二章 第十二話――依頼を受けるよ! 頑張れおデブちゃん!――
木造で所々が古ぼけたような、そんな懐かしい雰囲気の宿る冒険者ギルドに、ユキアは一人来ていた。
「あっユキアさん! 今日はギルドで? それとも個人ででしょうか?」
ユキアが冒険者ギルドに入ると、突然のようにカウンターにいる受付嬢が身を乗り出しながらこちらに笑顔を向けてくる。
髪を後ろで小さくまとめ、いわゆる受付嬢ヘアーというような、受付嬢の中で人気な髪型に、可愛らしい小さな帽子を乗せた豊かな胸の女性だ。
そんな女性を見れば、ユキアは気づいたように手を振る。
「今回は個人。いつもの森の依頼があったら、5、6個お願いできるかな?」
「わかりました! では確認をしてくるので、奥の談話室のほうでお待ちくださいね!」
「うん、わかった」
そう言うと、ユキアは後ろにならぶ冒険者に場を譲り、カウンター脇に伸びる陰湿気の拭いきれない廊下を通り、そして個室がいくつか並ぶような光の入る照らされた場所に着く。
「あら? 今日誰もいないんだ」
使われている談話室は無く丁寧にドアが開かれており、中の簡単な造りでできている木製のテーブルと、向かい合ってに置かれている二席の椅子が見える。
室内の種類によっては、それぞれ新しかったり、古かったり、木目が粗かったり、日差しが入らなかったり。
いろんな種類があるが、俺はその内の一つである、一番端の談話室に入る。
日差しが入らず、古くガタがきており、他にはある雰囲気を良くするための花瓶や壁紙なども無い、本当に質素な部屋だ。
この部屋はユキアが冒険者ギルドに入りたての頃、持ち前の謙遜と臆病な性格の元で思考した結果、このどこよりも劣り、どこよりも誰も使うことがないだろうという部屋を選んだことがきっかけで、以降この部屋を使っているのだ。
談話室に入ってから幾らか時間が経てば軽い足音がなり、そして直ぐにノックが響いた。
「ユキアさん、入っているでしょうか」
「うん。入ってますよー」
主張のありながら、それでいて優しく柔らかいような声に多少の緊張を帯びながら発した声は、引っ込むようなものになり、内心恥ずかしさを覚える。
「はいはーい、失礼しますねー」
陽気な声とともにドアを開けた受付嬢は何枚かの、目測で五枚ほどの依頼用紙を持ってきた。
「これ、どうぞ!」
「ふむふむ……」
受付嬢から依頼用紙を差し出されると、内容を確認する。
適当に捲ってみれば、目測で確認したものと同じように、五枚あった。
一枚目には、いつも通りの魔女の薬草の採取で五枚金貨――日本円で五万円――で、そのほかにも、すこしお高いところの鍛冶ギルドの武具の無料券の一枚譲渡というものだ。
二枚目には、これもまたいつも通りのモーモー五体の討伐で金貨十枚。三枚目にも同じくモーモー五体の討伐。
四枚目には、いつも見慣れない偵察クエストの依頼だ。突如森に現れた異臭のする古屋の偵察だ。
五枚目には、四枚目の追加報酬の形となる依頼だ。
それは古屋の中にいる魔獣の生態を探るための捕縛、若しくはは部位破壊をしたその素材の持ち帰りという内容で、その両方をクリアの場合のみ認められる金貨七十枚の報酬だ。
「最後のって……」
「はい? ……偵察任務ですね。すこし報酬が高いですけど、まぁ記載ミスだとしてもクリアさえすればすぐに報酬を差し出しますので、このまま行っちゃってくれていいですよ!」
「いいって……まぁそれはそれでありがたいんだけど、俺が言いたいのは、ただこの魔獣がどんな魔獣か。そして部位欠損素材でも可で金貨七十枚の報酬って。怪しがるのも無理ないでしょ」
「そうですかね? 無偵察状態のクエストでの要戦闘の依頼なんて大体の相場はこの位ですよ」
「相場、ねぇ……」
考えてみれば、確かに敵の情報がまるでないということは、形態も攻撃手段も弱点も有効攻撃手段も、それに戦力や兵力が不明な状態での対策がまるでできずに挑むのだ。何回か同じように挑まなくてはいけず、それで且つその間は他の依頼になんて余所見をしている暇もないのだ。
毎日の生活がかかる依頼を受けれない以上、これくらいの報酬がなくては割に合わないといったものだ。
