最終回 第二十二話――再開、そして成熟。恋せよおデブちゃん!――
洞窟内を駆け、ほぼ崩壊しきった穴を滑るように下れば長さが長さなだけ短く、すぐに地面に降り立てる。
最初の際にこの場に降り立ったときには壁同様にとても堅いものであったばずなのに、ブラドが暴れていた影響か地面は掘り起こされ簡単に足跡が付くほどの雑土になっている。
「……カレス」
顔を上げ、目の前にそびえる丘を見上げ、十字架の真似をしたような木に括りつけられたカレスを目に収めれば、途端に声が小さくなる。
鎧は見るも無残に破壊尽くされ、肌を覆う服さえも強姦をされたと疑うほどに剥ぎ向かれており、腹部に彫られた刻印が痛々しく目立っている。
「早く行くぞユキア!」
「あっ、あぁ……」
喉に何かが詰まる感覚がある。
きっとそれは――。
なぜ俺は大丈夫と、カレスが無事であると考えていたのだろうか。
なぜ俺は大丈夫と、高をくくっていたのか。
「……踏み出せないの?」
「ノレン、さん……」
お見通しだなぁ、と思ってしまう。
カレスとの色恋についての相談を頼む中であるが故、カレスに抱く思いのことはまるでカレスと同じ能力があるのではないかと思うほどだ。
「俺は一番思うはずの人を、一番蔑ろにしていた、んですか……」
戦闘という非日常の中で溢れる高揚感のなかで、胸の中心に置くべきカレスをさしおき、自らが楽しいと思えるような空間で、自分が一番重要になってしまっていた。
「もう。ようやく気付いた?」
「……はい」
「調子が良くなるのはいいんだけどね。それと調子に乗るとはだいぶ意味が変わってくるんだよ?」
叱ってくれる。それだけでなぜか心にかかる重荷が取れていくような気がする。
流される。
流されたい。
でも。
流されちゃダメなんだ。
「説教はあとで幾らでも受けます。だから今は。俺はカレスのところに行きます!」
「ユキアさん……」
まっすぐとノレンを見つめれば、叱るためか少し強張っていた顔をいつものように緩ませ、微笑を浮かべる。
「よろしいです。それでこそ男。カレスさんに似合う男ですよ!」
頭を撫でられる。
ガストやヤマトといったガサツなものや乱雑なものとは違った、髪の毛の流れに沿わせるように、そっと撫でてくれる。
女性の手だけあってか、ヤマトは除くとしてガストのように肉刺が出来ていたり乾燥していたりなどはしておらず、柔らかく温かい感覚が頭に乗っかる。
「顔が緩んでますよ。これでは浮気ー! って言われちゃいますよ?」
「それはっ、まずいですよ!」
「ふふっ。では行ってください。もう、行けますよね?」
「っはい!」
強く頷けば、体を翻し丘に向かって走り出す。
「っちょっと待ってください!」
ことは出来なかった。
「どど、どうしました!?」
前のめりになり倒れこみそうになる体をどうにか支えれば、降り返る。
するとそこには、握りしめた手をこちらに差し出してくる。
「ん?」
意味が解らず疑問の念を浮かべてみれば、ユキアの前でそっと手を広げて見せる。
「これ。さっきのところで落ちてたの。カレスちゃんのでしょ?」
広げた手に出てきたのは、ユキアが少し前にプレゼントをしたはずの、グレムリンのペンダントのネックレスがあった。
広げる中指の先にネックレス部分を賭けているので落ちることはないが、左右に揺れてとても不安定な状態だ。
「外れちゃったんなら、もう一度君の手でかけてあげなきゃ」
「っわかりました!」
異性へのネックレスのプレゼントがどういう意味があるのか。それを知ないほどユキアは青くはない。
カレスが攫われたということもあって、その思いは強まるばかりだ。
少し強めにノレンからそれを受け取れば、先ほどの意気の消失しきったものではなく、しっかりとした足取りで丘を登り始めた。
「ごめんみんな。ちょっと待っててくれ」
ヤマトたちに旨を伝えることはしないが、それでもヤマトには伝わったらしく、丘を下っていく。
ハルフィラもそれについていくが、生憎のアレスだけはその場に残る。
「ギルマス。止めるのは、今しかないのかな?」
