第4話 (3) 目撃者

 目撃した二人の女子大学生が調書に応じれると報告を受けたので、二人が控えている教室へと向かった。

 南舎一階にあるX14号室。教室というには狭いが、黒板、円卓、教室らしい湿った匂いはした。

「少人数で行う授業用です」

 と三上先生はそういた。

 部屋は、カーテンが引かれ、淡い光がカーテンに当たっているが、室内は薄暗くなっていた。

 扉を開けてすぐに、眼鏡をかけた女性。これは入り口に背中を向けて座っていた。目撃した生徒に付き添っているカウンセラーの増田 祥子しょうこ先生だと言った。少し茶色に染め、それを仕事中だからとまとめ、簡素ながらはっきりと化粧をしている美人だった。

 二人の刑事に立って会釈をし、目撃者の二人の後ろに座りなおした。

「坂本 優菜ゆうなです。優菜の優は優しいで、菜っ葉の菜です。そうです」

「高橋 真由まゆうです。真っすぐに自由の由です。はい、そうです」

 目撃者はどちらも名前を青田にちゃんと教え、二人とも二回生だと言った。

「それで、授業中なぜ北舎に?」

「あ、私たち、笠田先生のゼミなんですけど、笠田先生から前日に二時限目(10:50-12:30)に生物の標本を使いたいから、北舎のZ88号室に取りに来てくれって言われてたんです。セッティングもあるから、10時半ごろにって」

 と言ったのは高橋 真由の方だった。報告では、真由のほうが直接目撃したわけではなくて、落ちてしまったのを見ただけだと聞いている。つまり、まだ青い顔をし、落ち着きなく震えている坂本 優菜の方が全てを見ていることになる。だが、優菜は話したがらない。仕方ないことだが―。

「それは二人に頼まれたこと?」

 立川が聞くと、真由が首を振り、

「優菜に頼んでたんです。笠田先生、気に入った子にしか頼まないから。でも、優菜は毒牙にかかる前でよかったんですよ」

「毒牙?」

「噂ですけど、笠田先生のゼミの女子がよく辞めるんです、大学。それで、実はレイプされて弱み握られてるんだとかって噂が上がってて、」

 立川が三上先生を見る。三上先生はそんな話は知らない。と言いたげに首を振ったが、隣にいる増田先生の顔は厳しく、単なるうわさ話だとは言えないようだった。

「そういう子、知ってるの? 毒牙に掛けられて辞めた子?」

 青田がやさしく聞く。

「本当かどうか解らないけど、急に、辞めたいって言いだした子なら、同じゼミの、田上 利子りこ。なんか最近具合も悪いみたいで、よく休んでたし」

「今日は?」

「さぁ? 仲は良くないから。優等生だから、あの子」

 真由はそう言って同意を優菜に求めたが、優菜は何かに怯えたように俯いている。

「犯人を捕まえたいんだ。今、言えることでいい、話してもらえるかな?」

 優菜の背中を増田先生が擦ると、優菜は頷き、

「声、がして、」

 とかすれた声を出した。かなり緊張しているようだった。

「あたしとね、優菜が三階の下のとこ、踊り場っていうんだ。ふぅん。そこまで来た時、なんか人が話してる声がして。あそこ人いないから、すごくよく聞こえて、それで、もしかしたら、告白とかじゃない? と思って、そうっと廊下まで行って、階段が見えるところまで行ったのね、」

 真由があとは見てないから解らない。というところまで話すと、優菜は頷き、息を吐き出してから、

「女の人、と、もめてて、それで」

「女の人は見えた?」

 首を振る。

「名前を聞いた?」

 首を振る。

「声も聴いてない? じゃぁなんで女の人だと?」

「だって、笠田先生、女呼ぶとき、あ、女性。女性を呼ぶとき名前を呼ばずに君っていうのよ。君。君たち。とかって。男はお前っていうの。お前らみたいなクズにってよく言ってる」

「名前を呼ばず、君にお前? それでよく、今日の仕事を手伝わせれたね?」

「そん時は、坂本君。って呼ぶの。変なジジイよ」

 真由の言葉を増田先生がとがめる。

「なるほど。じゃぁ、その時も、君。と言ったんだね?」

 優菜が頷く。「あたしは聞こえなかったけど」と真由が言う。

「君のことを理解してるんだ。とか、そういうことは辞めるんだ。とかそんなことを言ってて、あぁ、なんだ、一応先生らしいことするんだ。と思ってたら、だって、説得してるんだって思ったから。そしたら、急に、何をするんだ。って言って、あ……」

