第二十話――魔女戦だぞ! 全てを賭けろおデブちゃん!―― 前編

 魔法使いを模るような先の尖がる帽子は、使い古されたように歪な形に垂れ、マントは擦り切れるように埃を被り、所々に穴を開いている。

 肝心の魔女本人はやはりというべきか、肌はくすみ、シワが深く刻まれ、頬などは完全に垂れ切っている。

 老婆を通り越し、なぜ動けているか、なぜ生きていられているのかと疑うほどに歳を喰らっている。


 「ユキア。もしかしてこれはルキの言う通りだったって感じか?」


 薄く濁る球体のようなものに閉じ込められ、一瞬にして押し潰されたブラドに囚われていた意識を持ち直す。

 魔女の方を見てみれば、たしかに見覚えのあるマントの奥に見えたくすむ肌に、荒れた眼光。

 まさにその通りだと訴えるように、既視感がユキアを捉える。


 「そうだな。いや、そうですな」


 「お前はこんな時でもそのキャラ続けるのかよ」


 呆れたようにアレスに言われたが、到底止めることは出来ない。


 心は熱く。だが思考は冷めて広く。


 戦闘に特化した作りをするためには、このように語尾を変えたりなど、おかしなことをする他ないのだ。


 そんなことを考えていれば、水を差すようにヤマトの言葉が飛んできた。


 「ルキのどうたらとは、なんだ?」


 その方を見てみれば、すでに変身は解き、魔女に刀を構えるヤマトがいた。


 「あぁ。それはこの前俺とカレスとルキで散歩に行ったとき、ルキがぶつかった人のことだよ。そのお詫びとしてカレスのお手製弁当をあげて……それで昼飯は適当な店のになったけど」


