第3話『人生のパレット』
「生きなきゃいけないって……具体的には?」
「…んー……生きることを楽しめ、って感じかな」
夏草の生えたあぜ道を死神と歩む。なかなか新鮮な体験だ。
蛙の鳴く声がなんだか寂しげだから、“死神だろうと隣を歩む人が居てくれるのはいい事だな”と素直に思った。
先ほど自分の一番きたない部分を見られたせいだろうか。私は私が思う以上に、この死神に心を開いているのかもしれない。
「いわゆる……友達とカラオケだとか、旅行だ記念撮影だとかそういうの?」
「ずいぶん嫌そうな顔して言うね、そのとおりだけど……そのとおりじゃない」
「……?」
「……たとえ話をしよう。きみの人生に色が無いとする」
「うん」
「それに彩色を施すのが、きみのこれからの仕事だよ。死ぬまでの、ね」
「…………何色でも、いいってこと…?」
「だいせいかい!そゆことっ」
ご機嫌に歩く死神とは対照的に、私の眉根には深い谷が刻まれていた。
…………わたしの楽しみとは、何だっただろう。
……それがわからないから、死にたかったんじゃないか。
「ねぇ……私のパレットには色が無いみたい」
「そっかー。それじゃ、今から旅をしよう」
「……旅って……わたしなんの準備も、」
「人生だって命がけの旅なんだぜ?」
「旅をするのに、いのち以外は必要ないよ。友達とかカメラなんかもいらない」
「死神に命はあるの…?」
「痛いとこつくなー……いいからほら、どこ行くか考えて!」
「えーと…じゃあ…」
こうして旅が始まった。
死ぬまでの旅路で、私はどんな色を拾って行けるだろうか。
「そういえばキミ、名前なんていうの?」
「……詩織。死神さんは?」
「んー……ブラウン…は男っぽいな」
「……ビャクヤ。百夜でいいや」
「自分の名前なのにずいぶん適当に決めるんだね」
「ふふ、名前なんて名前でしかないんだよ」
「そうかな……」
「……そうだよ、きっと」
彼女ーー百夜にしてはめずらしく、そう、哀しそうな声で呟いた。
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