負け犬(第91回 使用お題「荷物は一つだけ」)

 ある独裁国家で、要職にある閣僚が突然更迭された。その発表と同時に、引き継ぎするいとまもなく官庁からも追い出されてしまった。しかも、何も持ち出されないように、徹底的な身体検査を行った上で、だ。屈辱的な扱いだが、異議を申し立てれば独裁者がそれをどう解釈するのかは目に見えている。閣僚は無言で従うしかなかった。

 官庁を出た閣僚は、唇を噛みしめ俯いて歩いた。少し唇が切れたようだが、それを気にかけてもいられない。

 手荒く己を制さなければ、高笑いしてしまいそうだからだ。

 あの独裁者がいつなにを仕掛けてくるか分からない。こんな時のために、準備はしていた。

 放り出す自分にX線検査までした努力は認めるが、詰めが甘かった。

 靴の踵の中に常に隠し持っていた、独裁者の不正の証拠を写したマイクロフィルム。ほとぼりが冷めたら、海外に亡命してこれを公開するつもりだ。

 それまでは、命を惜しんで、負け犬の罵倒も甘んじて受けようではないか。

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