第十八話――奪還だ! 戦えおデブちゃん!―― 中編

 ダメ元でも。希望的でも。

 それでも。


 「この一撃だけは……っ」



 仲間のための一撃だけは喰らわせてやるッ!!


 「天ッ翔!」


 地面を砕く勢いで蹴り、魔力を爆発させて一気に飛翔する。

 鎧に付けられ装飾が風に靡かされるが、ユキアは気にする様子もなく、ただ大剣を振り上げる。

 ブラドとの距離はだいぶ縮まり、大刃を最大限で使えばギリギリの範囲内であるほどだ。

 だが、それではつまらない。

 ハルフィラからのお達しは、広範囲で派手なものでぶちかましてこいと言っているのだ。

 ならばそこまで派手でも広範囲でもない大刃では不満を言われるだろう。


 ユキアは特別になにか派手でどでかい魔法や剣術を持っているわけはない。

 なら、今のユキアに有り合わせでできることは、ただ一つしかない。


 剣にありったけの魔力を乗せ、それを火属性として振り下ろしと同時に爆発と放出をし、その上から魔力の干渉を利用し、ベクトルとブラドを中心として押し込み、小型のドーム状のようなものを作る。


 握りしめるグリップから魔力を流し込む。

 その量は魔法を一つ使うものとは比較にならない。

 大魔法、極大魔法といった具体の、対大勢と戦う時などに用いられる、範囲、殲滅力に特化した、使い回しの利かない代物と同じほどの魔力だ。

 しかもその魔力を何度も。

 すでに大剣に貯蔵された魔力は、数えるの憚れる。

 刀身は蓄えられた魔力に反応し薄赤く発光し、鍔付近の刀身は、発行だけでは収まらず、焔を溢している。


 「ハルフィラァ!」


 張った声えハルフィラの名を呼ぶ。

 聞こえているか聞こえていないか。

 そんなものはわからない。

 でも、ただ伝わってさえいれば。

 通じて入れさえすればそれで良い。



 ――併せろよ、タイミング!



