序論 3

「そういうわけで私は今、非常に機嫌が悪い」

「どういうわけ!?」

 話は食堂に戻る。さっきのは回想だ。みそ汁も飲み終わり、他の学生も各々の場所に散っていったころ、私は先ほど感じたばかりの怒りをショウコ(仮)にぶつけていたのである。

「君はどう思う。私は確かに不出来な学生かもしれないが、一個の確立された人格なのだよ。

 それを指導教員の立場を利用してあれやこれやと、これまでの学校生活に価値があったか無かったかなど、脅しもいいところではないか。しかも、あれは絶対に興味本位で訊いているに違いないぞ」

「うーん。まあ、半分はそうかもしれないけど、あんた自身結構変わってるしね。

 フミちゃん先生にとっても世話のし甲斐があるんじゃない?」

 かの女史は、フミカという名前らしい。フミちゃんというなんとも古風な愛称で呼ばれている。わかりやすく最近の時事とジョークを織り交ぜつつ充実した講義を開くこともさることながら、なにより単位認定が菩薩のように緩いことから多くの生徒に慕われているのだそうだ。それでいいのか大学教育。

「あんなのが世話なものか。

 それと私は普通の乙女だ。どこにでもいる平均的女子だ。」

「そうかい。まあ普通にもいろいろ定義はあるけど、この時期に部屋に呼び出される学生って相当ヤバいと思うよ。平均から考えたらさ。たしかにどの学校にも一人はいるかもしれないけど」

「時期、時期か。今はいつだ」

 多分、秋口くらいの頃だ。街路樹も赤く染まっていたろう。

「ん? 今なんか言った?」

「いや、なんでもない。そうかそんなにもなるのか」

 学校生活に意味がありましたか? 

 要するにこれまでの生活で得たことは何かと訊かれることになるだろう。多くの人間が何らかの職に就くだろうし、そうでなかったとしても親か誰かに聞かれることになるかもしれない。最低四年も通うのだ。そのくらいは当然かもしれない。

「それにしたって、フミちゃんもひどいこと聞くよね。たいていの学生なんて意味を見出さないまま、適当に就職して、結婚して子供産んで年取っていくだけなのに」

「そうかね。個人個人に焦点を絞ればいくらでもあると思うが」

「ふぅん?」

「まあ理解されるか、されないかは別としても」

「なんじゃそりゃ。哲学?」

「言葉に出来ないレベルで、良し悪しは別として、自由に使える時間というものは経験につながるだろう。息吸ってるだけでも四年間ともなれば消費されるエネルギーはそれなりのものだ。そこから得られる知見も、例えものすごく小さくてもあるはずなんだよ」

「屁理屈じゃん」

「それもまた理屈のうちだろう」

「フミちゃんにはどう返したのさ」

「さっきも言った通り、言葉に出来なかった」

 あれから、根掘り葉掘りと訊かれたが、どうにもいい言葉が出なかった。何度も飲んで味の薄くなった出がらしの珈琲は不味かった。

「じゃあダメじゃん」

「ちなみに来週の月曜にレポートを提出しなければ、指導を降りると」

「ヤバいじゃん」

「そう、未曽有の危機だ。だから相談したい」

「うえっ、アタシにそんな話振るの?」

「ほかに相談できる相手がいない」

「友達少なそうだもんね」

「いや、いるにはいるが、学生の肩書を共有しているのは、もはや君だけだということだよ」

「そこ意地張るとこじゃないから……。分かりましたよ。先輩」

「ずいぶん久しぶりだな、その呼び方」


 卒業まで半年のこの日、私は今までを振り返ることになったのだった。

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