第十九話――奪還だ! 戦えおデブちゃん!―― 後編
だが今は。
現実はどうだ?
あの。
没落した地面から。
燃え上がる炎の渦の中から。
地獄の中から這い上がってくるあの腕は。
あの爪は。
激しく見覚えがある。
だがそんなことがあるはずがない。
すべて分解されて。すべて焼却されたはずなのに。
削がれたはずなのに。
「いっただろう……
ブラドが這い上がってきたのだ。
隕石が落ちる前。ブラドの腕は、片腕が完全に落とされ、もう片方はユキアの炎にアレスの風の刃によって使い物にならないほどに傷ついていたはずだ。
だが今はどうだろうか。
削がれた腕こそ何もないが、使い物にはならないだろうと信じていた腕を動かしていたのだ。
もし、しっかりと落としていれば。しっかりと潰していれば。
後悔が過るが、今はいちいちそれに対して反省をするほどの余裕がない。
ユキアたちは逆鱗に触れるどころか、逆鱗を剥がしてしまったのだ。
思考を全使用しないで勝てるなどと思えるはずがない。
だが。よく見てみれば、腕が使えているのは、何かの回復系の能力によって、ということではなさそうだ。
傷ついた胴体や、削がれた腕など、治る、よりも、焦がされて傷が塞がったように見える。
削がれた直後は血を染めるほどに出血していた腕も、今は血液の一滴すら出てはいないのだ。
それを踏まえて考えれば、ブラドの現在使えている腕は、治った、というよりも、焦がされたことでたまたま筋などが繋がり使い物になっていると考えた方が正しいものだろう。
「アレス」
「……ああ。俺も気づいている」
ブラドの腕のことを教えようと声を掛ければ、顔を合わすことすらなく、アレスも同じように考えていたらしい。
槍を投げ出さず、確かな正気を睨んだようにブラドへと槍を構えている。
「俺が左から。ギルマスが右から。それでユキアは正面から攻撃を受け止める。ガストはみんなにバフを振りまきながら足元を。ハルフィラが細かい攻撃魔法で頭に、目くらましを――これでいいですか?」
「ああ。ギルドマスター権限でアレス、お前の案を採用する。時間がない。いますぐ実行に移すぞ!」
――おうっ(はいっ)!
その瞬時に、皆が散開する。
陣形などの話はまるで行っていない。
だが、まるで打ち合わせでもしていたのではないかと疑えるほどにしっかりとした陣形に展開する。
「よしっ。かかれ!!」
ヤマトの掛け声をともに皆が飛び出す。
アレスとヤマトが互いに弧を描くように進む。その真ん中をユキアが突き進む。
移動の直前、どうやらガストが強脚のバフを掛けてくれたのか、いつもよりも景色が歪む。
今回ばかしは、ユキアは直線でヤマトたちは曲線。そしてバフも掛けてもらっていることもあり、一番早く着きそうだ。
ブラドが、三人の特攻を許さないように、地面を砕こうと腕を振り上げる。
砕かれれば、接近に時間がかかるだけで、倒すプロセスが途絶えるわけではない。
だが、もしその破片が。もしその攻撃で。
巻き込まれてしまったら一たまりもないだろう。
ならば、防ぐほかないだろう。
「弾け!
腕を沈めるであろう地面に先回りし、下る剛腕に合わせるように技を発動する。
「また
刃が触れれば、グググっと押し込まれるように翳す剣が押し返される。
この状態でベクトル操作を行おうとすれば、反転が作用されずに押しつぶされてしまうだろう。
地面に
地べたに着く、ということはないが、このままの状態であれば、いずれ膝が崩れ、そして容易に潰されてしまうだろう。
だが、そんなことは起きはしない。
なぜなら。
「ナイスだユキア! そのままそいつと付き合っとけ!」
ニヤリと笑みを浮かべるのと呼応するように、アレスの声が耳に入る。
振り向いてみれば、アレスとヤマトの二人がそれぞれの属性、風と雷を纏いながら疾駆する。
「
「
二人がそれぞれの端から飛び、ブラドの胸の前で結集する。
そして。
『合技!