 と言ったきり優菜は口を開けて放心状態となり、涙をこぼした。

 カウンセラーらしく増田先生は、これ以上は。と手を上げたし、あの状態で聞けることもないので立川は立ち上がる。

「君は、まだ、大丈夫?」

 青田に聞かれ真由は頷く。

 増田と優菜は別室に行くと、青田が質問を続けた。

「今から言う人の中に辞めた人は居る?」

 と笠田の机から見つかったリストを読み上げる。

「最初の何十人かは知らない。えっと、リエコ? その人なら一回生の時、G.W前に、辞めて行った。辞めるときに友達に、「しょぼい、あのくらいの金で落とし前ってあり得ない」って言ってるの聞いて、誰かともめてお金せしめたんだなって思った」

「どの子?」

「えっと、あぁ、これ、田中 理映子。で、あれ? この子も、辞めたよ。なんだ、バツしてんじゃん、ほぼ辞めてるよ。あたしが知ってる子は。そう、このバツしてる子。でも、この(リストの)上とかは知らない。え? 何、おばちゃんも入ってんじゃん」

「おばちゃん?」

「あぁ、えっとね、ゼミの教室の中だけのあだ名。この先生ね、自分はえらくないから、ゼミ中だけはおばちゃんと呼んでいいって。でも、教室出ると、生徒の品格を問われるから、一応先生と呼べっていう変りモノなの、」

 真由がそういうと、三上先生がその背後からリストを見る。

「あぁ。そうですね、変わり者です」

 金田一華にバツは付いていなかった。

「バツがないということは、辞めてはいないですね」

「ええ、今のところは、」

 三上先生の嫌そうな言葉に、真由が小声で、

「二人とも嫌いあってるから」

 と言った。三上が咳払いをしたので真由が舌を出す。

「君はこの先生の授業もとってるの?」

「違うよ。友達の彼氏がね、で、そこの男子と合コンした時にそういう話しして、笠田先生より断然面白いって思ったけど、」

「変人ですよ。ただの」

 と三上先生は言い捨てた。


 教室を出てから、「このリストに載っている生徒と話をしたいのですが、大丈夫でしょうかね?」

「高橋さんが言ったように辞めた生徒もいるでしょうから、事務局で確認をしたのち、在校している生徒になら。ですがね、刑事さん、生徒には、」

「解っていますよ。このリストが何なのか聞くだけです。とりあえず、この先生に会いに行きたいのですが?」

「俺が案内しますよ」

 不意の声に全員が振り返った。佐竹 拓郎だった。さわやかに登場し、

「別につけていたわけじゃないですよ。これ―学園祭の許可書―をもらいに来たら話してたんでね。ちょうど事務長が先生を探してましたよ」

 と言った。

 三上先生は拓郎の袖をひぱって刑事には聞こえないような声で、

「要らぬことは言わないように、必要以上に騒がないように。そうでなくても、面倒なことになってるんだから」

 と言った。

 拓郎は首をすくめたうえで、三上先生の後任を任された。

「えっと? どこへ行きますって?」

「金田一先生のところですね」

「金田一? 名探偵ですか?」

 と茶化すと、青田がリストを見せた。

「あ、あぁ。考古学……じゃぁ、北舎ですね」

「考古学の先生は北舎ですか?」

「そうですね。考古学の先生が三、四人いますが、みんな北舎ですよ。出土品の保管用に作った部屋が北舎にあるんでどうしても北舎になってしまうんでしょうね」

「時計塔の上にも倉庫があると?」

「あぁ、考古学倉庫って書かれてますね。入ったことないですよ。というか、北舎自体、数えるほどしか来てませんけどね」

 階段を二階まで昇る。左に行けば他の校舎へ行く渡り廊下や、西側にある教室へ行く廊下がある。右に曲がって二つ目の部屋。Z16号室。階段側は教室名義になっている。戸を叩くと返事がして戸が開いた。

