第九話――デートかも!? 頑張れおデブちゃん!―― 中編
大和革命軍のギルドホームの自室のベットでユキアは目を覚ました。
目に入るのは、天井とは違ったベットの下から伸びる上部だ。どこか溢れる気品に何ヵ月も見ているというのに未だに緊張が残る。
いつもならば毛布に包まりながら小一時間ほど蹲るのだが、今日は別だ。
目が覚めた途端に何かに弾かれたように毛布を足で蹴飛ばし、飛び上がるようにして寝間着を脱いで放る。
「今日は、デートですわい!」
ユキアがこれほどまでの活発である理由は、カレスからのお誘いが来ているからだ。
白狼亭を後にしてから追及するように深く聞いてみれば、買い物に付き合ってほしいということらしい。
ならばデート以外は考えられないだろう。
「着替えるでござる~、髪を整えるでござる~」
そこまで畏まったようなものにはせず、悪魔でも冒険者としては珍しいぐらいの、エチケットを守るほどのものだ。
「鏡もチェック……完璧ぞざる完璧ござる」
カッコつけのためにその場で一度ターンをしてみるものならば、でかいために余る服の裾は大きく靡き、腹部に肥えられた脂肪はタユンと揺れる。
「なんで……なんで俺は前日に用意をしなかったぁ!」
鏡に映る自分に絶望が過る。
自分なりのかっこいいという服を中心に買えば、女遊びをする連中の着るようなチャラチャラとしたようなものになっていた。
それを着ていれば、まったくと言ってもいいほど絶望的に似合っていない。
顔こそは不潔ではないものの顎下に溜まった脂肪のせいで汚く見え、黒のジャケットに藍のパンツ。そしてその色に似あうように濁した3ピース。
しっかりと決めているつもりであるのに、それはダボダボで採寸などがまるで合っていないものになっている。
うぉぉ、と一人不気味に嘆いていれば突然と部屋にノックが響く。
「ユキアさん、入りますよー?」
「ん? はーい、開いてますよー」
返事を返せばすぐにドアは開いた。
ゆっくりと開いたドアから覗かせたのは、差し込んでくる朝の陽光を反射させ美しく輝く金髪の持ち主、ノレンである。
「やっぱり。きっとユキアさんだけならまともなカッコすらできないのではって思っていたのですが、予想通りでしたね」
「そんなに、駄目ですか?」
ノレンの言いようには、いつも自らの負う傷を浅くするための変な語尾なども付かない。
足元から腰、腹部から胸部、首から頭部といった具合にノレンは目を配る。
その厭らしいと思える視線に、ユキアは体の隅などに自然と力ませる。
「とりあえず太っちょなユキアさんには3ピースやスーツなどの堅苦しい服装は似合いませんねっ」
ほんの少し歯を浮かせ笑って見せれば、スキップをし出しそうな軽い足取りで部屋に入り、無遠慮にクローゼットを開く。
服などがあふれ出す、なんてことはないが、サイズがデカいからこそ、腕の裾などは汚くはみ出て、決して汚くないのだがガサツ以上のものに見えてしまう。
「取り合えずこの中から幾つかの組み合わせを作りますね」
「あっはい」
ユキアに何も口立ちをさせないという具合に、ノレンはテキパキと服を仕分け組み合わせを作ればベットに放る。
何組かを合わせれば、疲れたようにクローゼット漁りを止める。
「とりあえずは今出したやつで気に入ったものを着てもらってもいいですか?」
「あっはい」
ユキアは言われるがままにジャケットなどを脱ぎだしてベットに出された服に手を伸ばす。
「あーもうっ。シワの付きやすい服なんですからそんな乱雑にしてはいけませんよ!」
ユキアの適当さを注意すれば、地べたに敷かれたジャケットとパンツ、3ピースなどを拾い、ハンガーにかける。
「なんか今日のノレンさん、オカン的存在ですね」