二つが合わされば、吹き荒れるように風が渦を巻き、迸るばかりに周囲に稲妻を散らす。
その一瞬で、ブラドに脅威と認識させた。
対応を取らなくては。
そう判断し視線を合わせようとしたブラド。
だが、それが命取りだ。
合わそうと上に視線を上げたその直後に、アレスたちはそこから姿を消したのだ。
焦ったブラドは辺りを探すが、当然の如く目に入ることはない。
そう、アレスたちは高速でユキアの方、真下に下ったのだ。
「ユキア! 上げろ!」
何を。とは聞かなくともユキアには理解をしていた。
ヤマトは、ユキアの能力を以て、下った自らの体を真上へと跳ね返せといっているのだ。
ユキア自身も、すでにブラドの腕は退いた身だ。
人っ子二人を跳ね返すことは造作でもない。
だが、速さが速さだ。いつも通りでは無理だ。
そう判断したユキアは、足を開き腰を下ろし。そして胴を捩じりながら肩に剣を回す。
「完全の一歩上、全力だ!」
力を籠めれば、波動のような波が幾数回収縮する。
それが魔力だと気づくのは、きっとユキアだけだろう。
「
まるで下る一筋の射光のような二人に、タイミングを合わせで振るう。
きっと後の微調整はヤマトがやってくれるだろう。
鈍く光る刀身。
きっと今のこの剣ならば、どんな鎧でも簡単に切り裂けるだろう。
対処をしてくれるだろうと思っているのに、どこからか不安が溢れ出る。
このままではヤマトたちを斬ってしまうのでは。もしかしたらヤマトの微調整が失敗するかもしれない。
不安が。惧れが。愁事が。懸念が。
傷つけて、離れていくことの怖さが。
その思いが溢れたのは、剣の当たる直前で、すでに止めることはできない。
振り切るしかない。
そう思い、恐怖に打ち勝とうと歯を食いしばり、目をギュっと閉じる。
その刹那。
身体を張らせる緊張を解す声が、耳に入った。
――ユキア。信じてくれてありがとう。
そんな。
ありきたりにも聞こえるヤマトの声だ。
そんな声が、ユキアの体に走る緊張を解したのだ。
身体が軽い。
先ほどまでしんしょくしていた不審はすでに成りを潜めている。
ならばやることは一つだろう。
全力でやらなければ、
低く保つ腰を、無理やりにも押し上げる。
足の筋肉が一瞬で張り上がるが、普段ならば苦痛のはずなのに、今はその痛みがどこか心地よい。
仲間と戦えているからか。
そんな憶測は、ユキアの思考の端でひっそりと暮らす。
コツン。
ユキアの持つ刀身に、急速で下ったヤマトの刀と、アレスの槍の穂先が触れる。
その全部の速度は、一周、剣を周り跳ね返る。
小さな衝撃波が生じる。
地と天。二方向から寄せられる力に、衝撃波は解放することに制限を掛けられ、膨張を許されない。
ならそれごと俺が返してやるよ。
暴走しそうになる衝撃たちを、力で押さえつけ、そして一つに纏める。
こうなればあとは簡単だ
ぶっ放すだけだ。
「っはあああぁぁ!!」
勢いの良いフルスイング。
衝撃は、それに釣られたようにやってくる。
一段目でヤマトたちを少し浮かせ、そして次の本懐。吸収した衝撃はすべて、100パーセントのマックスで放たれる。
切り離された断層が、地表から飛び出すように、壁とも思えるほどの密度のある衝撃波が、ヤマトたちを高速で押し上げる。
「――ッ!?」
アレスがあまりの速さに驚きを隠せない。
急速落下に、急速上昇。
まるで兔のようなベクトルの変換に驚いたわけではない。
急速で昇る、その速度に顔色を変えたのだ。
圧し掛かる大気の層が体に乗るが、速度が下がることはない。
アレスが横を見てみれば、若干、笑みを浮かべるように頬を緩ました。
普段は笑顔というものとはおおきくかけ離れたような人のはずのヤマトが、今笑みを浮かべているのだ。
その事実に、アレスはどこか興奮と高ぶりを覚えた。
「っはあぁぁああ!」
「っくおぉぉおお!」
互いが互いを鼓舞するように雄たけびが上がる。
魔力が溢れ、爆発するように風や雷が広がる。
さすがのブラドも、忙しく動かしていた頭を下へと向け、目を見張る。
叩き落そうと、間に合うはずがない。
その振り下ろす剛腕すらも、速さで切り捨てる。
『切り裂けぇぇ!』
叫ぶ声と同時に、ブラドの剛腕と交差する。
その瞬間は、一瞬の刹那。瞬きの瞬間すらもない。
ブラドの腕に黄緑色の光が宿れば、一瞬にして肩と分かたれる。
滑り落ちるように落ちる腕は、強力な膂力で振り下ろされていたこともあり、地面へと埋まる勢いで落ちる。
「
ブラドの頭上まで駆け抜ければ、ヤマトが一際大きな雷を辺りに散らす。
昇り竜だけが竜の十八番ではない。
昇りの反対。下りもあるのだ。
「雷刀・風雷紫電!」