「……わかった。それじゃあ今日の昼から向かいたいから、向こうの門兵に話を通しておいて」
「りょーかいですっ! 今回はすこし先が見えないものなので、ご注意、お願いしますね?」
椅子に座ったまま、受付嬢は今までの雰囲気を変え心配をするような仕草で言ってくる。
きっとこれは規則なのだろう。冒険者が道中で死ぬ事のないように注意を払わせるためのものと、そして帰ってきたくなるような魅力を振り回す。
先ほどの忠告はきっと規則なんだ。
大変だなぁ、と思いつつも慰めの言葉を口にすることはない。
今でこそ異性と話すのに意識することは少なくなってきたが、それでもかつては女性が近くにいるだけで緊張し、口が回らなくなるほどの重度な女性の免疫の無さなのだ。そんなユキアが声を掛けることはできず、ただ笑顔を崩さないでいることぐらいしかできることはない。
「それじゃあ俺はそろそろポーションとかの買い足しとかしなきゃいけないから」
「あっ、そう、ですね……それじゃあ本当に、気をつけて下さいね?」
「おう。心配ありがとうな」
「はいっ! これでも私はユキアさん、あなたの専属の受付嬢なんですからねッ!」
「専属って。そりゃ俺は君ばかりを指名する形になってるけど……」
「いいんですよ! ようは、心の在り方ってやつ? ですよ!」
「無理やりカッコいい言葉を使わなくてもから。それじゃあ俺はこれで失礼するね」
「はいっ! 行ってらっしゃい!」
陽気な声を背中に受けながら談話室を出た。
廊下を歩いていれば、視線や軽い威圧のような存在感が背後で燻る。
「……えっと、どしたの?」
「何もー? ただ君を見送りだけでもしてあげよっかなって思っただけだよ! ほら、早く行こっ?」
受付嬢が訝しげな表情のユキアの背中にくっ付きながら押し出してくる。
だが、中々動くことはなく、もし動いていたとしてもそれは歩行の補助の役割はおろか、足しにもなることはないだろう。
男女の差、というものもあるが、この場合は体重の差といったほうが正しいのだろう。
ユキアの腹部には裕福にも醜く肥した贅肉が。
それに対し、受付嬢はというと、革で作られているように見えるウエストニッパーが腹部に付けられているが、それは役割を果たしているのかと思えないほどに締め付けは存在しているようには見えず、それでいて、服の上からでもはっきりと見える括れがあり、豊満な場所と言われれば、それは胸部、胸しかないのだ。
「はーだめだこれ、ぜーんぜん動かね」
「なんだと失礼ですな」
「そう思うなら早く動いてくださいよー」
もー、と文句を垂れるが、その表情には嫌気や嫌悪といったものは一切無く、楽しいというような好感情のものしか見ることができない。
そんな風に慕ってくれている受付嬢に若干の照れを感じ頬を薄ら赤に染めた。
「何顔赤くしてるんですかー?」
煽るような口調で問いかけてくる。
随分とこの扱いには慣れ、どのよな返答をすればこの受付嬢に効くのか。なんてことは耳に入った途端には浮かぶほどだ。
今回の場合、一番効くのはそう。素直だ。
ただの本心をぶつければいいだけだ。
「ただ……すこし恥ずかしかっただけだよ」
「そう、ですか……」
互いに俯きながら無言になる。
そこにあるのは、一見して気まずそうなものだ。
だが、実際にあるものは、ただ流れ行く時に体を任せた二人の、背負うものも何もないただの子どものように無邪気になれる空間だ。
いつかの子どもを思い出すような、そんな……。
『カノさーん! そのその業務に戻って欲しいです!』
「えっ? あっ、はーい! 今行くね!」
突然と二人を分かったものは、受付嬢のことをカノさんと呼んだ後輩にあたる受付嬢だ。
無言だった二人の間には、空気が戻ったような、気まずそうな声が洩れる。
「それじゃあ私は戻りますから。ここにいてもいいですけど、依頼はしっかりと達成してくださいね?」
「うん、分かってるって」
ユキアがそう言うと、受付嬢はせわしくその場から離れ、その背を眺めながら、軽く手を振る。
そんな彼女が去り際に、小さく言葉を発していた。
――ここにもっといて欲しかったのに。