「そりゃそうですよ! だって今日は大事に育ててきた娘代わりのカレスちゃんに、応援したくなる弟的存在のユキアさん。そんな二人のデートなら気合が入るに決まっているじゃないですかっ!」
詰め寄ってくるノレンに、ユキアは気を取られたように背筋を張るだけだ。
恥ずかしさ、というよりも、単純に鼻息を掛けたくないというだけだ。
「あっ、ごめんなさい。それでとりあえずはその服でも平気そうですけど……どうです?」
ユキアに気を使いすこし距離を取れば、着た服などを適当に伸ばしたりなどして肩などの位置を合わせる。
「ほぉ……すげぇ」
鏡を向いてみれば、言葉はそれしかでなかった。
簡単なズボンに、無地でラフな白のTシャツと先ほどのジャケットだ。
3ピースなどを脱いだ代わりのTシャツなのだが、それが嫌な安物感を出さず、それでいて黒のジャケットに負けることはなく、特徴の白が強く出ており清潔感を感じられる。
ネクタイを着けていない代わりのラフなTシャツが首元を緩くし見せられる圧迫感が姿を潜めている。
下半身もパンツではなくズボンのおかげでゆとりが現れ、全体的に緩やかなイメージが受け取れる。
「他にも幾つか組み合わせはあるんだけど……ふふっ」
ノレンの口端からは自然と笑みがこぼれる。
理由は簡単だ。
ユキアの顔を見た。ただそれだけだ。
「これで……っこれがいいです!」
その顔が熱意に
「わかりました。じゃあこの部屋は私が片付けをしておきますので」
「え?」
「デートで女の子を待たせるのって最低なエチケットですよ。ユキアさんはエチケットは守る男なんでしょう?」
「――っ」
ユキアはデートということばかりに固執しすぎた余りに待ち合わせという概念を忘れていたのだ。
同じ屋根の下だからということで、簡単に待ち合わせが出来てしまうということで頭から抜けてしまっていたのだろう。
そんな弟をサポートするところが、姉といったものなのだろうか。
少なくとも、今のユキアには頼れる以上の存在に変わっていた。
「はい!」
返事をすれば、ユキアは金貨などの入った小型の雑嚢の形をした
「行ってくるでござる!」
「行ってらっしゃいでござる!」
ユキアと同じ語尾を使ったノレンに驚きを隠しきれずに振り向けば、恥ずかしそうに笑みを浮かべていた。
きっといつもはしない恥ずかしいようなことを、ユキアのためにやったのだろう。
そう考えれば、ユキアの心には高揚感が現れた。
*
賑わいが絶えない商店街の道中で、ユキアは隣に並ぶ背丈の小さな子供に声を掛けた。
「あのー、ルキさんルキさん?」
「なんですかななんですかな? ユキア殿」
ユキアがルキと呼んだ人物は、幼いねんれいに比例するような幼い容姿と、それに似合う言葉使いをする人物だ。
普段はギルドの地下に存在する鍛冶部屋に篭り、大和革命軍の専属鍛冶師をやっているのだが、今日は珍しく外に出ている。
肩ほどまで掛かる銀髪を、おさげのように二つに結わき、可愛らしく、そして爽やかさを残したワンピースを着ており、明らさまにおしゃれをしてきたように見える少女だ。
どうやら今日は出店のバーゲンが募りイベントを行う日だったらしく、普段ならばリンゴや肉などといった食糧などが売ってあるスペースに、ペンダントやネックレス、宝石といった小物系が売ってある出店が多く軒並み並んでいる。
そんな大通りを、ユキアとルキは並んで歩いているのだ。
「あっ、ユキアくん! これ似合うかなー?」
声を掛けられルキにむけた視線を前にやれば、先にはネックレスなどの商品を取り扱う店の前で、首元にネックレスを宛がうカレスの姿が見えた。
ペンダントを覗くように見てみれば、大きさそこ小さいのだが、形がどこか化け物じみた、グレムリンのような悪妖精の形をしている、まったくカレスに似合って位にものだ。