雷に体が引っ張られるようにましたへと降りる。
すでにアレスはその0と100の速度の切り替えに付いていくことが出来ず、ヤマトに引っ張られるような状態だ。
頭上にいき、ヤマトが折り返しのように宙で停止すれば、ヤマトの伸ばす手につがるように抱き着く。
アレスはただ風属性をまき散らすだけのようなお荷物状態だ。
「っくそくそくそくそ! 我がこんな奴にっ。こんな奴に!!」
ヤマトは出鱈目に屈折しながらブラドを切り裂く。
傷つけられてはいない左目の方を切り裂き、次は首、胸、腹部、太もも、
身体の周りで飛び回るヤマトたちを振り払おうと体を揺らすが、雷と同格の速度で飛び回るヤマトにとっては、そこまでの障害にはならない。
ヤマトの体を斬りつける刃は、血が噴き出すほどに深く切り裂く。
そして最後と言わんばかりに、竜巻と雷を纏った剣を上段に掲げる。
その長さは、ブラドとほぼ同格までの伸びている。
見事に暴走することなく、縦横に伸びようとするアレスの竜巻を、ヤマトの雷で無理やりに抑え込み制御する。
そして。
躊躇いもなく振り下ろす。
「これで、終わりだぁ!」
ヤマトの振り下ろした切っ先から伸びる竜巻は、ブラドに当たった刹那に、肉体を捩じり取るようにして破壊し、侵食していく。
皮膚などは細かく千切られたように薄皮となり宙を舞い、肉片は血液の飛び散りと同格のように爆発したように吹き上げられる。
たかが風。されど風。
たかが雷。されど雷。
身を浮かすこと、身を焦がすことがあっても、身を切り裂くことはできない。
肉体に接触しても、刃の如くはいかない。
ブラドが雷風を打ち消そうとするが、避けようとしても、身を翻そうとしても。
風がそれを許さない。
避けようとする肉体を巻き込み、圧縮して爆発させ、切り刻んで打ち上げる。
「まだっ……まだだっ! まだ出せるはずだ! この一瞬だけで結構。この刹那だけの謳歌だ! 魔力の奔流よ、その怠惰を顕現させ、鎖を弾け!」
――さぁ、目覚めの時間だ。
ヤマトの心臓が数寸浮き上がる。
鼓動が早まり早鐘を打ち、血流が加速し発熱を開始する。
呼吸が荒くなり、身の内に潜まる力の奔流が胎動し、その一角を露わにする。
獣のような毛が腕に生え、悪魔のような羽が背に生え、天使のような輪が頭上に生える。
その成りは、魔獣に悪魔に天使。
この世の伝承として残る、神などを省いた種族の上位格だ。
まるで変身、まるで変異。
そのように変わったヤマトの肉体を、刹那にヤマトの内から産まれ生えた黒光りする何条もの鎖が蔓延りだす。
肩や腹部、腕、足など、食い込むほどの力で拘束しようとする。
その力で刀を持つ腕も体に近づけようとされるが、それをさせないように下がった腕に力をいれれば、互いが同じほどの力で引っ張られるため、中ほどで停止する。
だが、ヤマトが歯を食いしばると同時に。
力の均衡が破られたのか、一瞬にして一本の鎖は弾け飛ぶ。
剛腕の毛の侵食は加速し、背の翼も大きく伸び出す。
一本が弾ければ、もう一本もう一本と簡単に弾け出す。
腕は完全の魔獣そのもの。翼もすでに荘厳の域までの達し、天使の輪も、光を束ね眩しく光源となっている。
「久々の全力だ――一瞬で沈めてやるよ」
鋭く眼光が宙に浮かぶ。
両手で構える刀から片手を外せば、半身となる。
そして力を加えるように、そっと、下に振るう。
「まさかまさかっ! まさか貴様、
ヤマトの成り果てた姿を見るなり、ブラドは声を荒げる。
三戒母神。それは人としての器を持ち、魔獣と悪魔と天使と血を交し、それぞれに争いのための武器を捨てさせるために、弱さの象徴を与えた者だ。
魔獣には知性を。悪魔には属性を。天使には
それらを取り上げ、この三つの種族間の力関係に均衡を与え、そして神にその傲慢を見初められ、天罰を受け生命を剥奪されたのだ。
その姿はまさに今のヤマトと同じものだ。
ブラドの焦る表貌を見たヤマトは、面白そうに顔を崩し笑った。
「教えるかよ、口縫って死んどけ」
その言葉で、鞭のように遅れた竜巻が、ブラドの肉体に埋まる。
雷での結束が上がっているのか、先ほどまでは加減をしていたヤマトなのだが、今は加減なしだ。
簡単にブラドの肉体を裂く。
革を斬り、肉を飛ばすことが最大だったはずの竜巻が、肉を散らし、骨を砕き、心臓すらも汚く斬る。
「この我が死んでもッ! きっとお前らは――」
悲鳴じみた雄たけびは、すぐに潜んだ。
死んだから。ではない。
潰されたからだ。
「
ブラドの背後。洞窟から出てきた魔女によって。
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