「止めるのは……今しかない」
「だったら……だったらその手を離してくれよ! 俺は今あいつを止めなきゃ、止めなきゃいけないんだよ……っ!」
焦りと悲痛の混ざった顔をしたアレスを、ヤマトは服の裾を摘まみ、行かせまいとする。
摘まむその手にはアレスを拘束するほどの力が入っていないことは明らかだが、それでもアレスは振り払おうとはしない。
「お前は、アレスは遅かったんだ。チャンスなどは、目の前に現れることなく過ぎ去ったんだ」
「なん、だよそれ……そんなのって、酷すぎじゃないかよ」
アレスの握る拳が震えれば、自然とヤマトの摘まむ手にも力が入る。
だが、それはアレスを止めるものではなく。
己の思いを伝えるためだ。
「その思いを向ける相手が、私であったらどれほど良かったことか」
ヤマトの呟く言葉は風に攫われアレスに届くことはない。
アレスの拳も、自然と力を失い、果てには腕を力なく下へと垂らすまでだ。
「何をしたって。どうしたって……俺は姉貴には選ばれないんだから……」
気持ちを取り換えるように大きく深呼吸をすれば、憔悴しきった暗い顔は止め、いつものどこか調子ついた顔にする。
「ほらギルマス。あとはユキアに任せて、俺らも待とうぜ?」
「あぁ……そうだな」
若干不機嫌を醸し出すヤマトを連れてアレスはハルフィラたちのいる元に行った。
「頑張れよ、ユキア」
敵に塩を送る気分にはなるが、それよりも仲間として応援したいという気持ちが存在している。
嫌な気分じゃない。
だから。
――振り向くなよ。
*
土の感触が嫌に残る中、ユキアはすでに丘の頂きに立ち、そして十字架の
「カレス。目を開けて?」
そっと、頬を撫でてみる。
掠り傷から滲む血が付着するが、それを気にせずにカレスの顔から汚れを拭き取るように拭う。
そっと目元を撫でてみれば、臆病になりびくびくと瞼が震える。
「こんなところじゃ狸寝入りは意味ないよ?」
問いかけてみれば、ほんの少しの時間を置き観念をしたようにゆっくりを瞼を持ち上げる。
完全には開かず、ジト目というものでこちらを睨んでくる。
「なんでわかったんだい?」
「そりゃ、カレスだからってしか言いようがないかな?」
恥ずかしいと思えるような言葉を口にするが、平然と恥ずかしさはない。
ユキアはユキア。カレスは別だ。
目を細めなければ気づかないような変化ではあるが、それでも頬を赤に染め、顔を反らすように俯ける。
「それに。カレスならもう俺の気持ちくらいはわかってるでしょ?」
「……まぁ、一応は、ね」
「俺も。これが自惚れじゃなきゃ、君の気持ちはわかってる」
ユキアもその言葉には恥ずかしさを覚え、続ける言葉が頭から消え、気まずそうな無言が流れる。
それを破るように、思い付いたように言う。
「とと、とりあえず外すね?」
そういうと、ユキアはカレスに抱き着くように腕を回し、背に巻かれた麻縄を解く。
「んっ……ぁっ。ふ、ぁ」
腹部や脇腹などに当たるユキアの腕や体といった部位に、程よく敏感さを持つカレスは、悩ましそうに喘ぐ。
「出来た、かい?」
「あっ、あぁっ!」
慌てるように抱き着く体を離せば、一瞬カレスの体には浮遊感が訪れ、感覚的に緩まる腹部で麻縄が外れたことを認識する。
「あと、腕の方もお願いしていいかい?」
「あぁ。左から外すよ?」
「うん」
背後に回れば、ほんの少し背伸びをしながら手を伸ばして麻縄を解く。
「これでっと。じゃあ俺の肩でも使ってゆっくり降りて」
「ああ。ありがとう」
木から離れるように体を前のめりになり、落下をする前にユキアの肩に手を乗せてゆっくりと地面に降りる。
「さっきの続きだけどさ。俺の気持ち、答えてもらってもいい?」
一歩、後ろへと下がれば、目線を合わせるように腰を下げる。
カレスの綺麗な蒼色の瞳が揺らぎユキアの視線と交差する。
恥ずかしそうに目線を下へと下すが、それでもユキアのことは目に入ってしまう。
「……ボクの気持ちを知っているのにかい?」
気まずそうに。
それでも積極的に。
そして訴えるように目を合わせる。
何で?
