第十六話――出撃だ! 頑張れおデブちゃん!

 ギルドホーム前の大通り。

 そこには昼下がりということを実感させるように、さまざまな出店が賑やかにある中、ポツりとホームの玄関の前に陰惨な雰囲気を醸し出す一人の少女がいた。


 「あれ? ルキかな。どうしたの?」


 ルキの存在に気づきユキアは駆け寄る。

 ルキもユキアの存在に気付いたようで顔を見上げるが、その顔色が変わることはなく、余計翳ったようにも見える。


 「ユキアさん。もしかしたら盗聴魔法がどのタイミングで取り付けられたか、わかりました……」


 「ほんとか!? それでいつですかか?」


 「それは……わたしのせいもありますね」


 何か言いたくないことがあるのか、好んで口を開こうとはしない。

 それをユキアは強く追及することはないが、すぐにルキは口を開いた。


 「すこし前、私とカレス姉とユキアでお弁当もってお出かけしたときです」


 「ん? あー、ルキが人にぶつかっちゃってーってやつ?」


 「それです。それで、その時お詫びとしてカレス姉がお弁当あげたじゃないですか」


 「もしかしてその時にって?」


 「……それでそのきっかけを作ったのは、私じゃないかって……」


 言葉尻が萎む。

 ルキのことだから、ルキのせいであっても、それは今すぐにでも落ち込むのではなく、事が終わり次第に本人に直接謝ると思っていたのだが、ルキもこどもで、しっかりとして落ち着いている物腰だが、精神年齢も同じように子供である。自分のなかにうまれた罪悪感を償うために、きっと誰かからのお叱りを受けたいと思っているのだろう。

