第7話『詩織のメメント・モリ』

時計台にたどり着く。百夜は少し歩き疲れたのか、どっかりとベンチに腰掛けた。私もその隣に腰を下ろす。


「うろ覚えだから…下手くそでも笑わないでね…?あと…音痴だし…」


「そんなの気にしないよ。わたしは、詩織の奏でる曲が聴きたいだけだから」



アコースティック・ギターを太腿に乗せて、潮風に錆びて切れてしまった弦を取り替える。チューニングを済ますと、さきほど買ったばかりの、赤い涙みたいなピックを持つ。


「じゃあ…弾くよ」


まずは『少年少女』

切実で泣きたくなるような現実を若者たちが生き抜いてゆくさまを、リアリティたっぷりに描いた楽曲だ。


唄えば歌うほどにこの曲は、胸を締め付ける。

それでも百夜に聴いてほしくて、最後まで歌い切った。



「いいね。いまの詩織にぴったりだ」


無邪気な笑みを浮かべながら拍手を送る彼女。

少しだけ自信がついた私は、次の曲に取り掛かる。



『たられば』

その通り、作詞者がたらればを絞り出した楽曲だ。

そのメロディーも魅力的だけれど、なによりその優しい願いが心を打つ。


涙は出ないけれど、泣き叫ぶように弾いて唄った。

優しすぎる作詞者の願いを、無遠慮に代弁した。


「…………いい曲だね」


「……うん」


「どうして泣きそうな顔してるのさ」


「だって……自分以外に聴かせるために歌ったの初めてだから。それが、こんなに、幸せな行為だなんてしらなかった」


「そっか…。詩織には、まだまだ知らない幸せがたくさんあるんだ。それはそのへんに転がってるかも知れないし、背伸びしても届かない所にあるかもしれない」


「……でもね」


珍しく真剣味を帯びた表情で彼女は語る。


「不幸のどん底にいたとしても、希望が一筋も見えなくとも。生きる意味なんてものは、いつだってつくれるものさ」


「……っと、柄にもなく説教じみたこと言っちゃったね。さて、と……次はどっちに向かう…?」


「…………中学校」


「ほおー…どうしてそんなとこに?」


「私は中学校のとき、不登校だったんだ。だから、死ぬ前に、一度見ておきたくて。トラウマだらけの場所なんだけどね」


百夜はトラウマについて訊いてこなかった。

ただ、こくりと頷いてベンチから立ち上がった。




一体……私たちは、どこへ向かうのだろう。

旅の終わりが死でしかないなら、その旅に意味はあるのだろうか。


そんなことを思いながら、私はギターをケースに仕舞った。


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