 見るからに男が立っていた。

「先生は?」

 拓郎が聞くと、

「あ、佐竹先生?」

 と男が言うと、その後ろから戸を開けいくつか顔が出てきた。女生徒が興奮して黄色い声を出す。

「先生は?」

 拓郎はその声をあやしながら聞くと、

「多分中庭のテラスですよ」

 と言ったのは最初に顔を見せた男だった。

「えっと、君は?」

 と立川が聞く。

「あぁ、僕は助手の小林です。今、論文の指導中で」

 と言って中を紹介してくれた。

 舟木 アズミ、森本 虎郎ころう、清水 卓人たくと。ともに三回生は、就職活動が長引き、四回生への論文提出が未提出なのだという。

「で、いいご身分だな、君に生徒を押し付けて、先生はテラスか?」

 と言った拓郎に、小林が苦笑いを浮かべながら、

「ちょうど真ん中だからですよ。うちのゼミというか、先生の授業を単位取のためだけに出席している生徒も多くて、先生はテストより論文派で、その提出に南舎活動の多い生徒が、その移動のためにタイムアウトになるのは忍びない。と言って、テラスで待ってくれてるんですよ」

「多分、編み物してると思うわ」

 アズミがその後を引き継いだ。

「おばちゃん先生、なんかベッドカバーがよれてきたからって作るって言ってたから」

「あぁ、言ってた、言ってた」

 と清水 卓人が同調したが、すぐに論文を書いているノートのほうに目を下ろした。

「三階へはまだ上がれませんか?」

 小林が聞く。

「なんか用でも?」

「一応、三階に僕ら助手の部屋があって、荷物が、」

 と言った。夕方までに関係なければ登れるだろうし、もしだめでもいえば警官同伴で取れると説明する。

「それよりも、9時から12時の間此処に?」

「生徒たちはいませんでした。僕は居ましたけど」

 そう言って寝袋を指さす。

「寝ていたと?」

「ええ、論文の添削やらで泊ってて、僕自身も、教員試験の勉強もあって、」

「だから、小林君は臭いのである」

 森本 虎郎が茶化す。臭くないわっ。多分。と言いながら、脇の匂いを嗅ぐ。

「君たちはいなかったと?」

「だって、二時限目からだったんで、一時限目は先生授業だから、相談相手になってくれないし。だから、ここ来たのって、9時40分ごろ? だっけ?」

「そうだね」

「目撃者、……騒がしかっただろ?」

「あぁ、(北舎の)玄関でなんか女子二人が騒いでて、一人は大泣きしてたね。でも、ああいう派手めの人と関わるとろくなことないんで、そのまま上がってきましたよ」

「あたしも、どうせ、彼氏を取ったとか、そういうヤツだろうと思ってたから」

「じゃぁ、その時には、先生たちが来てどうのこうのはしてなかったと?」

 立川の言葉に三人は同時に頷く。

「階段を上がってくるときに急いでいるような人は見なかった? 怪しいとかそういう人?」

「会わないよ。はっきり言えるね。北舎に用がある人って、限られてるから、逆に、北舎に合わない人がいればすぐに気づく。だから、俺たちが三人で上がっている時にはだれにも会わなかった」

 虎郎ははっきりと言い切った。

「部屋に入って、小林君を起こして、そのあと、部屋に先生が来て―あれ誰だっけ? 名前分かんないけど、たしか理科系の先生だったはず―が、出るな。って言ったきりで、そしたら警察官が来て、逆に出て行けなくて、なんか、窮屈な感じ」

「とはいえ、論文を仕上げるにはいい環境だと思うけどね」と小林。

 アズミは舌を出し、「でも、死んだの、生物学の笠田先生でしょ? なんか、同情できないんだよね」と言った。

 森本と清水が同時に何度もうなずく。

「あたしは直接被害ないけど、」

「俺、遭ったよ。普通に自転車停めたら、お前どこ停めてんだーっていきなり怒鳴られて、三回生のところだって言ったら、黙って向こう行った。何だ? って感じ」

「あぁ、男にはお前って見下すよな、」

 そうそう。と男子は頷きあう。

「気持ち悪いのよね、上から下、下から上って見ながらしゃべるの、特にスカート履いてると、意味なく近づいてくるっていうか、」

「公開痴漢じゃん」

 三人が笑う。

「授業を受けていたり、他に何かなかった?」

「別にないですね。関わりたくない先生だったから」

 他の二人も同意見のようだった。



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