道に纏わらない物語

朝凪 凜

第1話

 道を往く人々。

 石畳で敷き詰められた凸凹とした路面を徒歩や自転車で行き交う人々。

 その道の端には並木が遠くまで続いていた。

 普通であればそこは桜並木となるのだが、近くで毛虫による被害が相次ぎ、住宅街の近くは桜ではなく銀杏いちょうが植えられていた。


 商店街の方へ向かう親子がいた。

銀杏ぎんなんは? おかあさん、銀杏ぎんなんはどこ?」

 まだ小学校に上がっただろうかという頃の女の子が銀杏並木を指さして母親を困らせていた。

「ここに銀杏ぎんなんはないのよ。昔はあったけれど、銀杏ぎんなんが落ちてくると臭いから嫌がるの。理沙は銀杏ぎんなん好き?」

「うん! 茶碗蒸しに入ってるの好き!」

 手で湯呑茶碗を持つようにして大きく頷く。

「そっかー。じゃあ今夜は茶碗蒸しにしましょうねー」

「やったぁ!」

 万歳をして母親の右腕に抱きつきながら飛び跳ねる。

「こらこら、引っ張らないの。転んで危ないでしょ」


 あちらからはサラリーマンらしき二人が歩いてくる。

「課長。この後の商談、どういう風に進めていきましょうか?」

 糊のついたスーツを着た若い男性。その隣にスーツに馴染んだやや白髪ががった男性が歩いている。

「まあまあ、そんな焦らずともリラックスしなさい。あまり視野狭窄となっているとまとまるものも見落としてまとまらなくなる」

「はあ……」

「ほら、この銀杏並木を御覧なさい。銀杏いちょうが実をつけて、すっかり秋めいてきているのが分かります」

「えっ、あっ、はい。そ、そうですね……。(銀杏ぎんなんはないですよこの木々には!)」

 違うことを違うとは口に出せない若い男性。

「ほら、ここに銀杏ぎんなんが」

 足元にあるものを取ろうと歩を止める。

「えっ、あるんですか!?」

 驚いてまじまじとその場所を見つめる。

「…………よっと」

 石の隙間から拾い上げた。

「サクランボの種でした……」

「ぶっ! ――す、すいません。つい」

 笑いをこらえられなかった男性がすかさず謝る。


 建物の塀の陰にある銀杏いちょうの根元に高校生くらいの女の子が掌を膝に当てながら木の裏をまじまじと見つめている。

「あなたは何故こんなところにいるの?」

 木に向かって話しかける女の子。

「大丈夫、ちゃんと分かるよ」

 うんうん、と頷きながら

「今日は私のお話。今日はね、昼休みに校舎の踊り場で知らない男の子から告白されたの。『入学式の時から気になっていました』って」

 滔々とうとうと語り始め、彼女の周りを避けるように人が通り過ぎていく。

「その知らない男の子は……名前聞くの忘れてた。で、告白されたから、聞き返したの。『あなたの後ろにいる子はずっと横に首を振ってるけど、いいの?』って。そうしたら男の子が勢いよく振り向き、すぐに向き直って『え? 誰の事?』って訊いてくるの。だから私はこう言ってあげたの。『何? 見えないの? あなたのことを見守ってるんじゃないかしら。草葉の陰から』って。すると『草……?』って首をかしげながらもう一度後ろを向いたから、言ってやったわ。『ほら、天使のような笑顔であなたを見つめている女の子』って。そう言ったら走って逃げて行っちゃったわ。あの子とはお話ししたかったわ」


 この並木道には色々な人の色々な想いが詰まっています。

 笑い声が響き、子供たちの叫び声が響き、大人の叱る声が響く。

 そうしていつまでもこの並木道が終わることなく人々の道として残り続けていくのです。

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道に纏わらない物語 朝凪 凜 @rin7n

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