そんな願いは、叶うことも、ユキアに届くこともなかった。
だが、受付の任に就いた受付嬢の顔は、ただただ充実な顔をしていた。
*
ポーションなどを数ダース買えば、武具を揃え城門前に来ていた。
依頼などの際に、外に出る問いに通らなくてはいけない通過門。役割としては、街にいない冒険者の把握や、生存の確認のためなどいったような記録の役割をしている場所だ。
そこを通ろうとすれば、門前で待機をしていた門兵に声を掛けられる。
「おうユキア! 今からクエストか?」
「あぁ、依頼だよ。あと、なんども言ってるけどクエストと依頼は違うから」
親しげに話してくる門兵のバジル。ユキアとは長年、それは十年ほどの顔見知りであり、普段から顔が合えば口を利くような間柄であり、数少ないユキアの友人ともいえる人物だ。
バジルの変わったところである、依頼のことをクエストと呼ぶような癖があるが、毎回否定と訂正のセットを贈っている。
一見して、依頼とクエストとはただの言い換えのように感じるが、厳密には違うものなのだ。
依頼とは、誰でも報酬さえ容易することができれば、それが人道的に不適切なものでなければ、冒険者ギルドに依頼としてだすことができるのだ。
そしてクエストとは、冒険者ギルドや王国や貴族からの爵位を持つ、国政的に有力者とされる者が、自ら持つ権力を使い依頼を強制的に指名することのできるものだ。こちらは先ほどの依頼とは打って変わって、人道的に不適切なものだとしても受理されてしまうからだ。だが、このクエストによって人道的に傷を付けられた人は覚えられるほど数が少ないのだ。理由としては、クエストを出すときにはその存在や内容を極秘にすることができず、冒険者ギルドのほうも機密を守ることができないのだ。それにより多くの貴族は自らの地位が危うくなるようなことは簡単にはできず、中々にそういった事件が起きないというものなのだ。
「別にユキアの場合だったらクエストっていっても通るだろ?」
「こいつも相も変わらずの適当、かぁー」
「相も変わらずってことは、俺のような適当人間がいるのか?」
ユキアの言葉に興味を示したバジルが質問を出してきたが、ユキアの受付嬢と答えそうになった口は簡単に閉じた。
「……冒険者ギルドの受付にいるカノンさんだよ」
「っえ? あの後輩系まじめちゃんが俺みたいな適当ちゃんなの!?」
「お生憎様、だけどね」
ユキアの呆れたように手を振る動作に、バジルは思いついたように目を光らせた。
「っていうことは、もしも適当ちゃんじゃなかったら嬉しかったわけ?」
もし受付嬢が今の適当さが完全に抜ければどんなに美しい女性になるのかと脳裏に浮かばせてみれば、性的な欲求が芽生えるたのが分かった。
「嬉しいって、そんなわけ……あるな」
「……やべぇ、俺も想像したら理想郷が見えた」
ぐへへ、とくだらなそうな笑いを男二人して流していれば、もう一人の門番――おそらくバジルの先輩の女性――が呆れたような顔を浮かばせながら姿を見せる。
「バジルさん、仕事中に一体どんな妄想をしているんですか?」
「っげ、先輩! これは違うんですよ。そ、そう、こいつ! ユキアが突然先輩のことが可愛いなーっていうことを言っててですね?」
「ユキアさん。もちろんそんなくだらないことではありませんよね?」
ニコッと笑みを向けてくる。
優しく微笑んでいるそんな先輩の背後には、ただならないほどの不の感情が漏れ出ており、せっかくの美しい顔に咲かせた笑顔も恐ろしくみえてしまう。
ユキアはそんな先輩に見つめられたせいで口はうまく動かず、それでいて未だに詰め寄ってくる先輩に頭を大きく縦に振り回すことしかできない。
「そそそ、そんなわけっ、ないじゃないですか。ねぇ?」
アイコンタクトでバジルに視線を送ってみれば、返す気も受け取る気もないように、その場から逃げようと背を向けるバジルがいた。
ああそうかい、お前がその気なら俺にも考えがあるんだぜ。
ニヤリと不適な笑顔を向けると、不思議そうな顔で見てくる先輩に、大声で白状してやった。
