第十七話――奪還だ! 戦えおデブちゃん!―― 前編
ユキアとアレスは、ヤマトたちがいるであろう森へアレスの所有するタービバイクで移動していた。
「二人が重装だと座る場所は当たり前だけど、立つ場所も全くないですな」
「そういや初めて会った時もそんな話したっけな」
出会い。それはほぼ二カ月前ほどのことだ。
腹を減らしたアレスが魔女の森の中で倒れ、そこでユキアが通りかかったのが出会いのきっかけ。
そこからエルドキュアに向かう際に、今と同じように二人並んで狭い狭いと不平を零しながら飛んでいた。
懐かしさと、これから始まるものに異様な緊張感を奔らせる。
開幕直後の全力。死ぬかもしれない戦い。仲間との全力協戦。
そして火蓋はすでに切られている。
これが興奮しないでいつするのだ。
横にいるアレスとおかしな話を交わしながらも、内心には迸る憤怒に、戦いを焦がれる心。
早く、早く、早く、早く。
――殺したい。
そう言葉が出てきて止まらないのだ。
過ぎ去る景色の中には幾つか魔獣の姿を見るが、どれも骨がない。
ほとんどが背負う大剣を一薙ぎで散ってしまうような命だ。
今か今かと待つ死戦。
できることならば死ぬことは避けたい。
でも、死ぬほどの戦いはしたい。
この胸の奥で火照る気持ちを開放させたい、暴れさせたい。
思いで苦しくなり、つい胸元に手を重ねる。
鎧を着ているため、伝う感触は鉄と鉄とが重なり合う、押せることのない重さがある。
だが、それでも感じる。
笑っている自分が。
「おいユキア。そろそろだぞ」
「……わかってる。わかってるぞよ。だから笑えるんだよ」
「そうか。そう、だよな……怖いけど、戦うのは確かに楽しい。なら俺も笑っていてやるよ!」
アレスも堪えていたのか、口先ほどの面倒くさそうな雰囲気は、その顔に現れた笑みは一切と垂れていない。
共感という言葉に嬉しく思う。
そう感じたふと、その先に。
何かが通り過ぎた。
「ッヤマト!?」
今飛んでいる高さはヤマトですらも跳躍では飛ぶことの出来ないほどだ。
ならば今この場にいることを考えるのならば、飛んだ、というよりも、飛ばされたと考えた方が正しいのだろう。
背後を見てみれば、いつもの軽装とはまた違う、焔のようなものが刻まれた長羽織の軽装を纏い苦悶の表情を浮かべているヤマトだ。
「二人とも退けっ! 巻き込まれたくなければな!」
そういえば、空中で姿勢を整え、腰を沈め剣を構える。
霞の構えになり、その眼窩から眼光を鈍く光らせ、瞬時に迸らせる。
「刺し穿つ!
柄を持つ手から鍔の間で何かが爆発したと思えば、突然と刀身に炎と雷が纏われる。
そしてその次の瞬間。
ッバン! という音を立ててその場には数本、迸る雷を残して姿を消していた。
そのうちの一番太い雷線を追っていけば、それは斜めの地上向けて伸び、その先では一際大きな爆発が起きていた。
どうやら交戦地のようだ。
「行くぞよ!」
「おうよ!」
ユキアは腰のポーチから
――天衣、開放ッ!!
