第十四話――ブラド戦! 生き残れおデブちゃん!――
どう、すれば……。
どうすれば、どうすれば、どうすれば。
……どうすればいい。
何をすれば、生き残れるんだ……っ!
簡単だ。
弾くんだ。
「──ッ、
一瞬でとっていた防の構えを解けば、剣の切っ先をブラドの剛腕に当てていた。
その名の通りの、衝撃の反転。
だが、
そんな
「──ッぐぁが!?」
簡単に薙ぎ飛ばされた。
少し離れた位置にあった岩肌に、一瞬に背中からぶつかり、大半の内臓が押し潰された。
不意に込み上げてくる嘔吐感に口が開かされると、深紅に染まる血液が吐血する。
二発目、三発目と吐き出せばとりあえずは血液が出ないのか激しく訴えてくるような嘔吐感は消え失せた。
岩肌から起き上がろうと手に力を籠めるが、うまく動けない。
首だけを起こして見てみれば、体の半分以上が壁に埋め込まれており、特に酷いのが、骨がぐしゃぐしゃに砕けたように直線をジグザグに折り曲げたように骨折をし、右腕や右肩はブラドの攻撃をそのまま受けたせいで、肩は体から離れ、筋肉なのかだらりとぶら下がっており、腕の方は所々から折れた骨が突出しており、痛々しさを感じられる。
だが、それほどの怪我をしていてもなお、自我を失うほどの痛みは感じられないのは、過剰なアドレナリンが飛び出ているからだろう。
「ポーション、買っといて正解だったな……」
比較的被傷の少ない左腕で、腰に巻き付けてあるポーチから適当に2、3本のポーションを取り出す。
ブラドを見てみれば、ドシリドシリと地面を揺らせながらこちらへと歩んできている。
口端から垂れる唾液は、すぐさま食らい付うとしているのが窺えるのだが、それほどの恐怖は感じない。
「ん……んぅぐ」
注ぎ口を親指で弾くように割ると、それを口に運び飲み干す。
喉には絡むようにポーション特有の臭みと苦みを感じるが、それ以上に、体内のタンパク質を刺激しての高速の治癒による歪とも感じ取れるような嫌悪感が勝りさほど気にならない。
傷は想像以上に簡単に癒え、力を籠められる。
「いやいや、さっきのは中々に危なかったですな」
「当たり前だ。我を侮辱したのだ。簡単には殺しはせんぞ」
「それだと本気でも出せば簡単に殺せるって感じだけど?」
煽りをぶつけてみれば、先ほどのように大きな変化こそはなかったが、筋肉の収縮が目に見えて判り、本気を出すことがわかる。
「先ほど見せた力の差だけでも未だわからないと。とんだ馬鹿か、命知らずか……」
「ならお前はとんだ脳筋だな」
笑ってやれば、視線を尖らせ威嚇をしてくる。
先ほどこそ効いたが、今はアドレナリンのおかげで退くことも膠着することもない。
ユキアは笑いながらも、過剰といえるほどに煽りを向ける。
「それにさっきので力の差って。お前みたいなでかい図体してるのに、こんな人っ子一人潰せないとか。ほんと冗談もほどほどにしてほしいものですな」
「なら、次は地面に練りこんでやろう」
「だからさっきから言ってるけど、さっさとやれよ。まあできないだろけどもな」
「なら、我が本気を身を以て受けよ。狂化……ッ」
──ウヴァアア!!
