第4話『苺サンドは美味しいんだぜ。』
途中、コンビニに寄った。百夜は自身をも選択的に透明化できるらしく、黒装束の女性を連れて入店しても何ら怪しまれることはなかった。
近くの公園のベンチに座る。まだ早朝だ。スズメのさえずり以外は何も聞こえない、閑静な住宅街の朝だ。
「……死神ってお腹すくんだね」
「そりゃー空くさ。餓死はしないけどね」
「じゃあ返してよ、私の苺サンド」
「……美味しかったよ、ごちそうさま」
にまり、と満面の笑みを浮かべた白夜。
「そっか……まあ…美味しかったならよかったよ」
あんまり美味しそうにかぶりついたものだから、満足げな彼女の表情に私の頬はすこし弛緩していた。
「さて…腹ごしらえも済ませたことだし。詩織は、夢とかないの?」
「教師や親に無理やり搾りだされた夢なら持ち合わせてるけど……あいにく、本物は持ってないかな」
「ふーん……」
「女の子は子供を産むことが一番の幸せだー!とか、言う人いるじゃん…?」
「いるね」
「私さ、反出生主義なんだ……」
「ハンシュッショーシュギ?」
「ああ…えと…つまり、生きることを強いるのは残酷だから、子を為すことは罪深いって感じの考え方」
「なるほどねー、それで、詩織は女の子の究極の幸せを味わえない、と」
「そういうこと……」
「でもさ、幸せなんて小さくたっていいんだよ。塵も積もればなんとやらってね」
「例えば……さっき食べたこれ」
「苺パン……の空袋……」
「そんな恨めしそうに見つめないでよ…照れちゃうから」
「百夜……マゾだったの…?」
「ふふ…確かめてみる…?」
早朝のベンチの上。
清潔な空間になんだかやらしい空気が澱む。
「……冗談だよ。私が言いたいのはね…」
「私は、あの苺パンがとっても美味しくて、とっても幸せだった、ってことだよ。ふわふわでほんのり甘くて温かいパン生地に、たっぷりの生クリームと甘酸っぱい苺のハーモニーといったらもう」
「ああ…わかったから。つまり……幸せなんてそのへんに転がってるって言いたいの…?」
「だいたいそんな感じ。幸せを幸せと思えないのが人間なんだけどね」
神にでもなったような視座で彼女は言う。
その余裕に少しだけムカついて、死神も一応神か……と思い直すことにした。
さて…次はどこへ向かおうか。
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