 そう、言葉にしようと思った刹那。

 どうやらブラドがこちらに気付いたらしい。


 ブラドはユキアの姿が目に入るや否や、辺りに散らばる石などには目もくれず、飛び掛かるようにユキアの体めがけて爪を薙ごうとする。

 互いが距離を詰める中、今さらユキアが宙を墜ちようと何をしようと、ブラドの爪を逃れることはできないだろう。

 ブラドの爪が目の前に迫り。


 そして動きを止めた。


 きっとハルフィラの魔法が発動したのだろう。

 打ち合わせも何もない、ぶっつけ本番のセッションでここまでのバンピシャなタイミングを打ち当てるのは最高と思えるだろう。

 ここまでの最高のチャンスを逃すのは、初心者でもしないだろう。


 ユキアは口端を上げ、顔に笑みを刻んだ。


 「行くぞ倶梨伽羅! ぶっ飛ばすぞぉ!!」


 力づくで抑え込んでいた刀身に込められた魔力を開放し、そして一気に振り下ろす。


 「うぉおおおおお!」


 刀身には隠れていた焔が姿を躍り出し、刀身を中心に渦を巻くようにあらわれ、そこに大倶利伽羅自体の炎も合わさり、余計に炎上を繰り返す。


 魔力が込められた剣であるから故に、振り回すことは簡単ではない。

 どうしてもうごき自体に速度が乗らず、斬るを目的とした攻撃手段とすれば映えるものではない。

 だが、これは剣術を用いたものではない。

 疑似的な、極大魔法だ。剣など所詮、飾りと化ける。


 そして。



 ――世界が紅蓮と染まる。



 蛇のように、というよりも、龍のように吐き出された炎がブラドの四肢などに絡みつく。

 絡みつく炎はもちろん熱量はあり、焦がすように黒煙を上げる。


 そしてそれ以上に、圧倒的な炎が地面にぶつかり、周囲には燃え盛るように紅蓮の炎が躍り出す。


 「この程度の術式で我を止められると思ったか!」


 ハルフィラの魔法の解けたブラドが、業火の中で腕を振るう。

 火の粉が散るが、それでも炎はかき消される様子などはまるでない。


 「そんなこと、思うわけがないでしょうとも」


 牙を向き、ようやく誰かが手助けを出す状況ではなくなった。

 そんな場面に立たされたユキアの顔は、焦りは現れることはなく、あるのはいつもの余裕のありそうな、そんなふざけた笑みだけだ。


 「囲え――天結てんけつ!」


 炎から漏れ出す魔力が反応し、渦を巻くようにブラドの周りに八角形の球体のように炎が固まる。


 「こんな結界など、我にかかれば紙屑同然……ッ!?」


 蠢く炎の中、ブラドが結界を壊そうと爪を掻き下ろすが、変化はない。


 この結界、天結てんけつは簡単に言えば、魔力を練り作った布だ。

 魔力には概念的な主張が激しいため、あまり物体や気体としての姿を持ち難いのだ。

 その性質をこの魔力を使った結界はその性質がそのまま反映されているため、ブラドのように鋭いもので切り付けても、とてつもない膂力と剛腕で殴りつけられたとしても、結界は軽く揺れるだけで衝撃をしっかりと与えることはできないのだ。


