異世界の神様、話しかけてくる

 目的の【トーラス】は【エリース】の東にある街らしい。

 草原を切り裂くように、踏み固められた土が地平線まで伸びている。大地と空を分ける線は、ぐるりと視界を囲んでいた。背後の小さくなったエリースを除けば人工物はいっさいない。

 大自然。こんな景色、東京にいたら、いや、日本にいる限り、北海道にでも行かなければ見る機会はないだろう。昨日から人生で初めての経験ばかりで目が回りそうだ。俺のなかで確実になにかが変わっていく音が聞こえた。


 のどかな道のりだった。

 モンスターを警戒していたがまったく出没せず、小一時間も行くと俺はすっかり気を抜いていた。のぼっていく太陽が少しずつ影を短くするだけ。それ以外、まったくなにも起こらない。平和そのもの。

 交通もほとんどなかった。一度、一組のパーティーとすれ違ったのみ。歩くかったるさを除けば楽勝、まさにおつかいクエストだ。JRとか私鉄があればもっとおいしかったな、と含み笑いをしていたときだった。


『ようこそ、アンティクトンへ』


 えっ? えっ? なに今の? なに?


 なんの脈絡もなく声が聞こえて、俺はびくっと身構えた。

 辺りを見回す。人影はない。渡る風に揺らめく緑の草と、前後に伸びる道があるだけだ。

 え、誰、誰? なにこれ怖い。


『我はこの世界を司る全能の神なり』


 うわ、また聞こえた。じいさんっぽい声だ。

 幻聴? いや、把握した。これ、糖質的なアレだ。異世界にいるとか思い込んでるだけだったんだ、俺。ヤバい。俺史上、最もヤバい。


『幻聴ではない。おまえは我がこの世界に転生させた選ばれし勇者――』

「あのすいません、幻聴の人。俺の考え読むのやめてもらっていいですかね?」

『おまえは勇者として魔王を討つ宿命を背負っているのだ』

「えーと、勝手に話進めるのちょっと待ってもらえます?」

『旅のゆく先々で【勇者の使徒】と出会うであろう』

「もしもーし、話聞かない系の幻聴ですかー?」

『うるっさい、おまえこそ話を聞けっ』

「なにいきなりキレてんだよっ、幻聴のくせして」

『わしは神だと言ってるだろ』

「神なら証拠見せてみろ証拠。はい、出せませんー。論破ー」


 俺の煽りをぶった斬り、言語化できない悲鳴に変えさせたのは、目をくらませる強烈な光と、巨大なドラム缶を大地に叩きつけたかのごとき轟音だった。

 俺は、あわわわ、と腰を抜かし、道にへたり込んだ。

 目の前で、草が直径三メートルほど黒焦げになりくすぶっている。文字どおり、青天の霹靂へきれき


 ――やべ、幻聴のやつ、本当に神だった。

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