まるで自我を失ったように咆哮を吐き出す。
狂化。それは自らの意識と引き換えに、本能というブレーキをすべて放棄した上での完璧な暴走状態のことであり、竜種などを含む力に我欲を超えた欲求を持ったものなどが生み出した、気づいた時にはすでに死んでいた、などが多発するような技だ。
正直を言えば、この技で自滅などをしてくれればとてもありがたいというものなのだが、きっと死ぬことはないだろう。
ノルマは最低限、それでいて実力は最大限の発揮。
それでいてクリアできないゲームがあるだろうか。
答えは否。あるはずがない。
なら、やってやろうじゃないか。
中途半端でも、結果さえ残ればそれでいい。
「始めこそは遅れをとったけど。今は実に良い気分だ」
いける。今なら。
無理な限界は迎えるな。
簡単な挫折に振り向くな。
だから。
俺は俺らしく。
平凡な限界を知るだけだ。
口内に残る血液を唾のように吐き出せば、脂肪の着いた顔に余裕な笑みを刻んだ。
「――こっからがスタートラインだ」
その刹那。
洞窟内に衝撃が走る。
ユキアもブラドも動いてはいなければ、互いの武器すらも動いていない。
そんな状況の中での衝撃波。
その原因。それは互いの限界まで高めた魔力の衝突による
ユキアの足元には、漠然の魔力の放出による波状系の渦が存在し、今までのストッパーを外したのが解る。
「魔力量が対等と? 面白いではないか」
「なら見逃すか?」
「冗談――俄然殺し甲斐が出るというものだッ!」
瞬時。ブラドの姿がブレた。
先ほどのブラドの力を制御しているときでさえ、目で追うことすらできなかったのだ。
避けれるはずがない。
それが思考の念頭に浮かんだが、すぐに失せる。
見えないのなら、見えないなりに工夫すればいいだけの話だ。
「
そう唱えた直後。無駄のようにだだ漏らしていた魔力を足に集中させ、そして
その性質を利用し、背後へと飛び退く。
直後。先ほどまで立っていたはずの地面にはブラドの剛腕が埋めつけられ、それで崩壊した岩石などが宙に飛ぶ。
ブラドは避けたことに驚きを隠せないのか、動揺したように目を大きく開くが、一瞬にしてそれを細め、ユキアを補足する。
次の瞬間。大きく伸びた、穂先には凶暴な刃棘の付いた竜尾で浮かぶ岩石を薙ぎ払う。
その巨大な竜尾を以て薙ぎ払われた岩石たちは、単純な力だけで四方へと飛び出す。
飛び出した岩石は、当然ユキアの方へも向かい、その瞳には大きく岩石が映し出される。
だが。
その岩石が衝突ことはない。
「
宙に掲げた腕を下せば、飛び交う岩石は何かに落ち着けられるように真下の地面へと衝突する。
操作可能範囲存分に広げた魔力から、
「まだ終わらんよ。
尾を振り切ったことで先ほどのような機敏な動きの出来ないブラドの死角、胴体の下に移動し、蹴り上げるように真上へと衝撃を絞り出す。
胴体が浮き上がる、なんてヤマトのような芸当を行うことはできないが、それでも足止め程度は可能な威力だ。
「っぐ、くっ……小癪、な……っ!」
腕を振り上げ、振り下ろそうとする瞬間にその場から退避し、またしても地面を砕かせる。
「
自らが作り出した岩石での攻撃の二度目。
狂化状態の上、鱗などが傷ついていることから、先ほどよりもダメージは大きいと図れる。
証拠に、数枚の鱗が弾き飛び、流血しているのか、地面に滴る血の量は、すでに水溜まりといえるほどではなくなっている。
「小賢しいわ!
前腕双方には魔力の渦が纏わり、そして力強く地面へと押し付ける。
ひとたび大地に入った魔力が、振動に崩壊を繰り返し、地盤を砕くのではと思うほどの揺れを起こさせる。
ユキアはそれに簡単に足元を掬われ、片膝立ちになるが、すぐさまその場から退く。
追撃が来るからだ。
その姿は猛虎や猛猪といった具合に、片腕を地面に叩き着けたならば、片方の片腕を振り上げ、地面に叩きつけた方を振り上げたのならば、振り上げていた方を地面へと叩きつける。
まるで地団駄のようなものを繰り返しながらその度に突進を繰り返してくれば、一度二度の回避では間に合わない。
そしてこの場は洞窟。逃げ場は無限大なわけではなく、裁量も限られている。
回避をできるだけ小分けにしながら、フェイントを多く混ぜる。
「
その度に魔力を収集し、そしてそれを爆散させ。その繰り返しでの魔力の消費はお世辞にも少ないとは言えない。
早めに終わりにしなければ、ブラドの体力、生命力が切れるまで逃げ続けなくてはならない。
「しょうがない。か……」
――チェンジ・アクター。
そう、小さく唱えてみれば、背負う大剣の刀身が分かれ、弓の形となり背から落ちる。
背面越しに下る弓を手に取れば、片手剣を腰へと納刀する。
「顕現せよ。熾矢・アポロン!」
史実に根深く残る、アポロンの矢を顕現させる。
苦痛なく男性を殺す、太陽神アポロンが使用したとされる矢だ。
弦に手を摘まむように軽く掛けれれば、粒子状に光る何かが集合を開始し、結合をすれば一条の矢となり、それを番える。
捩り、引き絞る。
それだけで簡単に弦は悲鳴のようにギギギと音を奏でる。
倒せるなんては夢えでも思わない。
ただ、これは動きを止めさせるだけ。
過度な期待は捨てる。
低い見積もりを立てる。
それだけで。
限界は簡単に超えられる。
「――穿て」
紙のすり音のように軽い音を立てて弦から放された矢は、空を捩じるようにして大気の層を突き破り、放物線を描きながらブラドへと向かう。
いささか、ブラドの竜の中でも大きい体躯を持つ感覚から見れば、弓は小さすぎたらしく、避けることを行う予感すら感じられず、その猛突をやめることはない。
「
逃げ、ではなく、前へと進む。
いきなり逃げることを辞め、攻めるように近づいてくるユキアに、一瞬戸惑うが、動きを止めることはなく、それは好機とみたブラドは、今度こそと意気込むように剛腕を振り上げる。
「これでぇ!!」
姿がブレるほどの速度で、地面すれすれを奔るユキアに振り下ろす。
一瞬、刹那の後には潰される。
そんな予感はするが、未来が見えることはない。
なぜなら。
ギュイン……ッパン!
