第十五話――報告と衝撃! 本腰入れろよおデブちゃん!

 冒険者ギルドの前、門のところにすでに到着していたユキア。

 傷はポーションなどのおかげで垣間見ることはないが、やはりというべきか、防具はほとんど盆暗ぼんくら同然な状態だ。

 プレートはほとんどが吹き飛び、ぎりぎり胴を巻いていた革が残っているだけ。ガンドレットは跡形も見えず、その下の服なども完璧に消えており、肌が見える。グリーヴはプレートやガンドレットよりはましではあるが、半分ほど折れるようにして消えているだけで、ぎりぎりの原型を保っている。

 その他の肩甲などというパーツは、ほとんど潰れ、ぶら下がっているいるという状況だ。


 「ぜったい受付嬢さんに色々と言われちゃうんだろうな」


 いつも依頼の報告にここを立ち寄れば、必ずと言ってもいいほどに出向いをし、そして受付カウンターまで一緒に歩き、そして立ち話のような依頼中での出来事などを話すのだ。

 よく言えば後輩系、忠犬、年下。悪く言えば鬱陶しい。

 別に受付嬢のことを嫌っているわけではないのだ。

 ただ疲労などが多く溜まるような依頼の後などは、毎回心の奥隅にはあるのだ。

 嫌い、というわけではないのだ。

 大事なので二回言いました。はい。


 憂鬱と暮れるような表情を崩すように顔を叩く。

 想像よりも音が大きく、周りが驚くようにこちらを見てきて少しの恥ずかしさを覚えるように顔を沈め、冒険者ギルドの門を潜る。


 中に入ってみれば、喧噪が溢れ一身に降りかかってくる。

 ギルドには依頼の受付カウンターの他にも、酒場という口を滑らせやすいような情報交換で賑やかになる憩いの場になっているのだ。

 今この時間は中々に混むような時間帯、昼を過ぎたばかりの、徹夜などの依頼や、依頼を行わずにギルドに立ち寄り冒険者仲間で酒を飲み明かすという飲んだくれが多くいる時間帯なのだ。

 背格好の整った青年や、威厳の高そうな堅物中年。酒飲み様々の恰好のような白髭を蓄え、身に着けるものは皮を薄く伸ばして鉄のプレートに張り付けたよなレザーなものばかりで、他の部位には袴などを身に纏い、緩く余裕の多い服装だ。


 「あっ、ユキアさん! お帰りなさいっ!!」


 先ほど思った通り、受付嬢が犬のようにテーブルから身を乗り出す。

 尻尾が着いていたら、と何度も想像をしたことがあり、どんな風なものになるか、と考えた途端に辺りの書類などが尻尾で撒く風圧で飛び交い、周りの受付嬢からの怒号が聞こえてきてしまう。

 そんな想像をすると、どうしようもない罪悪感が出てきて頭に振るい想像をかき消すことで罪悪感も同時にかき消す。


 「おう。帰ってきて、達成報告もしにたよ」


 「待ってましたっ! っていうよりも! とんでもない怪我じゃないですか!」


 「そんなにすごく見える?」


 自分の体を見てみても、すぐ見分けのつくような傷はなければ、酷いような怪我も見当たらない。


 「そんなにって。きっとポーション使ったですよね? それでその傷ならとても

深手を負ったっじゃないですか?」


 「ポーション使ったって分かるものなの?」


 「もう。ユキアさんだから分かるに決まってるじゃないですかー」


 「……本当は?」


 「鎧がボロボロなのに、体の傷はそこまでだったら、体を癒すような魔法を使わなければいけないのですが、ユキアさんの場合はソロで行くようだったので、ポーションを使ったんだって考えましたよ」


 「この子以外にしっかりしとるわ」


 「以外って。これでも受付嬢の仕事を全うできるほどのスキルは備わってるんですよ!」


 「おうおう、そうかそうか。わかったから少し静かにしようなー」


 近くに行き突き出してくる頭を撫でてやれば、誇るようにドヤ顔を見せ、ほんのりと赤面とさせる。


 「それじゃあ達成報告の方、お願いできるかな?」


 「おいっす! ちょっと待っててくださいね!」


 敬礼の真似事のようなものを行うと、カウンターの奥へと入っていく。

 周りを見てみれば、皆の視線は嫉妬や憎悪といった悪感情を含んだものはなく、「またか」や「毎度恒例」など、和むような雰囲気を醸し出すものばかりだ。

 あたりの雰囲気から見れば慣れた光景なのだが、それでも当人の受付嬢には慣れた様子は見られず、ユキアに背を向ければ受付嬢さんは溜まっていたものを吐き出すように、顔を耳まで朱色に赤面とさせたのだ。