 二、三度同じように攻撃を繰り返すが、結果は変わらずに敗れず仕舞だ。

 だが、ユキアの方は先ほどよりも有利にはなった。

 結界の状態を維持するために使っていた魔力を他にのところに回せるのだ。

 回す先には、先ほどと同じくの結界操作だ。


 「紅蓮ぐれんほむらがれな」


 天結を手の平とイメージし、握りしめる。

 炎とブラドの入っている結界は、中からの圧力ではなく、外からの圧力がかかるように、結界が収縮を始める。

 それに気づいたブラドは小さくなる結界を止めようと結界の点を手で押さえるが、ブラドの力では、抑えるどころか押し切られ、肘などが曲がる。


 「くそっ……こんな、こんなものにっ!」


 怒りによる、ではなく、焦りによる声の荒げ。

 縮まる結界に恐怖を感じたのか先ほどまでの抑えるだけではなく、荒ぶるように殴りつける。

 結界自体が揺れるが、破れるほどに結界が揺れることはない。


 だが、その結界に直接のユキアの魔力が入っていない分、ブラドの攻撃により結界に縫われた魔力はつ砂からず散ることはある。

 すでにブラドの攻撃で半分以上の魔力が散っており、ほんの一撃二撃を与えられれば破れてしまうほどになっている。

 破れるならば破れるで行いようは少なからずある。


 「爆ぜろっ……エクスプロ―ジョン!!」


 そう叫んだ次の刹那。


 一瞬の収縮ののち、爆轟とともに炎が溢れかえる。

 その様子はまさに大破壊、隕石とも疑えるものだ。


 だが、魔法ではない。


 そう、虚しいことに、あれほどの魔法の発動のように叫んだものは、決して魔法ではないのだ。


 地面には爆発した炎で水分は蒸発し干ばつ地と成り果て、肝心のブラドも致命傷というほどではないが、多少の鱗などは剥がれ落ち、皮膚はただれている。


 「これしき、貴様を喰らえば治るものだぁ!!」


 ユキアの負傷を嘲笑うような視線にブラドは気づいたのか、体の傷を顧みることをせずにユキアへと飛び掛かる。

 傷口からは大量の血液が漏れ地面を濡らすが、ブラドはお構いなしだ。


 ブラドの剛爪がユキアへと迫り、ユキアも剣を構える。


 「安心しろ、お前じゃ届かない」


 何が。

 とはいわないが、ユキアの顔には今までのような余裕なものではなく、少し焦ったような顔に代わっている。

 先ほどの挑発じみた言葉の裏には、焦燥のような塊が孕んでいる。


 ブラドの爪、腕、体はユキアに迫り、ユキアの構えた剣は動くことはない。


 ユキアの頬を汗が伝う。

 瞬間に。



 ――交代だ、ユキア。



 一つの声は、ユキアの耳に入った。

 その次の瞬間には、誰かに首根っこを掴まれ後ろへと投げられた。


  「雷刀らいとう紫電しでん!」


 ユキアの真横を過るように飛び出たヤマトが、刀身に紫の雷を迸らせながら駆け抜ける。

 片足を地面に着かせた途端に、ヤマトが力を溜めるように腰を落とし。

 そして雷光となった。


 「――ッ抜刀!!」


 鞘無しの抜刀。

 腰の位置から放たれた抜刀は、それはめには止まらぬ速度で、ブラドの爪に当たる。

 簡単な武器では、弾かれるかそのまま押し切られるかで終わりだ。

 だが、ヤマトの最も堅い鉱石を主として鍛えた武器に、雷を攻撃手段として使っている高速での戦闘は、そのような有象無象とは違う。


 爪は解けるように焼け斬れ、鱗は赤く発光しただけで一瞬で焼かれ、肉を簡単に削ぐ。


 「くっ。この程度で……っどこにっ!?」


 腕が完全に削がれる前にブラドはヤマトから手を離し最後攻撃を試みるが、見下げた視線にはヤマトの姿は映らない。

 辺りを慌てて見渡せば、一筋の雷線に気付く。

 その先は、ブラドよりも上の、天だ。


 「天衣開放! 我が身に纏えッ――武御雷タケミカズチ!」


 ヤマトの内包せし魔力が体外に噴出し、それを纏うように雷色の魔力が渦を巻く。

 渦を抜けたヤマトは、髪には雷色のメッシュが入り、長羽織は赤色の他にも、稲妻のような刺繍が入り、さらには羽が生えているとでも錯覚するように背から溢れる魔力が大翼のようにきらめく。


 「下れ! 雷龍牙突らいりゅうがとつ!」


 刀を構えれば、体を反転させ足を空へと向ける。

 その瞬間には足裏から溢れた魔力で魔法陣が形成させ、宙に即席な足場が完成した。


 「貫け!」


 魔法陣に足を着けた途端に、そこから溢れるように雷が迸り、ヤマトを纏う。

 離れるように魔法陣を蹴れば、ブラドに向かって一筋の雷が現れ、そこをヤマトが奔る。

 奔る雷は伸びるように細くなり、一槍の姿と変わる。


 そして。

 ブラドを貫くようにヤマトが下った。


 「ッガアアァ!?」


 ヤマトの刀、ブラドの右肩を削ぎ落した。

 削がれた腕は地面へと落下し、轟音とともに地揺れを起こす。

 肩の傷口から漏れ出す血液は、吹き出す、といったものではなく、纏まりのあるように数塊が落ちてくる。

 地に触れれば、膜が破れるようにあたりに散らばり、干ばつした大地を赤に染める。


 「アレス! まだ終わってはないぞ!」


 「わかってるよギルマス!」


 ヤマトに少し後れて登場したアレスたちが、降り注いだ血塊を交わしながらブラドへと向かう。


 「ノレンさん! 足場お願い!」


 「わかりました! 固まりなさい、水弾丸ウォーター・バレット!」


 ノレンが細剣を地面に軽く刺せば、引き摺るように動かしながら天へと掲げる。

 砂が飛び交い、そしてすぐにアレスの足元から噴水のように水が噴き出す。


 「うぉお!?」


 勢いよく柱のように吹き出した水に驚きながらも不安定な足場で踏み留まる。

 勢いよく噴射させた水は反発力などもあり、堅いともいえるものなのだが、それでも人ひとりを抱えるには多少ふあんていになってしまう。

 だがアレスは普段から地に足が着かないものを乗っていることから、すでに乗りこなしている。


 「羽ばたけ!妖精のシルフ・銀姫舞踏会エンドレスダンシング!」


 風の纏う穂先の槍を突きつければ、ブラドの体の周りには複数の小型の魔法陣が展開され、そこから空気の圧縮弾のようなものが飛び出て、そしてブラドの肉体を斬り付けていく。

