第八話――デートかも!? 頑張れおデブちゃん!―― 前編
「ねぇユキアくん。明日って暇かい?」
白狼亭での夕食会の最中、突然と言われた言葉に思わずユキアの脳は加速を繰り返す。
女性からの暇かを問うような質問。それはつまりデートなどというもののお誘いということと解釈しても相違ないことではあるだろう。
カレスは男で遊ぶような趣味の持ち主ではないし、それにそういうものから身を離すために思わせぶりな発言はしないと気を付けているのをなんどかみたことがある。
積み重なる疑心暗鬼に顔を逡巡に染めた末にユキアは口を開く。
「因みに要件を聞いちゃ?」
「今はダメ、かな?」
投げつけられた問に、少し迷うそぶりを見せながらカレスは顔を赤らめた。
恥じらう様子に向けられたユキア以外にも、周りにいるアレスやノレンなど、ギルドメンバーなどが声は出さずに不審を醸し出す。
それは今のカレスには察することが出来ないほどの微量ではあるが、周りのメンバーなどと疎通するには十分なものだ。
無関心を通すようにテーブルに置かれた肉入り野菜炒めを喰らうガストも、ためらった様子で顔を持ち上げた。
「……んぁ?」
ガストの目にも今のカレスが目に入ったように気の抜けた声を漏らすが、反応はそれだけ。
アレスなどのように過剰に反応することも、ヤマトのように寡黙に驚くこともせず、平然と視線をテーブルに戻しフォークを手に持ち食事に奮迅する。
何もなかったように食事を再開させるガストに、アレスたちは目を疑ったような反応を見せるが、すぐに正気を戻し背の曲げたガストの肩に腕を回す。
「おいおい! 今姉貴があんな顔してんだぞ? 他に何かねぇのよか!」
「……何かっつっても俺は一筋だからな。裏切るような真似は正気の内はできないんでな。それと腕を外せ、食い難いったらありゃしねぇ」
迷惑そうな顔をするが、無理やりに剥がすようなことはせずに口先だけで注意を促す。
だがアレスには先ほどの説明だけでは足りないらしく、耳元で小声で叫ぶ。
「別にお前の色恋事情なんて聞いてない! 今聞いてるのは、姉貴がユキアに何かされたんじゃないかってことだよ!」
「んなもん知らねぇよ。てか知りたいんだったらおまえが聞きゃいいだろ。あと腕を外せ、食い難いったらありゃしねぇ」
苛立ちを顔に浮かべるガストを他所に、アレスは首を絞めるちからを強くし押し倒すほどの力で揺さぶる。
そのせいで食べようとしたものは口からずれたべることもままならない。
「お前そこまで興味がないのならもういいわ!」
「だったらとっとと手を離せよ!」
ドンっとひときわ大きな音が店に響き渡る。
ガストがテーブルを殴りつけたのだ。
普段から荒い言動などこそするが、他人に迷惑を掛けたり危害を加えるようなことはしないガストだ。どこかバツの悪そうな顔をしたアレスが組んだ腕を離す。
「……すまん」
「あっ、いや……」
ガストとアレスの間には気まずく沈黙がン上がれる。
カレスの反応を面白そうに見ていたハルフィラやノレンは驚き声を出すことが出来ず、ヤマトは訝しげな表情で二人に慧眼の眼差しを向けるだけだ。
「それで、どうなんだい? 明日はボクについてきてくれるのかい?」
「今この状況で続けるの!?」
驚くユキアだが、カレスの顔には不満などはまるでなく、それどころか楽しそうに何かをたくらむような顔を浮かべている。
そんな顔にユキアが顔を反らすことが出来ないことは明らかで。
逡巡するような表情を浮かべた末に、ため息を吐いた。
「俺でもよければ。明日は付き合うよ……でござる」
「本当かい? ならよかったよ……」
恥ずかしさのあまりおちゃらけたような口調が現れるが、それでもカレスは嬉しそうに顔を赤らめて俯く。
恥ずかしかったのか、それがユキアにも伝わったようで瞬時に頬を朱色に変える。
あれ? あれれ? これって絶対でデートだよな? うん、デート以外ないよな?