 「もう。ユキアさんって気付いてないのかなぁ」


 依頼の達成用紙を置いた台に、達成確認印鑑をすこしばかり強めに押し刻印を刻む。

 よく受付嬢とともに執務などを執り行い、ときには勤務外などに仲良く食事をしたりなどしている中の人でさえも、突然な音に抱えている書類などを落とし手を振り上げたりなど珍行を行わずにはいられない。

 一度、恥ずかしさを打ち付ければ、狭まった視界も正常に戻るのか、そんな状況のバックヤードを見渡した受付嬢は申し訳なさそうな表情をする。


 「……すみません」


 不服そうな謝罪を行う受付嬢。

 それを見た周りの先輩後輩は、怒ったり失望したりといったことはせず、ただそれをしょうがないといった具合に顔を崩すだけだ。


 そんな中、一人の受付嬢が助け舟でも出すのか、受付嬢に近づく。


 「ほら、カノさん。冒険者さんが待っていますよ」


 「うん。ごめんねっ」


 未だに罪悪感が残る崩れた顔に苦笑を浮かべ、後輩の受付嬢の肩を叩く。

 数枚の依頼用紙、そして達成報告書の決算用紙、それに加えて報酬金の入った袋を取り、カウンターへと移動する。


 「ユキアさん! お待たせしました~」


 「大丈夫だお!」


 「もう。本当にユキアさんはやさしいですね」


 「優しいから? どうしたのですかな?」


 「どうって。惚れちゃいそうになる? とかですね」


 しれっと、先ほどの初も初でも初すぎるような反応を見せた受付嬢には想像もできないようなしれっとした顔で赤面ほどのことを口にだす。

 言われたユキアの方も特に変わった反応を見せるようなことはせず、慣れたように顎下に親指と人差し指で作ったチェックのマークを作る。


 「いやー。嬉しいなー。それに。そんな思いは、困っちまうぜ!」


 「そーですね。それじゃこれの確認お願いしますね」


 まず先に、数枚の達成済みの依頼用紙を差し出す。

 依頼を受けた時と違うところは、押印がされている以外には、依頼内容の箇条部分に、達成した証の印がついているだけだ。


 「うん。間違いないよ」


 「はい。それでは今度はこちらの達成用紙と、報酬の金額を」



 依頼用紙とは別の、達成した依頼の内容に、報酬の金額と担当受付嬢、担当冒険者、そして依頼人の三名の名前の書かれた用紙と、それに書かれた通りの報酬の入っているであろう金銭袋を数個、カウンターに乗せる。