ユキアは、カレスのセンスを傷つけずに他のものを進めるにはどうするべきかと考え、思考を張り巡らせる。
「……それも似合うけど、カレスにはもっとさ、こんな感じのデザインの方が似合うと思うけど」
グレムリン似のペンダントの代役として出したのは、落ち着いた碧色の三日月のペンダントのネックレスだ。
特に理由はないが、月の形を模したものならば似合わない人は少なく、それでいて配色もカレスの性格的に会いそうなものだ。
進める理由こそないが、進めない理由もない。
「うーん。君がそういうなら……」
惜しそうにグリムリン似のペンダントを見つめるカレス。
三か月ほど同じ屋根の下で生活をしていれば、相手の性格は簡単なものならば把握はできる。
だが、カレスがグレムリンの容姿を好むような兆しは一切と見受けることはなかった。
不思議と思ってしまう。
形にこだわる理由がないのならば、何か他にグレムリン似のものに何か固執する理由があるのだろうか。
なんにせよ、これほどまでに惜しそうな顔をするのならば男としてあわないわけにはいかないだろう。
ユキアは体勢を下し背丈をルキに合わせれば、耳元に口を近づけ小声で伝えた。
「カレスがあのネックレスを買ったなら、すぐに俺を置いてこの店を離れてくれ。俺もすぐに追いつくから」
「ふーん……わっかりました! そういうことはこのルキさんにお任せです!」
胸を張りながら高らかに謳うルキ。
その声の大きさに臆病になったようにカレスをみれば、どうやら女性店員との話に夢中になっているらしく、こちらを気にする様子を一つ見せることはない。
「お待たせー。ユキア君が進めてくれたやつ、しっかり買えたよ!」
嬉しそうにネックレスの入った袋を見せてくる。
適当に見繕った打鍵鬼、という罪悪感のほかに、そんな笑顔を向けてくれることに嬉しさを覚えてしまう。
ユキアはルキとアイコンタクトを取り、合図を送る。
「あっカレスさん! あっちのおしゃれな出店に行きましょうよ!」
「俺はちょっとあっちに用ができたから。すぐ追いつくからカレスはルキについておいてください」
「えー? もう、すぐ戻ってきてよね」
言葉には少しばかりの不満を孕ませつつも、最後には諦めたように出店へと向かうルキを追いかける。
ようやく場を離れたことに安堵のため息が漏れる。
すると、先ほどまでカレスと話していた女性の店員さんが身を乗り出しながら声を掛けてきた。
「それでお兄さん。どれを買っていってくれるんだい?」
「やっぱ気づいちゃいます?」
「そりゃ彼氏さんが彼女を置いて他所の店に入るっていったらサプライズプレゼントしかないじゃないですか!」
「彼女って。俺はあいつの彼女じゃないですよ……まぁ彼女にしますけどね」
「ヒュー、言うねお兄さん!」
煽ってくる店員さんを他所に、ユキアはグレムリン似のペンダントのネックレスを店員さん手に取る。
特にこれといって目立つようなものはないが、それでもカレスが気に入ったものなのだろう。ならば買ってやるだけだ。
「それじゃあこれ。お願いします」
「はいよ! お兄さん、これから頑張りなよ!」
金貨をわたし商品と交換すると、帰り際に背を叩かれた。
痛みこそはあるが、しかし確かな意思は固まったような感じはした。
店を後にする頃には、痛みに淀んだような表情は鳴りを潜め、自信に口元が緩んでいた。
「お待たせ―、カレスにルキ」
若干駆け足で二人を追えば、手の平サイズの鉱石を取り扱っている出店に居た。
鉱石は、キラキラと輝く宝石のようなものから、鈍く陽光を反射するような明らかな加工用の鉱石など、装飾から加工まで幅広く取り扱っている。