 愚痴を漏らせば、ノレンは小突いてくる。


 「そんなことばかり言ってるとルキちゃんが泣いちゃいますよ。それに新しいバケットを買いにデートに行けたじゃないですか」


 「デートって。そんなんじゃないし。それにカレスの方は本当にただの買い物だと思い込んでたし……」


 「でもネックレス、プレゼント出来たんでしょ? あの後カレスちゃん、私の部屋に来て嬉しそうに自慢とかしてたよ」


 「本当に!?」


 「なんで嘘を吐く必要があるのよ」


 その事実に胸を躍らせたユキアが、身を乗り出すようにノレンの肩

 を掴む。

 少し驚いたような反応をするが、やはりギルドでのみんなのお姉さん。特に焦ったような様子は見せずにあやすような口調で言う。

 それを気に食わなかったのか、今度はガストが水を差すように膝を腰にぶつけてくる。


 「ンごふっ!?」


 強化魔法でも使用していたのか、腰を反らすようにくの字で飛ぶ。

 その行為に対してノレンがガストに礼を言えば、恥ずかしそうに顔を反らしてユキアへと歩む。


 「っけ! 今は敵の前なんだよ。そんな余裕ぶっこくんじゃねぇよ」


 「余裕なんて……ないけど、気は抜けてた。あんなやり方じゃなかったら感謝くらいはしたかったよ」


 「そうかよ。ほら、ヤマトが勝手に始めちまうぞ」


 ガストに言われたようにヤマトを見てみれば、その瞬間に飛び出した。

 地面を蹴った瞬間に、その速度に体を引っ張られるように背を反らす。

 そして魔女に近づいた途端に、片足を地に着け、更の加速を手にし、そして蹴りを出す。


 「雷纏・雷脚!」


 速度の乗ったまま、それは蹴る、ではなく、伸ばした脚でぶつかるようなものだ。

 足だけに全ての雷を纏わせ肉体の硬化を図り、鋼のように固める。

 標的を魔女に定め、思いっきり蹴り抜く。

 だが。


 「防御魔法、硬質防壁プロテクション!」


 魔女が細く呟けば、ヤマトと魔女の間に透明な壁が生まれる。

 障壁にヤマトの脚が当たれば、衝撃波が壁に弾かれるように平面に広がり、一瞬にして加速が止まる。

 ヤマトに蹴られた硬質防壁プロテクションは、割れることはおろかヒビが入ることすらなく、動くことも揺れることもない。


 「っく……やはり甘くはないか」


 硬質防壁プロテクションから足を下すように浮いた体を地面に下せば、今度は逆の脚に雷を纏わせ、横薙ぎする。


 「っはぁ!」


 腰からの捻転力が存在するため、先ほどよりも力がこもる。

 それを硬質防壁プロテクションに真横から当てる。


 「解除」


 だがその一言で硬質防壁プロテクションは姿を消し、ヤマトの蹴りは魔女にも届き仕舞いで素通りする。

 ヤマトは力いっぱいに蹴りを放ったため、簡単に体制を崩し隙を晒す。

 それを逃さぬように、魔女は口早に魔法を唱えた。


 「硬質防壁プロテクション・突!」


 先ほどと同じの硬質防壁プロテクションを、槍みたく突き進むように展開する。

 足を振り切り無防備になったヤマトの脇腹に硬質防壁プロテクションをめり込ませる。


 「ガッ!?」


 吐血こそしないが、喉ら競り上げてきた胃液が噴き出される。

 腹部にめり込んだ硬質防壁プロテクションに遅れたように慣性が働き、吹き飛ぶ。


 「呑み込め、土竜の咆哮!」


 きっと本物の土竜の咆哮を魔法として置き換えたものだろう。

 魔女の軽く掲げ上げた手先には魔法陣が顕現し、その中からヤマトに向かい、土竜さながらの重圧の纏う咆哮を吐き出す。

 それは砂や土、石といった、地中ならば無限ともいえる資源を収縮し放出したもので、その密度も土竜そのものだ。

 そのようなものが今のヤマトに当たれば、骨が折れるどころではなく、四肢の一本や二本は簡単にちぎれてしまうほどの威力がある。

 生憎と今現在はヤマトの体内に生成されている雷はすべて足に集中しているため、周囲に張り巡らせ高速移動するのは不可能だろう。


 「っユキア! さっさと行くぞ!」


 「っああ!」


 ユキアとガストはほぼ同時に動き出す。

 強化魔法で強化されたガストの脚力は魔女の魔法がヤマトに当たる前に辿り着き、救出する。

 ユキアは、直線的にがら空きになったラインを突き進み、魔法に当たる直前に体を落とし、魔法の懐に掻い潜る。

 そしてユキアは剣に魔力を籠め、一気に振り上げた。


 「反射パリィ!」


 まっすぐに進んでくる咆哮を真上へとベクトルを変え、打ち上げる。

 その数舜の次に、ユキアはガストと視線を交した。


 「ガスト!」


 「おう! 付与魔法バフマジック! 跳力強化!」


 ガストが付与魔法バフマジックを発動すると、ユキアの脚には淡く青緑エメラルド色に発光する。

 一瞬足から脊髄、そして背骨を伝って脳に奔る違和感を感じるが、すぐに消え失せる。

 違和感がなくなり、身体にしっかりと付与魔法バフマジックが適応されたことを確認すると、体の空気を吐き出し足を折り腰を沈める。


 「っ!!」


 地面を蹴り、上へと弾いた魔法に追いつくように飛ぶ。

 魔法の先端には思いのほかに一瞬に辿り着き、遅れたように剣を握りしめる。

 魔法は常に上昇し続けるため、きっとタイミングは追いついる今しかないだろう。

 もし間に合わなかったり、もし体勢を崩せば。

 一度地面に降りてもう一度飛ぶしかない。

 だが、それほどの時間はない。

 緊張などはしない。

 その、一喜一憂する賭けこそが戦いなのだから。


 「強化ブースデッド! 返すぞ! 完全反撃パーフェクト・カウンター!」


 上半身、主に腕を中心として筋力などの強化を施し、筋肉に赤く筋が浮き上がる。

 血管だ。

 血管の血のめぐりを高速化し、酸素を筋肉に与え、予想外の力を与える。


 力を籠めれば、筋肉は膨張し、なにかの合図が奔るように、反射のように剣を振り下ろした。


 

 ――遅れたか!?