「我が身に纏えッ――風神!」
「我が剣に纏えッ――大倶利伽羅!」
ユキアはブラド戦と同じように、大剣に炎を纏わせる。
アレスは鎧など体全体を一瞬、緑色のような竜巻が覆い、それがはれれば、そこには胸元を大胆に曝け出した姿で、鎧などはプレートに緑色を装飾したようなものだ。
特筆すべき点を挙げるならば、肩などには鉤爪のようなものが付いており、その爪を囲むように、ささやかな竜巻が起こっている。
あまり変わっていない、というのが事実だが、それは表面だけ。
内面は驚くほどに代わっている。
「俺も。先に行かせてもらうぜ?」
アレスはそういえば、タービバイクから飛び降り、宙に前傾姿勢で体を浮かす。
浮力の失ったその体はユキアの隣に浮かび続ける、なんてことはなく、簡単に地面へと向かい、墜ちる。
「俺も行くさ!」
アレスが飛び降りたことに驚きもしないユキアが後を追うように、タービバイクの収納ボタンを押しポーチに入れれば、墜ちる。
地上からは1000mほどの高さはある高所だ。
だが、二人の姿には恐怖に似たものも一切が見えない。
まるで、そのような高さから落ちても平気なように。
「
そう唱えたアレスの足裏には、足を丸く覆うように緑色の魔法陣が両足に展開されており、その足で宙を蹴れば、風が吹き出すように魔法が発動し、それを足置き場として利用し、次々に加速をしていく。
すこし後に出たユキアとはだいぶ距離をはなし、空を対に割りながら加速を繰り返す。
「俺もっ。
ユキアも技名のようなものを唱えてみるが、技が発動することも、魔力が消費されることもなにもない。
だが、それでもユキアはソニックブームを宙に引き起こしながら地上との距離を縮めていく。
「気持ちの問題って。よく言うよねっ」
そんなことを言っていれば、ヤマトの作った雷の軌跡が綻びていく。
先を見てみれば、すでにアレスたちが小型魔獣の有象無象と戦うのが目視できるほどの高さまで落ちてきていた。
固めた体を崩し、両手剣を構え、そして力を籠める。
その刀身には溢れる業火が燃え滾り、一刃になる。
「
槍を引き溜めれば、その穂先には拳大の緑色の球体が現れた。
それが穂先で回転する中、アレスは槍を突き出した。
突き出した穂先からは、風が竜巻のように伸び、地面と激突する。
その竜巻の中を緑色の玉を着けた槍が通り、地面と接触をする。
するとその竜巻は一瞬の収縮を繰り返したのち、爆散した。
地上も、その竜巻が爆散した影響で、群がるような敵は一機に吹き飛ばされた。
アレスに続く、ユキアの第二波。
地上に着いたアレスは、交戦を行っていたヤマトやノレンたちにハンドサインで指示をすれば、アレス自身と飛ぶように後退する。
ぽっかりと開いた場所には、その隙間を埋めるように中型魔獣、マンティコアやワイバーンなどが現れる。
そのどれもがが中級冒険者であっても死ぬことのある、ましてや一対多では上級冒険者でさえも戦うことを憚れるほどの敵だ。
周りには、逃げる仲間たち。
これからそんな魔獣たちと戦おうとするユキアの顔にはそれを咎める意思など、まるでない。
そんなユキアが地上すれすれになり、魔獣たちにも気づかれ標的とされた瞬間に。
「咆えろっ! 倶梨伽羅!!」
掲げた両手剣で、地面を切り裂く凴な勢いで振り下す。
その刃渡りは大刃のように伸びるわけでもなく、せいぜい人ひとりほど。
刃幅も大勢を切り裂けるほどではない。
そのまま振り下ろせばよくて二、三体を倒せるほどでしかなく……。
爆号とともに、地面に向けて刀身から周囲を焼き付けられるほどの焔を吐き出した。
その炎は簡単に周囲ひ広がり、群がりだす中型魔獣たちを燃やしていく。
様々な魔獣たちの焼ける悲痛の叫びが流れるが、ユキアの
そう。
今のユキアの体には――。
「
髪は掻き上げたように逆上がり、炎で彩られている。
鎧なども、胴鎧とか肩甲などの間などからも漏れ出すように、炎が燻りだす。
天衣完全開放。それはユキアが奥の手といっていたものだ。
普段などは天衣開放は一部だけ。しかもそれが大剣という限定がある状態だ。
今まではそれだけでは戦えないということはなかったが、ブラド戦でもわかったように、今のままでは通常時の天衣開放だけでは勝てるわけがない。
「薙げ。
技名を発するが、手に持つ武器、大剣を振るうことはない。
技が武器を振るわないものでも、敵の術で体が動かないといったわけでもない。
理由は簡単だ。
剣を薙いだ結果を思い描いたまでだ。
魔力が消費された。
その瞬間には。
背後から弧を描くように、幾重にも剣の切っ先のようものが赤く宙に迸る。
