TAS…ツールを用いた、ゲームの超絶プレイ。人間では不可能だが、理論的に確率上は可能。TAS≠チートとされるが、無双する点は同じ

 三日ほど、朝から晩まで野原を駆けずりまわったが、俺が稼げた経験値はわずか三十二だった。正確には三十二・八。

 デネブも、エリース付近のモンスターではレベルが低すぎて強化にならない。とどめを俺に譲っているからなおさらだった。

 こんなペースでちんたらやってたら魔王倒す前に寿命がきちまうぞ。よぼよぼで杖ついてる勇者とか絵にならない。

 正攻法じゃ無理だ。低レベルクリアとか縛りプレイとかTASチートとかの邪道でいくしかない。

 ――いや、それも無理か。

 ああいう人間離れした攻略って、ゲームシステムに深い知識があるから、特にTASはツールがあるからこそ成立する。この世界についてろくに知らず、チートスキルだとかまったく与えられていない俺になにができる。


 いつもの酒場で晩飯を食っているときにデネブが提案した。


「思いきって次の街に行ってみましょう」


 さらさらの黒髪とピンクデカリボンをゆらして魔法少女は力説する。

 この辺で鍛えるには限界がある、俺の動きはよくなってきているので、もう少し強いモンスターでもカバーできると思う、新しい街で次の使徒に出会えれば一段と戦力が増す――

 やっと慣れてきたエリースを離れるのは不安やもの寂しさがあったが、勇者らしくないことは言ってられなかった。このままやっててもらちがあかないのは確かだ。

 行くか、と景気よく豚肉にフォークを突きたてた俺に、デネブが、はいっ、と元気よく応じた。



 翌朝、旅だつ前に酒場へたちよった。

 早い時間はいつもがらんとしている。夜の喧騒が嘘のようだ。

 カウンターの受付のお姉さんに、いろいろと世話になった礼を述べた。


「寂しくなるわね。そうだ、ささやかながら餞別をあげる。耳を貸して」


 餞別? なんだろう、と耳を寄せた俺の頬に、ちゅっと柔らかい一撃が見舞われた。

 うわあっ、と俺は跳ね上がる。


「ハンサムな人にだけ特別よ。旅の幸運を」


 人生、初キッスゲットー!

 お姉さん、童貞には刺激が強すぎるよ、うへ、うへへへ。


「いでででで!」


 足元に痛烈なダメージが加えられた。

 羽つきのピンク色の靴が、見た目とは裏腹の凶暴さでぐりぐり踏みにじる。HPが四分の一ほど減った。

 デネブは、顔が汚れてるので拭いてくださいっ、とぶっきらぼうにハンカチをよこした。もったいなさげに拭うと、薄ピンクの布に、もう少しだけ濃い赤が移った。

 見送るお姉さんはくすくすと笑い、デネブは街から出てもしばらくの間、ふくれっつらだった。

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