 その数は幾数か。

 数えることが疎まれるほどだ。

 それぞれがブラドの肉体を切り、少量の血を噴出させる。

 元からアレスは魔法への適正があれど、さほどたかくはないという観点からかんがえれば、今のブラドに傷を負わせたものは上々ともいえるだろう。

 だがそれは人間の物差しで測った場合は、だ。

 相手はブラド。竜種の上位に組することは当たり前で、それ以上に古代種カタストロフィに属しているのだ。

 人間程度の常識で深手を負わせられるわけがない。


 「やかましいわ!」


 身体をおおきく揺らし魔法をかき消す。

 その時に偶然にもヤマトにその攻撃は辺り、吹き飛ばされる。


 「ギッ、ギルマスッ!」


 アレスが助けようと振り返るが、ヤマトはすでに腕の外。

 手が届くわけもなく、その拍子にアレスは水の柱から足を滑らし落下する。


 「私のことは良い! 今は自分の身のことに意識を向けろっ!」


 「っへ?」


 声を張らすヤマトに腑抜けた声を漏らすアレス。

 アレスはブラドに背を向けているため、完全に注意を外してしまっているのだ。

 そんな絶好なチャンスをブラドが見逃すはずもなく。


 「貴様もっ。潰してくれるわ!」


 ブラドが剛腕を宙を不自由に浮かぶアレスに翳す。

 ようやく気付いたアレスが、崩れた体勢でも攻撃しようと槍を構える。

 だがそんなものでは叶うはずもなく、このままではアレスは潰されてしまう。

 そんなこと。

 そんなことを仲間が見捨てるはずもない。


 「今度はアレスっ、お前が下がれ! 完全反撃パーフェクト・カウンター!」


 先ほどの反対。

 飛び上がってきたユキアがアレスの首根っこを掴み地面へと向けて投げ捨てる。

 そのままユキアは剣に魔力を籠め、ブラドの剛腕に叩きつける。

 ユキアの腕力だけではさほどの衝撃は生まず、少量の革を落とすだけに留まる。

 そして魔力が作用し、真下へと振り下ろされるはずだったブラドの剛腕は、真横へとずらされた。


 「小癪こしゃくに技を使いおって!」


 薙がれた腕を力技でひきとめるわけではなく、その慣性を利用して体を回転させ、ユキアに向けて尻尾を薙ぎ払う。

 だがユキアにはそれも読めていたように、タイミングを合わし尻尾のベクトルを変え、直撃を交す。


 「おいアレスッ! 大丈夫か!?」


 「一応はな。それよりも皆は?」


 尻もちをついているアレスをユキアが腕を引き、立ち上がらせる。

 高くなった視界でアレスは見回せば、周りの状況が目に入る。

 ヤマトが飛ばされたせいでようやく地面に足が状態であるが、傷はそこまで深くはないようだ。

 他にもノレンやハルフィラなどはこの戦場にようやく駆け付けた、というい感じだ。


 「はい、ユキアくん。回復魔法」


 ハルフィラがユキアに駆け寄り、杖を悪戯に左右に振る。

 すると杖から緑色のミストのようなものが降りかかり、体に負った傷を癒していく。

 ハルフィラの回復魔法はただのポーションなどとは違い、目に見える外傷の他にも、体力や肉体的疲労を癒してくれる。


 「あぁ、ありがとうございます」


 ハルフィラに礼をいえば、切り替えるようにブラドを一瞥する。

 ブラドもすでに地面に体を置いており、襲い掛かる隙を伺っているようだ。


 「もうお前、ほとんどダルマだな」


 アレスの指摘は、ブラドの現状を表すのに最適な言葉だろう。

 右腕は肩から全て削ぎ落され、左腕も落とされてはいないが、それでいても使い物にならないほどには抉れたり、焼き焦がされたりなどしている。

 腹部なども、ヤマトやアレスに切り抉られたり、ユキアの魔力で焦がされたりなど、最早始めの荘厳さなどはなるでない。


 「古なる競争を乗り越えた我が本当にこの程度だと思っていたのか?」


 「……なに?」


 その言葉はユキアたち大和革命軍に戦慄を走らせる。

 ヤマトも確かにとブラドの言葉にひそかに固唾を飲み込む。


 古の対戦である、狂獣の蔓延る世界で今現在でも古代種カタストロフィという名高き冠名を得るほどだ。

 そんな竜種が人類種でも最強でもないものの攻撃で負けるほど弱いわけがないのだ。

 考えるとすれば何があるか。

 変身。パワーアップ。属性開放。

 かんがえれば浮かぶものは多数だ。


 「今こそ我が力の本懐ほんかいを見るがよい!」


 叫ぶとブラドは力を溜めるように蹲る。

 ブラか。そう疑っていたが、実際にそのような力は存在しているらしい。

 ブラドの体からは魔力が滲みでるように垂れ出す。

 それがブラドの体に纏われば、肩などは治らないが、細かな、アレスの恋撃や爛れた皮膚などを癒していく。


 「これが……これこそが我の本気だぁ!」


 滲む魔力が赤色へと姿を変え、まるで闘気のようなものに変わる。

 もとから筋肉質だったからだは、張るように盛り上がり、爪や牙などといったものは長さや太さがまし、凶暴さが露わになる。


 「まっ、させないけどね」


 澄ましたような表情のハルフィラが杖を薙ぐ。