一刃通れば。今度は二刃。数が増えるように、ユキアを囲うように、赤く燃え滾る切っ先が現れ、群れ行こうとする魔獣たちは切り裂いては燃やし、消し炭にしていく。
幾ら放たれたか。
魔獣の命が300ほど散った頃には、その剣劇は収まっていた。
「お、おいユキア! 飛ばしすぎじゃないか!?」
すでにユキアの魔力の残量は半分にも満たない。
この先で現れるであろう暴竜ブラド。そして魔女。
雑魚の数は減ったことを考えれば、これからの戦闘はそこまで鬼畜なものにはならない。
それでも二体を相手に取るには、片方だけでも、魔女には全魔力を保有していたとしても厳しいところがあるだろう。
それならば、今この場面でヤマトたちに魔力をあまり使わせずに、ブラドなどに使わせたほうがいいだろう。
「きっと俺はブラドとか相手だったら手足も出ないからな。せめて戦えるところぐらいはしっかりと貢献しないとだしな」
「助かった、とだけ言っておこう。だがブラド戦などにも参加してもらうことになるが……行けるか?」
声を掛けてきたヤマトが青色のポーション、魔力ポーションを渡してくる。
それを受け取り、瓶の先端を親指で折って喉に流し込む。
それは回復用のポーションとは違い即効性はないが、魔力の自然回復の補助をしてくれるのだ。
味は同じく苦いもので、顔を顰めてしまう。
「どでかいのを奇襲で俺が仕掛けます。それからは盾役に徹する形でで」
「……それが最適だな。よし。それでいくぞ」
瞼を閉じ逡巡し、それが晴れたように瞼を開ければ刀を抜刀する。
刀身にはいつも見慣れている奔る雷が刻まれており、纏うように雷が迸っている。
ヤマトの後に続くように現れた他ギルドメンバーのノレンやガスト、ハルフィラが現れる。
3人の装備もいつもとは少なからず変わっており、ノレンは属性である水で防御の特化のためいつも着けている胸部のプレートなどのサイズは一回り小さくなり、鎧自体の防御力が減った代わりに魔法による防御力が上がるエンチャントに特化された防具に、武器である細剣には貫通力に特化したもので、武器自体の耐久力は水属性の魔法の使用で上げられる仕組みだ。
魔法使いであるガストとハルフィラは元から補助型と攻撃型と分けられているために、ガストは持ち前の肉体に補助を着けてのインファイターで、防具は最低限の胸当てやガンドレットといったものしか装備はしていない。
ハルフィラの方は、装備はいつものような扇情的な衣装とは見違えるようにしっかりと着込んだものになっている。
ローブを起点とし、ハットやマント、魔法攻撃力の基礎値を上げられるものを中心とし、エンチャントには、五属性である火、水、地、風、雷の適正だ。
杖も、いつも持ち歩きが面倒くさいといって持たない両手杖を装備している。
「大和革命軍。これより団員カレスの奪還作戦をここに宣言する!」
蹴散らしたはずの中型魔獣たちが、どこからか集まり、群がり始める。
魔獣たちが群がるのは、例の小屋に続く道だ。そいつらを蹴散らさなければ救う以前に、辿り着くことも不可能だ。
ヤマトは刀を両手で握り掲げれば、軽く握りしめるように肩を動かし、刀身に魔力を迸らせる。
「蹴散らせっ、雷道!!」
刀を振り下ろす。
その切っ先の描く弧からは、刀身を迸っていた雷が発生し、波状に広がりながら地面を抉り魔獣たちへと進む。
未だ刀身に迸り続ける雷を宙で剣を薙ぐことで消せば、鞘に滑らせながら納刀する。
「大和革命軍。進軍せよーっ!」
ヤマトの咆哮に体を動かされるように駆け出す。
地面を抉り進む斬撃は中型魔獣たちを宙へと吹き飛ばし、時に紛れる大型魔獣ですらも蹴散らす。
斬撃の進んだ道には敵の影すら見えず、ユキアたちはその道を進んでいく。
その横から近づこうとする敵がいるものならば、ユキアならば飛び込んでくる敵に大剣を無慈悲に振り下ろし、カストならばその動作をした途端に矢で射抜き、ヤマトならば斬撃を飛ばし、アレスならば槍で叩き落し、ガストならば強化した拳で殴り飛ばし、ハルフィラは杖の先に現出させた炎の玉を投げて燃やし尽くし、ノレンならば、数尺先の敵を細剣を突き穿つ。
その動きは超人じみたものではあるが、それを互い同士が褒め合うことは
ない。
ヤマトたちが魔獣たちを処理する中、先頭に立ったアレスに大型魔獣二体が襲い掛かった。
「
槍を体に固定し、足を軸として出鱈目に回転し、大型魔獣たちを縦横に切り裂いていく。
切り裂いただけで未だ宙に留まる魔獣たちを、今度はユキアが焔を吐き出した大剣を振り下ろし灰にして、そしてガストが殴り砕いて進んでいく。
「よしっ! ブラドが見えてきだぞ!」
ガストの野蛮な声が耳に入る。