 結果で言えば、ギリギリだった。

 剣にこそ魔法は当たったが、今の現状は強化を施していなければ押し切られ、強化を施している今も、押し切られないようにしているだけで精一杯な状態だ。


 欲張りすぎた。

 今この現状に陥ってから、後悔が現れた。

 魔女の出した魔法の威力が高いために、これを跳ね返して魔女に当てることが出来たのならば、この戦局が有利になるのではないかと考えたせいで、今このように隙を晒すような状態に陥っているのだ。


 「っふ、面白い……」


 帽子のブリムに隠された影の中で、魔女が口を細めながらそうつぶやくと、またしても手を軽く上げる。


 「また何かっ!?」


 魔女の行動に警戒を持つが、今の状態ではなにもすることはできない。

 剣に受けている魔法を反らすか、無謀ならがも跳ね返すか。

 反らしたとしても、きっと余波でダメージを負うことは分かりきっている。

 このままでは詰みだ。

 きっとダメージを負った状態ならば、魔女に手も足も出すこともできないだろう。


 このままでは。


 ……契約者、契りを交す者よ。汝の力はその程度か?


 苦汁を飲む最中、胸の最奥から声が聞こえる。

 知っている声。それに俺のことを契約者なんて可笑しな色町の店先で呼ばれるような名前を言う者は一人しか知らない。


 倶梨伽羅だ。

 今ユキアが身に纏う、天衣の意思だ。


 「なんだよ! 今はお前のエロい妄想力とかの話をされても答えないぞ!」


 『我でも今はそれはしない。これからするのは、この状況の打開策だ』


 「……」


 喉から手の出るほどの情報の伝達に、思わず口を閉じる。

 静かにしたユキアに、なぜか頷きをしたような倶梨伽羅の姿が見えたのはきっと気のせいだろう。


 『なに簡単なことさ。ただ契約者に我の歯止め無き力を貸し与えるだけだ』


 歯止め無き力。

 それは今現在、リミッターを付けている状態の力を、すべて解放する、ということだ。

 今は力の制御がままならないということで倶梨伽羅にリミッターを付けられていたものだ。

 それ今になりなぜ?


 『それは今は限界突破リミットオーバーをしているからだ』


 「つまり、一時的に適応は可能と?」


 唾を飲み込む音がいやに大きく聞こえる。

 興奮をしているのだろう。


 自然と力が湧いてくるような気がすれば、突然と迸るほどの熱い戦意を感じる。


 


 今までも戦うこと自体は出来ていたが、戦力として数えられたことは数えるほどもない。

 それが、今は仲間と同等以上に戦えるかもしれない。

 いつのまにか仲間に抱き、そして向けていた劣等感のせいで、心に浮かぶ言葉にまるで強制力が働いているかのように流されてしまう。


 力を貸せ。

 お前の持つ全てを俺に捧げろ。


 普段ならば思うことのないことを願ってしまうのだ。


 『その様子なら、退くという考えはなさそうだな』


 倶梨伽羅の言葉に、一瞬で心臓が浮かぶ。

 それは恐怖という感情からくるものだった。

 今までは使おうという考えを持つことすら禁示としていたほどの力を、限界突破リミットオーバーをしたからと、それだけの理由で使うことが解禁されるほどのものなのだろうか。


 「今の俺には、それを扱えるほどの力があるのか?」


 不意にこぼれた言葉ではあったが、その言葉の裏には期待や羨望とした認められることに対しての渇望が隠されていた。


 その言葉を聞いた倶梨伽羅がほんの少し逡巡すれば、おかしいように笑う。


 『何を言うと思ったら。操れる? 自惚れも過ぎればよもや酔狂。力を手に入れても、力を身に着けても。契約者はそれに振り回されるだけだ』


 「だったら……っ」


 あまりの言い様に用意した反論を口にしようとした直後、何かが体に流れ込むような苦痛に苛まれ、口を苦痛に閉ざされる。


 『非日常というものに憧れたのだろう? ギルドに入るという非日常を行い、殻を破ったのだろう? ならこれが壁だ』


 ――殻を破ったんだ。壁くらいは越して見せろ。


 苦痛だったはずのものが、倶梨伽羅の言葉によって体に浸透するように変わる。

 剣で痺れる手には力が溢れ強く握れ、疲労に苛まれた背は、さっぱりと晴れたように変わり、そして押し返せるほどに変わる。


 「憧れから始まったものでも!」


 手に入れたい。


 「羨望で見ていたものでも!」


 手に入れたい。


 「もう一度笑顔を!」


 咲かせたい。


 「だから超えるんだ! 俺は、壁を超えるんだ!!」


 小心者でデブな俺には、俺のために、なんてことは考えることすらできない。

 それでも、誰かのためなら。それもカレスのためになら。


 俺の全力以上を捧げられる。

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