 「やっぱりこれだけ多ければ、依頼も頑張った甲斐もあるな……」


 「……ん? っあ、部位欠損素材など、提示できるものなどってありますか?」


 今回のような、偵察時の部位欠損素材などは、提出を迫られても、それを自らの素材として私的使用をすることは認められているのだ。

 その場合は、少し長ったらしいレポートなどを書き、それを冒険者ギルドに提出することで素材の提示を免れることができるのだ。


 「えーっと、竜の翼の爪だけど。大丈夫かな?」


 「えっ!? 竜種がいたんですか!?」


 「いたよ。多分古代種カタストロフィの暴竜ブラド」


 瞬時、ホーム内には静寂が訪れ、その刹那に戸惑うように幾つかの声が漏れ出し、少し経てばそれらは喧騒に変わる。

 受付嬢たちはそれを宥めるように言うが、それは冒険者たちには怒鳴り込むようにユキアへとなだれ進む。


 「おいおいユキアさんよぉ。カノンちゃんにカッコつけたいからって幾ら何でもそんな嘘はないんじゃないか? みっともないぜ?」


 「そうかい? 俺自身ではこの体のほうがみっともないと思うけどな」


 煽りを返せば、受付嬢たちは笑いを吹き出しすぐさま顔を伏せるが、冒険者たちは違う。油に水を注いだように余計に苛立ちを露わにする。


 「おうおう! なら古代種カタストロフィがいたっていう証拠見せろや!」


 「証拠だったら翼爪よくそうでいいかな?」


 「んなもん適当な竜種から採ってきたやつだろ! もっとしっかりとしたもん寄越しやがれ!」


 罵倒を投げられたユキアは内心史実も読まない馬鹿野郎と脳内で罵倒しかえし、怒鳴りたくなる口を塞ぐ。


 ブラドの部位を見せても、何も反応しないとなれば、冒険者ならではのもので教えないと退くことはないだろう。

 ならば、適当そうな受付嬢でも認識のある、ポーションの性質上のことを説明すればわかるだろう。


 「これは証拠になるかわからないけど、中々に冒険になれた俺が、今はポーション使ったからわからないけど、防具がボロボロになるほどの痛手を負ったんだよ」


 しかも一撃で、と付け加えれば、絡んでくる男の冒険者は、どこか下にみるような下卑た眼差しを向けてくる。


 「一撃って。堂々の第七ギルド階位様もこんな雑魚をいれるんだなぁ!」


 「……君、中々に失礼じゃないかな?」


 不穏な雰囲気が突然とユキアから流れ始める。

 怒りという感情だ。

 先ほどまではユキア単体にしか標的は向けられていなかったものの、仲間、それもギルドというものに向けられたのならば、いくらユキアとは言えど堪忍袋の緒が切れる。

 だが、そんなことは知らんとばかりに冒険者は無様にも挑発を繰り返す。


 「失礼て。お前のような雑魚はどうせ貯めた金でも渡して融通きかせてんだろぉ? そんな奴を侮辱して何が悪いっていうんだよ!」


 男に戦闘した魔獣がどれほどのレベルのものか。それほどの危機感をもって戦ったのか。ユキアの戦闘レベルがどれほどのものなのか。

 はっきりとわかっていない男には、ただ馬鹿にするようなことしか口にだすことができない。

 それを知ってなお、男の口にすることは許すことにあまりがありすぎる。


 「なら……」


 其れは断罪と値する。



 「試してみるかい?」



 小さながらも、透き通るように淀んだ声は、一瞬でギルド内を静寂で包んだ。

 恐怖でも、おかしさでも、嗜虐でもない。

 ただそれは平伏するに違いないものだから。


 「俺の剣、雑兵如きが見切れるのか?」


 腰に佩く剣に手をかける。

 瞬間、男には畏怖が降りかかる。

 先ほどまでうるさいばかりに叫んでいた口も、今ではすっかりと見ることなく、それはだらしなく口を開き、恐怖のようなものを表出させる。


 「受付嬢さん。どうにかこいつを処罰する方法をおしえて――」


 ――ッユキア!


 刹那に、ギルド内には誰かの声が響いた。

 その声は、ユキアのでも、受付嬢のでも、ましてや有象無象と湧き出るような雑魚な冒険者でもない。

 誰の声かと聞かれれば、知っていると答えることの出来るその声の持ち主は。


 「……アレスか。どうかした?」


 ドアを激しい叩いたのは、ユキアの親友とも呼べる人物、アレスだ。

 その風貌に抱えるのは、多大な焦りだ。

 どうやら、ギルド内でのユキアの批判を聞いてこの場に来た、というわけではなく、その他のことで焦っているのだ。


 「大変なことが起きた。俺自身焦ってるから、とりあえず搔い摘ませてくれ」


 馳せる息を落ち着かせるために、一呼吸置き、そして言った。


 「姉貴が魔女に攫われた」


 姉貴は誰だ?

 カレスだ。


 魔女は誰だ?

 きっと先ほどブラドから逃げ帰ったときにあった奴だ。


 なら、なぜカレスが狙われた?

 俺があの魔女に怒りを覚えさせた、から?


 いやいやまさか。

 どこで俺とカレスの関係を知った?

 あり得るのなら、どこかで会ったことがあるのか?