「ここは、ルキか?」
「そうだよ。ここに来てからルキ、ずっと夢中だよ」
若干呆れが入るような物言いでルキの様子を語る。
確かにユキアが二人の名前を呼んでも、気づくのはカレスだけでルキは身を乗り出しながらカウンターに並ぶ鉱石たちを眺め続けている。
「ふーん。ここってそんなにいいところなのかな?」
鍛冶師としてはそこそこ以上の腕前を持っているルキが、専門店や収穫もの以外にの、こんな安物感溢れる店に興奮しているのならば、きっと質などがいいものなのだろう。
ユキアは興味本位でルキの脇からカウンターに並ぶ鉱石に手を伸ばす。
「ユキアさん、勝手に触ってはいけないです」
「あっはい……てか俺のこと気づいていたのかよ」
「当たり前ですよ。ユキアさんみたいに熱量が多ければ嫌でも気付いちゃいますとも」
そーなのか、とひとりでに納得をしながら、言いつけ通りに伸ばした手を仕舞い、鉱石たちを観察してみる。
朱色や蒼色、翠色といったものは幾つも揃っており、紫色や黒色といった鉱石などもしっかりと完備されており、品揃えは期待出来そうだ。
「そういえば
駆劉矛とは、ルキがユキア専用の装備であり、
現在はその弐式、実戦用の装備の作成に取り掛かっており、その装備を鍛えるのに必要な鉱石がないということで作業に取り掛かれていないのだ。
「これとこれと……っと、足りませんね」
黒い鉱石や青い鉱石、赤の鉱石などといった様々な種類の鉱石を手に取るが、数個取ったところで動かす手を止める。
「あ、でもこれだけあるのなら、次の依頼で手に入りそうですよ」
「そうなのか?」
「とりあえずはこれは買っておきましょうか」
ルキはそういうと、手元の近くにあった少し大きめの鉱石、オブシディアン、いわゆる黒曜石をそっと腕の中に納まる幾つかの鉱石の中に紛れ込ます。
その様子を見られていたことに気付けば、ルキは笑顔でそのすべてをユキアに渡す。
「さっきのお駄賃代わりですよ!」
「……結構高いお駄賃ですな」
家が変えてしまう、というわけではないが、ポーションを100ダースほどならば簡単に買えてしまうほどの値段はしているほどの、高くはないが安くもない値段だ。
「どうしたのユキア君?」
「んー、いや……おなかが空いてきたなーって思って」
一瞬、正直に告白してしまいそうな口を閉ざし、適当な言い訳を口に出す。
どうやらカレスの中のユキアにはどうやら当てはまったらしく、不思議そうな顔は見せずに、どこか嬉しそうな顔をする。
「えっとねユキア君」
「ん? どうしたぞよ」
突然と掛けけられた声に早鐘を打ち出す心臓を誤魔化すために語尾をふざけたものにする。
振り返りざまにこちらに向け持ち上げる手が目に入る。
その手先には、中々の大きさのバケットが収まっており、どこか新鮮そうな瑞々しい匂いを漂わせている。
「お弁当! 作ってきたんだ」
「え? おべんとう?」
「うん、お弁当」
「……おべんとうってあの?」
言葉を咬み下せば、ようやく頭が理解に奔る。
お弁当。作ってきた。
よく恋人同士がイチャイチャするために作るあれだろう。
理解がいきとおれば、突然と興奮とうれしさが溢れてくる。
「まままままま……マジ?」
「うん? そうだよ?」
「ーーッ!!」
その言葉に、全身を通る電撃のようにアドレナリンが行き渡り、声にも成らぬ声が漏れる。
「ほら、それかったらどこかでお昼にするから。早く会計済ませきてよ」
「わ、わかった!」
腕一杯に納まるこうせきたちを落とさぬようにぎゅっと抱きしめれば、勢いよく振り返り「会計をお願いします!」と店主を呼びつける。
「はい。では金貨9枚に銀貨3枚です」
「……これで」
「……丁度ですね。お買い上げありがとうございましたー」
