第十一話――ギルドでの日常! 閑話だよおデブちゃん!――

 ある日の昼下がり。ギルドホーム内でユキアたちは、昼食を待ち望んでいた。

 昼食の準備が滞りなく進む中、ピンク色のエプロンを纏ったハルフィラがユキアとアレスに声をかけ、二人をルキの篭る工房に行くように指示した。


 「ユキアくんにアレスくん。もうすぐお昼ができるから、ルキちゃんを呼んできて欲しいな~」


 「はーい」


 二人は午前の鍛錬が終えた直後え、体に溜まる疲労を誤魔化そうと床に倒れ込んでおり、怠けた曖昧な返事を返す。

 その様子を見たハルフィラは叱りつけることもなく、ただ微笑を浮かべるだけだ。

 ハルフィラがユキアたちを叱らない理由は、今まで何度も同じように頼み、そして最後には必ず呼んできてくれており、そのために信用を寄せているからだ。


 「それじゃあ頼むね」


 ハルフィラはそれだけを言い残すと、調理場のスペースに戻っていく。

 それを見送った二人はすぐに起き上がり、そして互いに見合う。


 「行こっか」


 「おう……あぁ、だりぃ」


 アレスが悪態をつくが、それをユキアは訂正をしようとせず、そのまま足を進める。

 その裏には、暗にユキアも同じ思考をしているからということも含まれているからだ。


     *

 

 ユキアとアレスはギルドホームの地下に続く螺旋状に正された階段を下っていた。

 普段の居住のスペースの床などとは一転し、質素な石壁の剥き出しの壁に、段差のバラバラの階段だ。


 「もう鍛冶は終わったのかな?」


 「さぁ。まぁ終わってなくても俺らが行けば中断してくれるだろう」


 ユキアが聞けば、アレスは簡単に答える。

 ユキアがそのことを聞いたのには思うところがあり、ある期間の間はソロの冒険者をしていたことがあり、何度も野営などをすることや、長期間に及ぶ依頼やクエストなどがあり、自らで剣を鍛えたり、整備することがあり、鍛冶の大変さを知っているのだ。

 一度炉に火を灯せば、消すのももう一度着けるのも大変で、ほとんどの場合が何か用事があったとしても、鍛冶を優先するほどだ。

 それを、自分たちが鍛冶場に入ったことで中断させてしまうのは少なからず罪悪感を抱くのだ。


 そんなことを考えている内に階段は下り終え、階段との場に似合ったような薄汚れた木製の板の扉があった。


 「着いたけど。どうする?」


 「どうするって、さぁ? 早く呼べよ」


 「はぁ? また俺かよ」


 何度も同じように呼び役を任されているユキアは軽い悪態を吐き、扉をノックする。

 すると、その衝撃は木に吸収されたかのように音は立たずに篭った音をするが、それでも人が気づくぐらいの音は出た。

 いつものように、扉が開けられても平気なように、一歩引く。

 だが肝心のルキが出てくることはない。


 「中々来ないな……というかユキア、汗凄いかいてるぞ?」


 「え? あ、ほんとだ」


 額を拭ってみれば、いつも以上に手に油分の混じった水滴が着く。

 これには見覚え、というよりも心辺りはある。


 「まだ炉使ってるところなのかな?」


 槌で金床や素材、鉄を打つ音がせずに、ユキアの額には拭えるほどの汗が滲んでいるのだ。

 これならば未だに鉄や素材を炉で加工可能の硬度まで融解しているのだろう。

 それを察したユキアとアレスは互いに見合う。


 「どうする? このまま帰ったらハルさんに怒られるよな?」


 「まぁ、そうなるだろうね。ハルフィラさんだけだったら平気だけど、ガストもきたら、ねぇ?」


 「ねぇって俺に振るなよ。というかいつも通りにお前が突入しろよ」


 「はぁ? それは俺でも怒るよ? 何でいつも俺だけなのよ」


 いつもユキアが先に部屋に入り、そしてルキに邪魔をするなと怒られながら部屋を追い出され、そして直ぐにルキが部屋から出てくる。こんな流れだ。

 二日に一回にはこのようにハルフィラに駆り出され、そしてユキアだけがルキに怒られる。

 アレスがユキアにこの当番を任せることには理由があり、ユキアがルキに異様に好かれていることが原因であり、アレスやノレンなど親しいものや目上の者以外には一度怒ったらすぐには許してくれないのだが、ユキアの場合は部屋から出てくるときには怒気は完璧に抜けきり、昼飯などは席を隣同士で食べるのだ。


 「でも俺が行ったら二、三日はルキの奴拗ねまくるんだぞ?」


 「だったら俺が部屋に入ればアレスたち以上に怒るんだぞ」


 あの時のことを思い返せば、と小さく呟くと、今にも鉄やインゴット、鉱石などを投げ飛ばしてくる姿が浮かんでしまう。それどころか、右に握る鎚を俺に向って振り下ろしてくる姿も思い描けてしまう。