だってほら、男女のお出かけであそこまで恥ずかしそうにしてるんだぞ。絶対にそれ以外ないじゃないですか! もう、何言ってるんですか俺。
「……姉貴」
「ん? どうしたんだいアレス」
呟いた呼びかけにカレスが気づけば、どこか辛そうにアレスは顔を反らす。
「ユキアと何するか、俺聞いてみてもいいか?」
「んー……だめ」
考えるような素振りをして見せるが、答えはアレスの求めたものとは別のものだ。
それがアレスの胸を締め付ける。
なぜこんな思いを抱くのだろうか。
アレスの胸奥にあったのは、嫉妬の感情だった。
自分が姉であるカレスに少なからず姉弟に、家族に抱くものの愛情とは違うものを抱いていることに自覚があり、その感情が抱いてもかなえられないものであるということも分かっている。
それでも、その相手が自分ではない誰かに好意を抱いている様をみれば、抑えようとしても溢れてしまう嫉妬がある。
「なぁアレス……」
暗い顔をしていたアレスを見かねてか、ヤマトが声を掛ける。
「なんですか?」
「お前はカレスを邪魔したいのか?」
核心を突いた質問だ。
ユキアではなくカレスの名前を出したということは、ヤマトは少なからずカレスたちを応援したいという気持ちがあるのだろう。
そんな質問を投げつけられたアレスは、自分の抱く感情が良くないものであると自覚があるのか顔を翳らせる。
「カレスの邪魔はしたくない。けど、ユキアのは……」
邪魔をしたいという言葉に喉で詰まる。
アレスとユキアは仮にも友であり、仮にも仲間であるのだ。
そんな相手に対し、その幸せに邪魔や水を入れることは好まれる行為ではないだろう。
その良心が、アレスの中に葛藤を生む。
「……そんなにカレスが誰かに染まるのが気に入らないか?」
「気に入らないってわけじゃ……そうなのかもしれませんね」
否定をしようとしたが、溢れる負の感情を前に、虚言を吐くことは出来ない。
それにヤマトの諭すような目が、それを許さないといったようなものだ。
「だってしかたない。姉弟の関係なのに、一緒に居られなくて。それでやっと会えたと思ったら、誰かに取られそうなんですよ?」
アレスのカレスとユキアに向ける目は、抱く心情の如実を語るようなものだ。
二人はそれに気づかずのまま、カレスがユキアにちょっかいを出すように頬杖をつきながら脇に溢れる横腹を突く。
迷惑そうな言動を垂れるユキアなのだが、その顔に浮かぶものは笑顔だ。
「ずっと思ってきた人に振り向かれないのに、それでぽっとでの奴とくっついてさ」
眉根が緩む様は悲哀が浮かぶようなものであり、そして悲観さは背中まで滲み出る。
「――それってズルいじゃないですか」
心からの愚痴。
思っているから。思えていたから。
これほどまでも辛くなるのだろう。
「お前の色恋に私は口を挟まないが、これだけは言っておこう」
気になったアレスが顔を上げれば、ヤマトはその隙を突いて乱雑に頭を撫でる。
抵抗するように声を漏らすが、抵抗らしい行動をアレスはしないために止めることはない。
「慰めることくらいはしてやる。だから仲間を、自分を貶めることだけはするなよ?」
「わかってるよ……。そのうち。そのうち、ギルマスのことを頼るかもな」
「そのうち、か……」
ヤマトが残念そうな顔を浮かべると、そこからは二人の間には会話は流れない。
ガストもハルフィラもダルそうにするだけで喋ることはない。
そんな静かなまま、今夜の白狼亭での夕食は終わりを告げた。
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