胸板で弾けるように、先ほど放った矢の矢じりで皮膚を捩じり、そして収縮したものを弾き飛ばし、鱗の張る肌を、一瞬で只の肉塊と化させる。
「ぐぁっはぁっ!!」
振り抜く腕を、その標的を見失ったように、地面へ叩きつけることはなく、地面を擦れるようにし、自らの巨体を回転させるように、腕の遠心力で地面へと背から転げ落ちる。
「風魔法、
本来は突進系の魔法であるが、それを足の角度で真上へと向け、慣性でブラドの真上へと移動する。
そして。
「まだ未完成だけど、これくらいはやってやるさ!」
弓を大剣のフォームに戻せば、力強く握りしめる。
それを、ゆっくりと頭上へと動かし、上段の構えを取る。
次第に、刀身からは見え隠れするように炎が纏われ。
そして。
「天衣開放、我が剣に纏えッ――大倶梨伽羅!」
天衣開放。それは史実に活躍したとされる人物を、自らの装飾品、または装備として召喚、そして内包し、開放させて身に纏わせる。
未だに未完成で全てとは言えないが、武器一つを憑依させることは可能になっている。
倶梨伽羅竜が由来となった、大倶利伽羅を大剣に憑依させれば、先ほどから燻っていた焔が爆散するようにして大きく広がり、完璧に刀身に炎を纏わせる。
「喰らえ!
身体を極限まで伸ばしてからの、一瞬での振り下ろし。
それは上段以上から放たれた振り下ろしの袈裟斬り。
刀身の姿は鈍るように大きく伸ばし、そしてブラドの肌の刃を埋める。
直後、鮮血の噴水とでも思えるように勢いよく血を振りまきながら顔の一部、眼球を傷つける。
大剣、もとい大倶利伽羅はそれだけでは終わらず、体を宙で回転させてからの、もう一刃。
今度は目標とは大きく離れ、顔や腕、胴といった体の主要の部位ではなく、翼の一部。それも鍵爪といえるような小さな部位を弾くようにして地面に埋まる。
技が終わり、いつでも反撃できる状態になっているブラドのはずなのだが、傷はそこまで浅くはなく。
片腕で目を塞ぐようにし、苦痛に起き上がることを躊躇させている。
それを見たユキアは、今のうちということで、急いで地面に足を着け、そして切り落とした鍵爪を掻っ攫う。
追撃は行わない。
魔力残量とこれ以上の深追いによる警戒度向上とその危険性との相談の結果だ。
これがパーティーメンバーが一人でもいれば変わるが、生憎と今日はソロのため、誰も助けにはこない。
「さらばだブラド!」
「まっ……待てぇ!!」
怨霊のような声が聞こえるが、耳を塞ぎ鼓膜を守る。
手で塞いでいたとしても、身体の大きさに比例するように、肺の大きさも同比のように巨大だ。
そんな大きさの肺を使っての叫び声となれば、例え手の平越しだったとしても鼓膜は揺れる。
多少の嘔吐感を感じながらも、所々に存在する突起などを足に引っ掛け力を籠めながら最高速で逃げ出す。
苦痛で動きに俊敏が欠けるのか、地面を砕くような音の感覚はまるで遅くなり、岩石が飛んでくるというようなことはない。
「待てと言って待つのは犬だけさ!」
さらばだーといった具合に、忍者のように洞窟を駆け抜ける。
どうやら戦闘中に中々に移動したらしく、入り口、もとい蹴り開けた穴からは若干の距離があった。
幾度か足を着ければ、ようやく入ってきた穴に辿り着いた。
「ようやく着いたよ。もう、疲れちゃったじゃないか」
疲労の蓄積された足膝を酷使し、軽く飛ぶ。
地面からはさほどの距離しか飛んではいないが、尖るように突き出る壁に手がつき、それにつかむようにして張り付けば、体を腕で持ち上げ、その土台に乗り、そして先ほどと同じように飛ぶ。
