第十話――デートかも!? 頑張れおデブちゃん!―― 後編
結局、何もなかった。
大和革命軍のギルドホームの門を潜ったユキアの脳裏に浮かんでいたのはその一言だけであった。
カレスとデートだと思ったらルキもいて、お弁当を作ってきてくれたと思ったらぽっとでの老婆に譲って、そしてそのまま何もないままに帰ってきて。
カレスのためにと買ったはずのネックレスの入った袋を握れば、ノレンの顔が浮かぶ。
俺のために頑張ってくれたノレンに、何の進展もなしに帰ったら恥ずかしい思いだけで終わるじゃないか。顔向けすら、できないじゃないか……。
そんなものは嫌だ。
せめてこれだけは渡そうと声を掛けようとするが、足が止まるだけで唇は震え声すら出ない。
馳せる鼓動は、恐怖に相似。
滴る汗は、深まる思いに相似。
恋と恐怖は表裏一体。
踏み込むことができなければ、決して実ることはあり得ない。
幾ら好きと感じたところで、それを相手に言うことがなければ、伝わることはない。
ましては、相手側から歩み寄られるなんて甘い考えを持ったところで、叶うわけもない。
怖い、けど。
怖いけど、こんなところで億劫になっていてどうするんだ。
初めてここまで親しくなれた女性だから、思いを伝え関係が変わってしまうのが怖い。
初めて異性をここまで好きと思えたから、この思いを否定されてしまうのが怖い。
それでも。
少なくとも、今日かったこのネックレスだけは渡さなきゃいけないんだ。
そうじゃないと、無理をしてまで送り出してくれたノレンに報告できる成果が一つもない。
だから。
だからっ――
超えるべき一線を越えろ!
「――カレス!」
自然と喉は動き、声も出ていた。
「っ!? ど、どうしたんだい?」
驚いたように肩を大きく揺らせば、不審がりながら振り返る。
その顔には若干の緊張と、そして期待の一端が見え隠れしている。
「あの、さ。今から少し、二人で歩きませんか?」
満足そうに出店で買った沢山の鉱石の入った袋を持つルキと視線を交せば、すぐに察したように頬を緩ます。
「カレスさん。私はいち早くに取り掛からなければいけない作業ができたので、気にせずお二人でどうぞ!」
「ん?そうかい?」
「はいっ!」
こいつ、本当に子供なんだろうか。
何度も気遣われたユキアは、ルキのことを子供の革を被った何かではないかと疑いはするが、時折見せる子供染みた悪戯や行動などを見れば、やはり子供であるのだなと納得をしてしまう。
そんな子供にも気を使われたのならば、退くこともできないだろう。
好都合だ。
自らをワザと窮地に立たせ、悪戯に奮い立たせる。
「それじゃ、行こっか」
「う、うん」
*
ギルドホームから少しあるけば、隣接する居住区に入る。
辺りには少ないことはない食料を取り扱う店や公園などが存在しており、大変賑やかな場所だ。
噴水やバラなどの庭園のようなものもあり、風が吹かなくても涼しく感じ、奔る鼓動も少しは休まる。
「こんなところもあったんだ」
「知らなかったの? って思ったけど、ユキア君ひとりじゃこんなところに来ないもんね」
数分ほど歩いただけなのに、先ほどまでの緊張は嘘のように消え、軽く会話する程度ならば滞りなく交せるほどには落ち着いた。
「ねぇ、そろそろ言わないの?」
「え? 何を?」
「ボクを呼んだ理由」
「……うん」
言うんだ。
言わなきゃ、いけないんだ。
言えるだろ?
後押しされただろ?
超えたんだろ? 一線を。
固めたんだろ? 覚悟を。
なら、悪戯に恐れることはない。
息を吸い、吐いて――
「きっと、今のカレスには俺の思いは透き通りだろう。だからっていって返事をくれって言うわけじゃないんだ。ただ……」
「ただ?」
渡すんだ。ネックレスを。
渡すんだ。
――叶うことはない束縛の証を。
「せめてこれだけは、俺からのプレゼントぐらいは受け取ってほしい」
腰に巻いたポーチから、昼前にネックレスなどの売ってある店で買ったグレムリンのペンダントのネックレスの入った袋を取り出し、カレスに差し出す。
カレスはそれを余所余所しい振る舞いで受け取る。
「これって? ……っ!?」
袋の封を解き、手の上で逆さまにして中身を取り出す。
出てきたものは、ユキアとカレスが先刻目にしたネックレスである。
「これって、ボクが選ぶのを諦めたやつだ」
袋から出てきたものは得体の知れないものではなく、見知ったものであったからか、安堵の表情を浮かべるように、口端を軽く緩める。
「喜んで、もらえたかな?」
引き気味で聞いてみれば、カレスは混み上がる喜びを搔い摘もうとしているのか、何度か口を曖昧に開閉する。
「嬉しい、なんてもんじゃないよ!」
くしゃり。力が込められたのか、袋は簡単に潰れ、ネックレスも軋むように音を垂れる。
金属で作られたネックレスはただ握られた程度では壊れるものではないので、そこまで焦ることはないが、カレスの浮かべる笑顔には収まってきた鼓動が早鐘を打つのを感じる。
「なら、これは冒険の時だけ着けよっかな?」
「冒険の時だけ?」
「だってボクが買った方は君が似合うからって選んでくれただろう? それに、これはなんか、ボクを護ってくれる気がするんだ」
それは俺が買ったから?
聞きたいと思うが、それは喉元まで競り上がり、飲み込んだ。
きっと口に出せば必ず答えは返ってくるだろう。
だが、その返答はゆきあが望むものとは違うものの可能性だってあるのだ。
プレゼントを受け取ってもらったからと言って、そこまで期待するのは無謀といえることだろう。
ただ今は。
君の笑顔だけで十分だよ。
ユキアの胸いっぱいを占領するのは、好きという感情だった。
「……それじゃあ、帰ろっか」
「……うん、そうだね」
ユキアが来た道に踵を返せば、カレスは意気の消沈したような顔を浮かばせながら、小さな声で答えた。
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