いつも君と目を合わせても平気だったのに。
なんで今はこんなにも恥ずかしいんだ。
なんでこんなにも。
嬉しいんだ。
戸惑いの表情を隠せないカレスを庇うように、ユキアはそっと口を開いた。
「返事は、今はいいよ。でも、これだけは受け取ってほしいな」
そう言って取り出したのは、少しばかり形の変形してしまったペンダントのネックレスだ。
ペンダントであるグレムリンの片翼は折れたように途中で無くなり、胴体なども手触りに違和感が残るほどに歪んでしまっている。
「ここに来る途中で見つけた、カレスが落としたやつだよ」
差し出す手から受け取ろうとカレスが手を伸ばせば、それを渡すまいと言わんばかりにネックレスを握りしめ、自らの傍まで引き戻す。
「汚れて、破損もあって。傍から見れば新しいのを買えって話なんだけどさ。これは俺が君に初めて買ってあげたやつだから」
低く落とした腰を上げれば、退いた足を元に戻し、胸板同士が当たるほどの距離まで近づく。
「もう一度、俺に着けさせてくれないか?」
カレスが頬に垂れた髪を耳に掻き上げれば、その際にほんのりと赤く染まった頬や耳が垣間見え、それによって潤む唇や露出した肩や腹部、鼠径部といった部位などの艶めかしさに拍車を掛ける。
「……ぅん」
羞恥に染まる顔で頷くカレス。
了承を得たユキアは小声で「ありがとう」と言えば、抱きしめるように背に腕を回し、そっと背中を押し自らの体に
胸部に圧迫される胸に、想像以上の柔らかさと大きさに驚きはするが、動きを止めることはない。
髪留めがはかいされ、一本に纏めていたカレスの髪は肩などに広がるほどに掛かっており、その髪をかき上げるように腕を通し、そしてネックレスの金具部分をかける。
「これで、いいかな?」
そっと腕の拘束を放し、対面するほどまでに背を曲げる。
そっと顔を見合えば、目が合った拍子に羞恥を覚えたカレスが目を離すために、ネックレスを確認するようにうなじ近くを見ようと首を曲げる。
「うん、大丈夫そうか……」
な、と言葉を紡ごうとした刹那に。
「ごめんっ……」
先ほどの曖昧な重なりではなく。
今度は強固な。
意思を込めての。
抱きしめる。
ギュッとユキアが抱きしめ、首筋に鼻が当たるのではないかというほどに身を乗り出しながら全身で抱きしめる。
カレスは抵抗することも。
その反対の無抵抗でもない。
「ならボクも……ぎゅーっ」
大きな腹部を覆うために、大きく広げた腕で覆うように抱きしめ返す。
顔がユキアの胸に溺れてしまうが嫌な感覚は宿らず、自然と心臓の鼓動をワンテンポは止めて胎動する。
苦しくて、競り上がるような不安があり。
その中にも確かな温かさのある喜びがって。
――あぁ、これが好きになるってことなんだ。
感情を認めようとしなかったカレスが、身に流れを任すように感情を受け入れ、そして口元を緩ませる。
「ねぇカレス。キス、していい?」
耳元で囁けば、くすぐったそうに身じろぎするが腕の抱きしめは離さず。
カレスも少し背伸びをして耳元で囁く。
「いいよっ……」
心臓の激しい鼓動の中、精一杯の声。
腕の拘束が緩み、上半身同士を離せば。
「カレス」
「ユキア……」
見合い、目を細め、顔を近づけ。
唇には未知な感触が奔る。
「んっ……んぁ」
苦しくなり唇を離せば、至近距離に互いの瞳が映る。
片や緊張で瞳孔は開き、片や唇の感触に目の端を緩ませ。
「もう一回……っ」
どちらから言ったのか。
はたまた思いが通じ合ったのか。
同時に顔を引き寄せ、もう一度キスをする。
『姉貴とユキアがキスしたぞ!』
『うるせぇよアレス! こんな時ぐらいは静かにしとけ!』
『なぁギルマスも何かあるだろ! 姉貴とユキアがキスしてんだぞ!』
『アレスさん。今は本当に静かにしましょうね?』
そんな喧騒が耳には入るが、気づくことなく通り抜けていく。
聞こえるのは苦しくて喘ぐ互いの声。
息を吸うために放したときに、残念そうに流れる吐息。
そして、互いに鳴り響く脈打つ鼓動。
「ねぇ、カレス」
気づいた時には何度口づけを交していたか。
正気に戻った頃には大分鼓動は平常を取り戻していた。
だが、そんな程度ではすぐに加速をする。
「俺と――付き合ってください」
ドク、ドク……ドクドクドク。
こんな一言を言うだけなのに簡単に鼓動は加速を開始する。
静寂が。
無言が。
カレスが。
口を開かないことで嫌に口内は乾燥し、妙な緊張が奔る。
たとえそれが刹那の一瞬だったとしても。
恋の炎は揺らぐ。
息を吹きかけられれば揺れ、蝋が垂れれば火の勢いは消え。
大男の内心は、体に似合うことなく小心なのだ。
だがそんな心配を抱くユキアの内心とは裏腹に。
ユキアの告白の刹那にはカレスは口を開いている。
「ボクも好きっ、だから……。ユキア、これからよろしくねッ!」
了承の言葉が流れていた。
――これは小心者のデブな男が、英雄になる為の物語だ。
デブ騎士英雄譚――デブでも成れる英雄譚!―― 朝田アーサー @shimoda192
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます