第二十一話――魔女戦だ! 全てを賭けろおデブちゃん!―― 後編

 「憧れから始まったものでも!」


 手に入れたい。


 「羨望で見ていたものでも!」


 手に入れたい。


 「もう一度笑顔を!」


 咲かせたい。


 「だから超えるんだ! 俺は、壁を超えるんだ!!」


 小心者でデブな俺には、俺のために、なんてことは考えることすらできない。

 それでも、誰かのためなら。それもカレスのためになら。


 俺の全力以上を捧げられる。


 鍵の外され抑止のなくなった力の奔流が体外に溢れる。

 服や髪といったものが激しく靡く。

 瞳孔が開き、虹彩が黒に朱色が加わる。


 「チャージ!」


 自らの魔力で魔女の魔法をおおえば、刀身の中に中に全て入れる。


 「充填リロード・オン!」


 吸収した魔法を刀身の中で反芻をさせ、増強と自分に合わせた調整を行い、発射に備える。

 刀身の中で魔力の奔流が暴れるが、圧倒的な力で抑え込む。


 そっと剣を掲げ、そして振り下ろした。


 「発射ファイヤ!!」


 刀身の振り下ろしと同時に、刀身内で反芻を繰り返し威力の高められた魔女の魔法、土竜の咆哮を同列以上の威力で吐き出す。


 伊達に威力を上げられていない。伊達に命を懸けていない。

 刀身から吐き出された咆哮はさほどの域を超え、アレスの攻撃ですらも片手で事足りていた魔女を動かす。


 「硬質防壁プロテクションでは持たないか……。ならば、典開せよ、我が盾シルト・レーゼン!」


 後ろへ飛び退いた後、手の平に展開した魔法陣から顕現させた盾で押し潰すように、向かう咆哮を上から地面に向けて叩き下ろす。

 ただでさえ威力の高い魔法だ。盾越しで押さえているとはいえ衝撃が消えることはない。腕を隠すように伸びるローブが綻ぶように塵に変わる。


 地面に押し付けられた咆哮は、子供が組み立てたブロックを壊すが如くに簡単に吹き飛び、周辺にクレーターを作る。

 咆哮は弾ではなく、どちらかといえばビームだ。

 地面を壊しただけで収まるほど優しいものではない。

 魔女を引き摺るようにして地面を抉り進める。


 「やったか!?」


 ギルドの一人、ガストが声を上げる。

 だがその期待とは裏腹に、ユキアの内心には未だ根深く畏怖なる感情が刻まれている。


 「これだけで倒されるんだったら、古代種カタストロフィが言いなりになるわけないだろ……っ」


 暴竜ブラドを倒すことですら精一杯だったのに、それを片手で倒して見せた魔女がこれだけで死ぬわけがない。


 どこか期待染みた思いを胸にしまいながら、落下する浮遊感の中で剣を構える。

 その刹那に。


 「典開せよ、降り下る稲妻ブリッツ・レーゼン!」


 曇天が広がり、紫電と煌く稲妻を降らせた。


 「ッユキア!」


 アレスが焦る形相で叫ぶが、ユキアの心は揺らいでいない。

 焦りの色はなく、そして油断の色もなく。


 「完全開放だって、言っただろう?」


 一瞬の刹那を迸る稲妻であっても、今のユキアの目を逃れることはない。

 徐ろに持ち上げた剣で稲妻を纏わせ、電撃がユキアに辿る前にそれを振り払う。


 「子供騙しでこのギルドに敗れるようなヤワはいない!」


 追撃を仕掛けるように立てる砂埃の中で動く影を視認したヤマトが、地を駆ける。

 身体には全て雷は張り巡らせ、一部分だけの電光石火以上の速度で接近する。


 それを視認した魔女は、様子で魔法の執行を止め、防御壁を展開しようとする。


 「っ、多重オーバーテイク硬質防壁プロテクション!」


 焦燥で臆病になった魔女が多重に硬質防壁プロテクションを展開する。

 先ほどの一部分だけに雷を纏わせた状態よりも脅威に感じたのだろう。


 ヤマトが魔女の懐手前、硬質防壁プロテクションまで踏み込めば、一層に魔力を流し雷を激しく迸らせる。


 「一枚が二枚三枚に変わったところで、肝心の強度は変わらんぞ?」


 不敵な笑みを浮かべれば、一瞬で片足を地面にめり込ませるようにして踏み込み、腰を落とす。

 筋肉の筋にまで迸らせた電流で、緊張によって普段ならば動くことのないまでの領域まで伸ばすほどに腰を捻り、捻転力を作る。


 「雷纏・雷脚!」


 鞭のようにしなりながら、足は一瞬にして蹴り抜かれる。


 「……っは?」


 多重に展開したはずの硬質防壁プロテクションは、影を残すこともなく一瞬にして蹴り下され、魔女の体を風圧だけで仰け反らせる。


 「なぜっ、なぜ……なぜ硬質防壁プロテクションがぁ!?」


 意味を成すことのなかった硬質防壁プロテクションが破られたことで停止していた思考を動かせば、次には目の前の脅威から逃れることではなく、なぜ硬質防壁プロテクションが破られたのかという原因の究明に思考を耽らす。

 そんな隙を逃すほど魔女に対する余裕は存在していない。


 「雷刀・紫電・昇り竜!」


 抜刀と同時に、刀身には紫電に輝く電流を纏わせ、加速をしながら魔女を斬り上げる。

 流石は魔女、というべきなのか、魔女の体躯にはどうやら防御系の魔法が施されているらしく、全力で斬りつけたはずの体には切り傷どころか血液一つ滲みはしない。

 だが。その魔法はどうやら先ほどのヤマトの攻撃でとけたようで、薄い膜のようなものが切り上げられたと同時に、四散するように弾け飛んでいた。


 ヤマトは追撃を図ろうとするが、今回の戦闘での雷の肉体酷使により、筋肉などは使い物にはならず。飛び上がろうとした膝から地面に崩れた。

 それだけで、正気を捨てるほどのヤマトではない。

 それだけで、周りを見ることが出来なくなるヤマトではない。


 ヤマト一人に戦闘を任せるほど、ギルドの結束は脆くはない。


 「――ユキアぁ!!」


 「――あぁ、任せろ!」


 握っていたバトンを、ユキアへと渡す。

 それは選手交代だと言わんばかりに。

 それは意思を受け継ぐと言わんばかりに。



 ――止めと言わんばかりに。



 「行けるか倶梨伽羅!」


 『愚問だ。行くぞ、最高出力だ――全てを出し切れよ?』


 「あぁ!」


 この時を逃したらきっと倒す機会は訪れないだろう。

 これを逃せば、きっと誰か死ぬのだろう。


 だが、不思議と怖い感じはない。

 それどころか。


 なんだろうか。

 この胸の奥で燻られる高揚感は。


 なんなんだろう。

 わからない。


 でも。

 わからない中にも確かな確信はある。


 これが――。


 「強化ブースデッド! 天衣、開放奥義!」


 ――望んでいたものだとするのなら。


 「『絶無・倶梨伽羅!!』」


 ――非日常というのなら。





 ――今は少しばかりの英雄だ。





 「『深淵を覗け!』」


 紅や碧、蒼色を通り過ぎ、白の黒の対極する色で彩られた炎が刀身に溢れかえる。

 縦横へと暴れようとする剣を、握りを絞めることで制御し、そして技の初動に入る。


 「薙げッ――」


 暴れる刀身のせいで速度が乗らず、切り裂くほどの力を孕ませていない。

 腕の力だけで足りないのならば、腕以外に頼ればいい。


 幸いに今は地に足の着く場所にはいない。

 重力による落下に体を少し斜めさせ、回転をしながら遠心力で力を増幅させる。


 ――行くぞ契約者!


 ――俺も今そう思ったでござるよ、倶梨伽羅!


 「『――天月!』」


 白と黒に金が加わり、魔女を切り裂く。


 貧相な体に、魔法での防御の剥がれた状態。

 切れぬわけがなく。


 驚き、恨み、怒りに染める顔とともに。

 左右一閃。

 白黒金の炎が、左右に切り離された体を、貪り尽くすように燃やし尽くし、灰と化す。


 「封印なき、地縛なき世界に。地獄あれっ……」


 宙に舞う、ローブの一片までもが燃やされ尽くす。

 灰も。塵も。影もなく。


 勝利と呼べるものだろう。


 死線より。

 誰もが欠けることなく。

 戦い抜いた。


 これを完璧な勝利と言わずと何という。


 瞬時に体に奔るのは、達成感や高揚感。

 勝ったという、唯一無二の優越感。


 「うぉぉぉぉ!!」


 咆哮を高らかと上げれば、地面に降り立ち、転がりこける。

 襲う脱力感に、すでに足腰は立たないが、声を上がる。

 裏返ることはあるが、止まることなき勝利の咆哮。


 「ユキアぁぁ!」


 「ユキアぁぁ!」


 同じ呼び声が二つ聞こえる。

 アレスとヤマトのものだ。


 二人が、勝利の咆哮を聞き、同じく滴る勝利への渇望に、声をあげているのだろう。


瞬時に二人がユキアの元へと駆け付け、そして同じように地面に転がり、宙を仰ぐ。


 「ユキア」


 「勝ったな」


 コンビネーションの合うような会話がユキアを襲う。

 その良さに笑いがこみ上げ、息を吐くと同時に漏れ出す。


 「……あぁ、勝ったよ」


 笑い過度な興奮が過ぎ去ったおかげで、冷静に勝利を受け止められる。

 勝った事実。

 そして。


 「早く、カレスの元に……っ」


 行かなくては。

 いつの間にか、その声を出すことすらできないほどに疲労しきっていたらしい。

 立ち上がろうと手を地面に立てるが、滑るように持ち上がった胴体が地面に叩きつけられる。


 「天衣の完全開放に限界突破リミットオーバーもしたんだ。動けなくて当たり前だろう」


 「そうだぞー。俺でも今回ばかりは動くことが出来ないぜ」


 アレスを手を宙に掲げて見せれば、気力の残っていない様子を表すように、力なく地面に倒す。


 「おーいユキア! 大丈夫か!」


 遠くから反響するようにガストの声が聞こえる。

 その声に、ヤマトとアレスの不満が耳に入る。


 「ユキアだけ……」


 「薄情な奴め」


 二人が苦言を呈す中、ガストたちが小走りで向かってくるのがユキアの目に映る。


 「お前らも無事か!?」


 こちらの様子を伺えたガストたちは、焦った形相を止め足も談笑を混ぜながらもゆったりとしたものに変える。


 「なぁノレンさん。あういうのって何て言うんだ?」


 「うーん……青春、ですか?」


 逡巡の末に出した答えにハルフィラが気まずそうな笑顔を浮かべる。


 「それよりもユキアくん。はい、ポーション」


 「えー、魔法じゃダメなんですか?」


 ポーションを顔に突き出されたユキアが、嫌そうに顔を歪ませる。

 苦いものと言えばポーション、ポーションと言えば苦いものとばかりに言われるものより、ほとんど同じ効果を持っている苦みのない魔法があるのならば、そちらを望むのは仕方ないことだろう。

 だがユキアの願いは届くことはなく。

 ハルフィラは否定するようにため息を漏らす。


 「ただ傷を癒すだけなら魔法でもいいんだけど、今回の場合は体力の大部分が失っちゃってるから、魔法じゃなくてポーションの方が効率がいいのよ」


 それに早くカレスちゃんのところに行きたいでしょ? と続けていえば、ユキアの手にポーションを握らせる。


 「好き嫌いがだめとは言わないけど。そろそろユキア君の中にも罪悪感が生まれてきたんじゃない?」


 「……バレてた?」


 お道化た顔で返せば、ムっとさせた表情のハルフィラが「当たり前だよ」と言ってくる。


 どこが当たり前なのかということは置いておくとして、ユキアの中に罪悪感が生まれたのは紛れもない事実だ。


 本当は早く駆け付けなければいけないのに。

 心が動けと嘆いているのに動けない。


 曇天は晴れ、一条の光は道となり未来が在るのに。


 それを辿ることが出来ないのは、この体のせい。


 「期待はしていない」


 「……っ」


 突然のヤマトの戒言。

 あまりに突拍子なもので同様の色が隠せない。

 でも。


 これはわかっていたことなのかもしれない。


 身の丈に合わなくて。


 凡才を隠れ蓑として。


 仲間との劣等を隠すように明るさを振り撒いて。


 それでも内心は騙せなくて。


 戦闘の最中にも過る羨望とは違った、嫉妬。


 焦燥に駆られ、嫉妬を孕んだ剣を持ち。


 投げたいと思う時も。


 続けた理由があったんだ。


 「それでも私はお前には信頼は寄せているし、親愛を寄せている」


 信じたい理由があったんだ。


 決して曲がることはなく。


 決して裏切ることははく。


 友と。仲間と。戦友と。家族と。


 感じることが出来たからだ。


 「ギルドにもお前がいなくてはいけないんだ。そして、なによりも」



 ――お前がいてこその『非日常』なんだろう?



 あぁ。

 あぁそうだよ。

 それが俺なんだ。

 飾ることも強がることも必要ない。

 弱みを見せてもよくて。

 わがままでいてもいい。


 それがこの場所、非日常だったんだ。


 「こっからは、俺が先頭だぁ!」


 「よっしゃ来た! それでこそデブ! それでこそユキアだ!」


 咆えれば、大変失礼なことを抜かしやがるアレスが、立ち上がればユキアに手を差し出してくる。

 同様にヤマトも、二人ともすでにポーションを飲んだのかしっかりと地に足を着けてこちらに目を向けてくる。


 ユキアはその目に込められた高揚感を感じ取れば、弾かれたようにポーション瓶の先端を折り、吸うようにポーションを口に含む。


 飲み切れば、瓶を辺りに投げ気味の良い音を立て、アレスの手を握り起き上がる。


 「行くぞお前ら!」


 冷めきってはいない節々を動かせば、異常のないことを確認し走り出す。


 「行くぞ革命軍! 仲間を救いだすんだ!」


 『おー!』

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