魔法さえ使えば簡単に省略できる高さ。
だが、それに使う魔力すらも今は惜しい状態だ。
必死な思いを繰り返しながら這い上がること数度。
ようやくのことで穴に辿り着いた。
穴の脇に手を乗せ、這いずり上がる。
「よい……っしょ」
腰をフリフリ。
芋虫のように腰を捻らせながら登り上がる。
これはしょうがないことなのだが、毎度のこと狭い場所や、今のように這い上がる場所など、腹が
「つか、れたよぉ」
緊張の糸が緩んだことでの安心か、それとも逃げ切れたことからの安心からか。
溜まった疲労が一気に迫るように体が重く感じる。
そんな感じに一息を付こうか。そう悩んだ刹那に。
「お前か? 私の家を荒らしてくれたのは」
――ゾクリ。
瞬時に恐怖、緊張、焦燥、動悸、早鐘。
先ほどとまさに同じものが振り返してきた。
「
逃げだす。
そう本能が悟ったのだ。
戦うな。逃げろ退けっ、と。
その姿はまるで子供の這い這いといったように、まさに滑稽そのものだ。
だが、人間慣れれば力の入る四足の方が速く走れる。
顔から床に突っ込むように飛び出した直後、穴の開いたその場所には、轟音が響いた。
「避けた、か……これで君の罪は整った……」
「いいいっ、いいや! 僕は死にましぇぇん!」
手刀でドアノブを叩き斬れば、体当たりのようにドアを開けて外に出る。
外の景色は先ほどと変わらず。
ならば突き進み、外に出れるまで
「全力……爆速ターボ! 回せケイデンス。走れ俺の脚ぃ! これこそが、我が道を行く!」
来るときには迂回をしていた花畑や、怪しんで未舗装の土道も。
気にする様子などせず、振り向くこともなく。
必死になり顔を歪ませながら走る。
きっと今のこの顔をうちのみんな、特にカレスに見られたら笑われちゃうだろうな。
そんなことを考えながら走れば、いつの間にか不意と日差しを感じた。
「おろ?」
必死に動かす足を止め、目や歯を食いしばっていた力を抜く。
「出れた、のかな?」
すでにあの歪とも思える空間は抜け、場所は深い緑ではなく、薄く挿し込んでくるような日差しが目に入る。
その光景はすでに幾度と見て、そして見慣れた場所だ。
「出れた、よ……よかったよぉ!」
正直ほとんど賭けのようなものだったので、今度こそ助かったと希望がとても大きく感じる。
と、いうか、それよりも……。
「やばい。今度こそ動けないかも」
改めて安心に身を委ねてみれば、疲労などではなく、痛覚が姿を見せる。
ポーションを使ったおかげで、再起不能というような怪我はないのだが、それでも骨は骨子を最低限組んだだけ。皮膚は最低限に結びついただけ。姿こそ治っていても、その裏側は未知といったように、表と同じように治っているとも限らない。
特に酷かった腕などは、簡単に折れてしまうのではないかと思うほど、力を入れれば鈍痛が走る。
「これは……早く帰らなきゃだな」
ホームに変えれば治る、というわけではないが、倒れるのならば外ではなく、仲間のいるホームで倒れた方がいいし、心配をあまりかけないで済むだろう。
それに、カレスも……。
「なんて。勘違いとか、したいもの……ですなぁ」
ユキアは口調を直し、腰のポーチからポーションを取り出し、そして飲み干す。
いつも通りの味に安心するような感覚を与えるが、やはりまずいものはまずい。顔をすぐさま歪ませた。
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