ったら、一年前に父親が怒鳴り込んできた、いや、え? 一年前だぞ? 父親がすごい剣幕で、笠田先生を殴りつけ、警察を呼ぼうと思ったが、聞けば、生徒に手を出そうと、ありもしない講習会を開き」

「夏季合宿」一華が訂正する。

「それは学校側のあれに関わるから、穏便にしてくれと、ただし、笠田先生を近づけないとし、」

「そこで辞めさせればよかったのに」一華が言うと、三上先生は険しい顔をして、

「この学校に多額の寄付をしていてね、あぁそうですよ。私立ですからね、そういうことになりますよ」とふてくさり背もたれに身を投げた。

「とはいえ、笠田先生はそれで、一応はおとなしくなった。まだ、生徒にちょっかいは出していたようですけど、少なくても坂本さんには手を出さなくなった」

 優菜は頷く。

「さて一年前に何があったんでしたって? 坂本さんが笠田先生に夏季合宿に誘われた。行くと言ってしまった?」

「一回生で、まだ、笠田先生のことあまり知らなくて、単位とかよりも、就職のほうに関わるから参加したほうがいいって言われて、でも、おばあちゃんの具合が悪くなって、私しか、その時、側に居なかったから、学校に行けません。て連絡しました」

「だが、夏季合宿などと言う行事を開くことを学校側は聴いていないので、どういうことだと聞きに行ったら、単位欲しさに嘘をついたのだろう。と言われたんだ」

 三上先生が嫌そうな顔をしながら言った。もちろんのごとく優菜がそれに反論する。

「解ってる。新学期が始まり、事もあろうか、笠田は生徒が大勢いる前で、なんで来なかった。お前のせいで俺は疑われた。うんぬんかんぬん大声で言い、それを聞いた生徒が、夏季合宿の話しなんか聞いてないし、と騒ぎになり。気づけば誰も誘われていない。坂本さんだけが誘われていたということになり、その翌日には、父親が、事務所を通さず笠田のところへ行き、殴りかかった。

 生徒たちが騒いでいた報告が上がってなかったんで、こちらとしては父親が、娘に単位がなくての逆切れだと思っていたんだが、話を聞けば、一人だけ誘ったと。しかも泊りだと言えば、少なくても、何かしらのことだろう。

 しかも、その前日に、腕を掴み、怒鳴り散らしたとなれば、完全に笠田は暴漢未遂だ。いや、すでに暴行だが、さっきも言ったように、笠田の親というのが、かなりの寄付を大学にしているせいで、辞めさせるわけにはいかず。生徒への接近禁止と、郊外授業禁止など、とにかく、近づけさせないことを約束させ、それで納得させた。彼女の心のケア代と言って渡してもある。もちろん、笠田の給料天引きだ」

「それで、笠田先生はおとなしくなった。というか、生徒や、同僚の視線がありましたからね。

 あれからね少し調べてみたというか、生徒に聞いてきたんですけどね、笠田先生が急に、女子を君、男子をお前。と呼びだしたのはいつごろか。ちょうどその夏の一件があったころだって解ったんですよ。

 ソーラーパネルが設置されたのはその年の夏休み。うちの学生が倉庫―時計塔の倉庫ですよ―あそこへ取りに行こうとしたら、ものすごくまぶしいと苦情言ってるんですよ。一度。事務局の人が見に来たけれど、使っているのは考古学の生徒だけだし、そんなに頻繁に出入りすることもないだろうから。それに、時期的に、今はまぶしいくらいだろう。と取り合ってもらえなかったそうです。まぁ、実害は極めてないわけですからね。

 それからテスト週間になって、いよいよ生徒も、北舎に居る我々でさえ三階にすら上がらなくなったころ、時計塔の方でペンキの塗りなおしが行われていたという人が居たんです」

「何? そんな話聞いていないぞ?」

「事務所にも記録はありませんよ。でも、その子が言うには、一斗缶が五、六個あって、養生もしてあって、まぶしいと言っていたので、事務所の人が壁の色を変えてくれるんだと思っていたそうです。

 テスト週間は12月頭ですから、それが済むと冬休みです。一か月ほど休みです。教師はいますが、生徒がいないんじゃぁ、倉庫には用事はないし。夏休みと違って、冬休みに発掘ボランティアに出かけたい子はいませんから、倉庫を使うものがいなくなる。ますます誰も行かないまま年を越し、春、新年度前にはすっかり作業は終わっていた。でも、そのころには塗りなおしのことなど誰も忘れてしまっているわけですよ。

 そして、夏にも光が入って来てたようですが、春から夏にかけてというのは、まー、一限目の始まる9:00前には倉庫から荷物を下ろし、一日が終わる17:00以降に片付けるので、誰も気にしなかった。

 そして季節は今。倉庫を出入りする学生たちは夏休み終わりに片付けたきり上がっては来ない。だって、あの倉庫には発掘道具類しか置いてませんから。先ほども言ったように、寒くなると実習に出かける子はいなくなりますから。

 そこで、笠田先生はいよいよ行動を移すわけですよ」

「いやぁー。そこを使う利点は解ったが、笠田先生が一年も準備していたというのは、さすがに無理があるのじゃないか? さすがに長すぎる」

 拓郎の言葉に一華は頷きながら、「定着ですよ」と答えた。

「定着?」拓郎が聞き返す。

「そう。笠田先生が、君。と呼ぶ相手はだれか? 生徒たちなら解るようにしないといけないわけですよ。だけど、生徒全てを君というと、坂本さんに罪をなすりつけたいわけですから、そこは女生徒を君と呼ぶようにしないといけない。じゃぁ、男子生徒は? 考えて、お前にしたんでしょう。まぁ、女子にお前というと、セクハラだの煩そうですから、君のほうが定着は早かったでしょう。

 それと並行して、ペンキを塗る。あそこの壁ね、白は白でも、なんとかって、銀白色に光るペンキと、道路の白線なんかに使われる光を反射するやつとの二度塗りで、恐ろしく光を乱反射するようにしているそうです―昨日、業者に来てもらって調べました。近くに居た警察官に許可とってですよ。あ、下の方で、色が変わっていたんで、そのすぐそばの塗料を調べてもらったんで、上までは上がってませんよ―詳しくは、そちらで調べてくださいよ。

 一人で素人が、いくら人が来ないとはいえ、昼間来られるとまずいから、夜間作業していたんでしょう。まぁ、それだけ反射するペンキですから、暗い方が塗りやすいでしょうしね。時間がかかるので、一年というのは妥当なんじゃないかな? 

 多分、よりまぶしさを増すために、やっぱり、ソーラーパネルをこちらに向けているような気がしますけどね」

 一華はそう言ってコーヒーを飲み、ひと呼吸してから。

「じゃぁ、実行に移す。最初に言いますが、笠田先生は死ぬ気はなかったと思いますよ。腰を打つか、足を骨折するかぐらいだと思っていたはずです。でも、自分で塗った反射色があまりにも強く、完全に足を踏み外して、運悪く頭から落ち、首までいっていたんでしたっけ?」

 一華の問いに立川は頷く。

「だから、ここは、傷害罪を誰かに擦り付けるために工作していた。と思って聞いてくださいね。

 それは坂本さんだった。のでしょうか?」

 一華がメモ用紙を机に置いた。

「これを昨日私の机の上で発見したのは、五時過ぎでした。この字は、昨日会った真帆ちゃんの字です。真帆ちゃん、事件前日に、笠田先生から、「発掘作業に使う

ステーテキホウ―と言って、遺構面の土を薄く削り取るのに使う道具があるんですけど―それを見たいと言って来たようです。

 もちろん、なぜかを聞いたら、自分が持っているものでは上手に削ることができない。あ、生物史学の先生も発掘するんですよ。まぁ、そういうこともあるのかなぁと、でも、ので、伝えるというと、じゃぁ、昨日ですよね、10:30に来てもらいたい。と。二時限目は自分は授業なのでその前に見せてほしいということだったんです」

「え? でも、先生は一限目授業じゃ?」青田がすかさず口をはさむ。

「急遽ね」笑う「他の先生がインフルにかかり、急遽ヒマしている私が行っただけ、偶然なんですよ。本当なら、私はその日の午前中はこの部屋にいるか、論文待ちでテラスに行くかしか予定はなかったんですよ」

「じゃぁ、先生も、容疑者候補だった?」

「読んだでしょ? あの執拗な文句。あれだけ粘着質な体質なら、坂本さんを一年がかりで陥れようとしたのならば、この一年間で、彼の怒りを買ったものはみな陥れようと思うはずですよ。ほかの生徒も声をかけていたかもしれない。でも、みんな嫌がったか、約束をしておいてこなかったか。でも、結果的に、一番恨んでいる坂本さんが行くというので決行したのでしょう。私はたぶん、彼女たちが慌てているところにでも出くわし、先生が「彼女に突き落とされた」というのを聞いて捕まえるか、私がそうなるか、どちらでもよかったんですよ。とにかく、私か、坂本さんを不幸に陥れたかっただけですから。