店主から鉱石の入った麻袋を受け取れば、腰に巻き付けたポーチ型の
「ほらカレス! 行こ!」
「わかってるよ。あっちで食べるよ」
「ああ!」
返事を返せば、ユキアはカレスの腕を引いて店を出る。
少なからずルキもお弁当を楽しんでいると感じているのか、今にもスキップをしだしそうな勢いで外に出る。
「ほらほら、二人とも早く!」
「ちゃんと前見ないと転んじゃうぞー」
一足先に外へと向かっていたルキが、こちらを振り返りながら手を振る。
出店の外はすぐに人の行き交いが激しい大通りなので、後ろを向きながら歩くルキに心配を向けてしまう。
そんな心配をよそに、ルキは「こっちこっちっ!」と後ろ向きのまま小走りをする。
もちろんそんなことをして人通りの多い道ですれば、簡単に人に当たってしまうだろう。
「ッキャ!?」
「っ……ぁ」
それは因果のように。
ルキは薄汚れた薄布を纏う寠れ貧相な体躯をした老人にぶつかり、互いに尻もちをついた。
ルキは甲高くか細い悲鳴を上げるのだが、老人は苦渋に染まる声をくぐもらせた。
「だっ、大丈夫かい!?」
カレスはすぐさまに倒れた老人に駆け寄り声を掛ける。
ルキの方は何が起こったか理解が行き届いていないように、尻をついた自分と、倒れた老人とで呆けた視線を繰り返す。
「おいおいルキ、だから気を着けろって言ったのに」
正気が抜けたように動かないルキを起き上がらせれば、軽く説教じみた小言を垂れる。
ルキならば一度した失敗を繰り返すことはないだろうが、子供は子供だ。叱らなければ拭いきれる責任感にも似た罪悪感があるだろう。
幾回か小言を垂れる中、視線だけが動かせなかった。
倒れた老人から目を動かせなかったのだ。
「……大丈夫ですか?」
言葉には注意という警戒を表面にかもしながら老人に近づく。
「ぅ……ぁ、ぁ……」
見下ろすようにフードの下を覗いてみれば、乾燥しきり皮の割れた唇を小さく動かす。
さほどの声すらもでないが、掠れた声ながらも言葉はわかる。
「お、なか、が……へった?」
読唇術じみた理解でなんとか老人の言葉を代弁する。
その内容は、今の緊迫染みた老人の雰囲気とはかけ離れた拍子抜けなもので、カレスはユキアと見合ってしまう。
「お腹が減っているだけかい?」
「ぉ……も」
「のど、も。多分喉も乾いているんだろ」
平然とした顔で言えば、ポーチから革で簡単に作られた水袋を取り出し、老人の口に宛がう。
「飲めますか?」
「ぁ、あ……」
宛がわれたほそい飲み口を咬むようにして口内に含めば、確認したユキアは徐々に注ぐように軽く水袋を傾ける。
フードに隠れた顔から少し視線を下げれば、水を飲めていることが分かるように、喉が間隔を開けて動く。
喉元に視線をずらせば、痩せこけておりハリもない肌の下に、くっきりと浮き上がる女性特有――というには五平はあるが、少なくとも男性のそれではない――の鎖骨が目に入る。
老婆か。
ユキアは目を細め、一層と老人、もとい老婆に警戒を強める。
これといって身なりに怪しい点はないが、その視線、目に不審が募る。
先ほどカレスが老婆に駆け寄り屈んだ時に見えたであろう刻印が彫られたところであろう場所に視線を凝固させていたのだ。
刻印は奴隷の他にも、拘束をしたい男が女にや、またはその逆など様々な理由などがあり、近頃になTRてからは刻印を見る機会は増えてきている。
そんなご時世の中で、明らかに異質なものを睨むように刻印を凝視していたのだ。
それを不審、異常と言わずに何と言おう。
「ユキアくん? なんか顔が怖いよ?」
「……なんでもないでござるよ」
顰めた顔をごまかすために笑顔を浮かべる。
「あとお腹だっけ?」
「は、はぃ……」