 いや、それよりも。


 「いま、どこにいるかわかる?」


 「今はギルマスたちが向かってる。だからユキアにはどこかは言えない」


 「……なぜに?」


 どこか辛そうな顔をしたアレスに聞いてみる。

 すると口端をそろえるようにキュッと絞めて黙り込む。

 きっと。

 きっと自責の念に押されているのだろう。


 アレスが入団時に口に出した、カレスと離れることを拒み、必ずカレスを助けるといったものだ。

 だが今はどうだ。

 間抜けに魔女に出し抜かれ、カレスを誘拐された。

 そしてヤマトたちにすらも戦力外扱いのように置いて行かれ、差し詰めそのことを伝えるためにユキアの元に来たという認識でいいだろう。

 ユキアが沈黙を続ければ、静寂が募るほどにアレスの顔は翳る。


 「俺をヤマトの元に行かせない理由、教えてくれよ?」


 「……」


 「俺が怪我をしているからか?」


 「……」


 「お前が行けないのに、俺が傍に駆け寄るのが許せない、とか?」


 「っ……そうだよ」


 苦虫を噛みしめるような顔を伏せる。

 ユキアとアレスは、カレスを取り合うような関係であるのだ。

 ユキアはカレスに恋愛的な好意を向け、アレスはカレスに親愛的な好意を向けているのだ。

 その関係でカレスと共にいたいアレスは、勝手に買い物などに連れていかれるユキアに対して、カレスが絡むことに関しては少々な苦手を持っているのだ。

 それでよくユキアがカレスと共にいれば、アレスはその間に割って入ってくるような形でいつも邪魔をしているのだ。

 そんな相手が、自分は強制的にカレスの元には行けないのに、ユキアは求められるような形で近くに来いと命じられているのだ。

 それは悔しいと思わず何を抱けばいいというものだ。


 「惨めだろ? 今までは自分は強い方だと思っていたのに、何か起これば

弱い扱いを受け、同列だと思っていた相手は必要とされて……」


 「……本当にそう思っているかい?」


 本当にそうなのだろうか。

 ヤマトがアレスのことを実力不足扱いをし、そしてユキアを必要とするように呼びにくる。

 あり得ない、とは言えないが、おかしいとはいえる状況だ。

 もしもそれが俺を呼ぶためか。もしも待機を言いつけたのが実力不足ではなく、他の作戦があるとしたら。


 そう考えた方が納得がしやすいだろう。

 そしてそれがアレスに伝えられてない、ということは、何か伝えられない理由があり、そして暗号として受け取ってほしかった、なるだろう。

 ならばどうなるか。


 「理由が実力不足ではなく、俺かお前に何かを伝えるための暗号だったりなどしないか?」


 「暗号、か?」


 「じゃないとヤマトがお前のことを無意味に残すわけがあるか?」


 「ない、と思いたいな」


 なにか。なにか暗号が。

 伝えたいものが。

 伝えなければならないものが。


 そう考えていれば、突然と横槍が入るように誰かの手が肩に乗せられた。


 「あのユキアさん。もしかしたら後から二人でついてこいとか簡単なものじゃないんですか?」


 「え? ……うーむ。それだとしたらどこか理由に欠けるような気が……」


 「ならユキア。奇襲を掛けろってことじゃないか?」


 「……それだと、奇襲を掛けることを伝えることができない状況、ってことか?」


 ギルドホーム内で、ヤマトがアレスに奇襲を仕掛けることを伝えることができない状況。

 挙げるとすれば、伏兵、身内の裏切り、盗聴。

 この三つ。

 その中にあり得るとすれば、伏兵はその情報を伝えるまでの時間がないことで無し。身内の裏切りも同じ理由で無し。

 ならば盗聴。

 考えるなら、設置型、憑獣型の魔法。

 設置型ならばギルドホームにつけるか、街中ですれ違った時に体の一部を触れられて魔法が仕掛けられたか。

 憑獣型のものならば、声を聴き、そして送信することを考えるならば、蝙蝠大の大きさの生命力を保有している生物でなければならないことで、それがギルドホームに近く来れば嫌でも気づいてしまう。

 そんな理由で却下だ。

 だから設置型。それも魔力感知がされにくい、直接体に埋め込みその対象の魔力に混ぜ合わせることなどしなければ魔法を生業としているガストやハルフィラに感づかれるだろう。