 だから、高橋さんが同行したことはよかったことだし。笠田先生は、策士策に溺れる。というところですよ」

「そうまで、するのか?」

 三上先生が絶句しながらつぶやく。

「だから、学生時代に付き合ったことがあるかと聞いたんですよ。学生時代でなくても、女性と付き合ったことがない、卑屈な男がいる。

 彼は、ほとほとモテず、言い換えれば、相手にされない。いや、いじめられていたかもしれない。でも、大人になればと淡い期待で大学生、社会人になったが、依然として女にバカにされる。最近では男子生徒にすらバカにされる。同僚たちも自分をさげすんでいる。

 だけど、彼は特定の生徒に対して力を持っていた。単位の足りない女子生徒に言い寄り、暴行する。黙っていれば満点を上げるという交換条件で。でも、それで一人か二人かを妊娠させた。大学側にばれてはいけないから、親の金で解決させる。そして学校を辞めさせる。多分、その生徒の親に圧力でも掛けたんでしょう。ただ、坂本さんの親に圧力をかける前に、お父さんが来たので、慌てたんでしょうね。大学側に知れ渡るし、さらに生徒は馬鹿にする。

 計画中、全く他の生徒に無関心だったとは言えませんね。彼のこの特定の生徒にだけある力は、彼の唯一の武器ですから。リストでバツのついていない子は現在実行中か、狙っている子だと思いますよ。そしてバツは、大学を辞めた子でもあり、その力を振るった子だとも思いますね。

 笠田先生が、坂本さんと私に狙いを定めたのは、その力が使えないからだともいえるけど。それは、死人に口なしで、いろいろな人を陥れようとしたけど、できなかったのかもしれない。解らないけどね」

「では、先生は、あれは事故だったというのですね?」

「だと思いますよ。仮に犯人がいて、笠田先生を突き飛ばしたとして、目撃者の坂本さんが腰を抜かし、その場を動かなければ姿を見られる。大慌てで二人が駆け下りたからよかったけれど、もし、そうやって逃げれる確率を考えると、非常に低いでしょ? うちの生徒が誰も怪しいものが降りて行ったところを見ていない。というのですから、数秒のラグがあっても、走り去る音なり、何かしらはあるでしょう? 誰かがいるかもしれないわけですから、一気に走り逃げることはしないでしょ? 辺りを見回すとかするんじゃないかな? 動転して足がもつれている可能性もあるし。まぁ、それすら完璧にクリアできたとして、笠田先生を殺さなくちゃいけないほどの理由は? そのリストの全員が対象となるでしょ? その生徒たちがあの日、あの場所に居たか? というと、

 それに、たとえ、非力な男性だとして、女性に押されて落ちたとする。でも、その時、腕を掴むか、一緒に落ちそうな気がする。

 ただし、笠田先生は、」

「小太り気味だ」拓郎があとを取った。

「そんな男を女が押す。向かい合ってて、腕を掴んだろ、手すりを掴んだりしそうなものじゃない?」

「確かに」拓郎がつぶやく。

「笠田先生に抵抗されれば、服は乱れるだろうし、下手すれば、服さえも引きちぎれそうじゃない?」

「手袋は握っていましたよ」

「それ聞いて笑いましたよ。手袋の破片なら、何とかありそうだと思うけど、いい? とラテックスの手袋をはめる「掴んで、そう、手首より少し指側、そこを握って脱がせて。脱がせることは無理でしょ」笑う「そもそも、自分で手袋をのけるときでさえ脱ぎにくいのに、掴んだままで脱げるとかありえないでしょ。それは私を陥れようとしたんじゃないかしらね?」

 そう言って一華は笑い、ふと真顔になって、

「いやな人ですね」

 と言った。

 その声が非常に冷たく、鋭かったので全員が一華を凝視したまましばらく動かなかった。

「検死解剖の結果で、直前に争ったような痕跡はなく、もちろん、誰かが押した形成もなく、ただ、右足のふくらはぎに強くこすった跡があって、確かに、足を踏み外したときに見られる痕だということ、多分、手すりを握ろうとして、左手、仰向けに落ちていたんでしょうな、左手側の手すりを、多分右手で掴もうとして反転した結果、後頭部から落ち、首を折った。多分それで即死だったと、その後、階段や廊下に頭をぶつけたようだ。というのが検視結果です。この結果からは、事故、自殺、他殺を決めかねるということですが、確かに、笠田准教授の性格や、行動を考えると、事故死。という線が濃厚でしょう。

 詳しくは、現場の塗料やリストにある生徒たちの当日のアリバイで裏付けることになるでしょうが、金田先生の言うとおりだと、思われますね」

「そうですか。よかった。当たって」

 一華は微笑んだ。








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