 もしそれでルキの心が休まるのならばそうしてあげたい。そう思うものの、今は生憎時間があるとは言えない。

 だから。


 「そっか……カレスさんが帰ってきたらしっかりと謝らないとな」


 「うんっ……わかって、る……」


 ユキアはルキの前に膝立ちをすれば、腕を背に回しこみ、軽く抱き寄せる。

 そして耳に口を近づければ、小さく口を動かす。


 「なんで盗聴魔法のことを気づいたか、わからないけど、今はそういうことにしておくよ」


 子供であれば、偶然出会っても推理が辿ることのない結果。

 それを導き出せるものは、ただの子供ではなく、それがルキ自身のものであれば、ルキが何か力を隠しているか。

 そうならなければルキが盗聴魔法のことを知っていることに説明がつかないのだ。


 「……なにを言ってるの? いくら私でもそれぐらいの考えはできるよ」


 「……そうかな?」


 少し呆れたような物言いで言うルキに、ユキアはすぐに体を退く。

 密着した体が離れれば、互いに顔が見える。

 ユキアに映ったルキの顔は、翳った顔でも、先ほどのような余裕のありそうな口調から想像できるような口元の緩んだ顔でもない。

 いたって普通な、いつも通りの愛嬌のある顔持ちをしている。


 「ルキ。今すぐに俺の装備、整えられる?」


 「うん! 完璧を求めなきゃ軽装備はあるけど、整備済みは今のところ臭装備しかないよ。あと剣もこの前言ってた片手剣に、あとはボンクラしかないね」


 「なら重装備と片手剣。それとあるのなら限界突破リミットオーバー促進薬を」


 「わかりました! 今から搔き集めていきますので、リビングででもすこし休んでいてください!」


 ルキはユキアにそう言うと、その場を駆け足で離れていく。

 その姿は先ほどの落ち込み様からは想像できないほどで、今だ子どもで、頼られてうれしいと感じる年頃なのだと実感させられる。

 だからといって何かするということはなく、玄関近くのソファに深く腰掛けるだけだ。


 「……きっとあの魔女はブラドを封印とかじゃなく、飼育をしているとみて間違いはないだろうな」


 古代種カタストロフィであるあのブラドが、あのように窮屈な洞窟内で留まり、そして暴れることのないような態度でいるのだ。

 それを不満なく過ごしていた様子を見れば、力関係での主従ははっきりとわかる。

 金あり、名声あり、女あり、食あり。

 どれをとっても略奪の限りをなせるブラドからすれば当たり前のものであり、今さら誰かに欲するものでもないのだ。

 それが魔女の下に就く理由ではないことから考えれば、それは一つの感情。

 純粋な恐怖心や力による身体の束縛だ。

 それを考えれば、ブラドを簡単にねじ伏せることの出来るほどの力がある

仮定するのは当たり前だろう。


 勝てるのだろうか。


 はじめから未来を無用に危惧することは良くないとは良く言われることだが、こればかしはするな、というのは仕方ないだろう。

 憶測、作戦、戦力。

 そのすべてには考えなくては、それで簡単に勝率を予想する必要があることで、それが低ければ不安になるのは仕方ないといえるものだろう。


 「今のままだと万分の……いや、億分の一なりか?」


 ブラドに深手を負わせることが出来たというが、活性化させ、それでいて怒りで狂化が解けているということはないだろう。

 それを踏まえれば、洞窟内に侵入後、すぐさまブラドに襲われ、それを避したとしても、今度は魔女に会いバッドエンド行き直行だろう。


 確かに今はカレスが攫われたことで大分焦っているし、迸る憤りも感じている。

 けれど、だからといって敵の根城に無計画で突っ込むほど気は動転していない。

 仲間を信じて任せる。

 それを念頭に置けば、無理をしてまで仲間に迷惑をかけるなどという行動はしない。


 ふと、安らぐ体を傾け横に立つアレスを見てみる。

 アレスもユキアと同じように特別焦った様子は見受けられず、テーブル上で何かを広げていた。


 「それは?」


 「そーいやお前にもまだみせてなかったか」


 どこか含みのあるような声色で答えてくると、テーブルの上に広げたものを手に持ち、それをこちらに差し出してきた。

 それは武器、といった見た目というよりも、なにかのサポートアイテムのようなものに見える。


 「……まさか武器じゃないよな?」


 「そんなわけあるかよ。まぁ正解は一種のサポートアイテムだな」


 「お前がサポートアイテムを持っていたとは」


 「おいおい。人をヤマトのような脳筋と同じにすんな。ただやたら使う必要がなかったから出さなかっただけで、サポートアイテムはいくつも持ってるよ!」


 たくさんということを表現しているつもりなのか、両手を大きく広げ忙しく動かす。

 手に握るサポートアイテムはガチャガチャと今にも壊れそうな音をしているが、アレスは特に気にしたようにそれを気遣ったりする動きはなく。

 だがすぐさま動きを止めて大事そうに抱えだす。


 「お前情緒不安定ですか?」


 「いいえただの気分の起伏だ」


 「二人とも。敬語使うか使わないかで切り替えなよ」


 突然と表れた声に驚く様子もなく、二人はその方を向く。

 そこには武器や鎧などの入った少し大きめの木箱を胸いっぱいに背負いながらのルキがやってきた。


 「ユキアさんにはこれを」


 「おう」


 木箱を譲り受ければ、中から簡単なグローブなどを取り出し嵌め、手を動かしてみる。

 それは普段着けるような軽装ではなく、むしろ今回のものは重装だ。

 プレートやヘルムなどは重そうなほどに装飾にも似たものが様々付いており、グリーブなども派手ではないが光沢のある装飾が施されている。


 「駆劉矛ガルム―弐式ですな」


 駆劉矛―弐式。それはユキアが大和革命軍に入ってからの二カ月間で手に入れた素材での試作品一号の後継者で、そして現在のユキアの用意出来うる最強の防具であり、ルキに作ってもらった防具でもある。

 よく、防具とは攻撃の気休めにしかならないため上級者になれば軽装など比較的戦闘の妨げにならない防具を使うと言われているが、実際にはそんなものは本当の上級者にはあり得ない。

 本物の上級者にはそんな括りやこだわり等一切ない。

 あるのは、防具に着けられてある特殊効果エンチャントだ。


 今回使う駆劉矛ガルム―弐式には、魔力活性化と天衣適正5という最大値を貼っている、天衣開放使用時にはピッタリな装備なのだ。

 今回ばかりは奥の手を控えた状態など、カッコつけるような真似は一切出来ないため、このような装備になるのだ。


 防具を装備してみれば、体にはいつも以上の重さを感じるが、どことなく力が湧く感覚が骨の髄に這う。


 「それじゃあアレス」


 「ああ、ユキア」



 ――革命を起こすぞ。



 一つの、背丈の低い影が見送る中、二つの影が繰り出した。

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