 「ほんとに、あれは駄目だよ……」


 「お、おう……」


 深刻そうな顔で言う姿にアレスも同情をしたのか、肩に手を回してくる。


 「でも、このままじゃだめだしな」


 チラッチラッとアレスがユキアを脇目で見つめる。

 それは早く行けという視線なのはもちろんユキアも気づいているが、全くというほどに気づかないようにそっぽを向く。


 「誰が行くのかなー。アレスが行ってくれたり、しないかなぁ?」


 視線が止まないことを悟ると、体を捩らせ一瞬でアレスの目の前に自分の顔を持っていく。

 視界を塞いだ顔にアレスは驚き後ずさると、数歩下がったところで、驚きで固まっていた顔をニヤリと笑みに変える。


 「っうし、そうだな。やるか!」


 「え!? ほんと? 俺は助かるけど……」


 アレスの言葉に顔を明るくする。

 肩を叩きユキアを体から話すと、そっと下がり。

 そして。


 「お前が行ってこーい!」


 ユキアの背中を力いっぱいに蹴り飛ばす。

 気の緩んだ体全面で衝撃を受けたユキアは簡単に体勢を崩し、ドアノブを捻りながら部屋に転げ込んだ。


 「いててて……畜生、アレスのやつめ」


 起き上がり、腰をさする。

 辺りを見渡してみれば、床には灰や炭などはこべり着いていることはなく比較的清潔かと思いきや、油の付いた金槌やペンチや延べ棒など、様々な鍛冶に使用する工具が転がっている。

 その横には、試作品や失敗作なのか、古ぼけた木箱の中に様々な武具やサポートアイテムのような、中距離武器や閃光弾のような戦闘に間接的な役割を果たすものが沢山入っている。


 「これ、ルキはガラクタっていっていましたけども……」


 適当に短剣を手に取ってみれば、手に馴染むような手触りに、しっくりとくる質量。試し振りをしてみればヒュンという音を立て、宙に軌跡を残して、胸の内には軽い高揚感が沸い出てくる。


 「後でこれ、貰えるか聞きますかなぁ」


 このギルドでは、他人のものを貰うときには必ず了承を盛らなければいけないのだ。これは軽い障害でも、これからの冒険に残ることがないようにと、例えそれが処分するようなものだったとしても勝手に受け取ることは駄目だということにヤマトが決めているのだ。

 ユキアは手に馴染みだした短剣を元の場所に返すと、ルキがあるであろう奥へと進む。


 進んでいけば、先には重厚感のある銅の扉の前に着いた。


 「ノック、ノック。ノック……」


 ノックをしようと手の甲を扉にかざすが、その手がノックの寸前で止まるようなブレーキが掛かり、呼び出すことができない。

 幾度それを口に出そうと、やがてはそれが行動に現れることはなく止まってしまう。


 どうすればいいか。それを自問の末に、一つの答えが導き出された。


 「ならノックをしなければいいのさ!」


 ユキアは満面の笑顔を乗せたような顔を見せながら、「よーし」と勢いづき、ドアノブに手を書け、それを捻りながら、錆びたせいで重くなっている扉を体重を乗せながら開いた。