未だにしっかりと話すことは出来ていないが、それでも喉を潤わせたおかげで声を出す程度はできるようになっていた。
「ねぇカレス、何か食べるものって持ってたりとかない?」
カレスに聞いてみれば、しばらく逡巡する顔を浮かばせながら、ルキとユキアとで視線を行き交いさせる。
「食べ物っていったら、お弁当ぐらいしか今は持ってないけど」
「……うーん」
カレスが食べ物をそれしかもっていないとなれば、どこかに買いに行くことくらいしか宛てはない。
しかし、この近くには数十分ほど歩かなければ食べ物のうってある出店などはない。
流石は貴金属を使うだけある、と思いはするが、それと同時にそれを皮肉とも思ってしまう。
「まぁ、しょうがない、よね。カレス、それあげてもらっても構わないかな?」
「ボクは、いいけど……ユキア君は食べたくなかったの?」
こちらを不安げに見つめてくるカレス。
言葉通りに解釈をするか、それとも客観的に見るべきか。
朝早くから作ったものを、こうも簡単に他人に譲るのが気に入らなかったのか。
ただ単純にユキアを思い、ユキアに食べてほしかったのか。
思考は後者に傾き、それを覆すほどの精神力をユキアが持ち合わしていることもなく。
「俺はカレスのお弁当を食べるより、カレスと一緒に食べる方がいいな」
言ってしまえば突然と恥ずかしさが襲い掛かってくる。
後悔はないが、羞恥はある。
長く感じる静寂が流れれば、苦痛に耐えかねて伏せた顔を持ち上げる。
「……わかった。それなら全然いいよ!」
「ほんと!? ありがとう!」
期待していただけあってか、想像よりも弾む声が口から出る。
せっかく作ってくれたのに失礼じゃん、と罪悪感が漏れるが、どうやらカレスは木にしていなかったらしく、老婆にバケットを渡す。
「こらこらユキアさん」
「すみませんルキさんルキさん」
先ほどユキアが放った言葉が間違いだったと気づかせるように、静かに近づいたルキが肘で横腹を突く。
「今のカレスさんが調子が良いだけですからね」
「わかってるよ。それにいつもあれだったら恋なんてしないよ」
「……まっそうですか」
「そうですぞよ……ぞよ?」
左下にいるルキに目を合わせるために少し下げていた視線をカレスに戻せば、語尾に疑問符が入った。
「あれ? さっきのおばさんは?」
カレスの近くに倒れこんでいた老婆が姿を消していたのだ。
慌てて辺りを見渡しても、特徴のある恰好のはずの老婆は、その一片を見つけることもできない。
「なんかバケット渡したら飛んでっちゃった」
「はぁ? 飛んでった?」
聞き返してみれば、間違いがなかったことを表すように頷いてくる。
その顔はいつものように端正ではあるものの、呆けたようなものになっている。
「……どうする?」
地面に膝を着けるカレスに手を伸ばす。
カレスがその手を掴めば、背筋を後ろに倒すようにして引き上げる。
カレスが起き上がり逡巡をする顔を浮かべた途端に、ユキアのお腹からは気味の良い「ぐぅー」という音が立つ。
「まずはご飯からだね」
「もうユキアさんは耐えられないそうですのでね!」
ルキがユキアを馬鹿にした次の瞬間には、馬鹿にしたルキ自らのお腹からも腹の虫の知らせが響く。
「……あぅ」
恥ずかしそうに顔を赤らめれば、カレスは少し笑った後にルキの頭を撫でる。
「ボクもお腹減ったからね。どこか適当なレストランにでも入ろっか」
「はーい!」
ルキが元気よく返事を返せばカレスと手を取り合い歩き出す。
それを見つめていたユキアも、少し残念そうな兆しを背に浮かばせながら二人の後を追った。
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