 よし。線が繋がった。

 ならばやることは一つだ。


 「今すぐ行くぞ。場所はどこだ?」


 「よくわからないが納得したならついてこい」


 「とりあえず誰の体に盗聴魔法がしかけられているかわからないから内容は言えないが、カレスのいるところに着けば教えられるから」


 「わかったって、その前に。お前は防具を一旦変えなきゃだめだろ。それにポーションも無いんだろ?」


 「……そうですな。焦ることはやめて、カレスのことはとりあえずヤマトたちに任せて俺らは準備をやるでござるか」


 「……そうですなー」


 ユキアが怒りの成りを潜めていつもの声色に戻せば、アレスもそれに乗るように口調をまねる。

 いつもの健気な口調には似合わず、つい笑ってしまう。

 乾いたように響くギルド内には、充満した殺気が消え失せた。

 先ほどまで口を呑気で開いていた男は意識を取り戻したように顔を振るう。

 そして先ほどの勢いを取り戻した男は、ユキアの肩を乱暴に掴もうと乱雑に手を伸ばす。

 その瞬間に。


 「なぁ兄ちゃん。俺の親友になに手を出そうとしてんだよ」


 背に背負う槍を抜き放ち、男の喉元に突き出す。

 その速さは目に留まることを忍ぶほどで、風圧が男の勢いを押し返す。

 風が男の背後に舞い、受付嬢などの書類が宙を舞う。

 カウンターにあったり、受付嬢が持っていたりなどした紙はほとんどが荒ぶるように飛び交う。


 「なんか俺の親友を色々と誑かしてくれたみたいだけど……どうしたものかね」


 キリっとした目つきで睨みつける。

 穂先は揺れることなく喉元一点を定め、口を開くことを許さないような殺気を与える。

 槍の刀身に紙が落ちてくれば、切れ味の良さを表すかのように紙は鋭利に切れる。

 それを見た男はゴクリと唾を飲み込む。


 「今度のギルドバトル、組ませてもらうからな?」


 「は、はいぃ……」


 ギルドバトル、演習と言い換えた方が伝わりやすいと思うだろうが、ギルド同士での様々な制限の付けられたバトルというものだ。

 それが比較的ランクの高いギルド、それも第七ギルド階位に属しているギルドなんかに殴り込み宣言されえれば生気も抜けるというものだ。


 「よし。だいぶ垢は抜けたみたいだな」


 そういうと、アレスは先ほどの殺気を解き、槍を背負いなおす。

 自分の言葉でこれほどまでに恐怖を抱いている男におかしさを覚えて口端をニヤけさせるが、咳払いで戻す。

 真剣な顔持ちに戻したアレスは、男の顔前に立ち咳払いをする。


 「冒険者っていうのは、みんなが自由を求めて束縛されることを嫌う人種なんだ」


 そうだそうだーというユキアを睨め怪し付けると、続けるように口を開く。


 「だからこそお前も自由を謳歌したいのはわかる」


 そうだそうだーという声はユキアのみならず、ギルド内にいるほとんどの冒険者の声も加わる。

 それに対してアレスはもう叱ることはないのか、呆れたようにため息をこぼす。

 受付嬢は悪ノリというようなことをすることはないらしく、アレスと同じようにため息や苦笑いを露わにする。


 「だからこそっていうのもあれなんだが。お前の自由のために誰かの自由を束縛するなんてこと、あっちゃならないんだよ」


 アレスが過去に奴隷として捕まっていたこともあってか、自由の束縛にはどこか許しがたいものがあるのか、使命感のようなものが宿った声には、正気に戻った男には声すら返すことはできるものではないだろう。

 男は詰まったように「うっ……あ、ぅあ……」と声にもならない声が漏れる。

 それに満足したのか、アレスは男の肩を叩き振り返る。


 「さぁお前ら! 余興はこれで仕舞いだ! だからお前らはさっさと冒険にでもでかけて金稼いでこい!」


 アレスのそのことで先ほど男に言ったことが理解したのか、納得をしたように労ったような言葉を添えて徐々に解散をしていく。


 「んじゃユキア。とりあえずホームに帰るか」


 「そうですなー」


 立つ鳥跡を濁さず。

 その言葉の如く、さきほどまでこの騒ぎの中心であったはずの二人は周りの冒険者に同化するように姿を滲ませた。

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