 「あんな簡素な強化系なんて。私の魔力を少し練り合わせるだけで簡単に崩れちゃうよ!」


 ハルフィラが拳大の魔力の絡まりを飛ばしブラドにぶつければ、歯車に何かが挟まったように、漏れ出す魔力は刹那にして成りを潜める。


 「なぜっ……人間! 何をしたぁ!!」


 声を荒げたブラドは、前傾姿勢となり速度を上げながらユキアたちに近づいてくる。

 ブラドが手の平を激しく動かせば、開けた拳からまるで剣のような形をした魔力が出てきた。

 それには鋭さが存在していることが明らかになるように、ブラドが地面に少しそれを擦り付ければ、干ばつ地である地面を軽く裂く。


 「付与魔法バフマジック! 出力低下スロウスターター!」


 ガストがブラドに向けて魔法を使えば、力が、魔力が。それぞれに制限がかかったように全力を出すのに先ほどよりもタイムラグが生じる。

 片足を踏み出せば、もう片方を踏み出すのに不自由があるように、魔法が作用した途端に、姿勢を崩すように躓く。


 「断て。落雷なるかみ!」


 すの隙を見逃さないヤマトが刹那にブラドの頭上に移動し、雷で地面と自分とを繋ぎ、瞬間的な移動をして見せる。

 そしてブラドのすれ違いの間に抜刀をし、大きく首を斬りつける。


 「降らしちゃって! 隕石メテオ・ライト!」


 先に魔法陣があらわれた杖を振り下ろせば、ちょうどブラドの膝突くその上にも同じような赤く、そして細かな刻印の施された魔法陣が現れ。

 そして赤く燃える巨石が姿を見せる。


 「ッ!?」


 さすがのブラドも。というよりも、竜種であるブラドだからこそ、隕石の強大であり、恐怖なものに出会ったことのないことから、身に染みる生への依存が現れるのだろう。

 隕石の一角をみた瞬間に、顔色を変えその場から退こうと腰を浮かそうとする。


 「瞬断ラビット・ブレイク!」


 すかさずユキアが後ろ脚の腱を切り裂く。

 脚を斬られたブラドは、地面に滑り込むように足を滑らす。


 「よしユキア! 退くぞ!」


 「はいッ!」


 ヤマトが電光石火で駆け抜け、ユキアも天疾てんしつを使用し、ハルフィラの魔法の攻撃範囲から逃れる。


 ブラドは脚が斬られたと理解すると、這ってでも逃げようと、胴体を左右に揺らしながら前に進む。

 だが、胴体だけを芋虫のように揺らしたところで、さほどの距離も進めない。

 ユキアたちが攻撃範囲から退いた頃には、ブラドは逃れるのをあきらめて受けきることを選んだように、移動は止めていた。


 「たかが巨石。たかが火の出る鉱石。そんなもの、我が何度手にしてきたかッ! いまさら、そんな下等に怯える意思など持ち合わせてはおらんわ!」


 自らを鼓舞するような叫びは、ブラドの殺気を一層と濃くする。

 ブラドから零れるそれは、まるでガストの魔法の効果が解けてしまっているのではないかと錯覚するほどのものだ。


 そして、隕石が近づく。

 ブラドとの距離はすでに目と鼻の先というものだ。

 耳に流れ込む轟音は、隕石が降ることによって発生する風の歪みの他にも、隕石から発せられる炎によって大気が焦がされているのもそうだ。

 隕石の周囲は白く濁り、そして回転するように大気をかき分ける。


 「こんなことで我が死ぬことはあり得ないのだァッ!!」


 心臓を数寸浮かぶ。

 そう錯覚するほどの、意思の籠められた怒号。

 このような、殺気を真に受けるような感覚はいつ振りだろうか。

 記憶が辿ることはないが、少なくともここ数年はなかった経験だろう。

 それほどの殺気を感じたのだ。

 だが、そんな声も隕石のき声によってかき消される。


 隕石が地面を破壊したのだ。


 始めの風圧で浮き出た岩などを吹き飛ばし、隕石の持つ熱量によって地面を溶かし、そして墜ちた瞬間に、すべてを潰し、そして砕いた。


 「っく。風が……っ!?」


 周りに散る風圧に吹き飛ばされないようにと絶える中、ユキアが目を見開いた。

 いや、目を見開かずにはいられなかった。


 落下した隕石は、間違いなく破格な威力であり、地面を吹き飛ばしたり、溶かしたり、潰したりと、誰もがブラドに目が行くことはなかった。

 行くのは、抉られていく地面や、没落するように穴になっていく地面など、隕石のもたらした威力に注目がいっていた。

 そう、これほどの威力の中、あんな状態のブラドが生きていられるはずもないと。

 そう確信して止まなかったのだ。


 だが今は。

 現実はどうだ?


 あの。

 没落した地面から。

 燃え上がる炎の渦の中から。

 地獄の中から這い上がってくるあの腕は。

 あの爪は。


 激しく見覚えがある。

 だがそんなことがあるはずがない。

 すべて分解されて。すべて焼却されたはずなのに。

 削がれたはずなのに。


 「いっただろう……古代種カタストロフィはそこまで甘くはないと……っ」


 ブラドが這い上がってきたのだ。

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