「ちょっと聞いてくださいよぉ! 今回ばかりは違いまずけど、バジルが仕事が休みの日で会うことがあれば、すぐバジルの口から愚痴のように先輩の話題が出るわ出るわで。しかもその内容の殆どが、先輩可愛いッ! 付き合いたいッ! デートしたい!! といったような欲望駄々漏れのものばかりなんですよ!」
「なっ、ユキアてめぇ!」
「お前が俺を置き去りにしようとしたんだろ? なら知らねぇよ!」
バジルが両腕を威嚇するように持ち上げて突進してきたのを掴み、いがみ合いになる。
その間も、唾が飛ぶと掛かってしまうといったような鼻先が触れ合うような距離での小言が飛び交いするが、それは突然と消え失せた。
「バジルさん。すこし、お話をよろしいですか?」
その声を聞いた途端、いや、その声を聞く前から察知をし、危険を感じて怯えたのだろう。
声を聞けば、それは意味通りのお話ではないことは、背を向けて顔をみることができないユキアであっても充分に伝わるほどに、重圧が圧し掛かる。
「それとユキアさん。今度もし、このようなバジルさんのふざけた言動を見かけたのなら、すぐさま私に知らせてください」
「え、でも……」
「いい、ですね?」
「……はい。ワカリマシタ、ですぞ」
目の前を見てみれば、仲間を売ったユキアに対して怒りを露にするように押し倒そうとしているのだが、先輩が一歩でも動くものならばと脅せば、次第と力は弱まる。
「さ、バジルさん。もう直ぐ昼の刻で交代の時間です。早く引き継ぎを行いに行きましょう」
手を差し伸ばせば、バジルは驚くほどに抵抗を見せた。
成り行きでバジルを掴んでいた手も、気を抜けばすぐにでも逃げられてしまうほどの力が込められている。
ユキアが冒険者、バジルはただの門番ということを考えれば、それは驚くべきことだ。
「ほら、行きましょう?」
先輩の言葉にバジルが抵抗し、その抵抗に先輩からの視線による指示で逃がさぬように捕まえ、そして摑まっているバジルに、じりじりと距離を詰める。
概要だけ聞けば、それはまるでいたちごっこのようなものだが、ソレとはまるで違う。
言い換えれば逃げられぬように拘束された蛙に、まぐれの攻撃を受けても平気なようにとの装甲に、近接武器遠距離武器といったものを装備した状態の蛇が近づいていくようなものだ。
バジルが拘束からの脱出に成功するか、それとも先輩がバジルを詰め切るか。
その決着は当たり前のように簡単に着いた。
「バージールー、さんっ」
先輩がバジルの背後に回りこみ、そして肩に手を置く。
「あ、ぁぁ……」
耳元でささやかれたバジルは、曲芸士のいなくなったブリキの人形のように抵抗が止み、そして口端から洩れるような声が流れる。
先輩がバジルの首根っこを軽く掴み引いてみれば、先ほどまでの接着力がまるで嘘のように簡単に離れ、怯えながらも笑顔を保っているユキアを放していく。
「では、私たちはこれで失礼する。ユキアさん、あなたの冒険にご武運を」
「は、はい……」
軽く会釈をした先輩は、バジルを引きずるように去っていく。
町に入り、その背中を追うことができなくなれば、ユキアは現実にもどされる。
「なんで冒険前にこんなことしてるのですかなぁ」
一つ、ため息を漏らせば、確認のように身に纏う防具を体を擦らせて音を立て、そして腰と背中にある武器に手を当てる。
自然と好奇心にも似た高揚感が満ち、先ほどの一波乱も嵐の前の静けさのように、冒険のまえの愉快さと捕らえ、力が溢れる。
「今日も一日、満足できてるようですな」
ユキアがギルドに入ってからの、毎日のように確認している、充実度チェック。
やりそびれたこともなければ、満足していない日は一日たりとも無かった。
ギルドに入るまでは、どんなものか分からないといったような特殊な雰囲気で包まれていたギルドも、今ではとてもそう思えるような引き気味な心は存在せず。
変わりに……。
――充実がある。
手に取ることも、見ることもできないが、感じることのできる、俺が求めていたもの。
空を見上げてみれば、澄み切る青空に、所々に見える白い雲。
それは平和を感じさせるもので、いつの間にかユキアの足を進ませるものだった。
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