ユキアが顔を上げた先には、小屋の姿などはなく、洞窟への穴はブラドが出入りでもしたのかと思うほどに広がり、洞窟内が見渡せる状況で、暴れ狂うように壁を強靭な尻尾で薙げば、はたまた地に転がる岩石を口に含み咬み砕き、そしてそれを吐き出して。
狂化が解けていないのがまるわかりのブラドがそこにはいた。
「ユキア……いけるな?」
「あれなら。とりあえずは初撃で狂化は剥がします」
「わかった。なら、行ってこい!」
ヤマトは走りながらも、ユキアが足を掬われない程度に肩を叩く。
そのおかげか、ユキアの脚速が気分の高揚か上がっている。
「おいユキア! こいつもくらっていけ!」
ヤマトの次は、ガストがいつも通りの手加減のない張り手で背を叩いてくる。
その次の瞬間には、体の奥底から、暴れる力の奔流が目覚めるような漢学を感じる。
「筋力補助のバフだ! こんでどでかいの頼むぞ!」
「ああ! ありがとな!」
敵との打ち合わせなどは当たり前にしてないが、仲間との打ち合わせも、作戦という作戦もしっかりと話し合ってもいない。
誰か一人でも欠ければ。
誰か一人でも失敗をすれば。
それすなわち敗北に直結するこの中で、ユキアには自然とプレッシャーともいう緊張感などはまるでなかった。
緊張感というよりもむしろ、早く敵との邂逅を迎えたいという気持ちが圧倒する。
「一瞬。ほんの一瞬だけ私がブラドを止めるから。その間にどでかいの、ぶっかけちゃってっ!」
ハルフィラはいつものように何とは言わないが煽情的なセリフを吐いてくる。
「やめろっ」といいそうな口を無理やりに閉ざす。
始めの言葉飾りなどには興味はない。ただ、動きを止めるといったのだ。
それはハルフィラのなにかの魔法を使えば可能であろう。
だが、一瞬という言葉を付けるくらいなのだ。その効果の適用時間は1秒あるかないかといったところだろう。
そのタイミングに大技を合わせるのがどれほど難しいことなのかをわからないほどユキアは自分の力に溺れたりはしていない。
それでも、高揚はしている。
それほどに難度のある難しい連携に、何の練習も、何の保証もなしに行おうとしているのだ。
これが高揚せずにいられるものだろか。
いいぜ、乗ってやるよ。
一瞬の視線の交差で意思を伝える。
その途端に考えが伝わったのか、ハルフィラは突然と走るのをやめ、杖を両手で横に構え、詠唱の準備に入る。
「そっちが準備に入るんなら、俺もすぐにやんなきゃな!」
大剣を肩に担げば、腰を落とし、アキレス腱などのバネで一気にブラドとの距離を詰める。
まったく、ハルフィラも無茶なことを頼んでくるわ。
未だブラドはその面影だけが見えている状況なのに詠唱を始め出したのだ。
先ほどまでの速さではどうあがいても間に合うことはない。
つまり、奇襲としては、仲間たちよりも早く行き、広範囲にも及んでしまうほどの高威力な技を放ってこいといっているのだ。
ポーションによって魔力自体は回復の傾向にあるとは言え、体力は減る一方だ。
そんな状態での挑戦なんて、受けるほかないだろう。
「もっと……速くっ……!」
――天疾ッ!!
踏み込んだ右足に力を込めた途端に。
息は詰まり、視界は歪み、感覚はふわりと幻影感に陥る。
だが、まだいける。
踏み込み、踏み込み、踏み込む。
身体が酸素を欲し、息を止める喉が幾度と膨張を繰り返し苦痛を訴えているのが解る。
その痛みに耐えかねて喉を開いてみれば、本能が息を飲み込み、体がクールダウンされる。
冷やされた体に再度力を込めてみれば、体内の熱気を排気したおかげが、今まで以上に力が入る。
踏み切ろうとする太ももは筋肉が凝縮と増大を繰り返し、今にも悲鳴を上げそうな勢いで筋繊維を千切っていく。
でも。止まるわけにはいかない。
「ぐぅ……ぅらあああぁ!」
地面を蹴り抉る。
その直後に耳には重い破壊じみた音が入るが、振り向くことはない。
もう一歩。もう一歩。
それは奇襲と呼べるものなのかはわからない。
すでに普通の相手ならば奇襲以前に今この足音で気づくだろう。
きっと、もしかしたら。今は狂化のせいで音に気が回らないせいできづかれていないが、次の刹那には気づかれてしまっているかもしれないのだ。
気づかれれば、単独で突っ込んできているユキアは滑稽の的。
一瞬も待たずに喰われてしまうだろう。
そんな恐怖が脳裏に過りはすれど、止まることはない。
ダメ元でも。希望的でも。
それでも。
「この一撃だけは……っ」
仲間のための一撃だけは喰らわせてやるッ!!
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