 開けた途端には、先ほどの一つ目の扉とはまるで比にならないほどの熱気が肌に巻きつく。

 滲んでいた汗は、既に肌を伝い、床にしたたるほどに汗腺が緩んでいた。


 「こう言ったらルキに悪いけど、ここ本当に熱いし……もう嫌になるですなぁ」


 一歩、踏み出す前から汗をかき始めているのに、ここから歩き進めるとなると、気分も憂鬱になってしかたがなくてしかたがない。


 「でも呼んでこなかったら呼んでこなかったでハルフィラさんに怒られちゃうし。あ、これがいわゆる女性二人を挟んでの葛藤とか?」


 軽い冗談を言っていれば、突然と始まった鉄を打つ音に意識が奪われる。


 カン、カン、カン、カン。


 一定の間隔で打たれる鉄は耳慣れた音色で、ルキがいることを示すものそのものだ。


 「おーい、ルキ。お昼だ、ぞぉ? ……」


 「っえ。え……えぇ!?」


 見てみれば、そこには上半身に纏うものがない、曝け出した状態のルキがいた。


 「……なんで」


 「はい?」


 「なんで勝手に入って来ているのですか!!」


 羞恥に頬を染めたルキが、予想通りに手に握る鎚を投げてきた。


 「うわッ。危ないですぞ!」


 「うう、う、うるさいです! 勝手に入って、勝手に裸を見て……ッ!」


 プルプルと震える華奢な肩、鎚を握っていることで鍛えられ始めている腕や手。

 その光景にユキアは即座に正座をし、罰を受ける体勢となっていた。


 「この……変態ッ!」


 鍛えられていた右腕で、ユキアの顔を殴り飛ばし、ユキアはそのまま床から宙に浮き、ドア付近まで転がり込んで行った。

 ルキは殴った手に痛みが残るらしく、怒ったような顔をしていながらも、赤く腫れた手は大事そうに撫でている。


 「もう。不意打ちでの裸のカミングアウトなんて。反則ですよ……」


 子どもの健気さとは離れた、まるで妖艶さを醸し出すかのような声で呟くと、ルキは近くにあった服に手を伸ばし、肩に掛ける。

 ふと。思い出したように、自らの胸に手を当てる。


 「そういえばユキア、私の姿に欲情の素振り、一切見せてなかった」


 熱いからや、胸が大きくないからなどの理由で服を脱いでいたのだが、もしもこれが胸が大きかったらと考えてしまう。

 胸があるとするならば実際にそれは鍛冶をする上で邪魔になるなどの理由で疎む存在になっていたのだが、無ければ無いでそれはユキアには魅力的に見られなくなってしまう。

 以前に扇情的な衣装で誘ってみたのだが、ユキアにはあやされ、カレスには少々の小言を喰らってしまった。

 今回は不意打ちの接触で手が出てしまったのだが、裸を見せる良い機会になっていたのだ。

 だがその機会を迎えて尚、現状は変わらずに頬を染めることも欲情をすることもないのだ。


 「……前は年上に同年代に妹キャラに。それに続いて今回の年下キャラにしても」


 突然と独り言のように呟きだした謎の言葉に、ルキの顔はどこかやつれたような顔をし、ため息を吐いた。


 「……未だ無謀。結末足らしめるものここに在らず、か……」


 そう呟けば、ルキは影の中で、長身でスタイルの良い、胸は豊満で、くびれの付いた臀部の大きい女性が、腰に伸びる髪を掻き揚げていた。


     *


 「それで? なんでお前が一番遅いんだよ」


 挑発風味の声調で言ってくるアレスに、ほんの少し怒気の含んだ視線を当ててみる。

 するとアレスは怖がったように宥めるように言ってくる。


 「っま、まあルキを呼んできてくれただけでも充分だよ」


 「本当に思っているのかね。俺のことを部屋に押し入れた君が」


 「本当に私も困ったんですから。すこし油断した格好をしていたら、突然と後ろにユキアが現れるんですから」


 「あははっ……それは本当にごめん」


 ここに来るまでに何度も言った言葉を、今回も冗談っ気を全て抜いてからの謝罪を行う。

 そう言うと、これも今まで見てき続けたが、気まずそうな顔で両手を前に差し出す。


 「もう謝ってもらったのでいいです。それよりも、早くご飯、食べましょうよ?」


 「そうだぞ。ユキア、謝りたいのも分かるが、それ以上にルキはお前といつものように楽しく話していたいのだろう。ならば飯を食べて今回のことを忘れ、楽しく過ごしたほうがいいだろう」


 ヤマトから説教染みたアドバイスを貰うと、ユキアはルキに向き直り、深呼吸で感情を整理する。


 「……わかった。もうこれで謝るのは最後にする。ごめんな?」


 「また謝るのって言ったほうがいいですか?」


 冗談のように笑ってくるその頬に、軽く手をあてがう。

 その手を堪能するように、ルキは首をかしげ、肩とで挟み、すり合わせる。


 「いや、ただ笑っていてくれればそれで充分だよ」


 「うん……わかりました」


 二人の間には、ただ時間が流れる。

 特別なものではなく、普通の、ゆったりとしたような、穏やかなものが流れる。

 楽しいような、胸が沸くような、嬉しくなるような。

 そんな時間だけが流れている。


 「ん、んん!」


 そんな空間が気まずそうに思ったカレスが咳払いで甘ったれたような雰囲気を散らす。


 「すこし皆のことを考えてくれないかい?」


 「そそ、そんな雰囲気なんてないよ! カレスそんなわけあるわけないでしょう!」


 「カレスさん、そういう雰囲気なんてあるわけない……あるわけないです、よ。ね?」


 ルキがユキアの方に首を傾げると、当たり前だろと完全否定をする。


 「先ほどの光景を誰かに見られちゃったら恋仲だと思われても仕方ないよ?」


 「これから気をつけますぞい」


 「私も。気をつけなければいけないですよね……」


 そこでヤマトが、突然と咳払いをする。

 苦笑いや真顔を繰り返していたものたちは、皆一斉にそれらを辞め、注目する。


 「今はまだ会議ではないから楽でいい。そしてルキにユキア。皆は昼飯を食べたそうに待っているぞ」


 ユキアが辺りを見渡してみれば、そこには退屈で目を瞑っている者がいれば、空腹で苛立ちを覚え、不機嫌さを表出させている者もいた。


 「我々は冒険者だ。ルールに縛られるのをもっとも嫌い、好き勝手に大暴れで生活したい者ばかりだ。その皆を私の暴慢で縛り付けて、それでも従ってくれているのだ。その中で、君らだけが今のようにふざけたりしていい理由がどこにあるか。今一度考えて欲しい」


 「はい」「……はい」


 反省した二人の姿をみれば、周りの者を機嫌を直したように、いつも通りのフレンドリーな雰囲気を漏らす。

 機嫌を悪くしていたガストでさえも、「ふんっ」と鼻を立てただけで、いつもの黒の肌には似合わない白い歯を見せながら笑顔を向けてくる。


 「さて、雰囲気も変わったことで。飯を食べるとするか」


 ヤマトがそう言うと、待ってましたと言わんばかりに、ガストやアレスが身を乗り出しながら始めた昼食は、中々の高揚した雰囲気で始まった。

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